5.3 お祭り野郎たち
その騒ぎの真ん中で、アンソニーが不意に杯を下ろした。
両脇の女に何か言って腕を外し、少し伸び上がるようにして、人の頭の上を見渡す。何かを探す目つきだった。歓声にも、名前を呼ぶ声にも、もう反応していない。
視線が、酒場の壁際で止まった。
ヴァルターの、ベルトのあたりで止まった。
アンソニーは笑った。さっきまでの、濡れた大きな笑い方ではない。乾いていて、急いていた。それから卓に肘をついているフリーの肩を叩き、紙から顔を上げないジョンの襟を軽く引いた。
三人の首が、同じ方向へ動いた。
「……お」ヴァルターが杯の縁越しに言った。「呼ばれたな、俺様」
「客か」
「太客だ」ヴァルターはにやりとして、ベルトのポーチを片手で押さえた。「一ヶ月半、まともにキメられてねえ連中だぞ。――そら、金の匂いがしやがる」
人垣が割れたわけではない。ただ、いつのまにか四人がそこにいた。
アンソニーが先だった。杯を近くの誰かへ押しつけ、卓のあいだを蟹のように横向きに抜けてくる。次にフリーが卓の上から降り、皿を一枚も落とさずに椅子の背を渡ってきた。ジョンは炭を紙束に挟み、絵をせがむ酔客に紙束ごと押しつけて席を立った。最後にチャドが、水差しを二つぶら下げて重い足取りでついてくる。
大穴の縁で歓声を浴びていた四人が、壁際の卓へ着いたときには、もう英雄の形をしていなかった。
「ヴァル」
アンソニーは椅子に座らなかった。卓に片手をつき、上から覆いかぶさるように顔を近づけた。長い髪が汗で首に貼りついている。目が大きく開いていて、瞬きが足りていない。
「ヴァルターぁ。持ってきてんだろ」
「一ヶ月半ぶりだぜ、アンソニー。まずは無事の帰還を祝わせろよ」
「祝ったよ。散々祝った。俺は三回死にかけて、二十人と乾杯して、女に三回泣かれた」アンソニーは笑った。笑いながら、指が卓を叩いていた。「祝ったんだ。もういいだろ。出せ」
フリーが椅子に浅く腰かけ、膝を細かく揺らしている。ジョンは立ったまま、ヴァルターのベルトのポーチだけを見ていた。三人とも、目の置き場所が同じだった。
「上に人間が誰もいねえ場所でな」フリーが穏やかな声で言った。声だけは穏やかだった。「一日一回。半分だけ。震えが止まる分だけだ。それを四十五日。……分かるかい、ヴァルター。半分ってのは、飲まないより悪い」
チャドが後ろで水差しを卓に置き、太い息を吐いた。
「おいおい、また薬かよ」
「うるせえチャド」
「言ってるだけだ。座れよアンソニー、みっともねえ」
アンソニーは座らなかった。
その隣で、アレイは肉の串を口から抜いて、皿の上に置いた。ぼんやりした目でその四人を見上げている。パンテラ最強の四人が、卓一つを囲んで一人のディーラーのベルトを見ている。深層帰りの英雄という言葉から想像されるものと、いま目の前にあるものは、まるで似ていなかった。
「――お、アレイじゃねえか!」
アンソニーがようやくアレイを見つけて、大きな声を出した。急に上機嫌になり、太い腕をアレイの首へ回して引き寄せる。
「生きてたか、この薬中野郎! まだツケで吸ってんのかァ?」
「まだ吸ってる」
「ガハハハ! いいねぇ、変わってねえのが最高だ」
アレイは抱え込まれたまま、されるがままになっていた。この連中は、アレイのことを何も知らない。強いとも思っていない。名前と、いつも金がないことと、ヴァルターにツケを積んでいることだけを知っている。ギルドの他の百人と同じ見立てだ。彼らのその見立ては、アレイにとっていちばん居心地がよかった。
「ヴァル。全部だ」
ヴァルターはベルトのポーチから、蝋で口を留めた小袋を四つ、卓の上へ並べた。
「明日も欲しけりゃ言え。明後日の朝には都合する」
