舞踏会
「食事が終わったら、休憩室にご案内しますので、そこでしばらくおくつろぎください。その後、大広間に準備している舞踏会場にご案内いたします」
父が二人に愛想よく話しかけた。
「ありがとうございます。こちらの料理は非常に洗練されておりますね。とてもおいしかったです。ありがとうございます」
皇太子が礼儀正しく答える。
シャロンも、食事につい手、嬉しそうに話した。
「鹿の煮込みがとてもおいしかったです。香草はこの国独自の物で、もう懐かしく感じました。叔母がよく話しておりますので、お土産に持って帰ろうと思います」
「それはいい土産になりそうですね」
父は非常に愛想が良い。
皇太子とシャロンが従僕に先導され、控室に移動する。
残った我々は、大きく息を吐きだした。
「シャロン嬢って、サムエルの事が好きなのかしら」
母が立って父の横に立ち、扇で隠して聞いているのが漏れ聞こえた。
やはりさっきの笑顔を見たのだろう。
「わからないよ。なんだかわからないと言ったらいいか。サムエル、大丈夫か?」
「はい、リネット嬢が付いていてくれますから」
父は顔をクシャッとゆがめた。
「なんだい、それは。頼りない言葉だね。この後の舞踏会では、彼女とダンスを踊ることになっているからね。どんな話題が飛び出すやら、見当もつかないね」
「はい。注意します」
父がリネットに話しかけた。
「リネット嬢は王太子と踊ることになる。会話に気を付けてくれ。多分探られると思う。できるだけはっきり話さず、はぐらかした方がいいかもしれないな」
その後ゆっくりと舞踏会の会場に向かった。
まずは王と王妃が踊り、次にモリス殿下とシャロンが出て行った。僕とリネットは、その姿を瞬く見つめた。
「とても華やかだね。とても似合いのカップルだ」
「ええ、素敵ですね。思い切り目立って、賞賛を浴びていただきたいですわね」
僕はリネットの手を取り、二組と離れたところで、控えめに踊った。その後に貴族たちが続き、フロアは熱気に満ちて行った。
一曲終わって戻ると、モリス殿下がリネットを誘いにやって来た。
リネットが出て行くのを見送り、僕はシャロンを誘いに行く。
「踊っていただけますか、シャロン嬢」
「ええ、もちろんですわ」
シャロンのダンスは、まるで妖精か雲と踊るように、体重を感じさせなかった。
「ダンスがお上手なのですね」
「サムエル殿下もですわ。とても踊りやすいです」
思えば十一歳のあの時から、彼女とはほとんど接点がなかった。こうして大人の仲間入りをしてから向かい合うのは初めてだった。
間近に見るシャロンは、少女から大人の女性に向かう途中で、初々しい色気が漂い始めている。
自分が書いた手紙の中の、「十七歳くらいまで、シャロンに惹かれていた」と言う言葉に、頷くしかない。
惹かれない男の方が少ないだろう。
それは絶対に駄目だ、と自分に言い聞かせ、それでもシャロンのけぶるマツ毛や、ピンク色の頬にぼうっと見とれてしまう。
曲はすぐに終わり、シャロンの手をモリス殿下に引き渡した。
もっと握っていたいと思ってしまう自分に、かなりの後ろめたさを感じる。
リネットに目を移すと、困ったような表情で言われてしまった。
「大丈夫でした? 天使様に篭絡されないでくださいませね。この世の方ではないのですから」
「ああ、そうだね。わかっているよ」
そう言いながらも、目はシャロンとモリス殿下を追ってしまう。
シャロンの元には、少しずつ人が集まり、その周囲を幾重にも取り囲み始めた。
昔、園遊会で見た光景と同じだ。
「サムエル殿下、王がお呼びです」
侍従が呼びに来た。
父に呼ばれてしまった。多分僕がぼんやりとシャロンに見惚れていたせいだろう。
怒られると思ったのだが、父の言葉は違った。
「シャロン嬢は魅力的だ。見惚れない方がおかしい。だからお前の態度は自然だったよ」
そんなことを言ってもらえるとは思わなかったので、驚いた。
「男たちは皆、そんな表情をしている。だからその方が目立たなくて良いってことだ」
父は周囲を見回し、皮肉っぽい表情をしている。
周囲を見ると、上ずったような表情の男が多かった。まだ僕の方がましかもしれない。
「シャロン嬢は凄いですね。悪いとか、怖いとかと同じくらい凄い。だけど、僕が選ぶ女性ではない」
そう言ったら、すごく気持ちが落ち着いた。
「僕にはリネット嬢がいる。僕はリネット嬢が好きです」
「ああ、それでいい。魅力的な物は魅力的だ。たとえ毒の花でもね」
ダンスフロアを見ると、シャロンが踊っているのが見えた。綺麗なダンスだ。華やかな笑みを浮かべ、非常に楽しそうにしている。
その様子を、他の女性と踊りながら、モリス殿下が見ている。
何となく不安そうな、不機嫌そうな表情をしている。嫉妬しているのかもしれない。
その向こうで、リネットが他の男性と踊っているのが見えた。
リネットは控えめな微笑みを浮かべ、何かを話している。相手の男も楽しそうに話をしているが、シャロンと踊っている男のような、うわずりきった様子ではない。
僕はリネットが戻ってきたところを捕まえ、もう一回ダンスフロアに出た。
「モリス皇太子には何か聞かれた?」
「シャロン嬢とは親しいのかと聞かれました。園遊会で一度話しただけで、あまり親しくないと答えましたわ。殿下は疑うような目で私を見ていらっしゃいましたけど、本当に何の接点もないのですから」
リネットはクスッと笑う。
「モリス殿下のお顔といったら。魅力的すぎる婚約者を持つと、気が気ではないですね」
僕はリネットの手に軽く口付けした。
「僕の君だって魅力的さ。でも他の男に物凄い微笑みを向けたりしないから、ありがたいよ。モリス殿下はお気の毒だね」
そう言って笑った途端に、リネットの顔を見て、ぎょっとした。
引きつって息を飲んでいる。
「どうかしたの?」
そう聞くと、リネットが下を向いた。
「振り向かないでくださいね。シャロン嬢に、恐ろしい顔で睨まれました」
僕は踊りながら、シャロンを探した。
少し離れた所にシャロンがいる。誰かと踊っている。
その表情は、先ほどと変わらず、満面の微笑み。
だが、リネットの表情は、見てはいけないものを見てしまったかのようだった。
「もしかしたらですけど、サムエル殿下が私の手にキスしたのを見たせいかもしれません。嫉妬ですわ」
「なぜ、そうなる?」
「さあ」
そう言ってリネットはため息を吐いた。
それから、なんだか疲れてしまったと言い、そのまま少し休憩室で休むことになった。僕は彼女をエスコートし、王族用の控室に連れて行った。
「誰か呼ぶから、ここで待っていてくれ。侍女は控えの間にいるのかい?」
「ええ、侍女をここに呼びますね。サムエル殿下は舞踏会場にお戻りください」
そう言うと、控えていた使用人に、ベルディ侯爵家の侍女を呼んでくるよう言いつけた。
「侍女が来るまで、ここにいるよ」
リネットへの愛情を再認識した僕は、彼女を一人にしたくなかった。
しばらくすると、ドアがすっと開いた。
「侍女が……」リネットが言いかけて止まった。
そこに立っていたのは、なぜかシャロンだった。




