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【シャロン】白薔薇の仮面は微笑む  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第三章 テイル侯爵の絶望

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7/15

知らなかった事実1

第三章はシャロンの父、テイル侯爵の視点です。

「ミシェル様。さあ、お好きな子を選んでください」


 乳母のレーヌが、小鳥が数羽入った鳥かごを、ミシェルの前に置き、にこやかに言う。

 ミシェルはオレンジ色の小鳥を手の平に乗せて、そっと鳥かごから出した。


 小鳥は良く慣れていて、鳥かごから出ても逃げようとはしない。


 テイル侯爵は、その光景を見て微笑み、それから気持ちが沈むのを感じた。


 ほんの五日前に、我が家の天使、シャロンがテイル侯爵家の名を捨て、隣国に旅立って行ったばかりだ。どうしてこんなことになったのだろう。


 侯爵家の長女。

 美しくて優しい、天使のような娘。

 しかも皇太子殿下の婚約者となり、将来は王妃になると思われていた娘がだ。


 事の始まりは、何だったのか。

 私にはわからない。


 サムエル殿下の婚約者決めの園遊会で、シャロンにサムエル殿下が好意を示してくださった。はっきりと婚約が決まったわけではない。

 だけど、娘に王家の紋章を織り込んだリボンとウサギを手渡した。

 シャロンが私にそれらを見せた時の、あの笑顔。

 

 それに、殿下の態度だって、どう見てもシャロンに惹かれていた。シャロンを見るほとんどの人間が浮かべる、上ずったような表情を浮かべて娘を見ていたじゃないか。


 それなのに、留学から四年ぶりに帰国した殿下はシャロンに見向きもせず、王もシャロンを拒絶した。

 どう考えたらいいのだろう。


 その混乱した状態のまま、シャロンの、『ミシェルの為にも私はこの家と縁を切る』という言葉に、私は頷いてしまった。

 六歳の幼いミシェル。我が侯爵家を継ぐこの子を守るのが、現当主の私の第一責務だ。

 

 息子のミシェルがレーヌに向かって聞いた。


「お姉さまは、どこに行ったの?」


「隣国の叔母様の家に養女として入ったのです。馬車で六日くらい掛かる場所ですよ」


「そう、じゃあ、なかなか会えないね」


「そうですね」


 ミシェルは嬉しそうに笑った。

 私が二人に近寄って行くと、ピタッと笑いが消えた。


「小鳥と遊んでいるのかい? ミシェル」


「はい。お父様」


「私は今から王宮に行ってくるよ。王にシャロンの処遇について、報告しなければいけないんだ」


「はい」


「寂しくないか?」


「大丈夫です。僕はこの家を継ぐ者です。お姉さまから、そう言われました。泣いては駄目よって」

 

 うっと胸を突かれ、私は咳でそれをごまかした。

 レーヌにミシェルを任せ、私はその場を後にした。


 レーヌは冷静で、とても賢い。ミシェルの乳母として、私も屋敷の者たちも、全幅の信頼を寄せている。そして彼女はそれに、完璧に答えてくれている。


 

 王宮に向かう馬車の中で、私は自分の心をもてあましていた。


 シャロンを排斥した王家に対し、不信感と反発、そして敵意を抱いている。それは父親として当たり前の感情だろう。


 自慢の娘に、ひどい扱いを……扱い?

 

 悔しい事に、ここで怒りがしぼんでしまう。

 問題は、特に何かをされたわけではないってことだ。

 そうなんだ。


 王太子妃候補だと思い込んでいたら、違った。

 それに関しては、王家から何の打診も、通告もなかったので、こちらが文句を言える筋ではない。


 そして王に、社交デビューを拒否するような言葉を掛けられた。だが、私に耳打ちしただけで、他者の耳には入っていない。

 だから公式に発表するつもりだったかすらわからない。その前に、シャロンが離籍すると決めた。


 結局、表だっては何事も起こっていないわけだ。

 そして私は、どこに持って行きようもない、このいらだちを抱え込んだまま、こうして王宮に向かっている。


 王に対面して、顔をしかめてしまいかねないな、と自嘲気味に思う。

 だが、先ほどのミシェルの笑顔が私のお守りだ。

 あの笑顔を守る。シャロンとの約束でもあるからな。


 

 王宮に着くと、王の侍従に案内され、王の執務室に通された。


「やあ、テイル侯爵。そちらに座ってくれ」


 王はフランクな様子で、私に椅子を勧めた。

 娘の移籍先の報告だけなのだ。立ったまま、一言で終わると思っていたので意外だった。


「まずは、侯爵家の報告を聞こう」


 私は表情を変えないように力を込め、一気に報告した。


「事前に書面でお伝えしましたように、長女のシャロンは、隣国に嫁いだ妹の家に、旅立ちました。五日前に出ましたので、明日には到着するでしょう」


「そうか、ずいぶんと早かったな」


「認可が下りるのもずいぶんと早かったので、なるべく早く送り出しました」


 しまった!

