デビュタント
屋敷の前に並んだ者たちの顔が、誇らしげに輝いております。
その視線の先には、白いドレス姿のシャロン様。
白バラの令嬢の呼び名通り、まさに輝くような美少女。
シャロン様を囲む伯爵家の一行も、興奮を隠しきれず、ソワソワしていらっしゃいます。
侯爵様と同年齢の割に、落ち着いた印象の伯爵ですら、嬉しげに頬を緩めっぱなしなのです。でも、たまにぐっと眉を寄せ、何事か力んでいらっしゃる。
シャロン様を、外敵から守ろうと思っているのかもしれません。
守られるべきは、シャロン様に引寄せられ、魅了されたお相手側かもしれないのですが。
先日、侯爵様から伺った言葉を思い出します。
「少しずれて伝わったかも知れない。だが私の懸念していることと、要望は理解してもらえた。彼はできるだけ、シャロンが平凡な幸せを掴める方向に導いてくれそうだ」
その時私は僭越にも、確認させていただきました。
「わが国の王家が、シャロン様を危険人物として監視している。それをお伝えしたということでしょうか」
侯爵様はピクッと肩をこわばらせました。
「彼は、シャロンがベルディ侯爵家に、復讐を企てていると考えたようだ。だが概ね合っている」
それで良いのでしょうか……私は、少々心許なく感じました。
「ダリル様。私たちも参りましょう」
そう声を掛けてきたのは、従僕姿のレナルドです。彼は王家の密偵です。
それを知っているのは侯爵様と私だけ。
シャロン様の様子を探るため、今回の一行に混じっています。
彼とは特に、シャロン様についての話はしておりません。彼は普通に従僕として働き、他の従僕たちに混じっています。
ただ観察する役目なのでしょう。
私は馬車に乗り込みました。侯爵家からシャロン様に付けた侍女たちは、昨今の様子を色々と話してくれます。
シャロン様は、本国にいたときと同じように、順調に交友関係を広げている様子です。
今は伯爵家に縁のある令嬢方が中心の様子。今日を境に、その輪は一気に広がることでしょう。
さあ、これからです。
お嬢様がどう動かれるのか。周囲がどう関わってくるのか。それはお嬢様次第のように思われます。
華やかな社交界に足を踏み入れ、それに夢中になるかもしれない。そして恋をして、幸せな結婚に向かうかもしれない。
私は心の底からそう願っております。
「執事様、難しい顔をして、どうされたのですか。まさか緊張していらっしゃるとか?」
「他国の王宮での行事は、やはり気が張ります。緊張しますね」
侍女たちは屈託なく笑っています。彼女たちは何も気付かない。
ペットがいなくなることも、ミシェル様がシャロン様に怯えていたことも。
私は公爵家の執事として、世間の噂には気を配っておりました。
シャロン様の評判は上々でしたが、たまに嫌な色合いの噂が混じりました。だが、声高に語られることはない。
ごく密かなものばかりでした。
ちょうど目に見えない下水のように、チロチロと細く、しかし途切れずに流れているのです。
大きな事件が起こった去年、私は侯爵様に進言しました。
シャロン様の交友関係を見直し、しっかりした苦言の言える侍女を付けようと。
その時付けた侍女は、家庭の事情で、三ヶ月後に辞めていきました。
あの時、理由をもっとしっかり聞いておくべきだったのでしょう。だけど、今更な後悔です。
「執事様。到着しました。本当にどうされたのですか?」
「そうだな。感慨無量なのだよ」
私はゆっくりと馬車から降りました。
先に着いた伯爵様方と侯爵様が、シャロン様を挟んで歩いていきます。
既にこの場でも人目を引いています。
「行きましょうか」
レナルドに声をかけられました。
会場に入り、デビューする令嬢は別室に案内されます。
その直ぐ後から、周囲の貴族たちがシャロン様のことを聞きに伯爵様方に寄ってきます。
伯爵様たちが、問いかける貴族たちを相手にしている内に、王と王妃が、その後に王太子殿下が現れて、着座しました。
そして、華やかな音楽の中、今年デビューする令嬢方が並んで会場に入ってきました。
シャロン様は最後に入場されましたが、姿が現れた途端に、会場がパッと華やいだ気がしました。
お見事です。
途端に、他の令嬢方が霞んでしまいました。
一人一人が紹介されますが、皆シャロン様の紹介を待っている様子。他のご令嬢がお気の毒です。
一番先頭の令嬢が王太子殿下の婚約者のようで、周囲の反応もご令嬢の存在感も、群を抜いておりました。それでも……
シャロン様に向かう関心の前に、少々霞みがちです。
居並ぶ関係者の中で、伯爵様がひどく困ったような表情をされています。
侯爵様は一列後ろに並んでおられますが、無表情です。
最後にシャロン様が紹介されると、大きな拍手が沸き起こりました。もちろんそれは全員に向けての拍手なのです。そう、一応は。
伯爵様がシャロン様の手を取りました。ダンスが始まると、周囲の貴族たちの目がシャロン様を追います。その視線の中、シャロン様は水を得た魚のように、軽やかに舞います。
かく言う私も、その可憐な姿に見惚れておりました。
曲が終了すると、シャロン様に人々が近寄り始めました。
まるで磁石に吸い寄せられるように、少しずつ。そして近くなるほど動きが早くなります。
その中には十代後半から二十代前半の、若い男性方が沢山混じっているようです。
デビューしたばかりの、突然に表れたまっさらの美しい令嬢。
しかも元侯爵家令嬢で王太子妃候補ですから、立ち居振る舞いも気品も、全てが一級品です。
この見た目通りの方なら、どれほど嬉しいことでしょう。
シャロン様は少し困ったように目を伏せておられます。
そのシャロン様を庇うように、伯爵夫妻が男性方をうまくあしらっておられます。
どなたかが一歩前に出ました。そして周囲に群がる方々が一歩引きました。
「あの方はどなたか、ご存知ですか」
私は横に立つレナルドに聞いてみました。
「ジーベン公爵夫妻です」
さすが密偵です。やはり知っているのですね。
伯爵様たちは、公爵夫妻と話を始めました。
シャロン様は落ち着いて、にこやかに会話をされております。
公爵がご子息を呼び、シャロン様は若い貴公子にエスコートされて、滑るようにフロアに向かいます。まるで王女のように優雅に。そして王女のように公爵令息を従えて。
二人は楽しそうに踊り、何事かを話しているようです。とてもお似合いの様子に、少し気分が明るくなってきました。
その時、シャロン様が、公爵家のご子息には見えない角度で、どなたかに微笑みかけました。
その相手は、先ほど王と王妃と共に入場された王太子殿下です。
殿下は婚約者のご令嬢と踊っています。
驚いたような表情が喜びに変わり、殿下はシャロン様に微笑みかけました。
私は身を固くして、目を伏せました。
そして横にリース国の密偵がいたことを思い出しました。
レナルドは冷静な目でシャロン様の姿を追い続けています。
私と目が合った一瞬、軽く瞬きをしました。
やはり見ていましたよね。見逃すはずがないのです。




