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【シャロン】白薔薇の仮面は微笑む  作者:
第二章 シャロンの戸惑い――シャロン視点

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シャロンの誤算

 シャロンはウサギを追い経て、二人の間に割り込んで行った。


「まあ、綺麗なリボンね」

 リネット嬢が手に乗せているリスを見てそう言ったのは、そのリボンが普通の物には見えなかったからだ。王家の紋章が織り込まれた豪奢なリボン。

 聞いてみると、やはり王家の特注品で、しかも王妃の手作り。つまり特別な品なのだ。


「私のウサギにもください」とサムエル殿下に言ってみたが、もうないのだと断られた。


 だから、後でリネット嬢に声を掛けた。どう考えても、そのリボンはシャロンの物なのだ。


「そのリス、可愛らしいわね。見せてもらえない?」


「ええ、いいですよ」


「かわいい。ねえ、私のウサギにもこのリボンが似合いそうだから、少し貸していただけないかしら」


 彼女はリスの首からリボンを外し、差し出してきた。

 シャロンはリボンをウサギの首に結びつけてみた。色合いはあつらえたようにぴったりだったが、少し短かったので、首をきつく締めないと結べない。

 ウサギはジタバタしていた。


「やっぱり、とっても似合うわ。毛色とぴったり。さすが、サムエル殿下が下さったウサギだわ」


「毛色にぴったりと合いますね」


 そう言って少し考えてから続けた。


「首に巻くより耳に巻いたほうがかわいいかもしれませんね。試して見られては?」


 首のリボンを解き、耳に巻いてみる。こっちの方が確かに可愛らしいし、リボンが映える。


「ありがとう。本当にそうだわ。サムエル殿下にお見せしたいから、これいただくわね」

 

 サムエル殿下にはその日お会いできなかったけれど、後日お見せできるようにきれいに保管することにした。

 ウサギの毛皮はポシェットになり、綺麗な青いリボンは、その毛色によく映える素敵な縁飾りになった。



 その後しばらくして、サムエル殿下は留学することになった。


 婚約者の公式な発表は無かったが、周囲はシャロンの持つウサギのポシェットを見て理解した。王家側からは、それに対して、肯定の言葉も否定の言葉もない。

 全くの沈黙を貫いている。

 そのため暗黙の了解で、シャロンは周囲から、サムエル殿下の婚約者候補として扱われるようになった。

 

 本来婚約者となったなら、厳しい王太子妃教育が行われるはずなのだが、中途半端な立ち位置のシャロンには、何の制約も義務もない。

 彼女の周囲はそのことを危惧したが、本人は何の問題も感じてはいなかった。


「私が王に王太子妃教育に関して確認しよう」


 侯爵がそう言い出したが、シャロンはそれを止めた。


「お父様、まだ私が正式に選ばれているわけでもありません。先走ったら、顰蹙を買います」


「それも、そうだが、大丈夫なのかな?」


「家庭教師からしっかりと教えを受けています。淑女としてのたしなみは十分身に付いていますわ。それに社交は私の得意分野です。知識はサムエル殿下が戻られてからでも学べます」


「そうか。そうだな」


 サムエル殿下の婚約に関して、王家は彼の帰国まで凍結すると発表し、それ以降一切何もしていない。下手な口出しはまずいかもしれない。

 侯爵は納得した。


 シャロンは侯爵の様子を見てほっとした。真面目に勉強するのは苦手だし、勉強の必要があるとも思えなかった。

 自分は自分のままで充分なのに、これ以上何が必要だと言うのだろう。シャロンには理解できない。


 年ごとに華やかさを増すシャロンの周囲には、若い男性達が群がるようになった。王太子の婚約者候補であっても、未だ婚約者と決まっているわけではない。

 彼女の周りはいつも賑わっていた。


 恋のお相手も何人か入れ替わっていった。

 恋と言っても、一対一の真剣な付き合いではない。

 崇拝者の群れに囲まれていて、その中で、お気に入りが替わって行くだけの事だ。


 それでも若い男性たちは、彼女の寵愛を競い合い、その中で争い事が頻発するようになる。

 年齢が上がるに従い、その争いは、大きく深刻なものになって行った。


 シャロンが15歳のある時、夜会でのエスコートをめぐり、争い事が起こった。

 特に強くシャロンに惹かれていたレイド伯爵家子息マーカスと、同じく彼女に執着していたバーチ伯爵家子息ハリスとのトラブルが、決闘にまで発展しそうになった。


「シャロン嬢。お願いです。ハリスを止めてください。マーカス様は近衛騎士団に入団予定されています。とてもハリスが立ち向かえる相手ではありません」


 ハリスの姉のマーガレット嬢が、シャロンの腕に取りすがった。


「まあ、どうしたらいいのかしら」


「マーカス様をエスコート役に御指名ください。そうすれば争わずに済むはずです」


「そうね。では今から二人の元に行きましょう」


 二人と取り巻きの少女たちは、言い争っている男たちの元に向かった。

 争っている二人の男はシャロンたちが寄ってくると、一旦諍い合うのを止めたので、周囲で見守っていた者たちは安堵した様子だった。


「二人共、争うのは止めて。エスコートはハリス様にお願いするわ。マーガレット嬢から頼まれたの」


 マーガレット嬢が、ヒッと声を漏らした。

 マーカスの目が吊り上がり、それまでの比ではないほど険悪な雰囲気が辺りを取り巻く。


「姉に仲介を頼むとは見下げ果てた男だ。お前なんかに譲れるか」


 結局そのまま決闘になり、ハリスは死んだ。マーカスはあまりに些細な諍いでの決闘を咎められ、伯爵家を追い出されることになった。

 マーガレット嬢はそのまま修道院に入り、バーチ伯爵家は領地に引っ込んでしまった。

 

 この顛末に、周囲の者達は密かに噂をした。


「マーガレット嬢は、マーカス様を選んで欲しいとお願いしたそうよ。シャロン嬢は、何でまたハリス様を選んだのかしら。しかもわざわざマーガレット嬢から頼まれた、なんて付け加えて」


 この噂は、目立たないよう、水面下でささやかれた。

 十五歳ともなれば、いつも男性の取り巻きに囲まれているシャロンを、非難の目で見る者も現れ始めていた。

 だが、王家は何も言わない。

 つまり、これでいいという事だろう。貴族たちはそう捉えていた。それならば、下手な批判などできない。


 テイル侯爵家では、彼女が十二歳になった頃に注意を促した。それに対してシャロンは答えた。


「いつも十人近い貴公子たちに囲まれているけど、誰かと特別な付き合いをしているわけではないわ。女性たちも男性たちも勝手に寄って来るのだもの」


 それはその通りだった。

 娘がかわいい侯爵は、仕方が無い事だと思ってしまった。


 実際にシャロンはかわいい。見たら誰もが近寄って、その微笑みと、可愛らしい声を聞きたくなる。

 まだ無垢な年なのだから、もう数年様子を見ようと思っていた。

 妻が早くに亡くなったため、どうしてもシャロンには甘くなってしまう。

 だが、シャロンは素晴らしい娘なのだ。年の離れた弟のミシェルも姉にべったりだった。


 そうして目を瞑っている内に彼女は十五歳になり、悲劇が起こってしまった。

 侯爵家では、これを負い目に思い、バーチ伯爵家にお悔やみを送った。丁寧な謝礼が届いたが、交流は一切断られてしまった。


 シャロン自身は、どんなトラブルにも全く無頓着だった。将来の王妃である自分が何をしようと、それは正しいのだと思っている。

 彼女の自信が周囲を黙らせていった。

 


 

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