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28 迷いの洞窟

ご覧いただきましてありがとうございます。

ブックマークやいいねもしていただけて、とても励みになります。

 ギルマスが言っていた俺に見せたいものというのは、どうやらここの事らしい。

 忘れもしないその場所の名……『迷いの洞窟』。

 それはちょうど半年くらい前、何らかの力が働いてこちらの世界に転移させられて来たらしい俺が、そこで発見されたと聞かされた場所である。



 ギルマスの解説によると、ここはかなり古くからある自然に出来た洞窟で、すぐ近くに美味しい湧き水が出ることもあり、昔から狩りなどで山に入るひとたちが休憩したり、悪天候をやり過ごしたり、緊急避難的に夜明かしをしたりするために使われてきたそうだ。

 そしてたまたま、例の(よこしま)なことを企んだ魔術師が、異世界から人や物を転移させる『穴』を開ける場所として選んだ一つが、この洞窟の奥の方だったらしい。


 その魔術師は既にこの世にはおらず、全ての穴は無効化された上、再利用も復元も固く禁じられている。

 掛けられた術も既に解除済ではあるけれど、諸々の条件が偶然に揃ってしまう何十年に一度くらいの頻度で、稀に術が発動してしまうらしい。

 去年の春頃から、周期的にそろそろ何かが転移されてくる可能性が高いと、近隣の住民や冒険者たちに通達し警戒を促していたという。



 そして、去年の夏の終わりの事だ。

 従魔の黒豹ノアを連れた冒険者のニルスは、突然降ってきた激しい雷雨をやり過ごすために迷いの洞窟に駆け込んだ。

 洞窟に入ってすぐに妙な雰囲気を感じて警戒していたところ、ノアが突然立ち入り禁止ゾーンの柵を越え、止める間もなく奥に向かって駆けて行ってしまう。

 そしてニルスは、ノアを追いかけて初めて入った立ち入り禁止ゾーンの奥の方で、倒れている俺を発見したというわけだ。


   ◇   ◇   ◇


 洞窟の前でレンニは止まり、ギルマスは馬車を降りてカンテラを手に洞窟に向かって歩いていく。

 俺もその後をついていく形で、迷いの洞窟に足を踏み入れた。


 自然に出来たほら穴そのままのそこは、ひんやりとした空気に湿った土のにおいが漂い、日の差し込むあたり以外は暗く、外はまだ日の高い時刻だというのに奥の方に至っては漆黒の闇である。

 ギルマスがカンテラに火を点けて初めて、中の様子がぼんやりと浮かび上がった。

 壁は自然の岩肌がむき出しのままだが、地面はきれいな砂を入れてならしてあるらしい。

 入り口付近には、バドミントンコートくらいの広さの、ギルマスが背を屈めずに歩ける程度の空間があり、奥に行くにしたがって天井は低く、幅も狭くなっていく。

 その奥の方の、俺でも頭をぶつけそうなあたりの地面に、そこから先は立ち入り禁止であることを示す柵が立てられていた。


 『あの辺りの、左の壁際で、リョウ君は倒れていたそうだよ』

 柵の手前に立ちカンテラを掲げたギルマスは、二十メートルほど先の辺りを指し示す。

『良かったら、近くまで行ってみるかい?』

『え、いいんですか?』

『ここしばらく……そうだな、この先何十年かは何も転移されて来ることはないね。この洞窟は猛獣や危険な虫なんかも生息していないから安全だよ』

 笑いながら差し出されたカンテラを受け取り、俺は柵を越えて立ち入り禁止ゾーンに踏み込んだ。



 柵と言っても、俺の膝くらいの高さなので容易に跨ぐことが出来る。

 そこから先は、砂など敷かれていない恐らく元のままの地面のようで、とがった石が靴底にゴツゴツ当たる。

 頭をぶつけないように身を屈めながら慎重に進み、ギルマスに教えられた辺りにたどり着いた。


 特に目印があるわけでもない、何の変哲もない岩壁と石ゴロゴロの地面である。

 保護されたときは服がズタボロだったし、目が覚めた後でシャワーを浴びたら全身が小さな傷だらけだったが、転移の時のあれやこれやのせいだと思っていたけど、ここに寝ていたというのならそれも納得だ。

