21--三島兄妹の物語 閑話 <遥か昔の狭間の世界にて>
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「モーラーさんや、現世のノルマル姫の容態は…」
「間もなく身罷られると思われます。」
「うむ。彼女はアボガドロ国で、現世でとてもがんばられたからのう。彼女はこの巨樹を通して、現世のアボガドロの人々を助け導いたからのう。多くの民の命を救った偉大な為政者であったからのう。…民も悲しむであろう。」
「最後まで傍でお使ええきなかったのは、守護騎士であったモル・パーリットル、一生の不覚です。」
「『一生の』と言うが、モーラー殿は既に現世の住人ではない。生きていない者がそのような申されようはおかしくはないかな? ガハハハハ」
「まあ、あの後は戦もなく、文官になったグラムがしっかりと姫を輔佐してくれました。パーリットル家もグラムの子供達がもり立ててくれるでしょう。」
「それは重畳重畳、ガハハハハ。」
「デモクレイトス先生、そのように笑われていますが…」
「あ〜。畏まった呼ばれ方はむずがゆくなる。儂のことは『デモさん』でよい。」
「デモ….」
「呼び捨てかい?」
「違いますって。でも、先生はこのヴァルハラで数百年も過ごされた大賢人です。『デモさん』と気軽に呼ぶのは…」
「あ〜かゆい。勘弁してくれ。」
と言いつつデモさんは孫の手のようなもので背中を掻いている。
「では、失礼して。デモ先生、姫はいつ頃こちらの世界においでになるのでしょうか?」
「わからん。しかし、彼女の植え育てた巨樹の昇華が進んでいる。あの巨樹が光となって消えるとき、彼女の現世での彼女の命も尽きるじゃろうなぁ。」
「では、そのときこのモーラーはここヴァルハラで再び姫の護衛騎士としてお仕えすることができるのですね。」
モーラーは喜色をうかべた。
そのモーラーの言葉を制して、デモさんは言いにくそうに話しを続けた。
「それなのじゃがなぁ。ノルマル姫様はこのヴァルハラにはおいでにならないかもしれんのう。ヴァルハラの巨樹とともに一気に昇華するかもしれないのう。」
「えっ。そんな!」
モーラーは悲鳴を上げた。
「おぬし達のような武人や戦人がヴァルハラと呼ぶこの世界は,どうやら通過点のようじゃ。現世で命を失った者が、ここへやって来て、やがて昇華して光になり、再度現世に戻るようじゃ。姫はあの戦の中で命を落としかけ、このヴァルハラに一度やって来てあそこの菩提樹の苗をこの地に植えた。あの戦で姫を守り命を落とした貴殿は、ここに留まった。そして、小さかったあの菩提樹の苗はあのような巨大樹、世界樹へと成長した。その巨樹が昇華するとき、姫もまた昇華し、現世に戻られるのではないかと儂は愚考する。」
「どういうことですか?」
「わかりやすくいえば、ここは現世の人生と次の現世での人生の狭間の世界なのじゃ。そこを一気に通り抜けるのじゃないかな。」
「…」
彼ら二人の頭上に巨樹の葉が降り注ぐ。
「おお。いよいよ巨樹がこの世界での役目を終えて、昇華するようじゃ。」
「ならば、姫を見失わないように私も急ぎ昇華しなければ…。」
「それなのじゃが、おぬしがノルマル姫と出会うのは『運』次第じゃ。ウン。」
「先生、おもしろくありません。」
モーラーの抗議を無視して、デモ先生は話し続ける。
「じゃがな、魂が引き合えば、いつか出会うこともあるじゃろう。如何に時がかかるとしても。希望を失わないように…の」
「…デモ先生、お世話になりました。この地で受けた先生の教え、大事にします。」
「儂の教えたことなどどうでもよい。モーラー殿はおぬし自身の考えでおぬしの次の人生を全うするのじゃぞ? さあ、しんみりはやめよう。笑って別れよう。また会おうぞ。ガハハハハ」
デモ先生の目前でモーラーは光となり昇華した。それとほぼ同時に巨樹もまた光となり、空に溶けていった。
「巨樹の跡はトゥォネラにつながり、湖をまた一段と大きくしてしまったのう。」
デモクレイトスことデモ先生はひとり寂しそうにつぶやいた。




