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5.1 お祭り野郎たち


 その日の昼過ぎ、冒険者ギルドの表口を蹴り開けるように駆け込んできた少年伝令が、息を吸うより先に叫んだ。


「あのお祭り野郎たちが帰ってくる!」


 一拍の静寂。そして次の瞬間、ギルドの高い天井が抜けるのではないかというほどの声が上がった。


 依頼板の前で報酬額を睨んでいた男たちが板を見るのをやめ、換金窓口に並んでいた列が崩れ、酒場の卓では椅子が倒れ、床に置かれた鞄が蹴り飛ばされた。誰かが樽の縁を杓で叩いて拍子を取り、誰かが持っていた干し肉を天井へ投げた。


「生きてんのか? 全員揃ってんのか?」

「揃ってなきゃこんな騒ぎになるかよ。あいつらは死なねえんだ」


 ペッパーズ。パンテラで最も有名で、最も強く、そして最もクレイジーな四人組。かつて案内人すら足を踏み入れない十六層へ到達し、持ち帰った異物を数十億ペルで競り落とさせた男たち。その名が出るだけで、この都市の冒険者は自分が同じ職業だという事実を都合よく忘れ、ただの見物人になれる。


 受付の職員たちはたまらず声を張った。列を崩すな、書類を出せ、換金は順番だ——だが誰も聞いていない。若い職員が抱えていた依頼票の束が肩をぶつけられて散り、宙に舞った紙が「討伐・下水スライム/報酬八千ペル」と情けない文面を晒しながら床へ落ちた。それを拾う者は一人もいなかった。


「賭けろ賭けろ、今回の戦利品はいくらだ!」

「百億いくって話もあるらしい」

「百億で何買うんだ、あいつら」

「酒と薬だろ。他に何がある」


 どっと笑いが起きた。酒場の隅では、まだ日も高いというのに前金で樽が三つ開けられていた。厨房からは急かされた肉の焼ける匂いが漂い、給仕が空のジョッキを両手に八つ抱えて走っている。パンテラの冒険者ギルドは、英雄の帰還という口実さえあれば、正午だろうが夜半だろうが同じ顔で祭りを始める。


 その熱気の真ん中で、いつもの与太話が始まったのは自然な流れだった。


「なあ。じゃあよ、聞くけどな」


 卓の端で、頬に古傷のある中堅の剣士が指を一本立てた。彼は酔うとかならずこの話をする男だった。


「最高のパーティを組むなら、何が要る?」

「また始まったよ」

「いいから答えろ。金も人も好きに選べるとしたら、だ」


 誰かが即座に言った。


「まずは先を読めるシーカーだ。それも、危ない道を選ばねえ奴」

「そりゃそうだ。深層で死ぬのは弱い奴じゃねえ、余計な道に入った奴だ」


 その言い方に、卓を囲んだ半分が黙って頷いた。この街では、迷宮で死んだ知り合いの名前を三つ以上言えない冒険者はまず駆け出しだ。


「次だ。次は何が要る」

「壁役だろ。前で殴られてるだけの奴じゃねえぞ。荷も仲間も、最後まで背中に通さねえ化け物みたいな大男だ」


 笑い声が起きて、すぐに新しい酒が注がれた。


「まだ足りねえだろ。前に穴開けるだけじゃな」


 誰かが言いかけたところで、外から地鳴りのような歓声が届いた。中央の大穴の方向だ。人の波が動いている音だった。卓の連中は言葉の途中で立ち上がり、ジョッキを持ったまま、その続きを口の中に残して出口へ向かった。


 パンテラの中心には、都市そのものを飲み込むような大穴が空いている。


 石畳の大通りが放射状に伸び、その突き当たりで地面が唐突に終わる。縁には手すりと足場が幾重にも組まれ、滑車と綱、荷揚げ台、ギルドの検問所、税関の詰所が張りついている。普段でも人の絶えない場所だが、その日の縁は、もはや歩ける隙間がなかった。


 冒険者が肩を並べ、その後ろに市民が背伸びをし、さらに後ろで商人たちが荷車の上に立って見物していた。露天の売り子は水と串肉を売り歩き、子どもは大人の腰の間を縫って前へ行こうとして怒られている。誰かが「押すな!」と叫び、その声すら押されて消えた。手すりの外側の足場に無理に乗った若い連中を、警邏の男たちが棒で叩いて下がらせている。


 誰も、まだ何も見ていない。ただ、地下から上がってくる冷たい空気の匂いだけが、縁に立つ全員の顔に当たっていた。


 ギルドの酒場から流れてきた卓の連中も、その人波の後ろに紛れ込んでいた。ジョッキを持ったまま来た男たちである。頬に古傷のある剣士は、背の高い荷車の車輪へ足をかけて首を伸ばし、口の中に残していた話の続きを吐き出した。