 何か音が聞こえたり、静電気のようなものを感じたりすることもない……まあ、全ての術は解除済らしいし、俺には魔力もないので何かあっても感じることは出来なかったかもしれないが。


 カンテラで照らしながらあっちこっち眺めていると、目の端で不自然に白い小さなものが光ったような気がして、何だろう? と近づいてみる。

 俺が倒れていたらしい場所からさらに一メートルほど奥の地面にあったそれは、白くて丸い、ペットボトルのキャップだった。


   ◇   ◇   ◇


 あれは何年前だったか、夏の暑い日の外回り中に、会社の後輩と一緒に迷子のオカメインコを保護したことがあった。

 これはその時奴に奢らせた、ミネラルウォーターのキャップである。

 当時、子猫を飼い始めた同僚がいて、ペットボトルのキャップを飛ばすと喜んで追いかけると言っていたので、後で会った時に渡そうと取っておく癖がついていたのだ。


 何となくズボンのポケットにキャップを入れたままにしていたその次の日、出勤しようと当時住んでいたマンションの玄関を出たすぐの芝生の上に、落ちていたシジュウカラを見つけた。

 俺は、野生生物が迷子になったり傷ついたりしたのを見つけても、一切助けないことにしていた。

 そういう場面に出くわすことも少なくなかったけれど、それは自然界の食物連鎖を乱す以外の何物でもないと考えていたからである。

 だから、こと切れた様子でぐったりと目を閉じ、すでに数匹の蟻にたかられ始めていたそのシジュウカラも、助けるつもりは全くなかった。

 ただその場所は、住人たちが割と頻繁に通るところであり、このままにしていては、誰かに踏まれたり蹴られたりすることはほぼ確定で、たとえ屍骸であるとしてもそれはちょっと可哀そうに思えたのだ。


 だからせめて、人に踏まれない場所に動かしてやって、あとはカラスか野犬にでもお願いしよう……そう考えてシジュウカラを拾い上げたところ、なんとシジュウカラがもぞもぞと動き出したのだ。


 恐らく状況的には、熱中症的なものか、ガラスにぶつかって脳震盪でも起こしたか、そんなところだろう。

 最初は俺の手のひらの上で、瞼を閉じ嘴を半開きにしてぐったりと横たわっているだけだったが、三十秒もすると、シジュウカラは体を起こして、フラフラはしているけど俺の手のひらに立ち、瞼を開いてボーっとしている状態になった。


 マズい、自然界に干渉してしまった……と思ったが、この状態では手放すこともできない。

 俺はそのままマンションの駐車場に行き、散水用の蛇口のところに行って、ポケットから例のペットボトルのキャップを出して水を汲み、人通りのない日蔭に移動した。

 シジュウカラの嘴にキャップの水を近づけ、ちょんと濡らしてやる。

 お水飲みなさい、と言うと、通じたのかどうなのか分からないが、二、三度飲むような仕草を見せた。

 その頃には、フラフラしつつも俺の指に止まれるような状態まで回復していたので、マンションの植栽の中で手頃な木の枝に止まらせてやり、慌てて会社に向かった。


 ……なんてことがあったのを思い出した。



 どうやら俺は、本当にここに居たらしい。

 自分の身に起こったことでありながら、いろんな人から教えられても、どこか他人事で夢の中のお話のようにしか思えなかった一連の出来事。

 それの全てが紛れもない事実であると紐づけてくれたのは、この世界には存在し得ない、小さなプラスチックの塊だった。

次回は、2022年4月15日金曜日18時頃の公開を予定しています。

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