帰国と驚愕
王妃様のお茶会が終わった三日後、デュプレ伯爵家のジャニス様のお茶会に、シャロン様は出席されました。
そこですっかりジャニス様と意気投合されたそうです。
シャロン様はジャニス様を自宅に招待し、それ以降頻繁に行き来をするようになられました。
そして公爵家のご招待には、シャロン様は王太子殿下とジャニス様と揃って出かけられました。
おつきの侍女によると、シャロン様は公爵家ご子息に丁重にもてなされ、王太子殿下とジャニス様はそれをとても喜ばれていたそうです。
案ずるより、と申します。
国の密偵が同行したことで、私は勘繰りすぎていたのかもしれません。
美しい将来の王太子妃とその取り巻きたちがやってくることで、屋敷は活気づきました。
他の令嬢たちや令息たちも続々と訪れてまいります。
私もバリイ殿の下で、精一杯お手伝いをさせていただきました。
レナルドも一使用人として、静かに働いております。
この二十日間、何も不都合なことは起こらず、そろそろ帰国しようという話が持ち上がりました。初めの予定より、既に二週間ほど滞在期間が延びております。
「侯爵様、五日後の帰国準備が整いました。国へのお土産もしっかりと用意ができております。他に何かご指示はございませんか?」
「ありがとう、デビット。シャロンがミシェルへのプレゼントを探しているそうだ。手紙も今書いていると言っていた。それを忘れずに受け取っておいてくれ」
「かしこまりました」
私はシャロン様に、プレゼントを出発前日に受け取りに伺うと告げました。
「それまでに急いで用意するわ。男の子の喜ぶものって何でしょうね。誰かに聞いて見ないと」
そうにこやかにおっしゃいます。
「そうだわ、エリオット様にお伺いしましょう。彼には十四歳の弟さんがいらっしゃるの。きっといい品物を教えてもらえるわ」
そう言って嬉しそうにほほ笑むシャロン様は、少し大人びて見えました。デビュタントを済ませ、社交界に正式デビューされたのです。もう大人なのです。
「公爵家まで手紙を届けに行ってもらえる? 品物のご相談と、買い物について。明日か明後日、お会いできるといいのだけど」
もうそこまで仲良くなっているのかと驚きましたが、男性方が群がるより前に、お相手を絞ったほうが問題が少ないと思います。きっとその方がいいでしょう。
母国で起こった事件を思い出し、私は納得しました。
シャロン様の手紙をバリイ殿に渡しました。
「ほう、だいぶお付き合いが順調に進んでいる模様ですね。それならあちらからの打診も、そう遠くないかもしれない」
バリイ殿は満足そうにうなずき、それを持って公爵家に向かいました。
次の日手紙の返事が届き、シャロン様はそれを嬉しそうに読んでいらっしゃいました。
「明日公爵家に遊びに伺います。外国から取り寄せた良いボードゲームを譲ってくださるそうよ。嬉しいわ」
そう言ってシャロン様は無邪気に喜んでいらっしゃいます。
公爵令息にしたら、シャロン様の周囲の者を自分の味方に付けたいのでしょう。弟君のミシェル様にもいいところを見せたい、というところでしょうか。
シャロン様が公爵家から持ち帰ったボードゲームはかなり立派で、ミシェル様には少し対象年齢が高めでした。でもミシェル様もすぐに少年期に入ります。子供扱いされるより、少し背伸びしたくらいの品の方が喜ばれるかもしれません。
伯爵様はお返しに何がいいか、頭を悩ませていらっしゃいますが、こちらもシャロン様同様に表情は嬉しそうです。
こうして何事もなく、私たちは国に向かって出発することができたのです。
帰国中の馬車の中、侯爵様が大きくため息をつかれました。
「なあ、デビット。シャロンはうまくやっていけそうだと思わないか。私は王から話を聞いて以来、ずっと胸に何かがつかえていたのだが、やっと気持ちが落ち着いたよ。これで王にも良い報告ができる」
「そうでございますね。私もずっとハラハラして見守っておりましたが、この分ですと、杞憂だったで済みそうに思えます」
私はレナルドの方に目を向けた。
レナルドはすぐに気付き、冷静な表情でこちらを見返す。
「どうでしょうか。レナルド調査官」
