招待状の山
帰宅後の邸内は、喜びで光り輝くようでした。
お付きの者たちが、デビュタントの様子を詳しく話して聞かせています。それは屋敷の隅々まで届き、厨房で皿洗いをしている見習いまでが、誇らしげにしています。
喜べていないのは、どうやら私だけのよう。
いえ、伯爵様と侯爵様は喜びながらも、困っている様子。
あの様子では、婚約者のデュプレ伯爵家が心穏やかでいられるはずがありません。
この先、シャロン様が何をしなくても、ひと悶着は起こりそうな気がします。
バイセン伯爵様の執事バリイ殿が、私の方に寄ってきます。
「どうかなさいましたか? 浮かない表情のようですが」
「申し訳ありません。自国でこのような姿を見ることができたら、と思ったら、複雑な気分になってしまいました」
「ああ、お察しします。あの様子では、あちらでも目立ったことでしょう。社交界にデビューしたこれからは、今までの比ではないでしょうけれど。私は今から気を引き締めないと」
そう、浮き浮きした様子で言います。社交界デビューしたばかりの魅力的な令嬢がいる屋敷。それは多方面にわたり、執事の腕の見せ所となります。
押し寄せる訪問客をうまくさばき、正しい順序でお招きし、気持ちよくもてなし、節度のある態度を守らせ、そして時間になったらきっちり追い出す。
バリイ殿にはできそうに思われます。
さぞ、腕が鳴ることでしょう。
「デビット様、お伺いしたいことがございます。少しよろしいでしょうか」
レナルドがやってきました。
聞きたくありませんが、そう言うこともできません。
彼は私にもう一歩近付くと、軽く頭を下げ、声を潜めました。
「侯爵様に話があるとお伝えいただけないでしょうか。この先のことをお話ししないといけません」
「わかりました。少し待ってください」
私は侯爵様に近付き、「少しお時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか」と声を掛けました。
「ちょっと待ってくれ。シャロンにもう一度、おめでとうの言葉をかけてくる」
そうおっしゃって、女性たちに囲まれているシャロン様の方に向かいます。
侯爵様が声をかけると、シャロン様とルース様が侯爵様を挟んで嬉しそうな声を上げます。
侯爵様が戻ると、私が先導して、レナルドの指定した部屋に案内しました。
「ご足労願いまして恐縮です、侯爵様」
レナルドは冷静な表情です。先ほどまでの使用人然とした様子が消え、官吏のようでいて騎士のような、どこか不思議な雰囲気の人物に変身しています。これが彼の素の姿なのでしょう。
「シャロン嬢が王太子にコンタクトを取りました。私はもう少し、この場で監視を続けたいと思います。ご滞在を少し伸ばすことは可能でしょうか」
「えっ」と声を上げ、侯爵様が椅子のひじ掛けを強く握りしめました。
「そんな様子は見ていない。一度も話しかけていないはずだ」
「ダンスの途中に、アイコンタクトされていました。それに対する王太子の出方を見たいと思います」
侯爵様は顔を白くされています。
「わかった。私も婚約者の伯爵家の出方が気になっている。落付くまで少し様子をみたいと思っていた。滞在の延長を申し出てみよう」
その申し出は、熱烈に歓迎されました。
伯爵は、相談相手が欲しかったようだし、ルース様は単純に喜んでいらっしゃる。
シャロン様も嬉しそうですが、一瞬だけ眉を顰められました。
それをなぜ私は見てしまうのか。私の横には、何も見逃がさないレナルドがおります。
そのせいかもしれません。
デビュタントの熱が冷めやらぬうちに、続々と訪問を問う手紙や、招待状が届き始めました。
それらを、「やれやれ」と言いながらバリイ殿がさばいていきます。私は彼の執務室で、手伝いをさせていただきながら、拝見しておりました。
彼の動きは、同業者として見て感心するレベルです。
一つの招待状をつまみ上げ、バリイ殿が動きを止めました。そしてこちらを向いて、小声で言います。
「デュプレ伯爵家からの招待状です」
ハッとしました。やはり、きましたか。
「ジーベン公爵家からの招待状もございます。この二件は別で扱わねばなりません。伯爵様にお伝えしてまいります」
そう言いおいて、バリイ殿は伯爵の執務室に向かいました。
彼が出て行って少しすると、また手紙の山を持った使用人が部屋を訪れました。
きりがなさそうです。
少しすると、今度はバリイ殿を呼びに、使用人がやってきました。
私が今、伯爵様の執務室にいると教えると、今からそちらに向かうと言います。
どうも急用のようです。
「何かありましたか?」
「王宮より、近習が書状を持って来られました。今お待たせしております」
――ああ、来てしまいましたか!
