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【シャロン】白薔薇の仮面は微笑む  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第五章 侯爵家執事デビットは悩む

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招待状の山

 帰宅後の邸内は、喜びで光り輝くようでした。

 お付きの者たちが、デビュタントの様子を詳しく話して聞かせています。それは屋敷の隅々まで届き、厨房で皿洗いをしている見習いまでが、誇らしげにしています。

 

 喜べていないのは、どうやら私だけのよう。

 いえ、伯爵様と侯爵様は喜びながらも、困っている様子。

 あの様子では、婚約者のデュプレ伯爵家が心穏やかでいられるはずがありません。

 この先、シャロン様が何をしなくても、ひと悶着は起こりそうな気がします。


 バイセン伯爵様の執事バリイ殿が、私の方に寄ってきます。


「どうかなさいましたか? 浮かない表情のようですが」


「申し訳ありません。自国でこのような姿を見ることができたら、と思ったら、複雑な気分になってしまいました」


「ああ、お察しします。あの様子では、あちらでも目立ったことでしょう。社交界にデビューしたこれからは、今までの比ではないでしょうけれど。私は今から気を引き締めないと」


 そう、浮き浮きした様子で言います。社交界デビューしたばかりの魅力的な令嬢がいる屋敷。それは多方面にわたり、執事の腕の見せ所となります。

 押し寄せる訪問客をうまくさばき、正しい順序でお招きし、気持ちよくもてなし、節度のある態度を守らせ、そして時間になったらきっちり追い出す。

 バリイ殿にはできそうに思われます。

 さぞ、腕が鳴ることでしょう。


「デビット様、お伺いしたいことがございます。少しよろしいでしょうか」


 レナルドがやってきました。

 聞きたくありませんが、そう言うこともできません。

 彼は私にもう一歩近付くと、軽く頭を下げ、声を潜めました。


「侯爵様に話があるとお伝えいただけないでしょうか。この先のことをお話ししないといけません」


「わかりました。少し待ってください」


 私は侯爵様に近付き、「少しお時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか」と声を掛けました。


「ちょっと待ってくれ。シャロンにもう一度、おめでとうの言葉をかけてくる」


 そうおっしゃって、女性たちに囲まれているシャロン様の方に向かいます。

 侯爵様が声をかけると、シャロン様とルース様が侯爵様を挟んで嬉しそうな声を上げます。


 侯爵様が戻ると、私が先導して、レナルドの指定した部屋に案内しました。


「ご足労願いまして恐縮です、侯爵様」


 レナルドは冷静な表情です。先ほどまでの使用人然とした様子が消え、官吏のようでいて騎士のような、どこか不思議な雰囲気の人物に変身しています。これが彼の素の姿なのでしょう。


「シャロン嬢が王太子にコンタクトを取りました。私はもう少し、この場で監視を続けたいと思います。ご滞在を少し伸ばすことは可能でしょうか」


「えっ」と声を上げ、侯爵様が椅子のひじ掛けを強く握りしめました。


「そんな様子は見ていない。一度も話しかけていないはずだ」


「ダンスの途中に、アイコンタクトされていました。それに対する王太子の出方を見たいと思います」


 侯爵様は顔を白くされています。


「わかった。私も婚約者の伯爵家の出方が気になっている。落付くまで少し様子をみたいと思っていた。滞在の延長を申し出てみよう」


 

 その申し出は、熱烈に歓迎されました。

 伯爵は、相談相手が欲しかったようだし、ルース様は単純に喜んでいらっしゃる。

 シャロン様も嬉しそうですが、一瞬だけ眉を顰められました。

 それをなぜ私は見てしまうのか。私の横には、何も見逃がさないレナルドがおります。

 そのせいかもしれません。


 デビュタントの熱が冷めやらぬうちに、続々と訪問を問う手紙や、招待状が届き始めました。

 それらを、「やれやれ」と言いながらバリイ殿がさばいていきます。私は彼の執務室で、手伝いをさせていただきながら、拝見しておりました。


 彼の動きは、同業者として見て感心するレベルです。

 一つの招待状をつまみ上げ、バリイ殿が動きを止めました。そしてこちらを向いて、小声で言います。


「デュプレ伯爵家からの招待状です」

 

 ハッとしました。やはり、きましたか。


「ジーベン公爵家からの招待状もございます。この二件は別で扱わねばなりません。伯爵様にお伝えしてまいります」


 そう言いおいて、バリイ殿は伯爵の執務室に向かいました。

 彼が出て行って少しすると、また手紙の山を持った使用人が部屋を訪れました。

 きりがなさそうです。

 少しすると、今度はバリイ殿を呼びに、使用人がやってきました。

 私が今、伯爵様の執務室にいると教えると、今からそちらに向かうと言います。

 どうも急用のようです。


「何かありましたか?」


「王宮より、近習が書状を持って来られました。今お待たせしております」


 ――ああ、来てしまいましたか!

