29 ぐーたら令嬢、王子様に出会う
謁見の間は、一筋ひかれた絨毯と、その先の床が少し高くなった場所に置かれた豪奢な椅子とで構成されていた。
絨毯を中程まで進み、誰も座っていない椅子に向かってひざまずく。このとき、視線を絶対にあげないように、というのは授業でも散々言われたことだ。
しばらく待っていると、衣擦れの音がした。
「ビドロス王子であらせられます」
うつむいたまま、従者の紹介を聞く。
ビドロス・リーランド。ここ、リーランド王国の第3王子である。王国名を名前に冠しているのは皇位継承権のある人間のみ。すなわち、この王子もまた皇位継承権を持っているのだ。また、生まれた順番は関係なく、皇帝が皇太子を指名するというこの国の制度のため、彼に近づいてあわよくば皇后に、という生徒も少なくない。お茶会のたびに彼女たちからいろいろと話を聞いてはいたが、実際に接点を持つのは初めてだ。そもそも皇族は一緒に授業を受けないし、私たちが開くようなちゃちなお茶会や舞踏会には顔を出さない。貴族が皇族を招待することは基本的に禁忌とされているためだ。散々騒いでいた彼女たちも、会ったことはおそらくないだろう。きっとカーテン越しに陰を見るのがせいぜいだ。もちろん、それなりの貴族ならば皇室主催の舞踏会に開かれたり、花嫁候補として声がかかったりすることもあるが、まだまだ先の話。会えもしない王子を、半ばおとぎ話のように語り合い、夢とわかって夢を見ているのだ。
そんなわけで今である。
件の王子を拝めるのだ。とてもわくわくする。今か今かと顔を上げる時を待ちわびていた私に、ついにそのときは来た。
「面を上げよ」
幼い声。
言われたとおりあげた顔の先には、同い年ぐらいの男の子が座っていた。
つややかな黒髪に、わずかに濃い肌。どこか日本人を思わせるその色に親近感を覚えたのもつかの間。きらびやかな衣装をまとってけだるげに座るその姿は、まさしく王子だった。
「名は?」
「オフィーリア・オクターンと申します」
渾身のカーテシーで答える。
王子はつまらなそうな顔をして、従者を見た。
「王子が退室されます」
その声に、再びひざまずく。顔を上げるのが許されたときには、もう王子はいなかった。
一分にも満たない謁見。多少なりとも緊張していた私には、あまりに短い時間だった。




