凱旋帰宅
数日後、シャロンの一行は、王宮からテイル侯爵家に移動した。
「テイル侯爵、世話になる。よろしく頼む」
モリスがにこやかに挨拶をし、父が丁寧に応対をする。
シャロンは何時ものように華やかに微笑む。
バイセンからシャロンに従ってきた者たちは、王宮でひっきりなしに訪問を受けるシャロンを見てきたので、この勝利に酔ったかのように、顔を紅潮させている。
バイセン伯爵夫妻もだが、それより浮かれているのは、侯爵家からシャロンに従ってスール国に移住した侍女の二人だろう。
勝利の帰宅そのもので、一行を迎える侯爵家の使用人たちも誇らしげだ。
フォルビア国でのお披露目の夜会は大成功で終わり、その後、友好条約の再提携も無事に済んだ。
国家間の行事が終わり、この訪問は大成功の内に予定を終えていた。
シャロンは微笑みながら、屋敷の者たちを見渡した。
父の後ろには執事のデビットが、そして屋敷のエントランスまで、使用人たちが並んでいる。
シャロンと目が合うと、どの顔も表情が輝く。
父と並び、屋敷に向かいながら、シャロンは尋ねた。
「お父様、ミシェルは?」
「残念ながら、少し具合が悪くてね。部屋で安静にしているのだよ」
「まあ、後でお見舞いにいきますわね」
「ああ、そうしよう。未来の義兄にぜひご挨拶させたい。様子を見計らって、連絡するよ。伝染る病気だといけないから、医者の見立てがはっきり出るまで、近寄らないように」
父はシャロンのお付きの者たちにもそう言い聞かせた。
モリスが残念そうな表情を浮かべる。
「天使のミシェルに会えるのを、楽しみにしていました。この滞在の間に会えたら嬉しいのだが。具合はどうなのでしょう」
「ミシェルも楽しみにしていました。だがお二人に何かがあってはいけない」
モリスを貴賓室に案内した後、シャロンは自室に移動した。後でモリスがシャロンの自室を訪ね、そこで午後のお茶会をすることになっている。
厨房関係者はシャロンに向かってお辞儀をし、足早に持ち場に戻っていく。
アフタヌーンティーの準備に取り掛かるのだろう。
久しぶりの我が家の味で、それは楽しみだった。
久しぶりに会う侍女たちが、こぞってシャロンの世話に付きたがる。
それを、バイセン伯爵家の使用人たちは、微笑んで見ている。
隣国にお供をした二人の侍女は、高らかに喋り散らしている。
「あの辛かった日が嘘のようですわ。不正が正されたのだわ」
「それよりも、あるべき姿に戻ったのよ。王宮での騒ぎったらなかった。リネット嬢は霞んでしまって、全く目立たなかったのよ」
王宮での夜会の様子を皆が聞きたがり、その話で侍女たちは盛り上がっている。
「サムエル殿下より、モリス殿下のほうが年齢が上の分、格好がいいですわ」
その言葉にシャロンは振り向き、会話に加わった。
「サムエル殿下とリネット嬢との仲はどうなの? リネット嬢がとても大人しくて気になったのだけど」
長く仕えている侍女が答えてくれた。
「目立つご令嬢ではないので、噂はあまり聞かないです。確かデビューもまだですものね。どんな様子でした?」
それには夜会に付いていった侍女が答えた。
「生真面目そうで大人しい感じのご令嬢ね。サムエル殿下とは仲が良さそうだけど、甘い雰囲気はないですね」
「サムエル殿下は、ご満足されているのかしら」
シャロンが小首を傾げて言うと、侍女が内緒話をするように身を乗り出し、声をひそめた。
「夜会でシャロン様と踊ったとき、サムエル殿下はシャロン様に見惚れていましたよ。今頃、ご自分の選択を悔んでいるのではないかしら」
まあ、という声が重なる。
「でも、もうシャロン様はモリス殿下のもの。手が届きませんわね」
華やかな笑い声が上がる。
シャロンはその様子を眺めながら、考えていた。
「私、サムエル殿下がお気の毒だわ。だって、あんな地味なご令嬢が相手なのよ」
