シャロンとの再会
シャロンが隣国の王太子と共に、挨拶にやってくる。
その話を耳にしたとき、実は一瞬視界が白くなった。
「あの狡猾な女が、大人しくあきらめるはずがない」
自分が言ったその言葉に殴り付けられたような気がした。
僕は、破滅の運命から逃れた、と思っていた。
それが思い違いだったと、突きつけられた。しかもこんなに早く!
シャロンを追いやってから、まだ一年も経っていない。
実はあの後、全てが幻だったような気になっていたのだ。二十年後から戻った自分という存在も、自分に宛てられた手紙も。
何しろ僕自身は二十年後の自分と会っていない。
それでも、手紙の内容は衝撃的だったし、シャロンの行動には手紙の内容を裏付けるような、ゾクッとする怖さを感じた。
そして迷いながらも僕が選んだリネットは、思った通り素晴らしい女性だった。彼女と結婚したら幸せになれる。それは確信している。
国を治めるのだって、彼女と二人なら大丈夫そうだ。
だから、園遊会から始まった騒動を、すっかり終わったことと考え、安心していた。
全く、甘かった。
シャロンを迎え撃つため、僕は父と二人、考え付く限りの用意をした。
父がため息混じりに言った言葉が、忘れられない。
「戦闘なら経験もあるし戦略も戦術も学んでいる。だがシャロンを迎え撃つというのは、雲を掴むような気分だな。しかも周囲には軍人も学者も揃っているのに、誰も使えない」
本当にそうだと思う。
真面目に考えると、笑いたくなってしまう。
敵は、たかだか十六歳の少女なのだ。デビューしたばかりの、僕と同い年の少女。
では気楽に対応できるか、と自分に問いかけると、問いかけた途端に拒否反応が返る。
本能か何かが、危険だと騒ぎ立てる。
全く、厄介だ!
「侯爵はのんびりした性格のせいか、いまだにシャロンについて半信半疑なようだ。嫡男のミシェルに何事も起こらなければいいのだが。お前も王になったら臣下たちの性格をよく把握して対応しろよ」
父が心配するのはミシェルの安全についてだ。
あそこの執事がしっかりしているから、何とかなると思うが、主がしっかりと状況を把握していないと、動けない場面もあるだろう。
二十年後の僕が書いた手紙によると、シャロンは、身内への情が無いのに加え、家の存続も気にならないらしい。
そうこうするうちに、隣国の王太子たちがこの国にやって来た。
王都に向かう王太子一行の噂は瞬く間に広がっていく。
そんな中、『シャロン嬢の凱旋パレード』と言うささやきが、水面下で広がっているのは知っている。
父はこの言葉を肯定的にとらえている貴族を、ちゃっかりとリストアップさせているようだ。
さすが王。これを不満分子の洗い出しに使っているらしい。
僕に会った時、シャロンは僕を睨みつけるのか、ざまあ見ろと冷笑するのか、どちらだろう。
別にどちらでも、どうでもいい。
痛くもかゆくもないのだから。だけどなぜこんなに不安なのだろう。
問題は今後、隣国との関係を友好的に保つすべなのだ。王妃がシャロンなら、そこのかじ取りが難しくなるのは必至だ。
そして、一行が王宮に到着し、謁見が行われた。
その謁見の場で、シャロンが僕を見て「お会いしたいと思っておりました」と言った。
思い描いていたどれとも違う表情で。
僕は王太子として訓練した外交用の微笑みを顔に張り付け、軽くうなずくことしかできなかった。
そんな僕の肘に、リネットが軽く触れている。その温もりに支えられているような気分だった。
リネットは僕の隣で黙って立っている。
王太子たちが下がっていき、両親と僕とリネットは別室で食事をとった。
その席で、父は無言だった。
母は、何事か考え込んでいる。
「シャロン嬢が怒っていても仕方がないと私は思っていたの。子供のころ、少し問題のある行いがあったにしろ、社交界に迎え入れないというのは厳しすぎると思っていたの」
母には秘密を明かしていない。だから母の意見が一般的な周囲の見方なのだろうと思う。全てを知っているのは父と僕だけなのだ。
「だからシャロン嬢の怒りをなだめるように接しようと決めていたの。でもあの態度は何か違うわね。かえって怖くなってしまったわ」
黙っていたリネットが、考えながら言う。
「あれは恋する乙女の態度ですわ。なぜなのかはわからないですけれど」
僕は笑おうとして、リネットの真剣な表情に口を閉じた。
母も同じような表情をしている。
「でも、なぜ? 僕とは十一歳の園遊会以降、全く接点がなかったのに」
「わからないです。でもたぶん、そうだと思います。なぜ隣国の王太子の婚約者になったのに、その態度を隠そうともしないのかも、謎ですけど」
リネットが困ったような表情で言う。本当にわからないのだろう。この場にいる全員が同じだが。
「やはり、普通の令嬢だと思ったら駄目だな。王妃もリネット嬢も、最大限に注意してシャロン嬢に接するよう心がけてくれ。危険かもしれない」
母が驚いている。
「危険って、どういう意味です? 暗殺の可能性があるとかですか?」
母も王妃なだけあって、危険と言われて思い浮かべる範囲が広いようだ。シャロンの危険さは、どう危険かわからないところから、既に危険なのだ。
「リネット。君はなるべくシャロンを避けてくれ。もしシャロンがベルディ侯爵家に訪問を申し込んだら、何か理由を付けて断るようにして。いいね」
僕がそう言ったら、「そういう話が来たら、王宮で会う方向に促してくれ。一人では絶対に会わないようにしてほしい」と父が追加する。
そして、特にリネットに注意を促した。
「とにかく明日の夜会を乗り切ろう。周辺に護衛を多めに置く。もし誘われても絶対に二人きりにはならないようにしてくれ」
あまりに真剣な父の言葉に、母は少し笑いそうな表情をしている。
でもリネットは真剣に父の言葉を聞いているようだ。
そういえば、リネッとの間でシャロンの話題が出たことがなかった。リネットがシャロンをどう思っているのか、聞いたこともないのだ。




