可憐な養女2
一ヶ月もしない内に、彼女はすっかりこの屋敷に馴染んでいた。まるで、生まれた時からずっと、ここに居たような気がする程だ。
使用人たちも明らかに変わった。生き生きとして、動きもきびきびしている。
シャロンと同年代の令嬢方を招くようになってから、屋敷内は更に活気付いていった。
シャロンは社交的で誰からも好かれ、訪れる令嬢たちの数は少しずつ増えていく。
屋敷の中で、若い令嬢たちの笑い声や、他家の使用人達が待合室で雑談をするざわめきが、たまに漏れ聞こえる。
屋敷全体が生き返ったようだ。
毎日執務室で仕事をこなす私の周囲にも、なんとなく浮き浮きした雰囲気が漂っている。
たまにシャロンと妻が二人で、お茶の誘いにやって来るのだ。
「執務が滞りそうだな」と執事のバリィや、書記に愚痴って見せたら苦笑いされた。
「伯爵様、お顔が言葉と全く合っておりません」とバリィに言われてしまった。
「そろそろ、王家への紹介に関して手筈を整えないといけないな」
「さようでございますね。お目見え時に使うドレスは、奥様が御注文済みです。だいぶ自信作のようで、披露が待ちきれないと仰っておられました」
その時の様子を思い描き、少し胸を張った。どこに出しても恥ずかしくない娘だ。その日が楽しみになって来た。
「では、一ヶ月後辺りで、謁見の申し込みをするか」
「畏まりました。すぐに日程の調整と、書類のご用意をいたします」
バリィも嬉しそうな表情を隠せずにいる。
「まずは、奥様に衣装のご都合を確認いたします」
そう言い置いて、足取り軽く執務室から出て行った。
その後ろ姿を見送り、私は心の中で覚悟をした。謁見する前に、シャロンから隣国でのいきさつを聞かなければならない。
事前にテイル侯爵から経緯を書いた手紙を受け取っているが、本人からも聞かないわけにはいかない。
何でも、婚約者決めの園遊会で、王太子がシャロンにリボンを渡したらしい。
王太子はその後留学し、帰国すると他の令嬢を婚約者として選んだ。
ひと言の断りもなく?
それだけではない。
リボンは園遊会で、その令嬢から奪ったのだと、シャロンは言いがかりを付けられたという。
変な話だ。
その令嬢を婚約者にしたくて、シャロンを悪者にしたのか?
もしくは、その令嬢が王太子殿下に嘘を言って、シャロンを追いやったのか。
どちらもありそうだが、どちらにしても、ひどい話だ。
できれば、シャロンにそんな話をさせたくはないが、これは避けて通れない。
戻って来たバリィは、ドレスが届くのは二週間後だと報告してくれた。
「では3週間後辺りで、行事に引っかからない日をいくつか選んでくれ。それで打診してみよう。書類の準備を頼むよ」
晩餐の席で、謁見の話を告げると、シャロンはとても喜んでくれた。
非常に言いにくいが、私を意を決してシャロンに話し掛けた。
「その前に、隣国での出来事について、聞かせてもらわないといけない。いいかな」
「まあ、あなた。そんなことをシャロンに話させるなんて」
妻はすぐに眉をひそめたが、謁見で何も聞かれないはずはない。私たちもしっかりと事情を把握しておかないといけないと言うと、、納得した。
私の私室で、ゆったりとしたソファに座ったが、私も妻も落ち着かなかった。意外なことに、シャロンが一番落ち着いていた。
「私は侯爵から事情を記した手紙をもらっている。そこには園遊会のことから、王にデビュタントを拒否されたことまでが書かれていた。まずは園遊会の事を教えてくれないか」
「園遊会は楽しかったです。殿下は私にウサギと王家の紋章が織り込まれたリボンをくださって、これで記念の品を作るようにと仰いました。素敵な青いリボンで、毛皮との色合いもぴったりでした」
「それなら、君が選ばれたと思ってもおかしくないのに、何の沙汰も無しか?」
「はい。王太子はすぐに留学されたのです。でも暗黙の了解というか、そういったものがあって、周囲も私たちもそのつもりでした」
妻が首を振りながら言う。
「なぜ婚約者を決めずに留学したのかしらね。王太子妃教育を少しずつでも始めるために、11歳で婚約者候補を選ぶのよ。今からではかなり厳しいスケジュールになるわ」
