30 ぐーたら令嬢、運命の出会い?
(まずい、これはよくない)
パレスに映った次の日、私は人生初めての寝坊をした。
ヘスマンや黒いもやの妨害にも関わらず、普段よりも1時間遅い起床となった。
日本では万年遅刻人間だった私にしてみれば、1時間の寝坊で済むだなんて快挙でしかないのだが、貴族はそうも言っていられない。本当なら2時間あるはずの朝が半分に減ったのだから。
普段はゆったりと簡単なコース形式でとる朝食を、行儀が悪いのは承知の上、とヘスマンに頼み込んですべてテーブルに並べてもらう。進行がゆっくりなだけで、かき集めてしまえば大した量にはならない。ヘスマンと黒いもやに謝り倒しながら片っ端から食べた。
センスを磨く訓練、と称して選ばされるドレスも、今日ばかりはそんな暇がないと判断したのか、ヘスマンが選んでくれた。物の数秒で選び出される、今日の日程に即したドレス。つくづく、優秀な従者である
ヘアスタイルだけは気が抜けないので、正規の時間、きっちりと行う。体を動かす授業があることを言い訳に、装飾品は控えめだが。
どうにか準備を終えて部屋を出たときには、授業開始10分前。
1時間目は座学だ。担当教師が生徒自身の学力を伸ばすため、として従者を入室禁止にしているため、ヘスマンを置いて一人廊下を歩いた。
初めて、パレスの中を歩く。今まで講義棟に行くときは、パレスの外にある渡り廊下を通ることになっていた。パレスで過ごす、私のような貴族の子供のためだけに作られ、整えられた講義棟へ向かう廊下。床に敷かれた絨毯のせいか、酷く静かだ。
せかせかと足を動かしながら、意匠の美しさを見る。
明日はきちんと起きて、ゆっくりこの廊下を渡ろう、と決意した。
不意に、誰かの足音が近づいてくるのを感じた。ずいぶん早足だ。忘れ物でもして、ヘスマンが追ってきたのだと思って振り返る。
「ビドロス王子!?」
「え、うわぁ!」
後ろを向きながら全力疾走していた王子は、思いきり私にぶつかった。慌てて踏ん張り、転がることはなかったものの、衝撃で座り込んでしまう。ひれ伏すべきなのか、それとも立ち上がって一礼し去ってもいいのか、全く判断がつかない。教科書に『皇族がぶつかってきたら』なんて文言はないからだ。
出方をうかがう私に対し、同じように尻餅をついた王子は少し申し訳なさそうにこちらを見ていた。しばらくして立ち上がり、こちらに歩み寄る。私は慌てて、居住まいを正した。そうだ、仮にも向こうは皇族。この国の絶対的権威だ。原因がどちらにあったとて、こちらに非があるのだ、多分。
「申し訳ありません!」
少しでも罪を軽くするべく、這いつくばるようにして謝罪を述べる。
「・・・なぜ謝る」
「へ・・・」
「走ったのも、ぶつかったのも私だ。令嬢は歩いていただけだろう」
「あ、はい・・・」
思いがけない言葉に驚いている私の前に、手が差し出される。訳がわからず顔を見れば、手を取れ、といわれている気がして慌ててその手にすがった。
軽々と引っ張り上げられ、立たされる。
「怪我は?」
「ない、・・・あっ、ございません!」
ぼーっとしていたせいか、不遜な口をたたいてしまった。
王子はそれを愉快そうに笑う。
「最優秀者というのは、大抵酷く真面目でとっつきにくい人間ばかりと思っていたが」
君は面白いな、と言った顔で確信した。この王子、いい人だ。
貴族という立場といい、謁見時の態度といい、てっきり権力を振りかざすタイプだと思っていたが、勘違いだったようだ。
不意に、遠くから授業5分前の予鈴が聞こえた。
明らかに慌てだした私に気づいたのだろう。
「行ってよい」
そう言われ、礼をして講義棟へ走ろうとする。その背中に、声がかかった。
「もし、授業の前に時間があるのなら明日の朝もここで!」
「っはい、仰せのように!」
慌てている最中のことだったので、よく考えずに返事をしてしまった。が、よく考えると大それた約束だ。
教室に滑り込み、息を整えながらちょっと後悔するのだった。