「全部だ、って言ったぞ。明日の分も、明後日の分も、来週の分も」アンソニーは腰の革袋を卓へ落とした。中で金属が鈍く鳴った。数える気配もない。「足りねえなら言え。足りるだろ」
「――ガッポリ稼がせてもらうぜ」
ヴァルターの声には、一片の遠慮もなかった。
アンソニーは小袋の一つを摘み上げ、蝋を親指で割って、それをアレイの前へ滑らせた。
「今日は俺たちの奢りだ」
「……いいのか」
「いいんだよ! 金にならねえ箱を十人がかりで上げてきた男の言うことだぞ。細けぇこと言うな」
悪気はなかった。悪気がないのが、いちばん正確だった。
いつもは数える。五回分、六万。指で袋の膨らみを確かめ、あと何回残っているかを数え、次の依頼までにあと何回で足りるかを数える。数えると惜しくなるから、数えない努力をする。今夜はその努力がいらなかった。
――ただで貰うってのは、こんなに味気ねえのか。
考えるのをやめて、鼻から吸った。
白い粉が上顎の裏を焼くように過ぎていく。舌の奥が金属の味になる。アンソニーが同じようにナイフの背から吸い、フリーが卓に伏せるようにして吸い、ジョンが袖で鼻を押さえて椅子に沈んだ。
それから、三分。
その三分だけが、この夜でいちばん静かだった。四百人が踊り、喇叭が鳴り、床が揺れているど真ん中で、卓の四人は何も言わずに座り、ただ待っていた。フリーの膝の揺れが止まる。ジョンの目が半分閉じる。アンソニーは自分の手のひらを見ている。チャドは腕を組んで、四人の顔を順番に見ていた。
来た。
「――ウォオオオ!」
アンソニーが立ち上がり、椅子を後ろへ蹴り倒して吠えた。喇叭に負けない声だった。
「聞こえるかァ! 俺は生きてるぞ! 十七層のクソ野郎ども、聞いてるかァ!」
「聞こえてる、聞こえてるよ」フリーが卓に上がって同じ方向へ手を振った。「みんな聞いてる。壁も聞いてるし、床も聞いてるし、この箱も聞いてる。この箱はぜんぶ知ってる。この箱は千年前から俺たちを待ってたんだ、アンソニー、千年だぞ、千年待ったんだ!」
「千年ッ!」
「千年!」
ジョンは何も叫ばなかった。ただ椅子に浅く座り、目を見開いて、宙の一点を見ていた。何かが見えているらしく、時々指先で空中に線を引いた。
アレイはその輪の真ん中で、腹の底から笑っていた。何がおかしいのか自分でも分からない。世界の輪郭が異様に鮮明で、音は色になり、皿の縁の欠けまで意味を持って見える。アンソニーの背を平手で叩き、卓の上のフリーの足首を掴んで揺らし、誰のものかも分からない杯を掴んで一息で空にする。錫の杯が、握った形のままへこんだ。
チャドの目がそれを見た。一瞬だけ、へこんだ杯とアレイの手を見比べて、それから何も言わずに別の杯を置いた。
三十分は、あっけなかった。
笑い声の高さが下がり、フリーが卓の上で急に静かになり、アンソニーの背中が丸くなる。指先から順に体が重くなっていく。世界の色が一段ずつ抜け、抜けたぶんだけ、床の底なしの穴が近づいてくる。
「ヴァル」
「はいはい」
次の袋の蝋が割れる。また三分の静けさが来て、また吠え声が来る。二回目、三回目。四回目のあたりで、アレイは数えるのをやめた。夜のどこかで、自分がジョンの膝の紙束に何か描き足していたことは覚えている。何を描いたかは覚えていない。
「アンソニー」チャドが、傾いていく兄弟の襟を掴んで座らせた。「五回目だ。水を飲め」
「数えてんのか、お前」
「誰かが数えねえと、お前はヒレルになるんだよ」
その名前が出ると、卓の上の空気が一瞬だけ、薄い膜のように張った。フリーが天井を見た。ジョンは何も聞いていないふりをした。
アンソニーは水を飲んだ。半分こぼしながら飲み干して、それから急に笑い出した。誰かに背中を押されたように、まったく脈絡のない、上機嫌な高笑いだった。
「ガハハハ!」
アンソニーは水で濡れた口の端を手の甲で拭い、卓に肘をついて身を乗り出した。上機嫌が体から溢れて止まらないという顔だった。
