30 便りの無いのは良い便り
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前の世界のことを、こちらの世界のひとにこんなにたくさん話すのは、多分初めてだと思う。
俺は何だか急に照れくさくなって、まだ不安そうにしているギルマスから目線を外し、揺らめく焚火の炎をぼんやり見つめつつ、故郷にいる、俺の親友の話をぽつりぽつりと続けた。
◇ ◇ ◇
家が近所で同い年で、物心ついた頃には既に一緒に遊んでいた彼の名は修。
幼稚園から高校までずっと同じ所に通い、楽しいことも悪いことも、一緒にたくさんやってきた。
殴り合いの喧嘩も何度もしたけど、一晩寝ればケロッと忘れて、次の朝にはくだらない話にゲラゲラ笑いながら学校までの道を一緒に歩いた。
何故か不思議と馬が合い、いつしか誰よりも長い付き合いになっていた。
誰にも言えないような話もオサムには出来たし、オサムの心配事の相談にも幾度となく乗った。
一緒に悩み、一緒に悲しみ、一緒によろこび、二人で一緒に成長してきたと言っても過言ではない。
高卒後の進路の話が出だした頃、俺は首都圏の大学に進学するつもりだったが、オサムは家業を継ぐため高卒で就職すると言い出した。
親父さんの体調を思うとそろそろ代替わりの準備が必要なのに加え、実務的なものを身に付けるなら、丁度良い頃合いだという。
子供の頃から手伝いはしていたけれど、職業とするならもっときっちりした修業がやはり必要らしい。
ずっと一緒に育ってきたオサムと俺は、こうして初めて離れることになったのだ。
俺は第一志望の大学に無事合格し、その年の四月から首都圏で一人暮らしを始めた。
サークルに恋愛に励むぞーと張り切っていたが、その年の冬から始めた喫茶店のアルバイトと、本分である学業が案外忙しくも面白く、結果的に真面目な学生生活だったと思う。
オサムは、最初の一年間は親父さんの会社に就職して改めて基礎をみっちり叩き込まれ、二年目からは隣県にある親戚筋の同業他社に修行に出ることになった。
お互いSNSもフォローし合っていたけれど、二人ともさほど熱心に呟く方ではなかったため、生存確認程度の役にすら立たず、時々思い出したように短い電話やメールのやり取りをするような状況だった。
たまに実家に顔を出すことはあったけれど、奴とはどうにもタイミングが合わず、結局大学在学中の四年間で一度も顔を合わせることはなかった。
ある意味兄弟も同然だったオサムに、改めて電話をしたり、メールや手紙を書いたりすることが、どことなく気恥ずかしかったのかも知れない。
奴に確かめたことはなかったけれど、あまりにも近くに居すぎたために、お互い距離感を掴みかねていたのかも、とも、後になって思った。
便りの無いのは良い便り……という便利な言葉がある。
改めて知らせる必要があるほどの悪いことも無いのだから、きっと元気でやっているさ、なんて都合よく解釈して、目先の忙しさに振り回されていった。
四年で大学を卒業した俺は、元から希望していた職種の、首都圏の会社に無事就職を果たした。
業績は良いがほんのりブラック気質の面があり、新入社員は入社早々に研修と称した山籠もりが約一ヶ月課せられる。
就職が決まった時、久しぶりにオサムに電話で報告したときは、望んでいた会社に決まったことを心から祝ってくれた。
奴は引き続き、修行で出ていた隣県の同業他社にいたが、だいぶ使い物になるようになってきたから、来年あたり実家に戻ろうかって話になっている、などとうれしそうに言っていた。
それが、オサムの声を聞いた最後になった。
その約半月後、山籠もり中だった俺は、オサムが亡くなったというメールを、実家の母から受け取ったのだ。
◇ ◇ ◇
俺は立ち上がり、空になっていたギルマスと自分のコップにワインを注ぐ。
ついでに馬車から薪を二本ほど持ってきて、火が小さくなりかけていた焚火にそっと足す。
良く乾いた薪がパチパチと軽やかに歌い、ふわりと大きくなった炎を眺めながら、俺は腰を下ろし、再び口を開いた。
◇ ◇ ◇
オサムは、業務中ではなく休日の移動中に、玉突き事故に巻き込まれたそうで、ほぼ即死状態だった、らしい。
肉親の訃報ならいざ知らず、親友と言うだけでは、研修を抜けて実家に帰りたいなどと言い出せるような雰囲気ではない。
それからしばらくの間、俺はまるで抜け殻のようだった、と後で同僚が言っていた。
日程通りの研修を終えて出社すれば、本格的に怒涛の日々が待っていた。
とにかく忙しくて責任も重いが、頑張れば頑張っただけ確実に結果は出るし、成功体験を積み重ねてそれが自信へと繋がっていく。
失敗もしたし辛く厳しいことも多かったけれど、その反面大きなやりがいもまた感じていた。
その一方で、大親友が亡くなったというのに、葬式にも出ず墓参りもしない自分が許せなかった。
新しい生活にも慣れ、週末には普通に休めているのだから、その気になれば線香をあげに行くくらいは出来るはずなのに……。
忙しさを言い訳に一日延ばしにして、日ごとに罪悪感ばかりが膨らんでいたある日、俺はふと思ったのだ。
今までにも、お互い忙しくて半年やそこら電話もメールもしなかったことは何度もあったじゃないか。
それと、今の状況と、何が違うんだ?
奴の実家に行って仏壇に線香でもあげて、逃れようのない現実を目の当たりにすれば、きっと涙も出てくるだろう。
奴の墓の前で流す涙は、悲しいなのか、寂しいなのか、辛いなのか。
そして、奴は果たして、それを望むのだろうか……。
◇ ◇ ◇
『……なんてことを考えまして、それっきり俺、実家に帰っていないんです。だから、俺の中では、まだオサムは生きているし、家業を継いで実家でバリバリやっているんですよ』
焚火の火から目をあげて、俺は笑いながらギルマスに言った。
『都合の良いことを言って逃げてるだけに聞こえるかもしれないですけど、俺一人くらいは、奴が生きたかった未来を信じていてやってもいいんじゃないか……って思うんですよ。会いたくなったら、そのうち会えるんじゃないですかね、忘れないでいれば』
焚火で炙られているヤブウサギの串焼きを一本取り、焼き過ぎ気味の身を噛み締める。
若干乾いた肉の食感がジャーキーみたいで、味も凝縮されているため、酒のつまみにはむしろこの方が合うかもしれない。
『俺の元居た世界に関しても、同じようなものだと思ってるんですよ』
『……と言うと?』
だいぶ表情が柔らかくなってきたギルマスが、ワインをちびりとやりながら相槌を打つ。
そろそろおかわりを注いだ方がいいかもしれない。
『そのうち帰りたくなったら帰ればいいかなーって。今は今の毎日が楽しいし、やりたい事もあるし、なんだかんだで忙しいし。だからしばらくは、帰るつもりはないです』
『そうか……便りの無いのは良い便り……ねぇ』
しみじみそう言って、ギルマスはやっと少し笑った。
最後のワインを二人のコップに分け切り、何となく最後の乾杯をする。
『それはいいとしても、心残りとか、思い残したことだとかは、無いのかい?』
『……と言いますと?』
随分食い下がるなぁと思いつつ、何か含むものがあるように感じて俺が促すと、今度はギルマスが昔話をしてくれた。
『いや……。あの、ミノルさんがね、亡くなった時の最後の言葉が、「オカアサン」だったんだよ』
次回は、2022年4月29日金曜日18時頃の公開を予定しています。




