32 冒険者ギルドカード
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ギルマスと俺、そしてレンニの珍道中四日目の朝も気持ちよく晴れた。
軽く身支度を整えた俺は、焚火に薪を足し、夕べのポトフの残りを温めながら、ラプア農園で分けてもらった真っ赤なトマトをカットする。
鍋がふつふつ言って来たら、残っていた肉や野菜をザクっとほぐし、トマトとコップに半分くらいの押し麦を入れて混ぜる。
あとは適宜火を弱め、焦げないように混ぜたり水を足したりしながら味を調整して、押し麦に火が通るまで煮るだけだ。
ギルマスは、昨日のベリーをエリカさんのお土産に少し採ってくる、と鼻歌を歌いながら森に入って行った。
すっかりいつものギルマスに戻っているようでホッとする。
レンニは朝のお散歩中で、ギルマスについて途中までは森に入って行ったが、今は小川に入って水遊びをしているらしい。
俺は時々鍋を覗きながら、天幕の中をぼちぼち片付け始める。
ギルマスが戻ってきたら、ナラさんに分けてもらったベーコンと玉子を焼いて、本日の朝食は完成である。
魔獣や猛獣が出て来ないのなら、この世界でのキャンプも良いものだ。
俺には足も戦闘能力もないので、腕に自信がある誰かに連れて来てもらうしかないけれど、機会があれば是非またやってみたい。
そう思えるくらいには、楽しく充実した四日間だった。
◇ ◇ ◇
朝食を済ませたら焚火の始末をし、撤収そしていよいよウムネスに向けて出発である。
往路と同じ小川のほとりで、人馬ともに食事休憩をはさんだ後は、緩やかな追い風に乗って、十分明るいうちに冒険者ギルドに着いた。
『送ってくださってありがとうございました』
『リョウ君、疲れただろうから、明日はお店、休みにしてもいいよ』
『いえ、随分長く閉めちゃいましたし、俺もコーヒーが飲みたいので、明日からしっかり開けます!』
『そうかい? ありがとう! じゃあまた明日』
『はい、お疲れさまでした!』「レンニもお疲れさま! 沢山頑張ってくれてありがとうな」
「おう、にーちゃん、またな!」
冒険者ギルドの前で俺を降ろしたギルマスの幌馬車は、ご機嫌でゆっくりと帰って行った。
◇ ◇ ◇
四日ぶりに帰ってきた、ギルドの寮の、狭いながらも楽しい我が城。
いつものように、俺が留守の間に掃除とリネンの交換をしていただけたようで、快適そのものである。
まずは、服をすべて脱いで、シャワーに直行だ。
アウトドアは楽しいけれど、風呂に入れないのだけちょっとね、まあ俺はおっさんだからそんなこと気にしちゃいないが。
二度洗いしてやっと泡が立つようになった石けんに苦笑しつつ、ひげも剃ってやっとスッキリした。
服を着替えたら、汚れものを麻袋に詰めていつもの洗濯屋に向かう。
洗いあがった洗濯ものを一旦部屋に置いてから、食堂に降りて、少し早めだが夕食をとることにした。
本日の日替わりは、ステーキ三種盛り合わせと、クリームシチューっぽい汁ものに例のみっちりパン……俺の好きなメニューである。
ステーキは、何の肉かは分からないけど、鶏っぽいのと豚っぽいのと牛っぽいのが一枚ずつ載っていて、それぞれ違うソースがかけられた、意外と凝った作りなのだ。
……ああー、帰ってきたんだなー。
今の俺にとって、ホームと言ったら、ここ以外には考えられない。
こめかみがキリキリ言うほど固いパンと一緒に、久しぶりの日常を、しみじみ噛み締めた。
早めに休んだおかげで、翌朝はいつも通りにスッキリ目が覚めた。
今日からまた店開けますんでー、とフロアの職員たちに声をかけつつ、気持ち早めに店に降りて、いつもより念入りに掃除をする。
時間通りに看板を出すと、待ってたよとばかりにお得意様たちが次から次へとやって来た。
この日の売り上げは、ここで店を始めてから五本指に入る記録となった。
そんな慌ただしい日々が数日続き、やっと客足も落ち着いた頃、ふらりと副ギルマスのラーシュさんが顔を出してくれた。
「今日の午後二時くらいに、私の部屋に来てもらえますか?」
「はい、わかりました」
改まって、何だろう? と思いつつ五分前には一旦店を閉め、時間通りに副ギルマスの執務室のドアをノックする。
どうぞーの声を受けて中に入ると、ラーシュさんと一緒にギルマスも待っていた。
二人ともニコニコしてはいるけど、一体何だろう? 俺、何やったっけ? と頭の中でぐるぐるしながら、促されて応接セットに座る。
俺の目の前に並ぶは、若干ソワソワしているギルマスと興奮気味の副ギルマス。
その興奮気味の方が、テーブルの上にすっと一枚のカードを置く。
『何ですか? これ、Fランクって書いてありますけど』
それを受けてソワソワしている方が、答えた。
『これはねー、リョウ君、君の冒険者ギルドカードだよ!』
えっ? と思ってよく見ると、確かに俺の名前が刻印されている。
でも俺、試験も何も受けていないし、最低ランクのGではなくいきなりFって一体どういう事なんだ?
