11歳のサムエルの選択
「つまり、お前は今回、シャロン嬢以外を婚約者に選んで戻るということか?」
「はい、リネット・ベルディ嬢を選びます。彼女はとても素敵なレディになります。ただ明日以降、また11歳のサムエルに戻るのなら、その後の事が不安です。以前の私は、シャロンに魅かれていましたし、あの狡猾な女が大人しく引くとは思えません。父上、明日からの私をどうかお守りください」
頭を下げる私に、父は尋ねた。
「リネット嬢が素敵なレディになるのはいくつ頃からだね」
父も、今の彼女が素敵な女性に育つとは、想像できないらしい。だから11歳では早いんだ。
「16歳になった頃、急に美しくなりました。教養と人柄に裏打ちされた美です。シャロンは妃教育がはかどらず、教育係が手を焼いていましたが、破談にするほどの瑕疵でもないため、18歳で結婚しました。非常に後悔しました」
「承知した。それならまずは16歳のリネット嬢を思いながら恋文を書きなさい。それを明日、彼女に送ろう。それから、明日の自分に宛てて、リネット嬢を選んだ理由と、シャロン嬢では駄目な理由を手紙に書きなさい。それを明日、君に渡そう。うまく運ぶことを祈るよ」
私はその夜の12時になるまで、必死で手紙を書いた。
リネットに宛てた手紙は1枚で収まったが、自分に宛てた手紙は、既に10枚を超えていた。11枚目を書いている途中、突然眠気に襲われ、目を開けていられなくなった。
「サムエル様。おはようございます。そろそろお目覚めください」
僕はう~んと伸びをして、眠気を追い払った。
「おはよう、メイ」
「昨日の園遊会でお疲れでしょう。今日は特別な予定は入っておりませんから、のんびりお過ごしいただけますね」
僕は、一瞬ぽかんとした。何も覚えていない。
「昨日園遊会だったの? もう終わってしまった? じゃあ、誰を婚約者に選んだの?」
「あら、まだ伺っておりませんが、昨夜、王と二人で深夜までご相談されていましたよね。覚えていらっしゃらないのですか?」
「うん」
「まあ、よほどお疲れでしたのね。では、王に会いに行かれますか?」
僕は着替えて食事を済ませた。いつもの朝食に、メイはなぜかミルクも砂糖も入れていない紅茶を出して来た。
僕が不思議に思って、「ミルクと砂糖は?」と聞くと、すごく戸惑っていた。
それから父の元に向かった。父は執務室で仕事をしていたが、すぐに時間を取ってくれた。
「お早う。よく眠れたかい? 疲れは残っていないかな」
父は心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。やはり、昨日何かあったのだろうか。
「お早うございます。よく眠れたのですが、なぜか昨日の事を全く覚えていないのです。メイからは、昨夜お父様と二人で、婚約者について相談していたと聞かされました。変な話ですが、僕は誰を婚約者に選んだのでしょう」
しばらく僕をじっと見てから、横に座って、僕の頭を撫でてくれた。
「お前が選んだのは、リネット・ベルディ嬢だ。お前は昨夜、一生懸命手紙を書いたんだよ。彼女宛と、自分宛だ。読んでみなさい」
そう言って、二通の手紙を渡してくれた。
1通目はリネット嬢に対するもの。彼女が努力家で、勤勉な事を褒めている。そして、君はきっと素敵な女性になると思う、だから自分と婚約を結んで欲しいと締めくくっていた。
2通目は自分に宛てた手紙で11枚もあった。一番初めに、自分が20年後から1日だけ戻って来たと書かれていた。そして、20年後の国難を防ぐため、シャロン・テイル侯爵令嬢だけは、決して選んではいけないと書かれている。
その理由が、色々と実例を挙げて語られていた。
夢物語のような話で、とても信じられなかった。僕は一通り読んだ後、父に確認した。
「これを僕が書いたのですか? 字が違うし、こんなに綺麗には書けないはずです。それにリネット嬢も、シャロン嬢も、まだ会ったことがありません」
「そうだろうね。でも、今の君は誰を選ぶつもりだい」
僕は戸惑っていた。だけど、将来こんなに後悔し、怖い事が起こるなら、この手紙に書かれた事に従おうと思った。
「リネット嬢を?……選びます。こんな未来は嫌ですから」
父は戸惑いながら言う僕を見て、ゆっくりと、噛んで含めるように話しかけた。
「この一日だけの奇跡は、王家を継ぐ者の秘密だ。決して、妻にも子にも話してはいけない。いいね。君が戸惑う気持ちは分かる。だが、昨夜の君が話してくれた、国を売る女性を王妃にすることは、決して許さない。それは王である私から次期王の君への命令だ」
