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11 ぐーたら令嬢、サインする

 連れられた先は外だった。

 玄関前に止められた馬車に押し込まれる。美しい装飾が、今は恐ろしかった。

 走り出した馬車には、鉄格子の嵌った窓ひとつきり。座面にはやたら上等なクッションが敷かれている。外から鍵をかけられた扉は固く、思うように動けない体では蹴破ることも難しい。

 どう考えても、良からぬことに向かっている。

 気をそらせるようなものが何もなくて、思考はダイレクトに恐ろしい予感へ向かってしまう。

 この馬車は、私の死へと向かっている。

 どうしてかそんな確信があった。


 目的地についたのか、馬車がようやく止まった。

 やっと扉が開けられる。外の空気に、ぼんやりしていた思考が明瞭になる。とはいえ、こんなところで明瞭になってもなんの意味もない。

 私は御者に拘束され、馬車から引きずり出された。

 そこは美しい邸宅の前だった。

 広く、整備された庭。あらゆうところに微細な彫刻の施された、美しい建物。公爵家もかなり大きい屋敷ではあったが、こことは比べ物にならない。

 そんな素晴らしい空間を、私は引きずられるようにして歩く。不釣り合いな自分が惨めで、涙が出た。

「ご主人さまに、届けものです」

「いつもの場所に入れておけ」

 御者が執事らしき男と慣れた様子で言葉をかわす。

 引きずられて離れる刹那、執事が見定めるようにこちらを見たのが気にかかった。

 御者がずんずん歩いていくのになんとか着いていき、たどり着いたのは地下。おそらく、「いつもの場所」。それは地下牢だった。鉄格子がつき、木組みの台が置かれた部屋。

「なに、ここ…」

 つぶやいた声を無視して、御者は私を地下牢へ押し込む。必死の抵抗虚しく、錠がおりた。

 冷たい、石の床。木の台はベッドなのだろうか。

 ぼんやりと佇んでいると、先程の執事がやってきた。

「サインしろ」

 そう言って、紙とペンが鉄格子の隙間から差し込まれる。

 継子とはいえ、仮にも公爵令嬢。命令形とは如何なものか、と思うが口には出さない。第一、執事っぽいというだけで本当は何者かなど知らないのだから。下手なことは言わないに限る。

 私は用意されたペンを持って紙に目を通した。

「婚姻届…?」

 時は読めないが、フォーマットが日本のそれに酷似している。

「似たようなものだ」

 人気のない地下牢で、呟いた声は想像以上に響いたらしい。冷ややかな返事が返ってきた。

 でも、この状況で書かされる書類など怪しい要素しかない。

「…書かないって言ったら?」

「選べる立場だとでも?」

 その一言が、決定的に刺さった。

 私のことなどお構いなしに勝手に運命が転がっていく感覚。内面も外面も、もうぼろぼろだった。大した力のない私の強がりなど風に吹かれれば倒れるハリボテにすぎない。

 私はふらふらとペンを持ち上げる。

 せめて婚姻届を書くように、ゆっくりと。それでもなおミミズのような字になった自分の名前に、涙がこぼれた。

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