可憐な養女3
それから、謁見の準備と、デビュタントの準備が同時に始まり、私の周辺は慌ただしくなっていった。
シャロンの謁見用にあつらえたドレスは、淡い水色で、シャロンの清楚さを際立たせる物だった。
試着すると、周囲の皆がドレスとシャロンを褒め湛えた。
謁見の日が三日後に迫った夜、ルースが手紙を書いていた。
「どこに出すんだい?」
「兄よ。向こうから手紙が来たので返事を書いているの。やはりシャロンの事が気になるのね。日常の様子と、少しでも気になることや、変わったことがあれば教えてくれですって」
「そうか。心配しているんだろうな。まめに様子を知らせてあげたらいいよ。でもそれなら、謁見した後の方が良いんじゃないか?」
「いいの。その事は、改めて書いてあげるつもりだから。とにかく、こちらに到着してから今までの事を書かないとね。バタバタしていて、こちらに着いて一週間目くらいに一通出した切りだもの」
彼女は私に侯爵からの手紙を差し出した。
「あなたも読んでみて。もう心配しすぎなのよ。心配なのは分かるけど、もう少し私たちを信用して欲しいものだわ。その文句も一緒に書いているのよ」
受け取った手紙には近況報告と、シャロンの様子を細かく教えてくれと書かれている。娘をやむなく手放した父親としては、当然の想いだろう。
だが、次の一文で、何かが引っかかった。
『そちらの高位貴族子弟や、王子に興味を示すようなら、相手の名と共に、細かく行動を知らせてくれ』
侯爵は一体何を言いたいのだろう。意図が掴めない。
シャロンは今から社交界デビューする十六歳の令嬢。
結婚相手を探す年齢で、爵位の高い人物と知り合うのは良いことだし、ごく当たり前の流れだろう。
我が家としては、シャロンに婿を迎えて伯爵家を継がせたいが、もしもっと高位の貴族に嫁ぐことになったら、それはそれで仕方が無いと思っている。
シャロンは非常に魅力的な令嬢で、本来なら隣国の王太子妃になっていたかもしれないのだ。
「なあ、ルース。この高位貴族や王子に興味を示すなら、というのは何だろう」
手紙を書いていたルースが顔を上げた。
少し首をかしげて考えている。
「婿を取って伯爵家を継ぐなら、相手は格下の子息か、嫡男以外になるでしょ。もし、高位貴族に嫁ぐのなら、やはり侯爵家としても何らかの対応が必要だと考えてるのじゃないかしら」
「まあ、そうだな。知らん顔はできないか」
釈然としないものを感じながら、私は、その場では一応納得した。
そして、謁見の日がやって来た。新調したワイ水色のドレスを着たシャロンは、清浄な乙女そのものだった。
白バラという言葉がこれほど似合う少女はいないだろう。
見送りに出た使用人たちは、目を細めて喜んでいる。
私はルースとシャロンを馬車に乗せ、二人が馬車の中で嬉しそうにおしゃべりする様子をしばし眺めた。
こんなに幸せな気分は久しぶりだと思う。
王宮に到着すると、すぐに王の謁見の間に案内された。
その部屋には王と王妃が待っていた。
私が挨拶し、シャロンを養女として紹介する。
シャロンは非常に落ち着いて、そつのない挨拶をし、美しく微笑んだ。
その様子に、私もルースも、誇らしさを隠せなかった。
紹介は無事に済み、デビュタントへの参加を、歓迎するとの言葉を貰えた。
先立って申し込みはしていたが、隣国では拒否されているので、これにはほっと一安心した。
「シャロン嬢。この国にようこそ。歓迎するよ。では、伯爵は少し残ってくれ」
王に言われ、私一人がその場に残り、二人は部屋から出て行った。
ドアが閉まると王が聞いた。
「彼女は隣国の王の怒りを買って、国を出たと聞いているが、どういった経緯なんだ」
「王太子殿下の婚約者決定に際し、何らかの思惑が働いたようです」
「ああ、そういうことか」
王も王妃も、それで納得したようだ。貴族にとって権力争いは日常の事だ。
「では、この国で幸せに暮らしていけると良いな。私もなるべく便宜をはかろう」
「ありがとうございます」
二人が待つ部屋に入ると、ルースとシャロンがパッと顔を上げた。
「王はシャロンを歓迎し、この国で幸せに暮らせるよう便宜をはかると約束してくれたよ。これで、晴れてシャロンはこの国の貴族令嬢として行動できる」