そう聞くと、「まだ半々と言うところです。何も表立って事件が起こってはいませんが、私には何か引っかかります」
レナルドは全く侯爵の気持ちに忖度せずに、思ったままを話した。
やはり常人とは感覚が違う気がされる。
侯爵が驚いてレナルドの方を向く。
「一体どのあたりがです。何か気にかかることがありましたか?」
「勘のようなものです。シャロン嬢は確かに王太子殿下に接触を試みられました。その後公爵令息と親密になり、王太子殿下とジャニス様とも親しく交流されていらっしゃいます。何かが始まって、まだ終わっていない。そんな気がしてなりません」
「まさか」
そう言って侯爵様が笑いました。
その後、馬車の中は軽い緊張に包まれましたが、それも休憩の後にはもとに戻り、私たちは退屈な旅を続けたのです。
帰国して侯爵家に戻ると、やはりほっといたしました。
持ち帰った土産をそれぞれに配り歩き、シャロン様のことを話して聞かせると、皆一様に目を輝かせます。
涙を流すものもいました。そしてとても喜びました。
「もしかしたら、お嬢様は隣国の公爵家に嫁ぐかもしれないのですね。良かった、本当に良かった。やっと幸せになれるのですね」
そうですとも。レナルドは、ああ言っていましたが、私もそう思います。そうあって欲しいと思っております。
ミシェル様にお土産を届ける時、侯爵様が誘ってくださったので、ご一緒させていただきました。
「ミシェル、シャロンお姉さまからのプレゼントだよ。すごく素敵なボードゲームなんだ。今度一緒に遊ぼう」
侯爵様はそう言いながら、ミシェル様には持てない大きさの箱を目の前に差し出しました。
ミシェル様は、「ありがとうございます」と言って、乳母のレーヌの方を見ます。手を出しません。
レーヌが変わって箱を受け取りました。
「ミシェル様には、まだ持てない大きさなので、こちらに置かせていただきます」
そう言って、テーブルの上に置きました。
やはりミシェル様は、シャロン様を怖がっておられます。それは以前から薄々気付いておりましたが、ここまで警戒されているとは知りませんでした。
侯爵様は次に手紙を渡そうとされました。
レーヌがすっと前に一歩出ました。
「シャロン様の手紙ですか?」
「ああ、そうだが」
「私がお受け取りいたします。まだ読むのが難しいので、私が読んで差し上げます」
侯爵様が少し考え込みました。今まで、ミシェル様にシャロン様が手紙を渡すことなどなかったはずです。それなのになぜこんなに警戒するのか。
それは私も疑問に思いました。同じ家に住んでいて、手紙のやり取りなどないはずです。
「何か、気になることがありますか?」
私はレーヌにそっと聞いてみました。
レーヌは固い表情のまま、手紙を見つめています。
「今ここで開封させていただいてよろしいでしょうか」
「ああ」
そう言って、侯爵様はぺ-パーナイフと一緒に手紙をレーヌに渡します。
レーヌは手袋をはめ、封を慎重に開けて中の手紙を指先で摘み出しました。異様な光景です。
そして手紙に目を通して大きく息を吐き、「大丈夫です」と言った。
侯爵様と私は目を見かわしました。これは、何なのでしょう。
「失礼してボードゲームの箱も、今開けさせていただきます。念のため」
そう言って箱を開けると、見事なゲーム盤が現れました。
「おお、素晴らしいな」
侯爵様が感嘆の声を漏らします。だけど私は異様に緊張したレーヌの顔と、そのスカートの後ろから覗き込むミシェル様の表情に釘付けになっていました。
盤を開くと、そこにはつぶれた人形とライオンがありました。
ミシェル様が悲鳴を上げ、レーヌが盤を手で払い、ミシェル様を抱きしめました。
侯爵様は、「これはどうしたことだ」と妙に平たんに言いました。
無言で侯爵様と私はその場を離れました。
その四日後、従者がやってきました。
「侯爵様、バイセン伯爵家から早馬が手紙を持ってやってきました」
侯爵様はその手紙を開き、目を通した途端に表情をなくし、人形のように私の方を向きました。
そして私に手紙を手渡します。
手紙をザっと読むと、そこには、「シャロンが王太子妃候補に挙がった」と書かれていました。




