「海浜公園。」 中
次の日、意外な事に
朝、ユキから連絡が来た。
現場の朝礼が終ったばかりの
慌ただしい時だったから
スルーして、
10時の休憩の時に掛け直した。
「あ、俺。」
「もしもし?
今、休憩中なの?
あのね、チェコフィルのチケット
まだ取れるみたいよ?
どーする?」
あぁ、そう云えば…、
「それ、いつだっけ?」
「金曜日、今週の。」
「金曜かー、うーんと、
ちょっと無理だなー。」
「なんでぇー?
行きたがってたじゃん?」
「うーん…、」
「なんか有るの?」
「お片付け。…身辺整理。」
「………あ、なるほど…。
そっかー。
…なら仕方無いわね、
で?日曜は会える?」
「バイク屋に部品取り行くけど。
全然、会える。」
「なら、日曜ね?
お仕事、頑張ってね?」
「らじゃ!笑」
身辺整理が済むまでは
連絡したらいかんと
思ってたから、
それにユキの性格からして
あの事件のあと、あっちから
電話が来たのは意外だったし。
しかし俺が女と会う事に関して
何とも思わないのかね。
なんか金曜日まで長いなー。
だからその、
自然消滅狙いだった相手に
それは結構気が重い事だったが、
頑張って又、電話したんだ。
その日は
仕事帰りにたまに寄る定食屋で
飯を食った。
前はよく来た店だ。
近頃はコンビニで
弁当とビールを買って帰る。
ビールは
必ず飲まなければならない。
男として生まれて
酒も飲まないのは人間ではない。
じっちゃんが、そう言ったから。
定食屋に寄ると、飯の前に
飲みたくなって仕方が無い。
ただ、飲んで帰る訳には行かない。
飲酒運転はダメだ。
従って、コンビニで弁当と
ビールを購入して帰るのが
一番いいのだ。
ん、ちなう、
そんな話では無くて、、
とにかく飯を食って
部屋に帰り、電話した。
壁に寄り掛かって
携帯の着信履歴を
遡っても仕事のばっかりで
中々、出ないから
電話帳の「あ行」を検索する。
この件が終ったら、
この番号は削除しなきゃな、
そう思ったら、
少し寂しかったし。
電話で水曜に会う約束に
変更してもらい、
まあ、色々聞かれたんだが
スルーさせて頂いて、
その日はビールを飲んで寝た。
チェコフィル行けるかな、
とも一瞬思ったが、
ユキには電話、しなかった。
水曜日。
現場を定時前に切り上げ、
一旦、部屋に戻り、
トラックから車に乗り換えた。
近頃は単車か
ユキの車ばっかりで
暫く乗っていなかった気がする。
濃い青一色に全塗装された
国産の先っちょが尖ってて
異様に長い、自慢の愛車だ。
キーをonして電磁ポンプが
燃料を送る音を確認する。
ブブブブブブブブブブ…
アクセルを3回程、煽る。
そしてセルを回す。
一連の儀式の後、
デュアルマフラーから
ブバッて派手な音がして
エンジンが掛かる。
アクセルを吹かし気味にして
アイドリングのパラ付きを
制御してやらねーと
今にも止まりそうだ。
暫くしてアクセルを戻すと
エンジンはバラッバラッと
頼りなくアイドリングを続ける。
アクセルを吹かす、
ヴァン、ヴァンヴァンと、
タコメーターの針の動きが
振動が音響が超気持ちいい。
あ、苦情が来そう。
二人しか乗れないこの車の
足回りはレース仕様に、
キャブからマフラーから
一体、幾ら金を掛けた事だろう。
ソレックス、タコ足、
デュアルマフラー。
ソレックスの吸気音が、
L24型エンジンの咆哮が痺れる。
内装は全て剥がして、
ロールバーを組み、
バケットシートを取り付け
助手席の足元には消火器。
気分だけはレーサーだ。
只でさえ重いハンドルは
ど太いタイヤと
小径ハンドルのせいで
女性にはきっと
運転出来ない事だろう。
「軽量化命!」とか言って
助手席のシートも外そうとしたら
「私が乗れないじゃん!」
って、エリカに突っ込まれた。
…今は、もう懐かしいわ。
あの頃、令二とこの車でよく
繁華街に遊びに来た。
知り合った女の子達を
送ろうとして、
今更ながら2シーター、
つまり二人乗りだった事に
今、気付いた振りをして
よく笑いを取ったものだ。
今夜、駅前のロータリーで
待ち合わせる女の名は
エリカ、昼間は事務員で
夜はクラブの蝶に変身する。
迎えに行くとベンチに腰掛けて
既に待っていた。
俺の車に気付いて近寄る姿は、
うーん、悪くない、いい女だ。
あ、いかんいかん。
柔道二段だ。 …ちなう、
優柔不断だ。
今日は、今夜こそは
決着を付けねば。
「わりぃな、日にち変えて
もらって。」
助手席に乗り込んだエリカに
そう言うと、
「別に。夜は火木土だけだし。
私にとっての判決が早くなるか
遅くなるかだけだし。」
う、なんか冷たい、仕方無いか。
てか、俺は検事か。
↑裁判官だら?
