シャロンの到着
『婚約者のジャニス嬢が、婚約解消を願い出た。理由は急な病で、快癒の目処が立たないためだという。
ジャニス嬢は領地に移り、体調が戻るまで静養することになり、王家はデュプレ伯爵家のこの願い出を受け入れた。
急遽、王太子の婚約者候補が数人立てられ、その中からシャロンが選ばれた』
両者からの報は、概ね同じ内容だった。
「どうなるのだろうな」
侯爵様は、独り言のようにおっしゃいます。
私に答えられるはずもありません。
「急な病とは何だろう。つい先日まで、あんなに元気そうだったのに」
侯爵様が不安気に小声で私に問いかけた。
「そういったことも、稀にございます」
私が答えると、ホッとしたように、「そうだな」と言い、顔をこすった。
稀な事です。私の脳裏に一瞬ですが、「事故」という文字が浮かびました。それをすぐに振り払い、考えるのを止めました。
その数日後に、王家から使用人が派遣されてきました。表向きは通常の雇い入れです。
それぞれ、侍女や従僕、料理人、下働き、護衛兵と、職種はバラバラです。
多分、離宮にもこのような人員が配備されているのでしょう。
王が非常に警戒しているのがわかります。
その彼らが、侯爵家に馴染んだ二ヶ月後、シャロン様方の訪問の打診が届きました。
侯爵様と私はレナルドを伴い、再び王の元に出向きました。
「やはり来たな。シャロン嬢の目的はなんだろう。報復か?」と王が独り言のようにおっしゃいます。
王太子が、「何らかの手を使って、リディアを害そうとするのではないでしょうか。あちらの令嬢を排除したように」
「何も掴めていないんだ。決めつけてはいけない」
王は一応サムエル殿下をたしなめました。
「伯爵家が固く口を閉ざしている。令嬢はすぐに領地に引っ込んだし、医者も同行していて、病状も全く分からない。どうやって王家を納得させたやら、見当が付かないよ」
そう言いながら王は私たちの顔を見ますが、誰の顔からも意見が見いだせなかったようです。
「決定の早さから言って、よほどひどいのだろう。ベルディ侯爵家に入れた侍女二名との連絡は問題ないか? レナルド」
「はい、定期的に連絡をやりとりしております。リネット嬢はシャロン嬢を警戒しているようです。侍女として潜入している者たちに、注意深く距離を置くよう言い聞かしたそうです」
賢い方なのでしょう。
先日、園遊会での顛末を伺い、その時にも思ったことです。
「ベルディ侯爵家には、先日連絡を入れた。リネット嬢が婚約者に決定の経緯について、不服があるかもしれないので、慎重に対応するよう言ってある」
王が侯爵に目を据えました。
「もしシャロン嬢が攻撃を仕掛けて来たら、こちらも水面下で反撃する。手加減はできないと思う。そう承知しておいてくれ。もちろん何事もないことを願っている」
侯爵様が目に見えてビクッと体を震わせました。
「シャロンは生家である我が家と、王家への挨拶に来るのですから、何をすることも無いと思うのですが、違いますか?」
「そうだといいな。なるべく日程を短く組んで派手な公式行事で歓待して、早く送り返そう。侯爵家での行事も同様にしてくれ」
「はい。ですが妹夫妻がやってきます。離宮に滞在するにしても、数日は我が家でもてなすことになるでしょう」
王は不安げに侯爵様を見ていらっしゃいます。
サムエル殿下が顔を上げました。
「ミシェルに付けている侍女から、ライオンの話を聞いた。犬に気を付けたほうがいい。辛い話は聞きたくないからね」
サムエル殿下は悲しげに言います。まるで悲しい事があったかのような、重みのある言い方に、嫌な気分になりました。
まるで、まるで……
私は考えるのを止め、犬を遠ざける方法を考え始めました。
狩猟用の犬は全部調教に出しておこう。他は愛玩犬や番犬だが、それもどこかに移す。
そう決めると気が楽になりました。
それからは非常に忙しく、また落ち着かない日々を過ごしました。
時折、自分は何を恐れているのだろうと考えてしまいます。相手は我が侯爵家のお嬢様、しかも十六歳の少女です。
そう思ってみても、心は従いません。
私はできる限りの準備を行いました。
そしてシャロン様たちが、この国にやってきました。
豪勢な馬車と、大勢の護衛の騎士団。非常に華やかで、そのパレードは国に入ったところから評判になっていました。
『シャロン嬢の凱旋パレード』だと、貴族の間ではもっぱらの噂になっております。それが首都に近づくに連れ、噂は広がり大きくなっていきました。
私共のところには、「さぞ胸のすく想いでしょう」という趣旨の事を言ってくる方々もいます。
そしてその一行が王宮に到着した日、私は侯爵様に従って王宮に赴きました。
迎える側の王とサムエル殿下の表情は、かなり厳しいものです。まるで、戦闘を見据えた交渉に及ぶかのような緊迫感があります。
王妃と侯爵は面食らったような表情を浮かべていて、内情を知る私は不安に感じてしまいます。
隣国王太子一行は王宮に到着し、離宮に案内されています。そこで、身支度をしてから、王に謁見する予定です。
そしてついにシャロン様が現れました。
王太子に手を取られ、輝くような笑みを浮かべた美少女が立っております。三か月前に見た時と比べても、ずっと大人びて美しくなっておられました。
迎える側の周囲の人々は、声にならないどよめきを上げています。礼儀上声を出してはいけないのですが、その声が聞こえるかのようです。
王がにこやかにシャロン様に微笑みかけ、上機嫌な様子で語りかけました。
「フォルビア国へようこそ、モリス殿下、そして婚約者のシャロン・バイセン嬢。歓迎いたします」
カステルの王太子殿下が少し構えた様子で答える。
「婚約者のシャロン嬢の生家とフォルビア国王への挨拶に伺いました。歓待いただきありがとうございます」
シャロン様はその横でニコニコとしておられます。非常に嬉しそうです。
「国王陛下、王妃陛下、お久しぶりでございます。こうしてまたお目にかかることができて、とても嬉しく思っております」
国王陛下はにこやかに、「シャロン嬢も息災で何よりです」と返しました。
傍目には、何の問題もない和やかな挨拶です。
シャロン様がサムエル殿下に目を移しました。
そして初々しく恥じらうような表情で、「サムエル殿下にもお変わりなく何よりです。お会いしたいと思っておりました」とおっしゃいました。
私は横からその表情を拝見してぎょっとしました。
たぶん、国王陛下と王妃陛下は同じことを感じたと思います。表情に出さなかったのはさすがと申せましょう。
私の前に立つ侯爵様は、体に力を入れて呆然としています。
婚約者の王太子の横に立ち、サムエル殿下への好意をあからさまに見せること。サムエル殿下の横にはリネット嬢が並んでいます。
隣に並ぶモリス殿下は気が付いていない様子ですが、一体どういうおつもりでしょう。
「長旅でお疲れの事でしょう。今日はゆっくりとお休みください。明日、歓迎の夜会を開きます」
「篤いもてなしと、細やかなお心遣いに感謝いたします」
モリス殿下はそう返して、シャロン様の手を引き下がって行かれました。
シャロン様たちの背後に並んでいた、バイセン伯爵たちが、侯爵様の元に挨拶に立ち寄りました。
侯爵はほとんど上の空でそれに返答し、「ちょっと立ち眩みがしてね」と言って早々にその場を辞しました。




