21--三島兄妹の物語 3 <謁見>
「ゆかりちゃん、アソボ!」
あおいちゃんは三島さん家の玄関前で声を掛けた。インターホンを使わないのが、あおいちゃんとゆかりちゃんの間のルールだ。
「はぁ〜い」
ゆかりちゃんが玄関を開ける。
「いらっしゃ〜い。」
「おじゃましま〜す。」
昭和風のやりとりだなぁ、と二人は思った。
「家には応接間なんてないから、食卓だけど。」
「いいの? 家族のスペースにお邪魔しちゃって。」
「いいの! 後でお兄ちゃんと会うんだから。私はね、お兄ちゃんを私の部屋には入れたくないの。」
「何で? ゆかりちゃんはお兄ちゃんと仲良しでしょ?」
ゆかりちゃんは声を顰めて言った。
「あのねぇ。 お兄ちゃん、少し臭いの。部屋に臭いが移りそうで…イヤなの。」
「ふ〜ん? そうなの。」
あおいちゃんも小さな声で応答した。
あおいちゃんにはお兄さんはいない。だから、兄弟の発するイヤな臭いについては、良くわからない。だけど、夏場の仕事帰りのお父さんの『汗臭い』は確かに不快臭だ。あれは『加齢臭』だと思っていたけど、違うのかもしれない。今度,お母さんに聞いてみよう。直接,お父さんに聞くのは…やめておこう。…突然、娘に『お父さん臭い』と言われたら、お父さん泣いちゃいそうだなと思った。
「あおいちゃん? 何をニヨニヨしてるの?」
そんなことを考えていたら、不審な顔をしたゆかりちゃんに,とがめられた。
「それから、お兄ちゃん、時々変なこと言い出すから。」
「変なこと?」
「そう。中二病っぽいこと言うから、あまり真面目に聞かないように。取り合わないように。」
「お兄ちゃん、もう、高校生だよね。」
「そうなの。高校生になってもまだ中二病を引きずっているの。」
「…そう。」
「そうなの。頭は切れるんだけど、どっかなんか切れちゃっているの。 本当にお兄ちゃんたら、年上のくせに幼いところがあるのよね。」
ゆかりちゃんはため息をついた。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
しばらくの間、二人は他愛もない話しをしていた。しばらくして、階段を誰かが降りて来た。
「よう。エルフの姫様はおいでになったか?」
「うん。 あおいちゃん。これがさっきから噂のしげき兄ちゃん。」
「どんな兄の噂? ゆかりはおれの悪口を言ってたのかなぁ? お前の秘密もばらそうか?」
そう言って。しげき兄ちゃんはゆかりちゃんを睨んだ。ゆかりちゃんはあさっての方を向いて、知らんぷりをしている。
しばらくして、しげき兄ちゃんはあおいちゃんを見た。目を見開いて何か驚愕の表情を浮かべている。あおいちゃんはしげき兄ちゃんの突然の表情の変化に身を硬くした。
しげき兄ちゃんはあおいちゃんの前のフローリングの床に突然に片膝で跪き、右手を握りそのこぶしを左胸にあて、顔を伏せ頭を下げた。それはマンガで見た中世の騎士の上位者に対する跪礼に似ている。
《なんだ?なんだ?なんだ? 何が起っている?》
「お兄ちゃん、大丈夫? 貧血?」
ゆかりちゃんが心配そうに声を掛ける。お兄ちゃんは震える声をかみ殺し嗚咽している。急病か?
ゆかりちゃんがお兄ちゃんの心配をしていると、おもむろにお兄ちゃんは顔を上げてあおいちゃんをまっすぐ見つめると、語りだした。
「ノルマル姫様。お懐かしゅうございます。パーリットル家のモルが御前に参上いたしました。1800年ぶりでしょうか? お懐かしゅうございます。」
「なななな…《何を言い出すの?この人》」
突然の意味不明なセリフに、あおいちゃんは言葉を失った。ゆかりちゃんを見ると、目を大きく開けて口をパクパクしている。エサを求める池のコイのまねかしら? しかし、声が出ていない。彼女も兄の突然の奇行に魂消ているようだ。
あおいちゃんは椅子から立ち上がり後ずさり、後ろの壁に背中をぺたりと貼付けて
「なななな《何なのよこれ》」
とつぶやき続けていた。
「ノルマル姫様、あなたの護衛騎士だった近衛のモル・パーリットルをお忘れでしょうか?」
「だだだだ《お忘れも何も、誰それ?》」
でも、なぜか…どこかで聞いた憶えがある。モル・パーリットルという名前。はじめて聞いた名前のはずなのに…。聞き憶えがある。生まれる前、遥か昔に出会った人なの? 前世の知り合い? あおいちゃんは狭間の世界を知っているだけに,その可能性を否定しきれない。
「なななな《何この超急展開、何この転生設定? 情報が多すぎてついていけない。》」
「昔のように『モーラー』とお呼びください。」
「まままま《待って、待って、待って! 情報量が多すぎて,本当についていけない。》」
頭の中でいろいろな情報が止まることなく、クルクル高速回転している。頭の上から白い煙を出して、あおいちゃんは目を回しかけていた。あおいちゃんパニックである。
「おおおお《おばあちゃ〜ん。》」
あおいちゃんは涙目で自分をじっと見つめるモーラーさんの目を見つめながら、狭間の世界のおばあちゃんに助けを求めた。




