10話 剥き出しの過去
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囲炉裏の火が、静かに爆ぜる。
老人が差し出した薬を飲み干すと、体の奥からじわりと熱が広がった。
強張っていた筋肉が、ゆっくりとほどけていく。
「……助かったよ、じいさん。前もそうだったけど、あんたの薬はよく効く」
身支度を整え、立ち上がる。
首元に手をやる。
だが――紐は切れている。
街での乱暴の中で、引きちぎられたのだろう。
今は、上着の浅いポケットに押し込んであった。
「恩に着るよ。じゃあ、行くわ」
軽く手を挙げ、扉へ向かう。
外はすっかり夜。
冷たい空気が、隙間から流れ込んでくる。
だが――
その一歩が、僅かに狂った。
「おっと……っ!」
膝が抜ける。
踏み出した足が引っかかり、体勢が崩れる。
前のめりに倒れ、手をついた。
その瞬間――
ポケットから、銀色の塊が滑り落ちた。
カラン、と乾いた音。
転がったそれは、囲炉裏の火を受けて淡く光る。
――母の形見。
アッシュが手を伸ばす。
だが、それよりも速く。
空気が、変わった。
「……おい」
低く、這うような声。
振り返る。
そこにいたのは――
見たことのない老人だった。
目が、違う。
呼吸が、違う。
纏う気配すべてが、別人のようだった。
「……それを、どこで拾った」
一歩、詰め寄る。
足音が、やけに重い。
「拾ったんじゃない。……母さんのだ」
言った瞬間――
老人の肩が、びくりと震えた。
「母親の……?」
声が、かすれる。
「……名を言え」
一歩、さらに近づく。
「お前の母親の名を――言えッ!」
掴まれる。
両肩を、強く。
骨が軋むほどの力。
その目は、もはや理性を保っていなかった。
「……エレン。エレン・レジスだ」
言い終えた瞬間。
力が、抜けた。
老人の手が離れる。
そのまま、崩れ落ちる。
膝をつき、床に手をつく。
そして――
「……生きて、おられたのか……」
震える声。
「……あのお方は……生きて……おられたのか……っ」
顔を覆い、嗚咽が漏れる。
静かな小屋に、不釣り合いなほどの涙。
アッシュは、動けなかった。
ただ、見ている。
目の前の老人が――
自分の“母”の名に、心を乱している。
理解が、追いつかない。
老人がなぜ泣いているのか。その涙が何を意味するのか。
アッシュにはまだわからなかった。
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