「な、海浜公園でも行く?」
「…うん。」
「飯は?腹減らんか?」
「お腹なんか全然、空いてない。」
あ、そうですか…、
てか、全然、こっち見ないのね、
…当たり前か。
エリカはツンツンしてる時が
綺麗だったり、あ、いかん。
街中を抜けて
海に向かうバイパスに。
お互いに無言で。
音楽とか聞く気分では無かった。
信号待ちでは意味も無く
ウインドウオッシャー液を出し
ワイパーを動かす。
…互いに前の車の
テールランプだけを見詰めて。
タバコに火を点ける。
エリカもタバコばかり吸ってる。
(な、その口紅が付いた吸殻、
ちとヤバイんですけど…。)
置き手紙には
合鍵を返す、とも書いて有った。
一応、別れを受け入れては
くれている様だ。
最後に会って鍵を返す、
そんな儀式が彼女の中で
必要だったのだろう。
何となく解る気がする。
車を走らせ、
どう切り出したものか、
考えが纏まらない内に
海浜公園の駐車場に
着いてしまった。
俺は、
「コーヒー買って来るわ。」
車を下りて自販機に向かう。
するとバンって
ドアの閉まる音がして
ヒールの音が
近付いてくる。
ズボンのけつのポケットから
財布を出そうとした時に
後ろから抱き締められた。
「ちょ、人、居るし、」
「なんで?」
何でって言われも。
首の後ろが温かい物で
濡れる感触…。
一瞬、振り返って
抱き締めてやりたい気がしたが
それはしたらいけないと
思い返した。
自販機の灯りに集まるは、
…大きな蛾。
「離せや、お前も微糖だっけ?」
車に戻って、
エリカが泣き止むのを待つ。
…沈黙…。
何本、タバコを吸っただろう。
残酷だなって思う。
恋愛なんてものは、
相思相愛で成り立つもので
どちらか片方にその気が無きゃ
成り立たねーし。
俺に気持ちが無い以上、
この関係は続ける意味が無い。
だから、それ以来、
こいつは抱いて無い。
ちょっかい掛ければ
やらせてくれるのは解っていたが
それはしたらダメな気がした。
今更、友達には戻れない。
エリカはしゃくり上げながら、
「どーしてよ?」
「…………。」
「今までみたいにいかないの?」
「いかない。」
「なんで?」
「なんでも。」
まるで自分が大悪人みたい。
電話で泣かれるならいい。
電話を切りゃいいから。
何でって聞かれても
その理由をいちいち話したって
相手が余計に泣くだけだと思う。
束縛がキツイとか、
しょっちゅう部屋に
来られるのがしんどいとか、
色々有るんだけど、
少し気持ちが冷めた時に
他に気になる女が現れた。
それは何と言うか、
きっと理屈とかじゃ無いんだ。
泣き止んだエリカは
もう冷めちまった缶コーヒーの
プルタブを起こして
鼻を啜りながら。
「ゲーム、やってる?」
…は?ああ、前に買ってくれた
ファミコンの話しかって
思い出した。
「何でプレゼント、
ゲームにしたかわかる?」
「いや、、、」
「猫ちゃん、
ゲームやると夢中になるでしょ?
ゲームやらしとけば、
夜は大人しいからね。
飲みに行ったり
他の女の子と遊んだり
しないでしょ?」
「は?…いや、、、」
「でも後から思った。
私自身も放置されちゃったから
これは、失敗だったなーって。」
「ははっ。笑」
「笑うとこじゃないし。」
「あ、いや、ごめん…。」
軽く左肩にグーパンチを喰らう。
エリカはタバコに火を点けて
わざと俺の顔に煙を吐き出す。
刺すような視線。
裏切り者を、なじる瞳…。
「の、信長の野望は
全国制覇したよ、、
今、三國志やってんだ、
わざと難しい設定にして、
武将の能力とかも低めに、、」
「別に聞いてないし。」
「ごめん。」
話題の変換、失敗。
…沈黙…。
「今度の女ってさ、
髪、長いでしょ?ストレートで。」
「え?何で?知ってんのか?」
ドキリとした。
「コロコロカーぺットが
教えてくれたのよ。笑」
明日にでもあれは捨てよう。
…沈黙…。
「はーあ、ダメかー。
こんないい女、振るか?普通。
私にだって
言い寄って来る男、
沢山、居るんだからねっ!
もう明日からお店でも
誘われたらホイホイ
付いてっちゃうんだからー!」
それ、すごく心配ですって
思ったけど言わなかった。
あ、又、泣きそう。
これじゃ何回会っても同じだわ。
靴を脱いでバケットシートに
しゃがみ込みながら、、、
言わなきゃいけないと思った。
「エリカ、鍵、返せよ。」
…沈黙…。
「…家まで送ってね?」
「あぁ、もちろん。」
いじらしくて可哀想で
抱き締めてやりたい気持ちを
何とか堪えて、靴を履いて。
エンジンを掛ける。
「この車に乗るのも最後かー。」
よせ、
なんか俺まで泣きそうだ。
月は半月。
急発進で
わざと後ろのタイヤを鳴らした。