「で、だ。シーカーと壁役。まだ足りねえ」

「今それを言うか」

「今だから言うんだ」


 その時、穴の底の闇でひとつ、灯りが揺れた。


 最初に上がってきたのは、小柄な男だった。


 天然パーマの頭が荷揚げ台の縁からひょいと現れ、獣のように引き締まった身体が、段を二つ飛ばして地上へ出る。一ヶ月半を地下で過ごした男の足取りではなかった。彼は地上の光に一度だけ目を細め、それから、歓声の側ではなく人波の切れ目と検問所の警備の位置を先に見た。危険がないことを確かめる目つきだった。


「フリーだ!」

「フリーが出た!」


 名を呼ばれて、ようやく彼は笑った。片手を軽く上げるだけの、素っ気ない仕草。それだけで縁の一角が割れるように沸いた。


「先導だ」古傷の剣士が車輪の上で唸った。「見たか。あいつ、地上に出てまず人混みを読んだぞ。まだ探索してるつもりでいやがる」

「そういう奴が生きて帰るんだよ」


 次に、荷揚げ台の綱が悲鳴のような音を立てた。


 滑車が軋み、太い綱が張り、鎖が石を噛む。ポーターたちが荷を担いで段を上がってくる。その列の脇を、ひとつだけ影の大きさが違うものが歩いていた。


 巨体である。頭が人波の上に出ている。荷を運んでいるのではなく、荷とポーターの外側を歩き、押し寄せる見物人と列の間に自分の身体を置いていた。前へ出ようとした若い冒険者が肩でやわらかく押し戻され、尻餅をつく前に襟首をつかまれて立たされる。


「悪いな。詰めんなよ、危ねえから」


 チャドは、そう言いながら笑った。豪快で、拍子抜けするほど気楽な声だった。歓声は、そこで一段大きくなった。深層帰りの英雄が最初に口にした言葉が「危ないから詰めるな」であることの安心感を、この街の人間は本能で理解している。


「壁役だ」誰かが言った。「あれだよ。荷も仲間も、最後まで背中に通さねえ奴だ」

「通さねえどころか、見物人まで通してねえぞ」

「あいつが一番前に立ってると、後ろが安心して眠れるんだ。前で殴られる役じゃねえ、後ろを安心させる役なんだよ」


 三人目は、歓声の方を一度も見なかった。


 枯れ木のように細い立ち姿。天然パーマのロングヘアと髭が、地下から吹き上がる風に揺れる。腰の剣に手を添えたまま、ジョンは石畳へ足を下ろし、誰にも愛想を振らず、まっすぐ大通りの方へ歩き出した。


 それでも人々は名を叫んだ。むしろ、彼が愛想を振らないからこそ叫んだ。


「ジョン!」

「ヒレルの剣だ! あの構え、まるっきりヒレルだ!」


 その名が出ると、年季の入った冒険者たちの声が少し変わる。喝采に湿ったものが混じる。若手の誰もが憧れた天才剣士は、深層の恐怖に耐えかねて薬で死んだ。その面影を完璧に引き写した男が、今こうして地上へ戻ってきている。


「遊撃だな」古傷の剣士が言った。「壁が受けて、先導が道を作って、それで生まれた一瞬の隙を——あれが殺しに変える」

「褒めてんのか怖がってんのか、どっちだ」

「どっちもだ。おれはあいつと同じ迷宮にいたくねえ」


 そして、最後に上がってきた男が、風を一度に変えた。


 長いストレートの髪が、地下の風に持ち上げられて背に流れる。厚い肩、日焼けした腕。アンソニーは段を上がりきると、まず歓声に応えなかった。仲間の位置を数え、ポーターの列の切れ目を確かめ、荷と人の間に隙がないかを見渡した。それが済んでから、ようやく群衆の方へ顔を上げた。


