シャロンの決定
翌年十六歳になったサムエル殿下が帰国した。
帰国祝い用に、シャロンは豪華なドレスを仕立てた。
ドレスを仕立てる職人たちは、光栄だと喜び、非常に良い仕事をしてくれたし、着付けをする侍女たちの騒ぎようもすごかった。
十六歳になったシャロンは、相変わらずこの国で一番美しく華やかな令嬢として知られている。それはあの十一歳のころから少しも変わっていない。
誰もが、今日のこの日、サムエル殿下に手を取られるシャロンを見に来ているのだ。
会場入りされたサムエル殿下に、シャロンは父にエスコートされてゆっくりと近付いた。
周囲の者たちは、その前の道をあけてく。
自然にサムエル殿下に向かって道が出来上がって行くのだ。
シャロンを目にしたサムエル殿下は、にっこりと微笑んだ後、じっと見つめている。
そして挨拶の言葉を掛けてくださった。
私はとっておきの微笑みを返す。男性達が白薔薇の天使と褒めそやす微笑み。
周囲の者達が、ホウッとため息をつくのが聞こえる。今日はこの特別な微笑みを控えていたから、余計に効果が大きいのだろう。
ところが不思議な事が起こった。
サムエル殿下がファーストダンスをリネット嬢に申し込んだのだ。
唖然として、身動きが出来なかったが、それを周囲に気取られてはいけない。
シャロンは父に合図して、少し輪の外側に移動した。
「シャロン。これは何かのまちがいだろう。後でもう一度サムエル殿下に話し掛けに行こう」
父の言葉に頷き、シャロンは大人しくその機会を待った。いつもの夜会では必らず貴族たちに囲まれていたが、この時は誰も傍に寄ってこようとしない。
二人の周囲にぽっかりと空間が空いているので、妙な具合に目立ってしまう。 人々は、何事かを耳打ちし合いつつ、彼女を横目で盗み見ていた。
少しして、サムエル殿下が一人になったタイミングで二人は近付き、話し掛ける事が出来た。周囲からの視線が、シャロン親子に集中しているのが感じられた。
シャロンは自慢の微笑みを、もう一度浮かべた。
「サムエル殿下。お久しぶりです。私の事を覚えていらっしゃいますか?」
「先ほどご挨拶しましたね。シャロン嬢? 夜会をお楽しみください」
サムエル殿下は礼儀正しく受け答えをして、そっけなく踵を返した。
その際に一瞬見た、彼の冷たい目。
シャロンは悟った。
サムエル殿下は、完璧にシャロンを拒絶している。理由はまるで分からないので、シャロンは珍しく少し混乱した。
「お父様、体調がすぐれないので、今日はお暇しましょう」
侯爵は娘をいたわりながら、その場を離れた。
「お前はサムエル殿下の婚約者候補の筆頭なのだから、何らかの話があるかもしれない。王にご挨拶をしておかねば」
侯爵はそう言い、王の元にご挨拶に向かった。
「本日は、サムエル殿下の御帰国おめでとうございます。夜会が始まったばかりで非常に申し訳ないのですが、娘の体調がすぐれません。残念ながら本日はこれで退出させていただこうと思います」
侯爵と一緒にシャロンは王の返答を待った。
「ああ、今日は参席してくれてありがとう」
シャロンは王の顔を見上げた。その目もサムエル殿下とよく似た冷たい色をしている。
これは駄目だとシャロンは、父の袖を軽く引いた。
侯爵は呆然と王を見ていたが、それで我に返ったようだ。
「まあ、体を大事にね。シャロン嬢」
王の横に座る王妃は労りの言葉を掛けてくれたが、それ以上の関心は全く感じられなかった。
「いったいこれはどういう事なんだろう。なぜなんだ」
「わかりませんわ」
帰りの馬車の中で、二人はずっと黙っていた。
侯爵にはまるで訳が分からないようだった。それはシャロンも同じだが、二人の拒絶の強さは、はっきりと分かった。これでは、王太子妃どころか、貴族令嬢として、この国で生きていくことすら難しくなる。
余りに早く帰宅した主人たちを迎え、屋敷の者たちは慌てた。
シャロンはすぐに部屋に戻り、そのまま家に引きこもった。
その数日後、サムエル殿下の婚約者の名が発表された。
お相手はリネット嬢だった。
シャロンは泣いてみせた。
引きこもっている間に、シャロンはあの時のサムエル殿下の冷たい目を、何度も思い出していた。
今まで、シャロンの魅力を拒絶するものは誰もいなかった。それが、あの目。
あまりにショックだったが、凄く刺激的でもあった。
白猫のメイが、カナリヤを食い殺した時と同様の、ゾクッとする快感が背筋を走り抜ける。
シャロンは人生で初めて、他人に本当の興味を覚えた。
「私は誰かの陰謀によって、陥れられたのだと思います」
シャロンは涙をハンカチで押さえながら、父のテイル侯爵に向かって告げた。
「それはベルディ侯爵家のことか? ウサギやリボンの事で、話が食い違っているようだが」
「さあ、わかりません。お父様、婚約祝いのパーティーで、様子を探っていただけませんか。私はその夜会には出席できません。どんな卑劣な嫌がらせをされるか、わかったものではありませんから」
一人で夜会に出席したテイル侯爵は、王からシャロンを社交界に受け入れないと告げられて帰宅した。
肩を落とし、頬は一晩でげっそりとやつれている。
「シャロン。王に、お前がリネット嬢からリボンを奪ったと言われた。それは本当なのか? もしそうなら、我が家は王家を象徴する品を盗んだ罪に問われてもおかしくない。だが、これまで何も言われてはこなかったのに、なぜ今になって?」
シャロンは、これは完全に自分の負けだと頭を切り替えた。
王家はテイル侯爵家を潰したくはないようだ。だがシャロンは排斥したいのだろう。だから今まで放置した。理由は分からないけど、おそらく、そう。
自分が生き残る道は……
隣国の伯爵家に嫁した叔母は子供に恵まれず、シャロンが娘になってくれれば嬉しいのに、とよく言っていた。
「お父様。そんな嘘に騙されてはいけません。私は無実ですわ」
「それならば、すぐにでも冤罪を晴らすよう、私が王に働きかけよう」
「駄目です。今の状況では何をしても無駄でしょう。これ以上テイル侯爵家の立場を悪化させないために、私と縁を切ってください」
「馬鹿な。お前は何も悪くないのに」
「いいえ、今この国に正義は有りませんわ。弟のミシェルの為にも、私がいてはいけないのです。私を隣国の叔母さまの所にやって。お願い」
シャロンの涙に、テイル侯爵は項垂れた。それから、少し離れて乳母のスカートにつかまっている幼いミシェルを見て、涙を流した。
それからすぐ、シャロンはテイル侯爵家から除籍され、隣国の叔母の養女として引きとられて行った。
その馬車の中で、付き従った侍女二人は彼女の不遇を思って泣いたが、シャロンは窓の外を眺めて微笑んだ。
隣国の王太子殿下は十七歳のはず。婚約者が既にいるそうだけど、問題はないわ、とシャロンは考えた。
これまで、彼女の微笑みに靡かなかったのは、サムエル殿下以外にいない。
「またお会いしたいわね。サムエル殿下」
第二章の最終話です。
第三章はシャロンの父の視点での話です。