「なあチャド。今回は最高だったよなあ。箱もよかったが――あんなもんも一緒に持ち帰ってよかったなぁ!」
その瞬間、卓の空気の温度が変わった。
チャドが動いた。折れた肋を庇うことも忘れて椅子から半身を投げ出し、太い手のひらをアンソニーの口へ叩きつけるように押し当てた。皿が二枚跳ね、麦酒がこぼれて卓の縁から糸を引いて落ちた。
「おいアンソニー!」
「んぐ」
「――酔いすぎだ。もう水だけにしろ」
チャドの声は大きかった。大きすぎた。大きくすることで、その前にあった言葉を後ろから塗り潰そうとしている大きさだった。顔から血の気が引いていて、それでも笑おうとして口の形だけが笑っていた。
フリーが天井から視線を戻した。ジョンは、宙に引いていた指先を止めた。二人とも何も言わない。何も言わないという一致の仕方が、この四人の中で一番揃った動きだった。
アンソニーはチャドの手の下でしばらくもがき、それから手を払って、また笑った。
「なんだよ、うるせえなあ!」
「うるせえのはお前だ」
「俺は喋ってねえ。歌ってたんだ」
「歌ってろ。ずっと歌ってろ」
喇叭が来た。
厨房前の把手が誰かの手で回され、硝子筒の光が一段明るくなり、七本の喇叭が同時に息を吸って、千年前の宴会の頭から曲を叩き出した。床が鳴る。四百人が同じ拍で足を踏む。皿が跳ね、卓が跳ね、天井の灯りが円を描いて揺れた。
アンソニーの言葉は、その中に落ちて消えた。
誰も聞いていなかった。グルーピーたちはオルゴールの前で腕を上げて回っていたし、古参の連中はオジーを囲んで卓を叩いていたし、厨房の下働きは手拍子を打ちながら肉を焼いていた。この建物の中で音より小さいものは、もう存在しなかった。
アレイは聞いていた。
聞いていたが、聞いたそれを置く場所が、今の頭の中にはなかった。こぼれた麦酒が卓の縁を伝う形は完璧に美しく、チャドの手のひらの皺の一本一本まで数えられそうだった。あんなもん。言葉は音として入ってきて、意味の手前でほどけ、光る粒になってどこかへ流れていった。あとで思い出すのだとしたら、それは今夜ではない。アレイは自分の指を見て、指が十本あることに納得し、笑った。
ヴァルターは笑わなかった。
杯を口へ運ぶ途中で、ほんの半拍だけ手が止まった。目だけがチャドの顔を撫で、それからアンソニーへ移り、また卓の上へ戻った。それだけだった。ベルトのポーチを片手で押さえ直し、麦酒を飲み干し、空になった杯を卓の真ん中へ押し出す。
「アンソニー。追加、要るか」
「要る!」
「明後日の朝だ。忘れんなよ」
問わない。それが商売の作法だった。荷の中身を知る必要はないし、知れば値段が変わる。値段が変わる話は、酔った太客の口からではなく、金を持って会いに来た人間の口から聞くべきものだ。ヴァルターは蝋の割れた小袋を指で弾いて、アンソニーの前へ滑らせた。
チャドが、その手を目で追った。
止めようとして、止めなかった。折れた肋が痛むのか、一度だけ息を詰めて脇を押さえ、それから水差しを持ち上げて、こぼれた麦酒の上へ水を注ぎ足すみたいに、アンソニーの杯を満たした。
「飲め」
「水はもういい」
「飲め」
アンソニーは飲んだ。飲みながら、もう自分が何を言ったのかも覚えていない顔で、曲に合わせて頭を振っていた。
喇叭が二周目に入る。
卓の上には、蝋の欠片と、握り潰された錫の杯と、水と麦酒が混ざった水たまりが残っていた。そのどれもが、明日になれば誰かが拭いてしまうものだった。
拭かれないものが一つだけ、この夜のどこかに落ちたままになった。
「細けぇこたぁいいんだよ!」
誰が言ったのかも分からない。アンソニーだったかもしれないし、彼の言葉を拾った酔っ払いの誰かだったかもしれない。とにかくその声は喇叭の合間を縫って上がり、それに応えて三十人ばかりが杯を突き上げた。