 声が、津波のように押し寄せた。


「前中衛を埋める魔法剣士だ」誰かが叫ぶように言った。「穴があればどこでも入る。前が足りなきゃ前、後ろが薄けりゃ後ろだ」

「そんで、あの四人をまとめて一個の熱にしちまう」


 古傷の剣士は口を開き、途中で自分の間違いに気づいたような顔をした。それから、車輪の上で腹を抱えた。


「……それ、結局ペッパーズじゃねえか」


 周りが吹き出した。毎度そうなるのだ。理想を役割から積み上げていくと、いつでも同じ四人へ行き着いてしまう。この街の与太話は、必ずこのオチで終わる。


「そりゃそうだろ。十六層の次は十七層だぞ」

「完璧じゃなきゃ帰れねえよ、あんなとこ」


 笑いは、そこで途切れた。


 滑車の音が変わったのだ。軋みが低く、長く、綱が張る音に人の呻きが混ざる。荷揚げ台の枠が撓み、太い丸太が組み直され、警邏の男たちが慌てて見物人を後ろへ下がらせた。


 十人がかりだった。ポーターが十人、綱を肩に食い込ませ、足を石畳に踏み込んで、一歩ずつ後ろへ下がっていく。穴の縁から、ゆっくりと何かが持ち上がってくる。


 頑丈な布に、幾重にも縄が回されていた。荷馬車一台では到底載らない大きさ。角があるのか丸いのかも分からない。布の下で光が漏れているように見えて、しかしそれが本当に光なのかどうかも分からない。ただ、石畳に据えられた瞬間、地面がわずかに震えた。


 誰も、声を出さなかった。


 先ほどまで戦利品の額を賭けていた男たちも、串肉を売り歩いていた売り子も、荷車の上の商人も、黙ってその布を見ていた。何なのか分からない。分からないからこそ、人は黙る。十七層という言葉が、そこで初めて、値段ではなく深さとして全員の腹に落ちた。


 冷たい風が、大穴からもう一度吹き上がった。


 その静けさの中で、アンソニーが、ひょいと片手を上げた。


 構えも口上もない。荷の脇に立って、なんでもないように手を上げただけだった。


 次の瞬間、大穴の周囲が爆発した。


 歓声が石畳を叩き、放射状の大通りへ流れ込み、屋根の上まで駆け上がった。帽子が投げられ、杯が掲げられ、名前が四つ、順番も何もなく叫ばれる。荷車の上の商人が飛び上がり、警邏の棒が押し戻す壁の役に立たなくなり、どこかで鐘が鳴りだした。


「宴だ!」

「ギルドだ、ギルドへ運べ! 樽はもう開いてる!」


 古傷の剣士は車輪から飛び降り、ジョッキの中身を半分こぼしながら人の流れに押されていった。


 英雄たちは、生きて帰ってきた。それだけで、この都市は朝までの馬鹿騒ぎを許す言い分を手に入れた。


 その熱狂から、通りひとつ分だけ外れた場所がある。


 閉じた古道具屋の軒下、荷馬車が置き去りにされて日陰を作っているあたりだ。


 アレイは、そこに座っていた。


 猫背のまま膝に肘を乗せ、指の間に紙巻きを挟んでいる。甘い、少し焦げたような匂いの煙が、風の来ない軒下でゆっくり天へ上がっていった。


 歓声が壁に当たって返ってくる。名前が四つ、順番もなく叫ばれている。鐘が鳴り、どこかで誰かが樽の栓を抜いたらしい音がして、それにまた歓声が乗った。


 アレイは煙を長く吐いた。


「相変わらずド派手だなァ」


「当たり前だろ」


 声は横から降ってきた。ヴァルターが、人波を器用にすり抜けて日陰へ入ってきたところだった。ベルトのポーチを片手で押さえている。人混みを歩くときの癖だ。


「パンテラ最強のスター様だからな。あれが静かに帰ってきたら、逆に街が心配するぜ」


「そりゃそうだ」


 アレイは紙巻きを口に戻し、また吸った。目つきはいつもどおり、どこにも焦点が合っていない。それでも視線は、大通りの向こうで揺れている頭の海を、なんとなく追っていた。四つの名前が、そのどこかにある。


 通りの向こうで、また声が膨らんだ。荷が動き出したのだろう。綱の掛け声と、それを追う足音。誰かが「道あけろォ!」と怒鳴っていて、その怒鳴り声にすら歓声が返る。今夜のこの街は、何を聞いても歓声で返す。


 アレイは、ようやく少し姿勢を起こした。紙巻きの残りを石段に押しつけて消し、指で弾いて溝へ落とす。それから、伸びをするというよりは体をほどくような、力の入らない動きで立ち上がった。長身が日陰の中でだらしなく揺れる。


「行くか」


 二人は、澱みから川へ出た。


 押し寄せる肩と背中の間に体を差し込むと、あとは流れが勝手に運んでくれる。前を歩く男が誰かの肩に乗ろうとして落ち、笑い声が上がる。売り子が水の入った革袋を頭上に掲げて逆走していく。鐘の音は、もうどこで鳴っているのか分からない。


 アレイは流されるまま、猫背のまま、ぼんやりと人の頭を眺めていた。


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