スール国王太子歓迎の夜会1
次の日、スール国の王太子と、その婚約者であるバイセン伯爵令嬢シャロンを歓迎する夜会が開かれた。
夕方の開始時間になると、招待客たちが続々と王宮にやってくる。
会場は華やかに飾られ、楽団はいつもの倍もの人数が並んでいる。
招待客数も最大級の規模で、会場は熱気に満ちている。
シャンパンや軽食を手に、客の間を動き回る使用人たちの数も多い。
外交上の歓迎と、王族の婚約祝い、しかも自国の令嬢が婚約者になったことを祝う、豪勢な夜会だ。
常日ごろは抑え目な王が、このように派手な夜会を開くことは珍しく、貴族たちはそのことを色々と噂した。
大体は、「きっとシャロン嬢に対して後ろめたいのよ」か、「シャロン嬢の心証をよくしておかないと、後が怖いからな」のどちらかの言葉を口にしているようだ。
そう思ってもらえれば助かるな、と王と話していた通りになっているので、サムエルは、ほっとしている。
だが、まだ始まってもいないこの夜会を、主催者側として演じ終わるまで気が抜けないのだ。
演じる? もしかしたらゲームに近いのかもしれない。
昨日の打ち合わせの後、初めてリネット嬢にシャロンの事を訪ねてみたときの返答がそれだった。
◇
「リネット嬢は、シャロン嬢とはあの園遊会以降接点が無いのだよね?」
「はい、全くありませんでした」
リネットは特になんの感情も交えずに、軽く言う。あまり気にしてはいなかったようだ。
だが、婚約内定の通達をし、家庭教師を付けていたのだから、世間でシャロン嬢が婚約者候補と言われることに、何か感じていてもおかしくはない。
ベルディ侯爵には、外遊中で交流できない間は、外に漏らさないようにと言っておいたそうだが、よく四年間全く外に漏らさずにいたものだ。
「園遊会で話をした時、君はどう感じたのか教えてくれる? 確か僕が渡したリボンを、取られたと聞いているのだけれど」
「すごく無邪気に、『これは私がもらっておくわね』とおっしゃっていました。取り上げたとかではなく、単に持って行った、という感じでしたわ」
小首を傾げ、リネットはさらりと話す。
「でも、リボンはリネット嬢の物なのに、それに腹は立たなかったの?」
「ええ、何となくですが、この方の意に反することは、しない方がいいと思いましたので」
多分その勘は正しい。やはりリネット嬢は賢い。
「では質問を変えようか。リネット嬢はシャロン嬢をどう思う?」
珍しくリネットが考え込んだ。なんでも端的に話す質の彼女が、ためらったり、言葉を探すことは珍しい。
「私は、彼女を嫌いではありません。でもお友達になることはできません。多分、無理です」
「それは、なぜ?」
「彼女は、別世界の生き物に思えるのです。例えば天使のような。だから相いれない。
犬や猫は種が違うけど、この世界の生き物で、仲良くなったり友達になったりできます。なぜか、そういう違いを感じるのです」
リネットの言葉で、サムエルの感じていた違和感が突然くっきりとして見えた。
「そう、そうなんだ。僕も空気を相手にしているような、漠然とした違和感と不安を感じていた。そういうことなのかもね」
サムエルは気分が少しだけすっきりした。でも、どう接したらいいのかは、相変わらずわからない。
「シャロン嬢は容姿が美しいので、天使という例えはぴったりだろうね。でも得体がしれない。明日の夜会では、どう接したらいいのやら」
サムエルのぼやきに、リネットは笑いながら言った。
「私は、透明な盤を挟んで、ゲームの駒をあっちの世界とこっちの世界で差し合っているような、そんな気分で臨もうと思っております」
◇
従僕が呼びに来たので、サムエルは入場口の前に向かった。
そこには既に、王と王妃、その後ろにスール国王太子とシャロンが揃って立っていた。
その後ろにリネットが立っていて、二人と談笑している。それを見た瞬間に、警戒心がマックスまで上がったが、ふーっと息を吐き、気持ちを静めた。