イマイチ状況が掴めていない俺に、二人が説明してくれる。
『ほらあの、ラプア農園にシベットがいただろう? あれは農園から冒険者ギルドに正式な駆除依頼が出ていたんだよ。報酬はシベット一頭につき銀貨三枚で、あの群れは四十頭いることが確認されていたからねぇ』
『それにあの、ボスクラスの特殊個体がいたでしょう。今回初めて存在が確認されて希少種でもあるんですけど、あれはギガントシベットっていうBランクの魔獣になりまして、討伐報酬は金貨二十枚なんですよ』
『えっ? でも俺、一頭も殺してないですよ?』
慌てる俺に、二人は続けた。
『いやいや、必要だったのは農園で起こっていたシベットによるトラブルの解決なんだから、殺さずに済んだならその方がいいんだよ。君の働きは、それだけの価値があるっていう事なんだよ!』
『それにリョウさんは、特殊個体のテイムにも成功しているじゃないですか。ほら、スキルにも出ていますよ』
副ギルマスは、ファイルのような道具に魔力を通し、俺のスキルを出してくれたらしい。
見ると一番上に表示されているのは間違いなく俺の名前で、沢山の項目が並んだ下の方に、《スキル→従魔、契約魔獣→ギガントシベット(長老)》とあり、さらにその下に《ユニークスキル→コーヒー》と書かれていた。
へぇー、いつの間にか俺にもスキルが出来たんだ、てか、コーヒーってスキルだったの?
ちなみにチラッと見たら、魔力はゼロのままだった。
『でも俺、テイムなんてした覚えないんですけど……あっ!』
そう言えばあの時長老は、「契約してやろう」って言ったんだった。
それからお互いの名前を口にして、鼻と鼻が触れあったとき、静電気みたいなのが一瞬走ったような気がしたんだった。
契約って、あの一連のコーヒーの実に関する約束の事かと思っていたのに、テイムされてもいいっていう意味だったのか……。
『あれだけウチのレンニとも会話が成立するんだから、テイムなんてお手の物だよねぇ』
いやいや、俺そんなつもりこれっぽっちもなかったっす。
『まあ、そう言うわけですので、シベット駆除の報奨金合わせて金貨三十二枚は、リョウさんが受け取るべきものなんですが、ギルドに登録した冒険者でなければ依頼を受けることは出来ません。なので、順番が逆にはなってしまいますが、今回の働きを勘案しまして、まあ、Fランク相当ではなかろうかとなったんですよ』
副ギルマスは、ギルドカードの横に金貨三十二枚を置いた。
ギルマスに促されて、俺はギルドカードを手に取る。
銀色に見えるプレートは何かの金属で作られているようで、俺の名前とFランクの文字が刻印されている。
昇格してもこの文字の刻印を変えて同じカードをずっと使うらしく、紛失や破損による再発行は有料だそうだ。
『この国ではコレが身分証明になるから、今までに比べればだいぶ暮らしやすくなるよ。例えば部屋を借りたりもできるし、転職……はしないで貰えると助かるけどね』
ギルマスの渾身のジョークに三人でひとしきり笑う。
『あとこれがあれば、国内のどのギルドでも、現金が引き出せるんですよ』
何でもギルドには、登録者の貯金を預かるようなシステムもあって、国内であればどこでも、さらに冒険者ギルドだけでなく、商人ギルドや職人ギルドなどでも、ある程度までの金額ならいつでも引き出すことが可能なのだそうだ。
大金を持ち歩かなくてもいいのは助かるなぁ。
『それから、一番最初に報酬のお話をしたときに出ました、週につき金貨一枚というのも、今週で三十三枚になっていますが、既にこの中に入金済です』
『えっ? それは確かお断りしたはずじゃ……』
『何を言うんだい、ギルドでちゃんと管理していたんだよ。あって邪魔になるものじゃなし、いつか必ず必要になるときが来るんだから取っておきなさい!』
そういえば確かにそんな話もあった。
ギルドでコーヒーの店を始めるにあたって、報酬の話をしたときに、店の仕入れに関するものはすべてギルド持ちで、売り上げはすべて俺のもの、無料で寮と食堂と言葉のレッスンが付き、さらに週につき金貨一枚を支給する、と言われたんだった。
その時は、全く身寄りのない自分を置いてもらえるだけで有難かったし、使う当てもなかったから、金貨一枚だけは辞退したつもりでいた。
だから今の今まできれいさっぱり忘れていたのに……そうか、もうそんなに時間が経ったんだ。
『有難く頂戴します、うれしいです』
去年の夏の終わりに、こちらの世界に落ちてきた身元不明の迷い人は、やっとこの街のひととなることが出来た。
カレンダーは五の月になっていた。
次回は、2022年5月13日金曜日18時頃の公開を予定しています。
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