21--三島兄妹の物語 4 <ゴメンて>
「ゴメンて。お兄ちゃんが悪かった。悪ふざけに過ぎた。ゴメンて。」
食卓を挟んで向かい側で、膨れっ面のあおいちゃんとゆかりちゃんが涙目でしげき兄ちゃんをじっと睨んでいる。
しげき兄ちゃんは食卓に両手をついて、額をゴンゴンぶつけて謝っている。
「怖かったわ。もう本当に怖かった。お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなってしまったかと思った。 …悪ふざけが過ぎるわ。 私、これからお兄ちゃんのことを『モーラー』と呼び捨てにするわ!」
とゆかりちゃんが怖い顔で宣言した。
「あおいちゃんに呼び捨てにされるのは、まあ、エルフの女王様だから良いけど。ゆかりにまで呼び捨てにされるのは納得できないなあ。」
「私は巻き込まれたのよ。巻き込まれ事故よ。モーラーには心からの謝罪と賠償を要求するわ。」
ゆかりちゃんは、まだ涙声で激怒している。
「まあ、ゆかりちゃん。落ち着いてネ。でも確かにしげきお兄ちゃん、いやモーラーさんて、『切れちゃった』人ね。 ほんと中二病をこじらせているわ。 私もとっても怖かった。」
あおいちゃんもほんの10分前の状況を思い出して震えている。そして、しげき兄ちゃんを遠慮なく非難する。ことばは丁寧だが、その端々にとげがある。チクチク
「だいたいねえ、モーラーは初対面の人にそんなおフザケをするなんて,我が兄ながら信じられないわ。」
ゆかりちゃんが激高しているおかげであおいちゃんはかなり冷静になっていた。怒りと困惑をゆかりちゃんに代行してもらっている形だ。
「モーラーさんは小説家になれるかもね。転生ラブロマンス?を書いてみたら?」
あおいちゃんの発想や物言いも大概にトゲトゲである。
「う〜ん。そのモーラー呼びは確定なの? 二人とも真面目に怒っているのね。 …信じたの?」
「「あたりまえでしょ!」」
ゆかりちゃんとあおいちゃんの声がそろった。
でも、言われてみれば、そんなふざけた設定を現実で簡単に受け入れるのは、如何にふたりが夢見がちな女子小学生だとしても、ある意味不自然だ。
「…あのボクの寸劇を信じちゃったのは、迫真の演技だったから…?」
「「….」」
あおいちゃんたちはモーラーさんから目を逸らした。
「それでも、普通は『あり得ない』とおもうでしょ?」
モーラー兄ちゃんの問いかけにふたりはグウの根も出ない。二人は気まずそうにモーラーさんから再度目を逸らした。
「ところで、率爾(そつじ:唐突)ながら、あおいちゃんは植物と意思の疎通ができるの? そっちの方がよっぽどあり得ないことに思えるけど。」
「ほんと,モーラーは唐突ね。失礼だわ。」
まだ怒っているゆかりちゃんがモーラーさんに噛み付いた。
「まあ、だいたいはゆかりから聞いているけど…ご本人に確認をとらないとネ。」
あおいちゃんはしげき兄ちゃんの目をまっすぐに見て、静かに言った。
「おそらく,ゆかりちゃんからお聞きの通りです。でも、このことはご内密に、他言無用でお願いします。」
「それはもちろん。もし本当なら大変なことだ。あおいちゃんの安全のためにも秘匿しておかなきゃねぇ。」
しげき兄ちゃんは目を閉じて腕を組み、うんうんと頷いた。そして、質問を続けた。
「そして、その意思の疎通が原因で,ご飯やパンが食べれなくなっちゃったんだね?」
「そう…ですね。」
「意思を通わすことのできる相手を食べることができなくなるのは、ごく自然なことだと思うよ。でも、じゃあどうやってその拒食症を克服したの?」
モーラーは優しいしげき兄ちゃんに戻り、あおいちゃんに自分の仮説と疑問を示した。
「う〜ん。お米や麦に聞いてみたの。」
「聞いた? お米や麦に? 何を?」
「自分たちが食べられてしまうことをどう考えているのか、聞いてみたの。」
「それは…興味深いなあ。 で、どう言ってたの?」
「あのね、お米さんや麦さんは、その、ひと粒ひと粒の命よりも、もっと大きな『種の命』が大切だって言っていたわ。 何だろう? 上手く説明できないけど。 人や動物は個々の命を種の命、その存続より大切にするから、私もお話を聞くまではその考えでお米や麦の命を捉えていたけど、お米や麦さんの考え方は我々と根本から違っていたの。つまり、農業で人に保護されて育てられて、種の命をつなげられるのなら、個々の犠牲はやむを得ない?当たり前のこと?と考えている…のかなあ。 う〜ん。やっぱり上手く説明できない。」
「それって、ギブ・アンド・テイクの考え方かなあ?」
「それとも少し違うみたい。 命のあり方の違い、…なのかなあ?」
その言葉を聞いて、しげきはしばし長考にはいった。
「あおいちゃんは、お坊さまのように悟っているみたいだね。」
「それも違うと思う。まだ、私には自分の考えとお米や麦の考えの違いを上手く言葉にできないの。でもね、ちょっとだけ解ったのは、お米や麦さんを食べることを悪いことと考えて、ゴメンナサイって『あやまる』のは違うのかなって。むしろ『ありがとう』と感謝するのが正しいと思うようになったの。」
「それは既に大きな悟りだと思うよ。」
しげきは大きなため息をついた。
《しげき兄ちゃんも切れる人だけど、あおいちゃんも大概だなあ。とても小学生とは思えない。》
その二人の会話をゆかりちゃんは呆けた顔で聞きながら、口を挟めずにいた。




