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10 ぐーたら令嬢、転落

 その日は突然やってきた。

 いつもどおり届いた、公爵夫妻からの手紙。それがいつもより少し分厚いのが、最初の違和感。

 封筒から手紙を取り出し開くと、甘い匂いが鼻をついた。

「香水…?」

 私相手にそんな洒落たことをする相手だろうか。

 不思議に思いつつ、匂いの元を探ろうと顔を近づけ息を吸った瞬間、体が大きく傾いた。突然のことに驚いて座り直そうとするが、手足が痺れて動かない。つまり、そういうことだ。

 私が「役立つ」ときが来てしまったのだった。

 段々と視界が薄暗くなる。死、という事実が自分に迫っていることを肌で感じた。

 私はこの家に来た時点で、こうなる未来を考えていなくてはならなかったのだ。そして、行動すべきだった。

 今までのどんな決意よりも強く、深く。私は悔いていた。

 もし2度目があるのなら、次は間違えない。

 一筋、涙が絨毯に落ちたのを最後に、意識が途切れた。



 不幸にも、私は目覚めた。

 硬い床に転がされ、手足が縛られている。使われた薬が抜けきっていないのか、体に力が入らない。

「…久々だな」

 低い声が聞こえた。同時に、誰かの足が視界に映る。

 声と上等な靴からして、公爵だろう。顔を上げられないので確認できないが。いや、そもそも公爵の顔など忘れてしまった気もする。なんせ、私が引き取られたあの日以来、一度も会っていないので。

「…ぁにを…」

 呂律が回らない。「何を」と言ったはずの言葉は、意味を成すには不十分な音になった。

 公爵は私の言葉に興味がないのか、聞き返してこない。変わりにしゃがみ込んで、私の体を反転させた。

 仰向けにされて、こちらを覗き込む公爵と目が合う。

「…なぜあのとき死ななかった」

 目が憎悪に燃える。

 この言葉で、私は薄々感づいていたことが事実であるのを確信した。

 私が、否、本当のオフィーリアが死んだのは、この男の差金であると。

 有りがちな話だ。邪魔なものは消せばいい、という発想は少なくともこの男にとって至極当然なもののように思えた。

「まあいい。使えるものは使うだけだ」

 言うだけ言って、「使う」の内容を説明する気はないらしい。公爵は興味を失ったように離れていった。

「連れて行け」

 指示に従って、数人分の足音がバラバラと近づいてくる。

 腕や肩を掴まれ、引き上げられた。まるでものを扱うかのようなその手荒さに、自分の中で何かが崩れる。

 壁際で勝ち誇ったような笑みを浮かべる公爵。彼が、ここにいるのは、きっとこのシーンを見たいがためだ。

「…けぇ」

 そんなことあるはず無いとわかっているのに、理性は衝動を抑えきれなかった。

「…たぁうけへ!」

 うまく回らない舌で、必死に助けを求める。

 そんなことをしても公爵を喜ばせるだけ。そうわかっていても、止まらない。

 私は、生きたくてしょうがなかった。

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