 そんな気がしておりました。

 あの時の王太子殿下は、しっかりとシャロン様に気付いていましたから。そしてあの微笑みをとても好意的に受け止めておられました。

 それにしても早いです。

 デビュタントから二日目にしてこれです。

 

 シャロン様のターゲットであろう王太子殿下、取り巻きとして公爵家令息、恋敵の令嬢? いや単に邪魔者の位置付けでしょうか。

 お三方から同時に招待状が届いております。

 役者が揃ってしまいました。私が勝手に配役しただけですが、あながち間違ってはいない気がします。

 シャロン様は、この状況をどうされるのでしょう。

 伯爵様は?

 侯爵様は?

 そしてレナルドはこれをどう報告するのでしょう。


 まさかシャロン様が、この国の王太子と婚約することはないと思います。

 もし王太子のモリス殿下が心変わりしたとしても、おいそれと婚約者の変更はできません。

 でも、トラブルが起こることは必至。

 シャロン様は、大人しく生活する気などないのかもしれません。

 こうなると、なぜか我が国の王は、あらかじめこの状況を想定されていた気がされてなりません。

 それは王族の怜悧な勘なのでしょうか。


 ぼんやりと座って待っていると、バリイ殿が戻ってまいりました。


「デビット殿、誰から書状が届いたと思います? 王妃様からですよ。なんということでしょうか。伯爵は書状を受け取り、唸っておられました」


 バリイ殿は興奮しているようです。

 王妃ですか。正直どっと気が抜けました。


 安心したら脱力してしまい、私は半分上の空で、バリイ殿の話に相槌をうっておりました。

 数時間後、伯爵様と侯爵様が、揃ってバリイ殿の執務室にやってきました。

 私と目が合うと、侯爵様は目をそらしました。


「バリイ、これを王宮に届けておくれ。王妃様のお誘いに対するご返答だ。早めに頼む」

 

 伯爵様が、にこにこしながらバリイ殿に告げます。


「五日後のお茶会への招待状だ。シャロンも喜んでいる。フォルビア国の様子を聞きたいと仰っている。これは、支度が大変だな」

 

 

 シャロン様は侍女二名を伴い、黄色いドレスをお召しになり、浮き浮きしたご様子で、王宮に出かけて行かれました。

 私たちは、お帰りを待つばかりです。

 シャロン様のことですから、きっと上手に社交をこなして来られることでしょう。

 

 馬車が戻ってきた音が聞こえます。

 シャロン様がお帰りになった模様です。皆が急いでお迎えに出ました。

 シャロン様は生き生きとした様子で馬車から降りてこられ、すぐに伯爵夫妻と侯爵様のもとにやってこられました。


「王宮はとても楽しかったです。フォルビア国の風物や、行事などの話をして、すごく楽しく過ごしました。私、フォルビア国では婚約者候補などと言われておりましたが、こんな風に王宮で過ごしたことはありませんでした」


 その言葉にお三方は、ぐっと詰まったような表情をされます。

 ……確かに。

 シャロン様は婚約者候補と言われてきましたが、実際に王宮でもてなされたことなど、一度もありませんでした。

 何となく、私もしんみりした気分になってしまいました。

 皆様が雑談をしているのを、私は複雑な気持ちで見守っておりました。


 私のところにシャロン様付きの侍女がやってきて、王宮の素晴らしい様子を話してくれます。

 その中で彼女の言った言葉が耳に刺さりました。


「途中でモリス殿下がお茶会に顔を出されて、挨拶されたのです。そのまま王妃様に誘われて参加されたのですけど、とても素敵な方でしたわ。どこの国も王子殿下は皆素敵ですね」


「モリス殿下おひとりですか? 婚約者の令嬢はご一緒ではなかったのですか?」


「ええ、ちょっとご挨拶に寄られただけの様子でしたから。シャロン様とはお年も近いし、話が弾んでいらっしゃいました」


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