第四章~城下町にて~
ガドネア歴 九七五年 四月半ば ミリア・サンディー
冒険者の資格を取り、ユニスの王都にまでやってきました。こちらはファーネルの実家がありますが、さすがにアーサーさんたちのように、簡単にはお会いすることはできそうにない感じです。ファーネル、そういった所は意外に堅物。
冒険者協会は、このユニス王都が総本部。なのでこちらで龍族の目撃情報などを聞いてみましたが、私たちが欲しい情報は皆無でした。龍族にまつわる新情報としては、いえこれは大分前からガドネアでは周知のことだったようですが、デニアス王国の王妃様が、地元の地龍族だったということに、私は少し驚いてしまいました。
その事をファーネルに尋ねてみると、自分の家系にも同じ種族の血が過去に混じっているとか。ユニスの王家も色々あるんだな、と興味深く感じた次第です。
第四章~城下町にて~
王都に到着し、宿を何とか確保した。
ユニスの王都は、南北およそ四フォーカイ、東西は北端と南端がおよそ一フォーカイ、最も膨らんでいる中心辺りが二フォーカイほどとなる。クロワッサンをイメージすると近いかもしれない。
人口は四万人程度。この町の発展は変わっており、王城から南へ南へと成長している。そのため北部の城壁は建国以来のものだが、南は広がればその外側に城壁を築いて内側を壊し、という事を何度か繰り返した結果、内側は遺構としては残っていても特段迷路のようにはなっていない。
なお外側に行くにつれ民家は少なくなり、農業や畜産などの広い場所を必要とする第一産業で占められている。そのためのどかな情景となる。
王城から南へ太い道が延びており、すぐに噴水広場がある。この噴水広場から東西、そして南へ街道が延びる。南はそのまま王都とパルスを結ぶ街道につながり、東はすぐに港、西は山岳方面へと伸びていく。そちらに小さな町や村が点在しており、定期馬車便も出ている。街道はガドネア山脈の麓まで続いているが、さすがにそれ以上は険しい山を切り開かなくてはならないため、それ以上の延伸計画はない。
ユニス王国自体はガドネア大陸の中でも一番小さく、一番若い国だが、北のバース王国とも西のデニアス王国とも良好な関係を築いており、王族の間でも何度か血が混じり合っている。そのすべてが政略結婚という無粋なものではなく、大恋愛の下での確かな絆を結んでいることから、如何に関係が良好なのかを物語っている。
四人が泊まる宿は、噴水広場より少し南にある、商店街の裏手にある。冒険者の宿として営業する傍ら、昼は大衆食堂、夜は居酒屋という形式で料理も出している。四人は混む前に夕食を頂き、部屋に戻ってきていた。二人部屋を二カ所、男女別とした。
「……デリシアも見習って貰いたいところですね」
とミリアが吐き捨てた。
話の話題は、ガドネア三国の王族が、ほぼ全員恋愛結婚していることに移っていた。
ミリアは昔、王族と村娘のロマンスものを読んだことがある。ただ、彼女の故郷、カル=アストロフ自治州が所属するデリシア王国の状況をよく知っていたためあり得ない、と感じてしまい、途中で読むのをやめてしまったことがある。作者は夢を追って書いたのだろうが、デリシア相手ではさすがに賛同しかねるものだった。
だが、ガドネア三国の話を聞いて、その理想郷はここにある、と作者に伝えたくなる一方で、デリシアではなく、ユニス王国と考え、物語をもう一度最初から読んでみたいな、とそう考えた。
その話でも、親が用意した結婚相手と、自ら好きになった人との結婚でどちらにするかという一悶着が書かれているが、さてこのガドネアにおいてはどうなのか、そんな疑問も湧いた。
「ファーネルに質問。王族における、恋愛での結婚と、親が用意した相手との結婚の比率はどれぐらいですか?」
「三国とも、ほぼ全員が恋愛だな。俺の親父も母も、一六歳修業で知り合った仲だ。俺が知る限り、親が結婚相手を探したという話は聞いたことないな」
「それはそれですごいですね」
ミリアは素直に驚いていた。
彼女は、デリシアの王室についてはある程度知っている。これは興味があって覚えたということではなく、敵を知る上での情報の一つとして学んだことだ。サンディー家としては、至極当たりの理由である。