 つい、嫌味を口にしてしまった。


 青くなって下を向いた私に、王は柔らかい声を掛けた。


「養女として入った先は、スール国のバイセン伯爵家だったな。裕福で財力もあるが、政治には距離を置いている家門だ。堅実な家風で、忠実な家臣団が付いている」


 満足気な声音が意外で、そろっと顔を上げた。

 

「はい。妹が嫁ぎましたが、子供に恵まれず、以前からシャロンを欲しがっておりました。シャロンに婿をとり、伯爵家を継がせたいと申しております」


「スール国は行き先としては良い選択だと思う。伯爵家の立ち位置も理想的だし、あの国の王太子には既に婚約者が決まっている。問題がなさそうだな」


「はっ?」と声に出してしまった。王は一体何を言っているのだろう。


 王は私の顔をじいっと見つめ、「やはり、何も気付いていなかったのだな」と言った。

 苦笑いの表情だ。


 思いがけない対応に、私はパニックに陥りそうだった。

 

「君は、昔から単純で真っ正直でいい奴だったな。変わっていないようで、何よりだ。悪いが、シャロンがどんな娘なのか、私に教えて欲しい」


 いったい何を言いだすのだろう、この王は。

 これは公式の訪問で、公式の報告の場のはずなのに、王の態度は、若かった頃のジョフレ王子時代を思い出させるものだ。


「シャロンは、弟のミシェルが産まれた時に母を亡くした、不憫な娘です。それでも健気に弟をかわいがり、私を支え、家の者たち皆の心の拠り所でした。私たちにとっては、太陽のような存在です」


「そうか。それで、どんな性格の娘なんだ?」


「優しくて愛らしい性格で、とても朗らかです。彼女がいると、周囲が明るくなるような華やかさがあります。人には親切で、誰とでも仲良くなれる天使のような娘です」


 シャロンの事を詳細に話すにつれて、彼女がそこに姿を現しそうな気がする。

 そして、「お父様」と私に抱き付いてくるのだ。いつものように。

 情けない事に、私は少し涙ぐんでしまった。


「一年前に、彼女をめぐって諍いが起こり、バーチ伯爵家の子息ハリスが死亡。姉娘は修道院に入ってしまった。決闘相手のレイド伯爵家マ―カスは放逐された。そう報告を受けている。それに関してはどう考える?」


 そういう風にかいつまんで言われると、ぐっと言葉に詰まった。

 娘には関係ない、と言いたいが、そう言ったらあまりに無責任な気がする。

 

「娘の周囲には、娘を慕う子息方が、常時群れておりました。そういう軋轢が、年齢が上がるにつれ、本格化してしまったのは残念なことです」


「仲裁に入ったシャロン嬢が言った一言が、決闘の引き金になったことに関して、彼女を諫めたか?」


 そんなことは聞いていない。私には初耳だった。

 私が驚いて王を見つめると、王は傍らに積んである書類の中から、一枚を抜き出した。


「ええと、『二人共、争うのは止めて。エスコートはハリス様にお願いするわ。マーガレット嬢から頼まれたの』と言ったそうだな。仲裁を頼んだ姉のマーガレット嬢が不憫だな。シャロン嬢本人からは聞いていないのだな?」


 私は焦った。そんなことをシャロンが言うはずがない。そんな火に油を注ぐような事を? まさか!

 

「私はそんな話を、誰からも全く聞いておりません。何かの間違いか、悪意のある中傷だと思います」


 王は深いまなざしで私の目を見据えている。


「この資料は、王家の影の報告書だ。誇張も嘘も含まれない、客観的な報告書だ。読んでみたまえ」


 そう言って、王は私にその二枚の書類を手渡した。

 私は震える手で、それを受け取り、読み始めた。もめ事の最初からの様子が書き記されている。


 子息二人の、ごくたわいもない理由からの諍い。それが熱くなっていく様子。シャロンを呼びに行く女性たち。そこでの会話。


 シャロンが女性たちと一緒にやって来るのを見て、二人の子息は頭を冷やしたのか、諍いが止んでいた。

 そして問題のひと言で、全てが破滅に向かった。一瞬だった。

 その場の様子が克明に記されている。口を覆って、声にならない声を上げるマーガレット嬢。倒れたハリスに駆け寄る子息たち。呆然と立ち尽くすマーカスの様子。


 その時のシャロンの様子も書かれてた。

 読んでいて背筋が震える。


 『シャロン嬢は、口元を扇子で隠して、じっとハリスとマーカスを見ていた。そして、少し下がって、全体の様子を眺めた。それから興味を失ったように、スッと立ち去った』と書かれている。


 あの日、帰宅したシャロンは泣いていた。

 目の前で急に二人が争い始めて、ハリスが刺されて倒れたと言っていた。目の前で知人が死ぬところを見るなんて、と娘の気持ちを私は心配していた。



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この作品が連載になってとてもうれしいです!短編で読んだ時、今まで読んだことのないテイストの作品でまるで映画を観てるかのようにどちらが婚約者に選ばれるんだろうとドキドキしながら読ませて頂きました。国王を…
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