「私たちは何も考えずに、ただのんびりと殿下の帰国を待っていたのです」
「兄は性格は良いけど、少しおっとりしすぎなのよ! 全く」
ルースは、テイル侯爵に対して文句を言い始めた。
「まあ、待て。王家が何も言わないのに、こっちから切り出すことは出来ないよ」
プンプンしながら、ルースは「フンッ」と鼻息を吐いた。
それを見てシャロンが笑う。強い子だなと感心してしまう。
「それで、王太子は再会したときはどうだったの? 声を掛けて来た?」
笑っているシャロンにルースが聞く。
「いいえ、凄くそっけなくて、殆ど私の事を覚えていなかったようでした。ベルディ侯爵家の令嬢とは、留学中に手紙のやり取りをしていたそうです」
そう言うシャロンが、一瞬うっとりしたような表情を見せた。
驚いてもう一度見ると、ただ苦笑しているだけだった。私は横に置いてあるランプを、少し引き寄せた。
「王もとてもそっけなくて、お二人の態度に凄く違和感を感じました。だから婚約発表のパーティーは欠席して、お父様だけで行ってもらったのです。そうしたら、王が父を呼んで、私のデビュタントを受け入れないとおっしゃったそうです」
さすがに今度はシャロンも笑わなかった。疲れたような寂しげな表情をしている。
妻が、すぐにシャロンを抱き締めた。
「あなたは何も悪くないわ。婚約した娘の画策よ。きっとそうだわ。あなた、そうよね」
「たぶん、その婚約者のベルディ侯爵家陣営から、何らかのデマが流されたのだろうな。もしくは王太子の心変わりか」
ルースはシャロンをぎゅっと抱きしめた。
「ひどいわ……それにしても、王はそんな方だったかしら。若い頃は真直ぐで、気持ちの良い方だったと思うわ。兄とも仲が良くて、一緒に遊んだりもしたのよ」
シャロンがルースを見上げた。ランプの光に、きれいな顔の半分だけが浮き上がっている。無表情なその顔は、人形のように見えた。
シャロンはルースの顔に手を伸ばした。白いほっそりした手がゆっくりと頬に伸びる。
「叔母様、とにかく私はあの国にいられなくなったのです。デビュタントできないなら、私はどう生きて行ったらいいのでしょう。貴族の令嬢としては生きられない。領地に引き込んで朽ち果てろと言われたのですわ」
そう言うシャロンの目は、何かに憑かれたようにトロリとし、口元は軽くほころんでいる。
私はもう一つ、ランプを引き寄せて、この場を明るくした。くまなく明るくなると、今までここにあった何かが消えた。
「王とは、そういうものかもしれない。自分にとって都合の悪い事は排除する。その力を持っているのが、王だ。若い時とは人間が変わって当たり前だ」
頭を軽く振ってから、私はきっぱりとそう言った。
「かいつまんで言うと、王太子の婚約者決定に関する駆け引きで、追い落とされたという事だな。ままあることだが、運が味方してくれなかったのだろう」
「やっぱり、兄がのんびりしすぎているのが悪いんですわ。ベルディ侯爵家のように、留学中も何らかの働きかけをすべきだったのよ。今度文句の手紙を書きます」
ルースは、またテイル侯爵への文句を言い始めた。
「もういいのです。この国で生き直せるのですもの。楽しみだわ」
本当にうれしそうな表情だ。先程の何かを微塵も感じさせない、清浄で無垢な微笑みに、私はほっとした。
ルースが勢い込んで言う。
「王家に謁見を済ませたら、社交界デビューしなくちゃね。まあ、忙しくなるわ。デビュタントは二か月後よ。ドレスの用意をしなくちゃ。エスコートはあなたお願いね」
言われてドキッとした。そうだった。デビュタントがあった。父親として、私がエスコートするのは当然だ。
「今年では準備が間に合わなくないか? 来年でも遅くは無いが。シャロンどうかな?」
シャロンは満面の笑みを浮かべた。
「今年、デビュタントに出たいです。早くこの国に馴染みたいから。それにもっとたくさん友達が欲しいです」
ランプを前にし、シャロンの顔全体が明るく照らされている。ひとつの陰影もない真っ白な顔が一種仮面のように見えた。
ほんの一瞬だ。
瞬きしたら、それは消え去り、いつもの綺麗なシャロンの顔がそこにある。今日の私はどうかしているようだ。