厳しい王の顔をした父に、少しおびえながら、僕は首を縦に振った。
「昨日私が見たリネット嬢は、地味で堅苦しい雰囲気の少女だった。反対にシャロン嬢はおっとりと優し気な美少女だった。お前がシャロン嬢を選んだのもわかるし、多分私も反対しなかっただろう。だが今は未来を知っている。その手紙の内容を念頭に置いて、もう一度二人を見てみよう」
そして一か月後に、規模を小さくして、再度園遊会を開くことになった。理由としては、僕が高熱を出して、園遊会の記憶がなくなったことにした。
今回の園遊会では、ウサギやリス、猫や犬などの小動物を会場に放つ。
大人になった僕は、シャロンの残虐性は、最初に小動物に向かったと書いている。それを確認できるかもしれないと思ったからだ。
園遊会の間、諜報部が、リネットとシャロンの行動を、隠れて監視する手筈になっている。
良く晴れた空の下で二回目の園遊会は開かれた。
庭園には小さなかわいらしい生き物たちがうろうろとしている。前回よりぐっと寛いだ雰囲気の中、子供達は小さな生き物を抱いて、はしゃいだ。
僕も腕にウサギを抱え、他の子達と一緒に遊んだ。シャロンはかわいらしくて、一番目立っていた。僕と同じようにウサギを腕に抱え、耳のふわふわした毛を触って笑っている。すごくかわいい。
僕にはあの手紙が全く信じられなかった。
シャロンは笑いながら、僕の抱いているウサギと交換しようと言って来た。
柔らかいウサギを交換した時、彼女の柔らかい腕が僕の腕に触れた。
その時、あの手紙は何かの間違いだと、父に進言しようと決めた。
リネットは離れた所で、リスに餌をあげていた。彼女には僕の方から近寄り、話し掛けた。
「こんにちはリネット嬢。リスにあげているのはクルミ? 食べてくれる?」
「こんにちは、サムエル殿下。初めは警戒していたけど、だんだん近くに寄ってくるようになったんです。今は私の手から掠め取ろうとしてきます」
彼女が話していると、リスが彼女の指からクルミを取って、少し離れて食べ始めた。
びっくりした彼女の顔がかわいくて、思わず声を出して笑ってしまった。
真っ赤になった顔は更にかわいい。
地味な印象だったけど、よく見ると彼女はきれいな顔をしている。
「このリス、よっぽど懐いたんだね。盗み取っても、逃げないよ。ちゃっかりしている」
まったく、と怒りながら、目が優しい。
リネットに関しては、あの手紙は正しいようだ。素敵な女の子で、僕は将来この子を好きになるかもしれない。
「この子を連れて帰っていいよ。君にすごく懐いているもの。目印を付けておこう」
僕は母に作ってもらった剣飾りを一部解き、リスの首に結んだ。
リネットは、「ありがとうございます」と言いながら、リスを掌に乗せた。リスは、そこに載っているクルミを掴んで、せっせと食べる。
「食いしんぼうだね」
「本当に」
二人で笑ってしまった。彼女と過ごすのは、とても気持ちが良い。
近くの茂みがガサッと音を立てた。
振り向くと、飛び出してきたウサギと、それを追い掛けるシャロンが目に入った。ウサギはリネットが素早く捕まえて抱え込んだ。
シャロンは、息を整えてから、にこやかにリネット嬢に挨拶した。
「サムエル殿下からいただいたウサギが逃げてしまったの。捕まえてくれてありがとう」
僕はその言葉に少し嫌な気分になった。
交換したウサギは、あげたことになるのだろうか。
だがそれは一瞬で、僕は華やかでかわいいシャロンの容貌に見とれた。
「あら、そのリスは綺麗なリボンをしているのね。かわいい」
そう言って手を伸ばしたが、リスはさっと逃げて、リネットの肩に乗った。
「まあ、懐いているわね。どうやったの?」
「クルミで餌付けしたんです」
「リボンは?」
「サムエル殿下が連れて帰るようにと、目印にくださったのです」
「まあ、サムエル殿下。それなら、私にくださったウサギにもいただけませんか。また逃げられたら、紛れてしまいます」
また、チリッと嫌な気分が湧いた。そのせいか、母からもらった剣飾りをほどく気になれなかった。
「残念ながら、リボンがもうないんだ。逃げないように抱いていたらいいよ」
我ながら少し突き放した物言いかなと思ったが、シャロンは可愛く笑って、そうですねと言ってくれた。
やはり優しくていい子じゃないか。
テーブルの方で給仕係が、「ケーキの追加が届きました」と声を張っている。
僕は、「行かないか」と二人に声を掛けた。




