侯爵の話した事
GW特番で、一話出します。
通常は第二、第四土曜日です。
伯爵は自分の抱く違和感の正体がわからずにいた。
それでもほんの少し、どこかに引っかかっていて、すっきりしないでいる。
こういう時は違和感を無視して、相手に正論をぶつける事にしている。これが意外に効果を発揮するのだ。
「社交知識として、高位貴族の人物像から順に覚えていくのはセオリーです。シャロンは王子やその側近たちについて、妻に尋ねていました。でも必要な知識です。シャロン程目立つ子なら、こちらが避けても、向こうから寄ってきかねない」
テイル侯爵はクシャっと表情をゆがめた。
「そうだな。シャロンは魅力的だ。あんなに清純で美しい娘はめったにいないと思っている。親馬鹿だと思うかい」
「いいえ、客観的な事実ですとも。私もそう思いますよ」
二人で顔を見合わせて微笑んだ。シャロンは美しい。それは疑いようもない事実。
百人に聞いて、百人がそう言うはずだ。
「でも、それでも王族や高位貴族は避けてもらいたい。出来るだけ権力の中枢から離れた所に身を置いて欲しいのだよ」
侯爵はそこでふっと息を吐き、肩を落とした。
「考えてみたら、それは難しいだろうね。本人が避けたとしても、周囲が放っておいてくれないだろう。伯爵の言う通りだな」
またしばらく沈黙が続いた。
「こちらの国の王太子殿下には婚約者がいるそうだね。デュプレ伯爵家のジャニス嬢とは、どんな方なんだい」
「デュプレ伯爵家の長女で、活発で明るい方です。今年のデビュタントに出るから、面識が出来るでしょう。仲良くしていただけるといいと思っています」
侯爵はため息交じりに、「そうか」と言う。
よほど、自国での婚約者争いの記憶が痛いのだろう。少し突っ込んで聞いてみる事にした。
「王に謁見した際、こちらに養女として来た理由を聞かれました。王太子殿下の婚約者決定に際し、何らかの思惑が働いたようだとお答えしました。それでよかったでしょうか」
侯爵が、はっとしたように顔を上げた。
目を見開いている。そこに怯えのようなものが浮かんだ。
「そう……そうなんだ。何というか、私の目が行き届かなかったのも悪かった。シャロンの周囲に男性達が集まり始めていたのに、まだ子供だと様子を見ていた。その内にトラブルが発生してしまい、立場が悪くなってしまった」
トラブルとは? 聞いていないが……
首をかしげると、侯爵が背中を丸めたまま話し出した。
シャロンをめぐって少年同士の諍いが起こり、二人が破滅したと言う。それは確かにスキャンダルだが、シャロンのせいではない。
「その年代ならではの事件でしょうな。もう少し大人になれば、互いにもっと注意深い付き合いになるでしょう。デビュー前のその頃が、一番危険なのかもしれませんね」
侯爵の表情がパッと明るくなった。
「ところで、王太子殿下の婚約者に決まった、ベルディ侯爵家のリネット嬢とは、どんなご令嬢でしょうか。シャロンとの間に、トラブルなどは無かったのですか?」
「シャロンより一つ年下の十五歳で、大人しい雰囲気の令嬢だよ。綺麗な少女だけど、あまり目立たなくて……シャロンの交友関係ではなかったので、噂を聞くことも無かった」
……それはまた。
侯爵の気持ちが分かってしまった。
明らかにシャロンの方が美しく、華やかなのだろう。
「シャロンの持つ華やかさは格別ですから、比べられる令嬢の方が珍しいでしょう」
それならば、問題はやはりベルディ侯爵家との勢力争いの方か。この人の好さそうな人物なら、それは
ありそうだ。
「ベルディ侯爵家が剣呑な相手という訳ですね。まさかこの国にまで、手を伸ばしはしないでしょうけど、一応注視していきます」
侯爵はビクッとし、うろたえた。
「ああ、何事もないだろう。もう関係することもないだろうから」
少し間があり、侯爵が顔を上げた。
「とにかく、高位貴族には近付けたくないのだ。できれば早めに婚約者を定め、落ち着かせてやって欲しいと願っている」
そう言ってから、一度口をつぐみ、両手をぐっとにぎりこんだ。
「この話は、私たち二人の秘密にして欲しい。決してシャロンに言わないでくれ」
ちょっと驚いた。つまりシャロンの希望とは違うということか?