理由を聞いてファーネルはどこか遠くを眺めてしまうが、それには構わず。
「デリシアの王族共は、ほとんどが政略結婚ですね。王族に取り入りようとか、そんな考えばかりです」
さらっと『共』付けで罵っているが、そこはもう聞かなかったことにした。ミリア、もっと言えば龍族とデリシアとの確執や考え方などもあるため、この辺りの意識改革はもはや無理、とさじを投げている部分である。
ユニス王国とデリシア王国の間では特に条約を結んでもいないし、船便も就航していない。時々行商人や旅人がくるぐらいで、直接の貿易も一切ない。だからそういった話が飛び込んでくることは今までなかった。
なお、デニアス王国とバース王国は、それなりに貿易を行っている。その影響で話が持ちかけられたことは何度もあるらしいが、一六歳修業の話を持ち出して全て断っている。ユニス王国も他二国と考えは同じで、今後一切対応しないとの考えである。
「やりますね、ガドネア諸国。ざまあみろデリシア、ですね」
ミリアが三国を褒め称え、デリシア王国を蔑むのもお忘れしない。
「しかし……」
ファーネルは腕を組み、ミリアを見る。
「なんですか?」
「暴言、ホント増えたなぁ、と」
「そうですか?」
ミリアはこれまでの発言を思い返し、しばししてから頬を染めた。
「た、確かに増えてますね。控えた方がよろしいですよね、さすがに」
ミリアがそう呟いたところで、ファーネルは質問した。
「因みにデリシア王家を赦すのは?」
「過去の過ちを泣いて謝って土下座して世代が変わって今の政策を考え直すのであれば、一考の余地はあります。今の世代は敵ですが、その次の世代が敵になるかどうかで判断します。これはサンディー家及びカル=アストロフ家の総意です」
「……あ、そう」
昨日の敵は明日も敵という考えの龍族だが、それでも一応和解の可能性はあるようなので、ひとまず安心しておくことにした。果てしなく無理そうではあるが。
そこで、マリアが大あくびをした。先ほどから会話に全く参加していないと思ったら、この有様だったようだ。
「そうですね、お話はまた明日にでも。マリアさん、部屋に行きますよ?」
「……んー」
ミリアに手を引かれ、マリアはゆっくりと立ち上がる。ミリアがおやすみなさい、と声をかけ、マリアも小声でお休み、と口だけ動かしていた。
扉が閉められ、部屋は静まりかえった。その後小さく扉の階へ音が聞こえてから、ファーネルは小さく溜息を吐いてから、アーサーに話す。
「……こんな感じで、ミリアは情緒不安定だ」
無理はない、と二人とも考えている。暴言が増えたことも、こちらに飛来してから一月近く、何一つ進展していないことに対する苛立ちから来ていることは明白だった。丁度デリシア王国の王族に対して相当な恨みを持っていることから、怒りの矛先はそちらに向いており、取りあえずの平穏は保たれている。
ユニスに足を伸ばしたのは、冒険者協会の総本部があるためでもある。世界中の様々な情報が集まってくるため、その中に龍族にまつわる話がないかと、今日到着した直後、軽く話を聞いてきたのである。しかし新しい情報は皆無であり、ミリアがいうところの裏切り者を見つけられるような情報は何一つなかった。
アーサーは現状を分析する。
ミリアと行動を共にするようになってから、時間をかけて、ミリアには相手に対してどれだけの傷を負わせたこととか、あの時点で生き残っていた龍族の怪我の具合など、いろいろなことを尋ねていた。そのため、相手がその後どの様な行動を取ったのかを、何となく分析が出来ている。
想像ができる。おもなパターンとしては三つだ。可能性が低い順として。
一つ、ガドネアから引き上げたという説。相手が負った怪我の状況からすれば、これが一番可能性が低い。ガドネアは、大きな目線から見れば袋小路である。勿論潜伏する場所はとんでもなく沢山あるが、ガドネアから単騎で空を飛ぶには、結局北部にある『常夏の島々』地方を抜けていくほかない。
二つ、その親友が討ち取ったパターン。それであれば、その親友がミリアを探している可能性はある。ミリアの情報はすでにガドネア中に知れ渡っているのだ。消息をたどれば、ミリアがユニスに来ていることも解るはずであるし、探していれば何らかの情報もこちらにも届いているはずだが皆無だ。このパターンも、あまり可能性は高くない。
