サムエルの一日 ◇ 園遊会
第一章は20年前からこの日へ戻ったサムエルの視点です。
戻れる期間はたったの一日。この一日で、20年後の危機を回避せよ、サムエル!
「うっ、ああっ!」
私は首を押さえて起き上がった。目に入って来たのは明るい朝の光と、見慣れたお気に入りの絵画。ここは自分の部屋だ。だいぶうなされていたようで、汗をかいている。
夢を見ていたのだろうか。長いおかしな夢。
いや、今が夢の中なのかもしれない。見慣れた部屋ではあるが、ここは王太子時代の寝室のようだ。
即位した私は、王の部屋に移り、この部屋は第一王子に譲られている。
サイドテーブルには、青い飾り紐が載っている。あれは確か、十一歳の誕生日に、母にもらった剣の飾り紐だ。王家の紋章が織り込まれた、凝った布で作られている。大のお気に入りだったな。
すごく懐かしくて、嫌な記憶に騒いでいた胸の内が、少し温かくなった。
これはいい夢だ。
その時ドアをノックする音が聞こえた。
呼び鈴を振ると、ドアがガチャリと開き、昔の私付きの侍女メイが入って来た。ちゃんと二十年前の若いメイだ。
妙にリアルな夢だな。
そう思って、胡散臭げにメイを睨んでしまったようだ。メイが心配そうに寄ってきた。
「サムエル様。どうかされましたか。ご気分がお悪いのでしょうか」
「いや、何でもない」
そう言った途端に、私は自分の口を押さえた。声がかわいい。なんだこれ!
「ちょっと鏡を見せてくれ」
メイが手鏡を持って、私の横に立ち、鏡を差し出した。そこに映っているのは、見慣れた少年だった。 手を動かすと、鏡の中の少年も手を動かす。
「すまない。今日のスケジュールを教えてくれないか」
メイは不思議そうな表情で教えてくれた。
「今日は、婚約者を決めるための、園遊会の日でございます。早めにお支度を済ませないといけませんので、そろそろ起きていただこうと思ってまいりました」
私は後ろに回した自分の腕を、ぎゅっと抓ってみた。痛い。
これは夢ではないのか? 私は11歳の子供なのか?
「メイ、少し外してくれ。まだ眠気が残っているようなんだ。それから、コーヒーを一杯頼む。濃い目のブラックで」
「え、......コーヒーですか?」
「え?」
ああ、そう言えばコーヒーは、15歳まで飲ませてもらっていなかったか。私は渋々と言った。
「間違えた。紅茶でいい......砂糖はいらない。ストレートにしてくれ」
「はい……かしこまりました」
メイが出て行くと、私は自分の体を確認した。子供の体で、子供の声だ。でも意識は31歳。これはどういうことなのだろう。
結論など、そんな短時間で出るはずもなく、私は機械的に全てをこなし、狐につままれたような気分のまま、園遊会に出席した。
園遊会では着飾った少女たちが、親と固まってたたずみ、こちらをチラチラと見ている。子女だけではなく、子息たちも参加しているので、顔見知り同士のおしゃべりがそこここで弾んでいる。
私は父と母の少し前に立ち、少女達を紹介され、挨拶を受けていた。
昔の自分がどんな気分でこの場に臨んでいたのか、思い出せそうにない。今の私は31歳の成人男性で、彼女たちは私の子供の年齢なのだ。
そのうち、小柄で地味な女の子が、父親のベルディ侯爵と共に挨拶に近付いて来た。
「サムエル殿下。娘のリネットです。お見知りおきを」
促されてリネットが一歩前に出た。緊張しているのか、堅苦しくぼそぼそと挨拶をする。
リネット嬢、10歳の時はこんなだったか。デビューする頃には明るく華やかな美少女で、男の注目の的だった。
「ああ。今日は楽しんで行ってくれ」
私が挨拶をすると、侯爵がちょっとぽかんとした。私が見つめると、侯爵は慌てて愛想笑いをした。
「今日は、サムエル殿下はとても大人っぽく見えますね。立太子されると、違うものですな」
「ありがとう。これからもよろしく頼む」
ベルディ侯爵は私の帝位を支える一角だ。今の内から良くしておかねば。
侯爵は少し不思議そうだったが、静かに下がって行った。
次にテイル侯爵が娘の手を引いてやってきた。娘の名はシャロン、11歳。
