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【シャロン】白薔薇の仮面は微笑む  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第四章 バイセン伯爵の不安

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侯爵がやって来た

「ようこそ、テイル侯爵。お待ちしておりました」


 私は身軽に馬車を降りる侯爵に向かって一歩目を踏み出した。

 元気そうなつやつやした頬のせいで、年齢より若く見える男性だ。確か年は三十七歳だと聞いているが、三、四歳は若く見える。


 堅苦しい挨拶を交わした後、私の後ろから妻のルースがひょこっと前に出た。


「お待ちしておりましたわ。お兄様」


「やあ、ルース。久しぶりだな。相変わらずきれいで、嬉しいよ」


「お兄様も、相変わらず口がお上手。ところでミシェルは残念だわ。会いたかったのに」


 テイル侯爵の表情が少し陰った。


「このところ少し体調が悪い。と言っても、少しせき込むことがある程度なんだが、やはり長旅はこたえるだろう。残念だけど、留守番してもらうことにしたよ」


「仕方が無いわよね。でも、残念でしょうね。きっとお姉さまの晴れ姿が見たかったでしょう」


 また、侯爵の顔に陰りが浮かぶ。


「……残念がっていたよ」


 そう言うと、軽く頭を振って、「ところで、お姫様はどこだい?」と笑いながら聞いた。


「シャロンは、お部屋で支度中よ。今朝から侍女三人がかりでおめかししているの。ご到着が予定より早かったから、今頃、慌てているでしょうね」


 その言葉に応えるように、ドアが開き、シャロンが姿を現した。


「お父様、ごきげんよう」


 そう言いながら、足早にテイル侯爵に向かう。足取りは軽やかで、弾むようだ。

 淡いオレンジのドレスを着たシャロンは、初々しい花のように見える。

 それほど愛らしく美しい。


 テイル侯爵の顔が、喜びと誇りで輝く。娘に対する愛がほとばしるような表情だ。この愛情は本物だ。

 それならば、手放す決断はさぞ辛かっただろう。


 後で、ゆっくり話をしてみよう。どういう経緯で、どういう決断をしたのか。

 色々と聞いておきたいことがある。


 シャロンが侯爵に飛びついた。


「会いたかったわ」


「私もだよ。シャロン。元気そうで嬉しい。本当に良かった」


「私とても幸せに暮らしているの。バイセン伯爵家の皆様に、とてもよくしていただいているのよ」


 ルースが二人の間に割り込んだ。


「当たり前じゃないの。シャロンは家のお姫様だもの。目いっぱい着飾って、したいことをして、立派な淑女に育って行くのよ。不自由なんて絶対にさせないわ」


 三人はくったくなく、笑いながら話している。

 血の繫がりが伺える、どこかしら似た顔立ち。それにとても明るく、軽やかな雰囲気も似通っている。

 我が一族の慎重さとは対角にあるような明るさが、そこにある。

 まぶしいようだ。妻のルースにも感じ、惹かれていたものだ。


 シャロンにも、影の一つもない。

 王宮での謁見以降、シャロンに何かを感じたことは無い。今では既に、あれは気の迷いだったと思っている。だがそれでも、私は確認しておこうとしている。それが我が一族の特色なのだ。

 我ながら少々、自分のこの慎重すぎる性格に嫌気がさす。


「さあ、立ち話はそのくらいにして、屋敷にどうぞ。妻が侯爵の好物を揃えさせています。今夜はゆっくり楽しみましょう」


 妻とシャロンは侯爵を囲んで一緒に部屋について行くようだ。

 私は、侯爵の従者たちが忙しく立ち働く様を見ていた。こちらに宿泊する二週間ほどの荷は、なかなかの量がある。

 一人の使用人の動きがなぜか気になる。何がどうというわけではないが、何かが気になった。

 

「伯爵様、テイル侯爵家からの贈り物ですが、どちらに運びましょうか。こちで仕分けしてもらっています。あの右側の物がシャロン様宛で、その横がルース様宛で、残りが伯爵家への物でございます」