「今日は飲み明かすぞォ!」
卓が鳴る。錫と木と陶器がぶつかって、割れる音がひとつ混ざり、それでも誰も手を止めなかった。
夜は、いつのまにか深くなっていた。窓の外はもう完全な黒だ。それでも表口はまだ開いていて、噂を聞いて後から来た連中が立ったまま樽に手を伸ばしている。把手を回す係はいつのまにか厨房の下働きの少年に代わっていて、椅子を踏み台にして両手で回すその顔は、これまでの人生で一番楽しい夜だという顔をしていた。
オジーは、まだ真ん中にいた。
黒ずくめの上着はどこかへ脱ぎ捨てられ、黒いシャツの袖をまくって、首の十字だけが汗で光っている。丸い色付き眼鏡は片方の耳にかろうじて掛かっていて、髪は完全に崩れていた。彼を囲む古参の輪はもう五重になっていて、外側の連中はギルド長を見るためだけに背伸びをしている。
その輪へ、また職員が入ってきた。
今夜三人目だ。羊皮紙の束を胸に抱え、人の脇を無理やり抜けて、オジーの耳元へ口を寄せる。
「ギルド長、破損分の目録と、明日の検問の割り当てが」
「ん?」
「あの、署名を」
オジーは目録を受け取った。両手で持ち、しばらく真面目な顔で眺めた。周囲が静かになった――正確には、静かになろうとした。喇叭がうるさいので誰も声が届かないだけだった。
それからオジーは、その羊皮紙を丁寧に半分に折り、もう半分に折り、三角に折って、職員の胸のポケットへ差した。
「明日だ」
「しかし」
「明日にはな、これがもっと増えてる。だから明日やるんだ。今日やっても意味がねえ」
職員が口を開こうとしたところへ、オジーは横の卓から杯を取って握らせた。中身はほとんど泡だった。
「お前、名前は」
「……ロブです」
「ロブ。お前は今夜、字を書く仕事じゃねえ。お前は今夜、生きて帰ってきた四人の顔を見る仕事だ」
オジーはそう言って、ぐしゃぐしゃの笑顔を作った。不気味さと愛嬌が同じ顔の上で喧嘩しているような、あの笑い方だ。初めて見る者はたいてい半歩下がる。ロブも半歩下がった。それから、諦めて泡を飲んだ。
古参たちが吠えた。誰かがロブの背中を叩き、誰かが空いた樽の上へ彼を押し上げ、あっという間にロブは輪の一部になった。
「乾杯!」
「何に!」
「知らねえ!」
「それでいい!」
杯が鳴った。
壁際の卓では、まだ同じ六人が座っていた。
もっとも、座っているという言い方が正しいのはヴァルターとチャドだけだった。フリーは椅子の背に足を掛けて逆さまに寄りかかり、天井の梁の影の動きに一定の間隔で笑っていた。ジョンは紙束の一番下の紙に、誰にも見せずに何かを描いている。炭はもう指の先ほどしか残っていない。
アンソニーは卓に突っ伏し、それから跳ね起き、また突っ伏していた。その動きの合間に彼は歌い、歌の途中で笑い、笑いの途中で誰かの名前を呼んだ。呼ばれた名前の半分は、この卓にいない人間のものだった。
アレイは、笑い続けていた。
笑う理由はもう探していない。ただ、この建物の中で起きていることの全部が完璧に噛み合っている気がした。喇叭の七本目がわずかに音を外すのが分かる。その外し方が、千年前にこれを作った職人の癖なのだと確信できる。踊っているグルーピーの緋色の裾が回るたび、灯りの光が布の縁で切れて、その切れ方が音の拍とぴたりと合う。
世界は、うまく出来ていた。
「ヴァル」
「あ?」
「うまく出来てるよなあ、これ」
「何が」
「ぜんぶ」
ヴァルターは自分の杯を見て、それから相棒の顔を見た。目つきが違う。瞳が定まらないまま妙に開いていて、口の端が上がりきっている。首の筋が浮いていた。
「そうかい」
「そうだよ」
「よかったな」
ヴァルターは、それ以上は言わなかった。
