シャロンの恋とは?
僕はリネットを連れて、父の元に向かった。
父はちょうど王族の席に戻ったところで、僕らを見ると、自分の側の椅子を勧めてくれた。
「問題なく楽しめているかな?」
「少々……」
父の眉がピクッと上がった。
僕はリネットを促した。
彼女から「シャロンがサムエル殿下に恋をしている」と聞いて、父は眉をひそめた。
「それが本当なら外交問題になりかねん。シャロン嬢が何をしたいのかによるが」
僕も同意した。
「モリス殿下は彼女にぞっこんです。シャロン嬢がおかしなことをしたら、両国間に亀裂がはいる」
父が僕の方を見て、「何か覚えはあるか」と尋ねた。
「全くありません。会ったのは帰国後の夜会で一度きりです。その次が今回の訪問です」
「留学中も何の働きかけもなかった。少なくとも留学中ではないだろう」
黙って聞いていたリネットが、「よろしいでしょうか」と声を上げた。
「今回は初めからシャロン嬢の様子が違いました。それならサムエル殿下が帰国してからだと思います」
父がリネットに微笑みかける。
「よく見ているね」
「サムエル殿下に関しては、見逃しませんわ」
リネットはイタズラっぽく言う。
そんな今までとどこか違う彼女を見て、父が目を見張った。それから僕を探るように見る。
「じゃあ、その前提で考えると……婚約は……サムエルに会いたいから、か?」
リネットがハッとした。
「きっとそうですわ。それ以外、サムエル殿下に近付く方法はないのだから」
僕はしばらく考えてから、理解した。
隣国の伯爵令嬢として来たなら、王宮には入れないだろう。
でも、まさか。
父がグラスの水を一口飲んで、テーブルに置いた。
「てっきり王家への面当て、もしくは何らかの報復かと思っていたが。まさか恋情なのか? もしそうなら、近付いてどうしたいのかが最大の問題だな」
それからフーッと息を吐いた。
「リネット嬢。シャロン嬢は隠す気があると思うか?」
「一応は。でもあまり気にしていないようにも見えるので、どちらに転ぶか分かりません」
「とにかく、さっさと帰っていただこう。サムエル、なるべく接触を避けろ。モリス殿下に疑われたくはない」
花火の時間を早める件に関しては、父がすぐに担当者を呼び、手配を急がせてくれた。
その後、僕たちは父と共にゆっくりと夜会の様子を見ていた。
しばらくすると、モリス殿下とシャロンが揃ってこちらに向かって来た。二人共楽しそうに話をしている。その様子を見ると、先ほどの懸念は単なる誤解だったと思えてくる。
だけど、シャロンに関しては、油断できない気がする。
表情も雰囲気も、驚くくらいに急激に変化し、その理由やきっかけがわからない。
だから僕は、気を緩めずに彼女たちを迎えた。
王を挟んで反対側に二人は座った。
すぐに、モリス殿下がリネットを気遣ってくれた。
「リネット嬢、お加減はいかがですか」
「はい。もうすっかり良いのですが、念のため静かにここで皆様の様子を拝見しておりました」
シャロンもまばゆい笑顔を見せ、リネットを労わった。
その様子におかしなところは感じられない。
使用人が飲み物を運び、それを飲みながらのんびり雑談をした。
シャロンとの結婚は二年後に予定しているそうだ。
モリス殿下は嬉しそうに準備について話し、シャロンも幸せそうにそれに答えている。
そこに、花火の用意が整ったと連絡が入った。この国では花火の技術が発達しているので、国の大きな宴会では、花火があげられる。他国から来たものには、非常に喜ばれる。
大きな花火がまずは一発上がった。
周囲の人々が、ドンッという音で驚いた後、わあっと声を上げる。
皆が夜空を見上げた。
シャロンがうっとりとした様子で言う。
「綺麗。素敵ですね」
モリス殿下はシャロンの肩を抱き寄せ、微笑んでいる。