侍女たちはその言葉に感激したようだ。
「あんな仕打ちを受けたのに、優しすぎますわ」
侍女たちが騒ぐ様を、飽きれて眺める。何て目が曇っていることか。
モリスは一目でシャロンにのぼせ上がった。
あまたの男たちの一人でしかない。
シャロンに惑わされない唯一、サムエル殿下の価値が見抜けないおバカさんたち。
彼も惹かれているのは確かなのに、決して近付いては来ない。
それはリネット嬢のせいだろうか。初めはそんな風でも無かったのに、夜会の間に何かが変わった。
ふと、思いがけない考えが頭に浮かんだ。
サムエル殿下を自分のものにできないかもしれない。
これは初めての感覚だった。
そんなことがあるのだろうか。でも、今の状況だと、このままスール国に戻ることになる。
これは、敗北というものなのだろうか。
……いいえ、一旦引くだけよ。ただ、これは二度目だ。
二度も手を引くことになるなんて……
ふふふ、と笑い声が漏れた。
侍女たちがシャロンを見て感嘆の声をあげる。
「天使ですわね。シャロン様にお仕えできて、私は幸せです」
皆、シャロンの心底嬉しそうな表情と笑い声に驚き、口々に褒めそやす。
「やはり隣国に行ったのが大正解でした。シャロン様は、あるべき場所に収まったのですわ」
シャロンは侍女たちの称賛のずれようが面白くて、更に笑った。
部屋は明るく華やかな雰囲気に包まれ、更に人が集まってきた。
モリスが訪れた時も、その雰囲気は残ったままで、彼も微笑みながら挨拶をした。
「今回の訪問は、緊張したものになると想像していたから、面食らってしまう。王妃は君を気遣うような様子だったし、サムエル王太子は君に見とれているし。全く想定外だよ」
周囲の者たちは、ぱっと表情を明るくした。そして自慢げに微笑む。
シャロンはモリスをたしなめた。
「嫌ですわ。愛らしいリネット嬢がいらっしゃるのに、おかしなことを言うものではありませんわ」
モリスはシャロンに身を寄せ、耳元に小声でささやいた。
「可愛らしい令嬢だね。でも君と比べる相手ではないよ」
「まあ」
二人を見守る使用人たちは、誇らしげだ。
「庭を散歩しませんか。私のお気に入りの場所を案内します」
シャロンが言うと、侍女たちは我勝ちにお供をしたがり、後ろに並ぶ新参者たちに声をかけた。
「お嬢様の散歩にお供するので、荷の整理をお願い」
「承知しました」
二名の新人の使用人は、にこやかに答え軽く頭を下げる。
それからシャロンはモリスを案内して、にぎやかに話しながら庭に出た。
「ここの花壇は外国の花ばかりを植えています。それに、こちらは珍しい品種を選んで私が育てていた花壇です」
シャロンは自慢の花壇を、モリスに披露した。
説明するうちに、数種類の草や花がなくなっていることに気がついた。
「ねえ、ジギタリスが無くなっているわ。枯れてしまったの?」
「あら、そういえば、あの豪華な花が見当たりませんね。すらっと背が高くて目立っていたのに」
一人の侍女が事情を知っていた。
「確か庭師が、ミシェル様が間違えて口にしたら危ないと言って抜いていたわ。もったいないけど、それもそうですね」
シャロンの表情が曇ったのを見て、その侍女は慌てて言い足した。
「バイセン伯爵家は、テイル侯爵家と同じで、手広く貿易を行っていますから、珍しい植物が手に入るはずです。新しい花壇をお作りください」
シャロンは少し考えてから侍女に向かって言った。
「そうね。この先、ここの花壇を見ることは滅多にないのだわ。なんだか寂しいものね」
モリスがすぐにシャロンの手を取った。
「僕が手伝うよ。欲しいものがあれば何でも言って」
「ありがとうございます。では、おねだりする事を考えておきますね」
周囲の侍女たちが華やかに笑った。
次回は10月10日(土)20:00です。