「シャロンは高位貴族との縁を望んでいるのですか? 我が家はそれも覚悟しております。あれだけ美しいのだから、どうしたって目立つし、色々な家から声が掛かるでしょう。この家に縛り付けるつもりは、とうにありません」
「⋯⋯ありがとう。だが、違うのだよ。私はあの娘に平凡な幸せを与えたい。高位貴族に縁付いたら、不穏な事になりそうで不安なのだ」
しばらく考える。不穏ということは⋯⋯
「まさか、ベルディ侯爵家相手に、報復を考えている?」
⋯⋯侯爵は無言だ。そういうことか?
それが今までの違和感の理由?
侯爵家の長女、そして王太子の婚約者と目されていた少女なのだ。それくらいの気概があってもおかしくない。
逆に気分がすっきりとした。
「シャロンが報復を考えたとして、おかしくはない。そのために高位貴族に縁付きたいと言うのなら、納得です」
「それでは困る。そうはしたくないのだよ」
侯爵の表情に、焦りと懸念が剥き出しに表れている。
「私も望みはしませんが、無理に矯めたら歪みませんか? 穏やかな、そうですね経済的報復なら、我が家でも手助けできる。そうやって少しずつ吐き出させてはどうでしょう」
うう、と唸り、侯爵が体を揺らし始めた。手負いの獣のようだ。
「王家もベルディ侯爵家と共に、立ちはだかるかもしれない。それでもか?」
王家も?
侯爵は私を睨みつけている。
「ベルディ家の令嬢を気に入っているようだ。それでも同じことを言えるのか?」
それは⋯⋯厳しい。一貴族と王族では明らかに影響力が違う。
「危険ですね。やはり止めた方がよさそうだ」
「君と意見が合ってよかった。どうかそちらに向かわないよう、シャロンを見守ってくれ」
「腹を割って話せて良かった。違和感の理由が分かって落ち着きました。シャロンは若い。今から恋をしたら、報復などすっかり忘れるかもしれな⋯⋯」
私はすっかり気分が軽くなって、侯爵にほほ笑みかけ⋯⋯言葉を飲み込んだ。
「何かあったのかね? 違和感とはどんな?」
身を乗り出してこちらを覗き込む。
表情は引きつっている。
「別に何もありません。説明のできない、何か…、…そう、見えているものと中身が違うような、ちょっとした一瞬の違和感です。多分、慎重すぎる我が一族の性分のせいでしょう」
ああ、と声を出し、侯爵が俯いた。
この夜、侯爵が部屋に戻った後、私は釈然としないまま眠りについた。
翌朝の侯爵はごく普通の様子だった。
昨夜の不安げな姿が嘘のようだ。
そういうところは、さすが彼自身も高位貴族だと感心する。
ならば、シャロンだってそうなのだろう。思いを隠して、笑って見せることが出来る。
たいしたものだ。
そのシャロンは、嬉しそうにドレスの話をしている。聞いている侯爵も嬉しそうだ。昨夜の事が夢か幻のように思えてくる。
シャロンと目が合った。眩しいほどの明るさをたたえた目だ。
彼女は私を真直に見つめて微笑む。
明後日のデビュタントは、一体どうなるのだろう。
自慢の娘の初披露。
シャロンは、周囲の人々の称賛と関心を集めるだろう。
多分、今年のデビュタントの話題を攫う。
いや、王太子の婚約者と、話題を二分するのだろうか。
それ自体が、すでに微妙ではある。また婚約者の家から睨まれたら大変だ。
要するに、単純に喜んではいられなくなってしまったようだ。




