8話 屈辱
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豪華な意匠が施された扉が開き、一人の少年が石畳に降り立った。
その瞬間、周囲の空気が凍りつく。
少年が纏っているのは、深紅の絹に金糸の刺繍が施された上着。胸元には大粒のサファイアが輝き、白手袋に包まれた手は一切の汚れを知らないかのようだった。腰には宝石を散りばめた儀礼用の細剣。
その姿は、同じ人間とは思えないほどに隔絶されていた。
街の住人たちは、地面に額をこすりつけるようにして平伏している。
その中で――
アッシュだけが、立っていた。
「……何だ、その目は」
少年が、不快そうに目を細める。
その瞬間、背後に控えていた兵士の一人が一歩前に出た。
「無礼だぞ! 王子殿下の御前である! 頭を下げろ!」
王子。
その一言で、すべてを確信した。
あの夜、村を焼いた兵士たち。
胸に刻まれた紋章。
そして、目の前の少年。
(……こいつが、あいつらの上にいる存在か)
もはや、疑う余地はなかった。
(だがこいつの指示かはわからない…でも…)
胸の奥で、何かが弾ける。
炎。
悲鳴。
母の最期。
すべてが鮮明に蘇る。
(……今なら)
距離は近い。
一歩踏み込めば、届く。
だが――
アッシュは、拳を握りしめたまま動かなかった。
(ここじゃない)
ここでやれば、終わりだ。
何も分からないまま、何も成せないまま。
それだけは、許せなかった。
「無礼な野良犬め。王族を前にして膝も突けぬか」
王子の冷たい声が降る。
「……膝の突き方など、教わっていませんので」
静かに言い放つ。
周囲の空気が張り詰めた。
「……ふん。汚らわしい。おい、教育してやれ」
興味を失ったように顎をしゃくる。
二人の近衛兵が前に出た。
重い鉄靴が鳴る。
次の瞬間――
衝撃。
「ぐっ……!」
腹部に叩き込まれる蹴り。
息が詰まる。
だが、倒れない。
続けざまに振るわれる拳。
鉄の籠手が頬を打ち、背中に叩きつけられる。
石畳に転がる。
口の中に血の味が広がる。
「その木刀は何だ? 棒切れで英雄気取りか?」
嘲笑。
次の瞬間――
乾いた音。
五年間、握り続けた木刀が、あっけなく折れた。
視界が揺れる。
だが、目は逸らさない。
ただ、見ている。
刻みつける。
声も、顔も、痛みも。
(……忘れない)
「飽きた。行くぞ」
王子は汚物でも見るかのような視線を一度だけ向け、馬車へと戻る。
再び、車輪の音が遠ざかっていく。
静まり返った通り。
残されたのは、地に伏した一人の少年。
泥と血にまみれた体。
折れた木刀の残骸。
だが――
その瞳だけは、消えていなかった。
むしろ、より深く、より冷たく、研ぎ澄まされている。
(……次は、俺が選ぶ)
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