今からが劇の本番、もしくはゲーム開始だ。
サムエルは微笑みを作ってから、三人の方に向かった。そして王太子とシャロンに礼儀正しい挨拶をし、リネットの横に並んだ。
シャロンは相変わらず嬉しそうにサムエルを見る。そこがさらに不気味なのだがと頭を軽く振ったら、隣に立つリネットが耳元に、「天使様ですわ」と小声で言った。
思わず笑いそうになり、口元をげんこつで押さえて、笑いを閉じ込めた。
優雅で軽快な音楽が演奏される中、王と王妃を先頭に入場門から会場に入る。途端に大きな歓声と拍手が沸き上がる。次はスール国の王太子とシャロン、その次がサムエルとリネット。
「さあ、ゲームの開始」とリネットが小声で呟く。
父王が壇上に立ち、「皆に乾杯のグラスを」と従者たちに指示すると、使用人たちが一斉にグラスとシャンパンを手にやってきて、客たちにそれを提供していく。
「グラスは行き渡ったかな? ではこの夜会の開始を宣言する。そして我が国のテイル侯爵家から、スール国のバイセン伯爵家に籍を移したシャロン嬢が、スール国の王太子殿下と婚約したことを発表する。お二人はこちらに」
王が招くと、二人は壇上に上がった。
王太子とシャロンは揃いの服装に身を包んでいる。その豪華さに負けないだけの華を備えた二人は、似合いの非常に目立つカップルだ。
サムエルとリネットは、各々彼らより一歳年下なこともあって、比べたら見劣りするとわかっていた。それで張り合わないことにして、無難な服装を選んでいる。
客の貴族たちは、王太子とシャロンの美しさと華やかさに、目を奪われ、興奮しているようだ。
「スール国王太子モリス殿と、婚約者のシャロン・バイセン嬢だ」
父が紹介すると、大きな歓声と拍手が沸き上がった。
「それでは、両国の繁栄と友好、そして二人の幸福な未来を祝して、乾杯!」
グラスが高々と掲げられ、夕日がグラスに反射する。
壇上の後方からその様子を見回してから、サムエルはリネットと微笑み合い、グラスを傾けた。
その後、食堂に移動し、食事が始まった。ここに列席できるのは三百人程度だ。その他の者たちは、別室で飲食が用意されている。
食事の後、舞踏会場で合流することになる。
王族の席は部屋の中央前方に設けられ、両端に王と王妃、片側にリース国王太子とシャロン、その対面にサムエルとリネットが座った。
王は席に着くと言った。
「両国とも、婚約が決まってからまだ日が浅いので、話したいことも、話し難いこともあることと思う。それで、この席には他の者を混ぜないことにした。気楽にくつろいで食事を楽しんで欲しい」
その言葉にモリスは、感謝のまなざしを向けた。
急な婚約者の辞退から始まった婚約のため、色々と言いにくいことも多いはずだ。
食事は和やかに進み、主に王と王妃がエドガーとシャロンに話し掛けた。そのやり取りから、モリスがシャロンにぞっこんなのが滲んで見えてきた。
そしてシャロンは?
楽しそうにモリス王子と話をしている。シャロン嬢もモリス王子に恋をしているのなら、問題は消えたのかもしれない。
そう思った時、シャロンと目が合った。
シャロンの表情が、花が突然に開いたかのように目覚ましく変化した。喜びが全身から溢れている。
衝撃で後ろに少しのけぞった。それ程、美しくあでやかな微笑み。それ以上に強く届くのは純粋な喜びの塊だった。
どうとらえたらいいのか、どう対応したらいいのか混乱する。
そして、認めたくはないけれど、彼女に惹かれる。
たぶんそれは一瞬の事で、気が付けば、シャロンはモリス王子と談笑している。
リネットがテーブルの下で、手でサムエルの膝を軽く叩いた。
「天使様は気まぐれですからね」
賢いリネットは、サムエルがあの表情に一瞬惹かれたのを、しかも強く惹かれたのをわかっているのかもしれない。
サムエルはテーブルの下で手を組み、心の中で祈った。
「リネット嬢、僕を導き給え」