私の婚約者に決まる少女だ。いや、私が婚約者に選んでしまったと言い換えよう。彼女はリネットとは正反対に、愛想抜群の微笑みを浮かべ、挨拶をした。
私はこの微笑みに騙されたのだ。今見れば、作り笑いと、目の中の狡猾さは一目瞭然だ。だが、子供だった私に、それがわかるはずも無かった。
だが、そう言いきるのも違うか。この後の二十年を知っているせいで、そう見えるのかもしれない。
そんなことを考えている私に、シャロンが気遣わし気な表情を作って、労わるように話し掛けてきた。
「サムエル様。あちらでお茶をいかがですか? お疲れの事でしょう」
その昔、この言葉を聞いて、なんて気が利く優しい子なんだろうと思ったものだ。
だが、そうではない。これは僕を囲い込んで、他の令嬢に目を向けさせない捕獲テクニックだ。瞳に見え隠れする、小狡そうな光がそう告げて来る。
うん、妃よ。やはり考えすぎではないようだ。
小さい頃から君は君だったのだね。私はしみじみと彼女の顔を眺めた。多分、私は薄い笑みを浮かべていたのだろう。
彼女は嬉しそうにニコッと微笑んだ。
「まだ挨拶していないご令嬢たちが居るから、ご厚意だけいただいておきます」
礼儀正しく断り、私は次に近付いて来る令嬢の方に向き直った。
その日の夕食の席で、どの娘を選ぶことにするか決まったか、と聞いてきた父王に、私は二人だけで話したいと持ち掛けた。
「折り入ってご相談があります」
「ほう。今日はなんだか大人っぽい話し方をするね。表情もだが、何か重大な打ち明け話でもあるのかい」
私は苦笑いを浮かべ、「そんな所です」と答えた。
「本当に、同年代の男と話しているような気分になるね」
父は笑いながら、「じゃあ男二人での秘密会議だな」と言い、父の私室に移動した。
「何か頼むか。私はブランデーをもらおう。お前は?」
「私もブランデーが欲しい所ですが、この体では無理ですね。その代わり、濃いコーヒーをポットでいただけないでしょうか。飲みたくてたまらないんです」
父は驚いていたが、「まあ、コーヒーの一杯位いいか」と言って頼んでくれた。
ミルクと砂糖を断って、熱々のコーヒーを一口すすると、ほっと息を吐いた。
「飲み慣れないせいか、苦みを強く感じます。11歳にはまだ早いのかな。頭はこれを欲しがるのに、体が受け付けないとはね。残念です」
父は私をじっと見ている。やはり違和感があるのだろう。今の私は、昨日までとかなり違うはずだ。しばらく無言でお互いに飲み物をすすっていた。
「折り入っての相談とは、なんだろう。話してくれるかな」
「もう違和感を感じ取っておられるでしょう。私は11歳のサムエルではありません。今の私の意識は31歳になったサムエルのものです。31歳だった私が、今朝目覚めたら11歳の昔に戻っていたのです」
父は目を伏せ、黙って私の話を聞いている。やはり信じてはもらえないだろうか。こんな荒唐無稽な話。
「それなら31歳当時、取り返しが付かない程、まずい状況に陥ったということか」
私は驚いて父の顔に視線を移した。その勢いで、コーヒーカップを持つ手が揺れ、コーヒーがソーサーに少しこぼれた。私は急いでテーブルにカップを置き、手をナプキンで拭った。
「どうしておわかりになるのです? それに、信じてくださるのですか」
「我が王家は始祖の昔、精霊と契約を結んだそうだ。取り返しが付かない程の状況に陥った時、一日だけその原因の時間に戻れる、という。私も私の父も経験しなかったから、おとぎ話だと思っていたが、どうやら本当のようだね」
――原因は、シャロン・テイルか……私は深く納得した。
原因を回避できることに安堵したものの、明日、元に戻ってしまったら、愚かな11歳の自分が、決定を覆さないとも限らない。
それで、ありのままを父に語った。
「園遊会で、私はシャロン・テイル侯爵令嬢を婚約者として選びました。その結果、31歳の私は、彼女の刺客に短剣で喉を突かれます。次期王太子が私の子でない事と、他国に機密情報を流している事が判明したため、罪を問おうとして先手を打たれたのです」
それは、と言ったまま、父は顎を擦った。