彼だけは、今夜のうちで唯一、明日の計算をしている人間だった。ポーチの中の重さ、明後日の朝までに都合しなければならない量、そのための仕入先へ走らせる使いの手配。革袋の中身は数えていないが、重さで見当はついている。ひと月は遊べる。遊ばないが。
そして、もうひとつ。
――あんなもんも一緒に持ち帰ってよかったなぁ。
ヴァルターは麦酒を口に含み、その言葉を舌の下に置いたまま、飲み込んだ。今夜は何も知らない。知らないことにする。値がつく話は、酔った口からは聞かない。それが長生きの作法だ。
チャドは、水差しをまた満たしに立った。
右の脇を庇いながら人の間を抜け、厨房前の水桶で二つの差しを満たし、戻ってくる。その途中で倒れかけた酔客の襟を掴んで立たせ、踏まれそうになっていた誰かの帽子を蹴り上げて卓に置き、オルゴールへ寄りすぎた娘の肩をやさしく押し戻した。
誰も彼に礼を言わなかった。彼も求めなかった。
卓へ戻ると、アンソニーが顔を上げた。
「チャド」
「なんだ」
「……帰ってきたな、俺たち」
その声は、さっきまでの高笑いとは違っていた。薄い。子どもが暗い部屋で親を呼ぶときの薄さだ。
チャドは水差しを置き、アンソニーの後頭部に手のひらを乗せて、二度だけ叩いた。
「帰ってきた」
「置いてかれてねえよな」
「誰も置いてってねえ」
アンソニーはそれで満足したのか、また卓に突っ伏して、次の瞬間には別人のように吠えた。
「酒だァ! 全員に酒だ! 金はある! 金しかねえ!」
酒場が応えた。ペッパーズの奢りだという声が波になって奥まで伝わり、樽がまた開けられ、栓が抜ける音が四つ重なった。
喇叭が、また頭へ戻る。
夜半を過ぎて、人はむしろ増えた。どこかの卓で腕相撲の賭けが始まり、負けた男が卓ごと倒れて全員が笑った。フリーは椅子から転げ落ちたまま床で笑い、それから知らない若手を捕まえて、酔ったまま床に指で文字を教えようとしていた。
ジョンは、描き終えた紙を一枚、卓の上に置いた。
誰も見なかった。アレイだけが、それを覗いた。四人の背中が描かれていた。四人だったが、五つの影が伸びていた。
アレイは、その紙をしばらく見て、それから何も言わずに卓へ戻した。今の頭では、その意味を掴むところまでは届かない。ただ、美しいと思った。彼は今夜、あらゆるものを美しいと思っていた。
オジーの笑い声が、輪の中から上がる。
彼は樽の上に立ち、杯を高く掲げていた。眼鏡はもうどこにもない。汗で張りついた黒髪の下から、細い目が笑っている。
「聞け! クソども!」
四百の顔が向いた。喇叭は止まらないので、ほとんどの者には聞こえていない。それでもみんな杯を上げた。
「うちのギルドは今日も何も片づいてねえ! 板の依頼も、目録も、税関の割り当ても、ぜんぶ明日だ!」
歓声。
「だがな、十七層から四人帰ってきた! 四人だ! 欠けてねえ!」
歓声が、割れるほど大きくなった。
「それだけあれば、今夜は十分だろうがァ!」
杯が上がる。上がって、ぶつかって、こぼれて、床が濡れる。濡れた床の上で誰かが滑って転び、転んだまま笑い、隣の誰かが引き起こす。
アレイも杯を上げた。何に乾杯しているのかは分からなかった。分からないまま、腕を上げて笑った。
その隣でヴァルターも上げた。彼は分かっていた。分かっていて、上げた。
夜はどこまでも更けていく。パンテラの空はやがて藍に薄まり、東の縁が灰色になり、大通りの掃除人が箒を担いで通りに出る時間が来るだろう。それでもこの建物の音は落ちなかった。
把手が回る。喇叭が息を吸う。千年前の宴会の音楽は、頭に戻る。
深層から生きて帰った四人と、そこへ群がる酔っ払いたちと、誰よりも楽しそうに樽の上で杯を掲げるギルド長のどんちゃん騒ぎは、朝が来ようとしても終わる気配がなかった。
拭かれないものはまだ、床のどこかに落ちたままだった。




