王への報告
侯爵様は私に、「早急に王への謁見を申し込む」とおっしゃいました。
早速、私は手紙をご用意し、侯爵様はサインを書き込むと共に『至急』の文字も書き込まれました。
そして、もう一枚の便箋に「シャロンが隣国で、王太子の婚約者候補に上った模様」と書かれました。
謁見は明後日の予定になっておりました。
今回の隣国訪問中の様子をご報告するための謁見です。
王は密偵から報告を受けているはずですが、隣国でのシャロン様には、特におかしな様子はありませんでした。
侯爵様の報告は付け足しのようなものです。そのため謁見の日程ものんびりと組まれておりました。
そんな状況に、この知らせは、まさに晴天の霹靂です。
侯爵様は、ミシェル様とシャロン様の関係について、調べようとされたところでした。
隣国でのシャロン様に問題はありませんでしたが、ミシェル様に対するふるまいに関しては、問題があることがわかったからです。
お土産を渡した次の日、乳母と、ミシェル様ご本人に、聞き取りを行ったのです。
乳母は、「シャロン様はミシェル様をおもちゃのように扱うのです。ですが、そう言っても誰も本気にしません。まだ小さいからとか、愛情表現だとか。だから私一人の胸に秘めて、ミシェル様をお守りしてきました」と言いました。
ミシェル様は、「お姉さまは怖いの。笑っていても何をするかわからないから、すごく怖いの」とおっしゃいました。
侯爵様が、「じゃあ、お姉さまには会いたくない?」
そう聞くと、黙ってコクンと頷かれました。
「じゃあ、お姉さまのことは嫌い?」
そう聞くと、ミシェル様は乳母の方を見ました。
乳母がゆっくりと縦に首を振ります。それを見たミシェル様は、侯爵様の方を向き小さい声で「嫌い」と言いました。
この件に関しての調査も慎重にしないといけません。
私が王宮に謁見申請を持参しますと、そのまま引き止められ、すぐに返信の封筒を渡されました。
屋敷に戻り、侯爵様にお渡しすると、その場ですぐに読んで私におっしゃいました。
「今晩来て欲しいそうだ。君も同行してくれ。密偵のレナルドが、君の観察したことも聞いた方がいいと進言したそうだ」
そういうわけで、私も侯爵様と一緒に王宮に再び参りました。
すぐに王の執務室に通され、そこには、王と王太子とレナルドが居ました。
「座ってくれ。まずは隣国からの手紙を読ませてもらっていいかな」
侯爵が手紙を王に手渡します。
その内容を一読し、「いいか?」と聞きます。公爵が頷くと、手紙を王太子に回し。王太子はレナルドに渡しました。
三人は読み終えると、互いに目を見かわし、何事か考えています。
私たちにとっては、晴天の霹靂ですが、王たちの受け止め方はもう少し違う雰囲気です。
言うならば、来るものが来た、というような。
「我が国の諜報員から、この情報はまだ届いていない。多分、ごく内輪の情報なのだろう。今日届いたということは、二、三日前の話なのだろうな」
「はい、おそらく。私たちが発った九日前の時点では、そんな話は全く出ておりませんでした。王太子殿下と婚約者の関係は良好で、シャロンは婚約者の令嬢と気が合うようで、行き来をしておりました。公爵家の令息とも親しくなり始めていました。いったいなにがあったやら見当がつきません」
ふうっと息を吐き、王がテーブルの上で両手を組みました。
「シャロン嬢が隣国の王太子の婚約者になると想定して、対策を練ろう」
「はい」と王太子が答え、レナルドは黙ってうなずきました。
「多分、この国にやってきますね。王太子の婚約者なら、丁寧にもてなすしかない。私とリネットとで、応対する場面も出てくるでしょう」
そういう王太子の顔は、かなり厳しいものです。
私は驚きましたが、侯爵様も驚いていらっしゃいます。
それに言い方が、戦争をしている敵軍の動向を語っているかのようです。
「密偵組織から、複数名を周辺に配置した方がいいでしょう。ただ、どれほど危険かと言うことを話す範囲が難しいです。話さずにおいて、取り込まれたら厄介です」
そう言ったのはレナルドです。彼も、戦闘もしくは諜報戦の話をしているような口調です。
私は目が回りそうになりました。
今、私は何を聞いているのでしょうか。
「すみません。シャロンがどういうわけか、隣国の王太子と婚約したとして、それの何がこの国を脅かすと言うのですか? 今のお話を伺うと、シャロンが国を亡ぼすかのようですが」
その言葉に対する王と王太子の表情は、非常に不可解なものでした。
すっと血の気が引いたような感じです。
緊張感がその場を覆いました。それをレナルドの冷静な声が破りました。
「シャロン嬢の行いを十一歳から十六歳の今まで、私がつぶさに見てまいりました。危険な人物であることは間違いありません」
レナルドの言葉は、事実に元づいた結論めいています。
それと比べて王と王太子の表情には、少しの怯えと焦りが含まれています。
たぶん、二人だけが知っている何かがあるのでしょう。
その表情は、ミシェル様と乳母の二人から感じたものと似通っています。
その時、私は真に悟りました。
シャロン様は危険なのだと。
それを体感した者たちと、それ以外での差がここに現れているのだと。
私は侯爵様に、話しをする許可を求めました。
「我が家の執事デビットが発言することを許可いただけますか?」
王から遠慮せずに話すようにと言われ、私は口を開きました。
「もしこの国にいらっしゃった場合、王太子殿下とシャロン様の滞在先はどこになるのでしょうか」
王はしばらく眉を寄せて考えていた。
「この王宮で部屋を用意するか、離宮に案内するか、侯爵家に滞在するかの三択だな。王宮には入れたくない。監視しやすい離宮か、もしくはテイル侯爵家でもてなしてもらうかだな」
やはり、そうなるのでしょう。私は言わなければならないことを言いました。
「王と侯爵様に申し上げます。恐れながら、ご嫡男のミシェル様が現在体調を崩されていらっしゃいます。テイル侯爵家でのご滞在は難しいかと存じます」
僭越ながら、屋敷の管理に関して責任を持つのは執事の私です。
侯爵様も知らなかったと言う態で、こう申し上げました。
王は深いまなざしで私を見つめます。王太子は、「ふーん」とだけおっしゃいました。
そして侯爵様は驚きましたが、すぐに、「......そうだな。ミシェルは今体調が悪い」とつぶやき視線を逸らしました。
私は侯爵家の内政を預かり、守らなくてはいけません。それが執事の仕事です。
「では、どこかの離宮に滞在してもらうことにしよう」
王の決定にひと安心した私に、王太子が驚くことを言いました。
「数人密偵を派遣した方がいいのではないか。遠慮しなくていい。こちらに滞在する間に、たぶんシャロン嬢は侯爵家にも出向くだろう。本来は離宮の監視に宛てたいが、顔を覚えられているだろうから、レナルドをそちらに付ける方がいいのだろうな」
王太子は、なぜかミシェル様が危険なことを理解されていらっしゃるようです。
わかってもらえることが、こんなに嬉しいとは。
私は屋敷に戻ったら、乳母をねぎらおうと決めました。
次の連絡が届いたら改めて話をしようと決めて、その日、侯爵様と私は屋敷に戻りました。
遅くなったので次の日に、乳母にねぎらいの言葉と、私自身も目配りすることを告げました。
乳母は泣いて喜びましたが、もしシャロン様がこの国に来ることになったら、どんな反応をするのか。
そしてその七日後、王家の密偵と伯爵家からの報が、ほぼ同時に届いたのでした。『シャロン様が王太子の婚約者に決定した』という報でした。