三つ、どこかに潜伏したパターン。ミリアの親友という龍が継続して後を追っていて、その彼女が見失ったか、それとも撃退されたかの二つに分かれるが、そこは視野に入れない。
アーサーの話に、ファーネルも納得して頷く。ただ、今のところは情報を探すほかないのが現状である。それを踏まえ、今後どうするか相談することにした。
「今後、か」
「ああ。ユニスでは一切の情報がない。アクエイスより東は、バースなりユニスなり、大きな町ばかりだ。それでも目撃情報が一切ないとなれば、アクエイスより西方に飛び去ったと考えるのが妥当だろう。ただ、北西か、真西か、南西か。その辺りは解らない。……そこで、だ。パーティーを二手に分けようと思う。バースからの北部街道と中央街道を、それぞれ担当するという形を取ろうかと」
「なるほどな」
ファーネルはその案で行くことに同意するが、しかし。
「中央にしても、北部にしても砂漠を通るからな。北部の方が暑いからそちらは俺が担当。アーサーは中央が良いかもな。そうなると女子を二手に分けることになるのか。……いやでも。……うーん」
そして考え込んでしまった。
アーサーが暑さに弱いことはファーネルは承知している。そのため少しでも涼しい中央街道を強くお薦めする。そうなると、アーサーについて行くメンバーをどうするかとなる。臨時で募集することも考えたが、敷居が高いだろう。まず、デヴィル・ドラゴンとの戦闘になる可能性が高いことだ。ドラゴンを倒せるほどの実力者となると、これがまた少ない上に、魔族と契約したデヴィル・ドラゴンだ。そんな相手と戦える人つなんて、相当限られるだろう。
そしてミリアに情緒不安定の兆候があることから、彼女を刺激させない必要もある。もしかしたら、新しく人を入れるだけでも爆発する可能性がある。ここは慎重に見極めるべきだろう。
次に、アーサーとファーネルが組めば、北部をマリアとミリアが担当することになる。二人ともそれなりに、いや、かなり強い部類とはなるのだが、しかし女性二人旅となるので、変な野郎共の罠にかけられる可能性もある。マリアには思い人がいるためそれだけは絶対にあってはならないとファーネルは強く考える。ならばいっそ、アーサーとマリアを組ませるべきだろう。必然的に自分とミリアという組み合わせになるのだが、そこは目を瞑るしかない。
「そうだな。アーサーとマリアで中央を、俺とミリアが組んで北部を探る。もうこれしか無さそうだ。そちらは臨時で誰かを雇っても良いが、ミリアがなあ……」
ファーネルの長考に、アーサーも頷く。
「解った。それでいこう」
ただ、と付け加え。
「どちらかが親友さんを見つけたとき、その連絡方法がないな。ついでに言えば砂漠を南北方面で渡る場所が限られている」
「そこか。……まあ、こればかりはデニアス王都で合流するまではどうしようもないか」
仕方ないか、という感じで、アーサーも頷いた。
「明日は不足がちな物資の補充をして、明後日出発。今回から四人とも冒険者になったから、いっそ馬車の護衛を受けて、路銀を稼ぎつつ移動というのも良いかもしれない。ミリアは様子を見て参加するかは決める、と、こんなところだな」
アーサーの提案に、ファーネルは頷いた。
「まだ色々考えることはあるが、まあ明日にしよう」
「だな」
翌朝。
曇り空だった。吹き抜ける風も冷たく、もう少ししたら本格的な冬の到来を実感させた。暑い地方生まれのマリアは、少し肌寒そうにしながらマントにくるまる。それよりも気になるのは、雲行きだった。所々で分厚いものが混じり、いかにも雨が降りそうだった。
「……という事で、明日バースに移動することにした。まずは冒険者協会でバース行き馬車の護衛依頼を確保、その後街に繰り出して必要な物を購入。特に女性は色々必要だろ?」
「ファーネルのえっち」
「何でだよ!?」
真面目に説明するファーネルに、ミリアの発言。当然ファーネルは驚きとともにツッコミを入れるが。
「え、えっちな下着が必要ってことですよね? 己の性欲を満たすため、私にあんな格好やこんな格好させようって魂胆ですよね?」
なよなよと身体をうねらせながらそんなことをのたまった。宿の外での会話だったこともあってか、人の流れが急に変わった。ファーネルたちを大きく避けるように。