そして父に向かい、大きく頷いて見せた。
「夜会の締めとして、素晴らしい催し物です」
次の花火は連続の派手なもので、あたりに歓声が響く。
そこに足早に母がやって来た。僕は父の隣の席を母に譲り、リネットの反対隣に座った。
母が父に向かって少し不満顔で言う。
「まあ、やはり花火の時間を早めたのね。サムエルが、リネット嬢のために花火の時間を早めると言っていたから、私も早めに控室を出たけれど、少し早すぎますよ」
父は、母をなだめている。
僕は苦笑して母を見た。
その時、父たちの向こう側に座るシャロンが、こちらを見ているのに気が付いた。
モリス殿下の胸にもたれかかった姿勢で、顔がこちらを向いている。その目が暗い。
僕と目が合うと、暗い目のまま、くいっと唇の両端が持ち上がった。
――心臓がドクンと大きな音を立てた。
鼻から浅い息をしながら彼女を見詰めた。
リネットが僕の視線を追って、同じ方向を見る。
シャロンは、そのアンバランスな表情のまま、リネットに視線を据える。
体を固くしたリネットが、僕の袖をきつく掴み、その肩を僕は抱き寄せて、シャロンの視線から隠した。
父が僕たちの様子に気が付き、目だけを動かしてシャロンの方を見て、すぐに視線を母に戻した。母は全く気が付いていないようで、花火に目を細めている。
モリス殿下も花火に釘付けになっている。
彼が、ふとシャロンの方を向き、何事か話かけた。
シャロンはいつもの美しい笑顔に戻り、彼を見上げ、話し始めた。
僕は力を抜き、リネットの肩を抱いたまま花火を見ていた。
花火が終わり、夜会の終了が告げられると、モリス殿下はシャロンを連れてゆっくりと立ち上がった。
「素晴らしい夜会でした。感謝いたします。少し庭園を歩いてから部屋に戻ります」
モリス殿下はシャロンの手を取り、庭園に向かった。
僕たちは、その後姿を見送ってから、ゆっくり立ち上がった。
「もう帰ったほうがいいよ。しっかりと休息をとりなさい」
父がそう言うと、リネットは「ありがとうございます。そうさせていただきます」と答えた。
それから僕に向かって、小声で言った。
「今日は疲れましたわ」
そこに、リネットに付き従ってきていた侍女が寄って来た。
「お嬢様、控室に忘れてあったハンカチを、王妃様の侍女から受け取っております。私は見たことが無いのですが、こちらはリネット様の持ち物でしょうか」
侍女はリネットにハンカチを差し出した。
リネットがハンカチを見つめ、首を傾げた。侍女がハンカチを広げると、美しい花の刺繍と、イニシャルの「S」が刺繍されている。シャロン嬢の持ち物だろう。
「いいえ、私の物ではないわ。シャロン嬢がお見舞いに来てくださっていたから、彼女の物かもしれないわ」
リネットは侍女に、庭園にいるシャロンに尋ねてくるよう言いつけた。
侍女は不安げな表情をしていたが、ハンカチを小さな盆にのせ、庭園に向かって歩いて行った。
しばらくすると侍女が戻って来た。
「シャロン様にお伺いしてまいりました。シャロン様の物だそうですが、今日持ってきている物とは別なので、おかしいと仰っておりました。それでお渡しせずに、一旦持ちかえってまいりました」
おかしい?
僕はなぜか不安になった。
「そのハンカチはシャロン嬢の物なのだね? なぜ渡してこなかったの?」
侍女はためらった。
「いいから、思ったままを言って」
「何か不穏な気がしまして。一応持ち帰ってお調べさせていただきますとお伝えしました」
その次の日、ベルディ侯爵家から連絡が入った。
今朝になってから、侍女の手が腫れたそうだ。
母がハンカチに触った侍女に確認したら、彼女も指先に少しだけ水ぶくれができたという。
ハンカチに何らかの薬物が塗られていたようだ。