シャロンがパッと大きく微笑んだ。清楚な中にも、既にうっすらと色気を滲ませている。
せっかく娘が出来たのに、私達の手元にいる時間はそう長くないのかもしれない。
「感謝します。この国で、バイセン伯爵家の娘としての第一歩です。やっと前に進んで行けるようになりました」
「そうよ、シャロン。もう隣国の事は忘れて、ここで生き直しましょう。きっと幸せになれるわ」
ルースがシャロンの肩を抱き寄せ、肩を優しく撫でた。
シャロンはルースにもたれかかったまま、私に目を向ける。
「王太子殿下はどんな方なんですか。この国では王族に嫌われたくないのです。後は王太子殿下だけです」
不安げなシャロンの眼差しに、そんな事を気にしていたのかと憐れに思った。
「とても明るくて活発な方だよ。乗馬と狩りがお好きで、婚約者のジャニス嬢とも、よく遠乗りをされているそうだ」
シャロンが身体を起こし、こちらを向いて座りなおした。
「ジャニス嬢というのは、どんな方なのですか?」
「デュプレ伯爵家の長女で、活発な女性だよ年も近いし、その内、顔を合わせることもあるだろう。たしか、今年のデビュタントに出るのじゃなかったか?」
「そうね。ご一緒にデビューすることになるわね。デビュタントは凄く緊張するから、ご一緒した方とは仲良くなりやすいの。お近付きになれるかもしれないわね」
シャロンはニコッとした。
「そうですね。まずはジャニス嬢と仲良くなろうかしら。そうすれば王太子殿下とも仲良くなれますね」
短絡的なシャロンの考えに軽い不安を覚え、私は思わず口走ってしまった。
「積極的に仲良くなる必要はないんだよ。王族と近しくなるのは諸刃の刃だ。ちょっとのしくじりで、とんでもない目に合う場合がある。だから我が家は敬して近寄らずのスタンスを保っている」
言ってしまってから、はっとした。まさにテイル侯爵家とシャロンの身の上に振り掛かったこと、そのものだ。
横に座るルースの非難の目が痛い。
「お父様。大丈夫ですわ。様子を見ながらお付き合いしていきます。社交は得意なんですよ」
口元を覆って、クスクス笑うシャロンを見つめ、「できれば、あまり王族には近付かないで欲しいね」と苦笑しながら告げた。その社交で失敗して国を追われた事を、どこまで理解しているのか心配になったのだ。
突然にシャロンの目が変わった。底冷えするような感情の無い冷たいまなざし。
顔の表情はクスクス笑いのままだ。唇は軽く持ちあがり、目尻は下がっている。
そのアンバランスさが異様だ。
「お父様ったら。心配し過ぎですわ」
シャロンの明るい声で、はっとする。いつものシャロンだ。
愛くるしい笑顔……目もいつもの明るいシャロンの目だった。
私は何を見たのだろう。やはり緊張しているのだろうか。
「あなた、仲良くするに越したことは無いわ。気にしないで、好きにしていいのよ。シャロン」
ルースはそう言いながら、シャロンに尋ねられるまま、王太子殿下とジャニス嬢の事を話している。別にどうというわけでもない会話。
そこから話題は広がり、王太子殿下の側近たち、三人の高位貴族子弟の話題に移っていく。
ふと、テイル侯爵の手紙を思い出した。
高位貴族子弟や、王子、まさに今の話題はそれだ。私はなぜか、落ち着かない気分になっていった。
「デビュタントにテイル侯爵を呼ぼうと思うのだが、どうだろう」
気が付けば私はそう提案していた。
ルースは、「そうね、それがいいわ。兄も見たいでしょう」と顔を輝かせた。
シャロンは無反応だ。
「隣国の王家の意向を伺う必要があるから、来れるかどうかは分からない。そこは侯爵に判断を任せるしかない。だが、一応声を掛けておいたほうがいいだろう」
シャロンは手を組んで私を見上げた。目にうっすらと涙が浮かんでいる。
「お父様やミシェルに会えるかもしれないのですね。ありがとうございます」
そう言った瞬間、冷たい笑いが目に浮かんだ。
それを隠すようにシャロンはハンカチで目頭を抑えた。
「娘の一生に一度の晴れ姿だよ。テイル侯爵だって見たいさ」
私は微笑みながら、胸の奥底に不安の塊が根を張ったのを自覚した。
第四章最終話です。




