シャロンの誤算
シャロンはウサギを追い経て、二人の間に割り込んで行った。
「まあ、綺麗なリボンね」
リネット嬢が手に乗せているリスを見てそう言ったのは、そのリボンが普通の物には見えなかったからだ。王家の紋章が織り込まれた豪奢なリボン。
聞いてみると、やはり王家の特注品で、しかも王妃の手作り。つまり特別な品なのだ。
「私のウサギにもください」とサムエル殿下に言ってみたが、もうないのだと断られた。
だから、後でリネット嬢に声を掛けた。どう考えても、そのリボンはシャロンの物なのだ。
「そのリス、可愛らしいわね。見せてもらえない?」
「ええ、いいですよ」
「かわいい。ねえ、私のウサギにもこのリボンが似合いそうだから、少し貸していただけないかしら」
彼女はリスの首からリボンを外し、差し出してきた。
シャロンはリボンをウサギの首に結びつけてみた。色合いはあつらえたようにぴったりだったが、少し短かったので、首をきつく締めないと結べない。
ウサギはジタバタしていた。
「やっぱり、とっても似合うわ。毛色とぴったり。さすが、サムエル殿下が下さったウサギだわ」
「毛色にぴったりと合いますね」
そう言って少し考えてから続けた。
「首に巻くより耳に巻いたほうがかわいいかもしれませんね。試して見られては?」
首のリボンを解き、耳に巻いてみる。こっちの方が確かに可愛らしいし、リボンが映える。
「ありがとう。本当にそうだわ。サムエル殿下にお見せしたいから、これいただくわね」
サムエル殿下にはその日お会いできなかったけれど、後日お見せできるようにきれいに保管することにした。
ウサギの毛皮はポシェットになり、綺麗な青いリボンは、その毛色によく映える素敵な縁飾りになった。
その後しばらくして、サムエル殿下は留学することになった。
婚約者の公式な発表は無かったが、周囲はシャロンの持つウサギのポシェットを見て理解した。王家側からは、それに対して、肯定の言葉も否定の言葉もない。
全くの沈黙を貫いている。
そのため暗黙の了解で、シャロンは周囲から、サムエル殿下の婚約者候補として扱われるようになった。
本来婚約者となったなら、厳しい王太子妃教育が行われるはずなのだが、中途半端な立ち位置のシャロンには、何の制約も義務もない。
彼女の周囲はそのことを危惧したが、本人は何の問題も感じてはいなかった。
「私が王に王太子妃教育に関して確認しよう」
侯爵がそう言い出したが、シャロンはそれを止めた。
「お父様、まだ私が正式に選ばれているわけでもありません。先走ったら、顰蹙を買います」
「それも、そうだが、大丈夫なのかな?」
「家庭教師からしっかりと教えを受けています。淑女としてのたしなみは十分身に付いていますわ。それに社交は私の得意分野です。知識はサムエル殿下が戻られてからでも学べます」
「そうか。そうだな」
サムエル殿下の婚約に関して、王家は彼の帰国まで凍結すると発表し、それ以降一切何もしていない。下手な口出しはまずいかもしれない。
侯爵は納得した。
シャロンは侯爵の様子を見てほっとした。真面目に勉強するのは苦手だし、勉強の必要があるとも思えなかった。
自分は自分のままで充分なのに、これ以上何が必要だと言うのだろう。シャロンには理解できない。
年ごとに華やかさを増すシャロンの周囲には、若い男性達が群がるようになった。王太子の婚約者候補であっても、未だ婚約者と決まっているわけではない。
彼女の周りはいつも賑わっていた。
恋のお相手も何人か入れ替わっていった。
恋と言っても、一対一の真剣な付き合いではない。
崇拝者の群れに囲まれていて、その中で、お気に入りが替わって行くだけの事だ。
それでも若い男性たちは、彼女の寵愛を競い合い、その中で争い事が頻発するようになる。
年齢が上がるに従い、その争いは、大きく深刻なものになって行った。
シャロンが15歳のある時、夜会でのエスコートをめぐり、争い事が起こった。
特に強くシャロンに惹かれていたレイド伯爵家子息マーカスと、同じく彼女に執着していたバーチ伯爵家子息ハリスとのトラブルが、決闘にまで発展しそうになった。
「シャロン嬢。お願いです。ハリスを止めてください。マーカス様は近衛騎士団に入団予定されています。とてもハリスが立ち向かえる相手ではありません」
ハリスの姉のマーガレット嬢が、シャロンの腕に取りすがった。
「まあ、どうしたらいいのかしら」
「マーカス様をエスコート役に御指名ください。そうすれば争わずに済むはずです」
「そうね。では今から二人の元に行きましょう」
二人と取り巻きの少女たちは、言い争っている男たちの元に向かった。
争っている二人の男はシャロンたちが寄ってくると、一旦諍い合うのを止めたので、周囲で見守っていた者たちは安堵した様子だった。
「二人共、争うのは止めて。エスコートはハリス様にお願いするわ。マーガレット嬢から頼まれたの」
マーガレット嬢が、ヒッと声を漏らした。
マーカスの目が吊り上がり、それまでの比ではないほど険悪な雰囲気が辺りを取り巻く。
「姉に仲介を頼むとは見下げ果てた男だ。お前なんかに譲れるか」
結局そのまま決闘になり、ハリスは死んだ。マーカスはあまりに些細な諍いでの決闘を咎められ、伯爵家を追い出されることになった。
マーガレット嬢はそのまま修道院に入り、バーチ伯爵家は領地に引っ込んでしまった。
この顛末に、周囲の者達は密かに噂をした。
「マーガレット嬢は、マーカス様を選んで欲しいとお願いしたそうよ。シャロン嬢は、何でまたハリス様を選んだのかしら。しかもわざわざマーガレット嬢から頼まれた、なんて付け加えて」
この噂は、目立たないよう、水面下でささやかれた。
十五歳ともなれば、いつも男性の取り巻きに囲まれているシャロンを、非難の目で見る者も現れ始めていた。
だが、王家は何も言わない。
つまり、これでいいという事だろう。貴族たちはそう捉えていた。それならば、下手な批判などできない。
テイル侯爵家では、彼女が十二歳になった頃に注意を促した。それに対してシャロンは答えた。
「いつも十人近い貴公子たちに囲まれているけど、誰かと特別な付き合いをしているわけではないわ。女性たちも男性たちも勝手に寄って来るのだもの」
それはその通りだった。
娘がかわいい侯爵は、仕方が無い事だと思ってしまった。
実際にシャロンはかわいい。見たら誰もが近寄って、その微笑みと、可愛らしい声を聞きたくなる。
まだ無垢な年なのだから、もう数年様子を見ようと思っていた。
妻が早くに亡くなったため、どうしてもシャロンには甘くなってしまう。
だが、シャロンは素晴らしい娘なのだ。年の離れた弟のミシェルも姉にべったりだった。
そうして目を瞑っている内に彼女は十五歳になり、悲劇が起こってしまった。
侯爵家では、これを負い目に思い、バーチ伯爵家にお悔やみを送った。丁寧な謝礼が届いたが、交流は一切断られてしまった。
シャロン自身は、どんなトラブルにも全く無頓着だった。将来の王妃である自分が何をしようと、それは正しいのだと思っている。
彼女の自信が周囲を黙らせていった。




