3話 古びた灯火
読んでいただきありがとうございます。
ブックマークしていただけると励みになります!
深い闇の底からアッシュを引き戻したのは、パチパチと爆ぜる薪の音と、鼻を突く苦い薬草の匂いだった。
「……う、あ……」
重い瞼を押し上げると、煤けた天井が視界に入った。脇腹に走る鋭い激痛に、アッシュは思わず顔をしかめる。
「気がついたか。ひどい傷だったが、運が良かったな。崖から落ちて助かったのは奇跡に近い」
傍らで薬草をすり潰していた一人の老人が、静かに声をかけてきた。
白髪混じりの髪に、深く刻まれた皺。
その瞳はどこか世捨て人のような静けさを湛えている。
「ここは……。じいさん、なんで、僕を……」
「死に損ないを放っておくほど、心は枯れておらんだけだ。今は寝ていろ。体力が戻らねば、話もできん」
老人は詳しくは何も聞かず、ただ数日間、淡々とアッシュの傷を癒してくれた。
アッシュは高熱にうなされ、意識が混濁する中で、老人が運んでくれる粥を飲み、深い眠りと覚醒を繰り返した。
数日が経ち、ようやく自力で起き上がれるようになった日の夜。
外で風が鳴る音を聞きながら、アッシュの脳裏に、止めていた記憶が濁流のように流れ込んできた。
(そうだ……あの夜……)
兵士の突きが脇腹を貫いた瞬間。
崩れ落ちた自分。
たまたま急所は外れたが、激痛で指一本動かせなかった。
そこへ、母が泣き叫びながら覆いかぶさった。
自分を守るために盾となった母の背中を、兵士の剣が無慈悲に引き裂いた、あの音。
(母さん……!)
息絶える寸前、母は死力を振り絞って自分を突き飛ばし、外へ逃がしてくれた。
あの震える手の感触。
自分を見つめた、血に濡れた最期の微笑み。
アッシュは布団の中で、包帯の上から傷口を強く握りしめた。
胸を締め付けるのは、母の安否、そして村のみんながどうなったのかという、言いようのない不安だった。
「戻らなきゃ……村に。みんな、どうなったんだ……」
アッシュはふらつく足で立ち上がろうとした。
「よせ。今のその体で行けば、途中で野垂れ死ぬのが関の山だ」
老人の冷徹な声が飛ぶ。
だが、アッシュの瞳には、止めることのできない強い光が宿っていた。
「死んでもいい……。でも、確かめなきゃいけないんだ。母さんが、みんながどうなったか、この目で見なきゃいけないんだ!」
老人は溜息をつき、それ以上は何も言わなかった。
そして暗闇の森の中では、アッシュの荒い呼吸だけが響いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、評価やブックマークぜひお願いします!