 執事のバリィが横に立ち、ホールの一角を差し示す。そこには大きな箱の山があった。

 ルースへの品も、伯爵家への品も結構な量だが、シャロンへの品は大きな山になっている。


 一人の使用人がこちらに来て、こなれた態度で挨拶をした。


「伯爵様、テイル侯爵家執事でございます。今回、シャロン様の日用品や、その他の荷を改めて運んでまいりました。こちらへご本人が向かう折は、あまりに時間の余裕がなく、何もご用意が出来ませんでした。私共の不手際と失礼をお詫びさせていただきます」


 老練の執事は流れるようにそう言い、頭を下げている。さすが侯爵家の執事という貫禄だ。

 

「事情は知っている。そんな事は気にしていないと侯爵に伝えて欲しい。我が家はシャロン嬢を迎える事が出来ただけで、こんな幸運は無いと思っている」


 執事が顔を上げた。その目に不思議な感情を湛えている。

 私がいぶかしく思ったのを、執事は敏感に感じ取ったようだ。

 スッと目を伏せ、もう一度お辞儀をして、立ち去った。


 その夜の食事は非常ににぎやかで楽しい物だった。

 侯爵とルースが子供時代の話を始め、面白いエピソードがいくつも披露された。

 シャロンは子供時代の事や、ミシェルの事を話して笑った。

 とても楽しい話がいっぱいで、私も一緒になって笑った。

 

 笑いに包まれて食事が終わり、微笑みを湛えたまま侯爵と二人で、私の私室に向かう。

「ミシェルに会ってみたいですね。きっと天使の様なのでしょうな。今回は残念だ」


 そう話し掛けると、侯爵の笑みが引き吊った。

 びっくりして、「まさか、本当は重篤な病なのですか?」と聞くと、侯爵は即座に否定した。


「本当に大したことはないのだよ。ただ少し慎重になっているだけで」


 そう言う表情はどこか苦し気だ。とても、なんでもなくは思えない。

 少し意外過ぎて、言葉を飲んでしまった。


「私の秘蔵の酒があります。お気に召していただけると思います。これはなかなか手に入らない、幻の酒と言われているのですよ。執事に二本持ってこさせましょう」


 二人で部屋の椅子におさまり、葉巻を切り、ゆっくりと吸った。そしてゆっくりと吐き出す。

 このゆったりとしたリズムが私は好きだ。

 そして、ウイスキーを少しすする。 


 侯爵も同じくゆっくりとウイスキーを飲んでいる。


「これは、うまい酒だな。ちょっと他では飲んだことの無い癖がある。それがいいな」


「そうでしょう? 私の領地で作っている酒で、あまり量が作れないのです。だから、王でもなかなか口にできない代物ですよ」


 ニヤッと笑って言うと、侯爵もじっと私の目を見てから、「王より良い物をいただけるとは、それはまた格別だな」と言ってもう一口飲む。


「いやあ、これは気分がいい」


 そう言う表情は少し皮肉っぽい。自国の王家に対して思うものがあるようだ。

 それはあって当たり前だと思う。むしろない方がおかしいのだ。


「さあ、どんどん飲んでください。屋敷には、これが沢山ストックされています。領主の特権ですな」


 そうして飲んでいる内に、侯爵の方から切りだして来た。


「シャロンはどうだろう? 幸せにやっているのかな」


「私が見る限り、非常にうまくこの国に溶け込み始めていると思います。同じ年頃の令嬢達との交流は既に活発に行われています。今回社交界デビューを済ませたら、男性との付き合いも始まります。とてもスムーズに進んでいると言えます。シャロンの社交能力は高い」


 侯爵は少しためらってから、早口で言った。


「あの子は、この国の高位貴族に興味を示したりはしていないだろうか? 自国で痛い目に合ったので、出来るだけ高位貴族には関わって欲しくない。それが気がかりなのだ。そういった様子は無いだろうか?」


 その時、あの違和感を、私は急に思い出した。

 侯爵の言うことは分かる。それは私も考えたことだから。

 だが、それだけでなく、何かが気になった。





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― 新着の感想 ―
弟は仮病で悪魔の姉を回避したならいいけど、ガチで体調不良orシャロンの置き土産で何かしら毒でも盛られてないか地味に心配。 そして娘が大事なんだな、杞憂だったか…と思わせて高位貴族の話でやっぱり何か裏が…
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