そんな気がしておりました。
あの時の王太子殿下は、しっかりとシャロン様に気付いていましたから。そしてあの微笑みをとても好意的に受け止めておられました。
それにしても早いです。
デビュタントから二日目にしてこれです。
シャロン様のターゲットであろう王太子殿下、取り巻きとして公爵家令息、恋敵の令嬢? いや単に邪魔者の位置付けでしょうか。
お三方から同時に招待状が届いております。
役者が揃ってしまいました。私が勝手に配役しただけですが、あながち間違ってはいない気がします。
シャロン様は、この状況をどうされるのでしょう。
伯爵様は?
侯爵様は?
そしてレナルドはこれをどう報告するのでしょう。
まさかシャロン様が、この国の王太子と婚約することはないと思います。
もし王太子のモリス殿下が心変わりしたとしても、おいそれと婚約者の変更はできません。
でも、トラブルが起こることは必至。
シャロン様は、大人しく生活する気などないのかもしれません。
こうなると、なぜか我が国の王は、あらかじめこの状況を想定されていた気がされてなりません。
それは王族の怜悧な勘なのでしょうか。
ぼんやりと座って待っていると、バリイ殿が戻ってまいりました。
「デビット殿、誰から書状が届いたと思います? 王妃様からですよ。なんということでしょうか。伯爵は書状を受け取り、唸っておられました」
バリイ殿は興奮しているようです。
王妃ですか。正直どっと気が抜けました。
安心したら脱力してしまい、私は半分上の空で、バリイ殿の話に相槌をうっておりました。
数時間後、伯爵様と侯爵様が、揃ってバリイ殿の執務室にやってきました。
私と目が合うと、侯爵様は目をそらしました。
「バリイ、これを王宮に届けておくれ。王妃様のお誘いに対するご返答だ。早めに頼む」
伯爵様が、にこにこしながらバリイ殿に告げます。
「五日後のお茶会への招待状だ。シャロンも喜んでいる。フォルビア国の様子を聞きたいと仰っている。これは、支度が大変だな」
シャロン様は侍女二名を伴い、黄色いドレスをお召しになり、浮き浮きしたご様子で、王宮に出かけて行かれました。
私たちは、お帰りを待つばかりです。
シャロン様のことですから、きっと上手に社交をこなして来られることでしょう。
馬車が戻ってきた音が聞こえます。
シャロン様がお帰りになった模様です。皆が急いでお迎えに出ました。
シャロン様は生き生きとした様子で馬車から降りてこられ、すぐに伯爵夫妻と侯爵様のもとにやってこられました。
「王宮はとても楽しかったです。フォルビア国の風物や、行事などの話をして、すごく楽しく過ごしました。私、フォルビア国では婚約者候補などと言われておりましたが、こんな風に王宮で過ごしたことはありませんでした」
その言葉にお三方は、ぐっと詰まったような表情をされます。
……確かに。
シャロン様は婚約者候補と言われてきましたが、実際に王宮でもてなされたことなど、一度もありませんでした。
何となく、私もしんみりした気分になってしまいました。
皆様が雑談をしているのを、私は複雑な気持ちで見守っておりました。
私のところにシャロン様付きの侍女がやってきて、王宮の素晴らしい様子を話してくれます。
その中で彼女の言った言葉が耳に刺さりました。
「途中でモリス殿下がお茶会に顔を出されて、挨拶されたのです。そのまま王妃様に誘われて参加されたのですけど、とても素敵な方でしたわ。どこの国も王子殿下は皆素敵ですね」
「モリス殿下おひとりですか? 婚約者の令嬢はご一緒ではなかったのですか?」
「ええ、ちょっとご挨拶に寄られただけの様子でしたから。シャロン様とはお年も近いし、話が弾んでいらっしゃいました」