ファーネルは真面目な顔をして、アーサーに向き直る。
「……なあ、あれ殴って良いか?」
「駄目に決まってるだろ」
間髪入れずにアーサーは答える。
「……今度その手の話をしたらお仕置きだからな」
ミリアは若干引いて、素直に頷いた。鬼気迫るファーネルの顔が、少し怖くなったようである。マリアは苦笑し、アーサーは小さく溜息を吐く。
「まあそれはともかく。必要と考えたものは買いそろえてくれ。但し、自分が持って運べる量だぞ? アホみたいに大量に買ってきて、アーサーさん持ってーとかやりやがったら、マリアもお仕置きだからな?」
「ふぁいっ!?」
矛先が急に自分に向けられ、マリアは声を裏返しつつ返答した。
「……よし、行こうか」
アーサーは皆に声をかけ、ようやく歩き始めるのだった。
歩いて五分。商店街に到着する。表の広い道では有名ブランドがひしめき合い、路地に入るともっと安く庶民にも手の出しやすいものが売られている界隈となる。その手前が少し開けた広場となっており、ここがこの商店街の待ち合わせに便利な場所にもなっていた。
「……空が怪しいな」
「だね」
アーサーが空を見上げ、マリアが答える。
「じゃ、一時間ぐらいしたらこの辺りで集合。それまでは各自自由に。くれぐれも、変な物買ってくるなよ?」
言いながらファーネルは、ミリアを睨む。当然先ほどの発言があるからだ。
「なんで私を睨むんですか?」
ミリアも精一杯とぼけ、アーサーとマリアが苦笑する。
「じゃ、また後で」
アーサーが歩き出すと、その隣にマリアが並ぶ。それをファーネルとミリアが見送り、その背中を見ながら一言。
「こうやってみてると、二人の距離も大分縮まりましたね」
「だな。例の話でアーサーは女性を近づけないようにしていたこともあるんだが」
それ以上いうのは野暮か、とファーネルはそこで話を打ち切った。マリアが、いや、敢えて言うならば、二人でその壁を乗り越えた。それだけのことだ。
「それでは私たちもいきましょう?」
ミリアが、社交界でダンスを申し込むように、軽く手を挙げる。
「ああ」
ファーネルは、その冗談に答え、その手を取った。ミリアはまさか本当に答えるとは思っていなかったらしく、目を丸くしてその手を見て、直後赤面した。
「あ、あの? じょ、冗談ですよ?」
時々エロい方向に不穏当発言をするミリアだが、今は普通に照れている様子だった。それがおかしくなって、ファーネルはアーサーたちとは反対方向に手を引き、そして二人歩き始めた。
アーサーたちは、幾つかお店を回る。
購入すべきものは、替えの下着やタオル類、万が一夜営する場合に備えての結界魔法薬だ。魔法薬の店は一カ所しかないためそこで買うしかないが、その他の雑貨は様々な店にあるため、一番安い物を探すか、もう少し機能とデザインの良いものを探すかで、色々考えている。
「お風呂セットなんか、用意しておく?」
「風呂? この先は多分バースの王都までないと思うぞ」
「途中に川とか泉があれば、そこで汗を流すのもありかな、とは思うんだけど」
「この気温でか?」
「う……」
マリアはマントにくるまり、寒さを凌いでる様子である。
「冬もん用意しても、この先砂漠は暑い地方だから荷物になるし、どうしたものか。逆に水浴びはできそうか?」
ともかく、冒険者は携行する荷物をできるだけ軽くしたい生き物だ。最初から重い荷物を背負っていては、戦闘にも影響が出てしまうし、戦利品を確保してもしまう場所が無ければ持ち帰ることができないのだ。
マリアはお風呂セットは諦めたようだが、タオルだけ追加した。一度ランジェリーコーナーで分かれ、マリアは幾つか購入して戻ってきた。
「おまたせ」
「まあ、うん」
さすがに男が女性の下着コーナーに入るのは憚れるのだが、その外で待ちぼうけを食らうのも、それはそれで恥ずかしかったようである。ややぶっきらぼうに答えたアーサーは、次の店へと案内する。
次は魔法薬だ。アーサーもファーネルも回復や毒消しの魔法が使えるため、そうした類いはあまり必要ではない。念のため幾つか用意はしているが、ついつい忘れがちなのだ。それで使用期限が切れてしまったものもある。
「それで、結界魔法薬が切れていた、という事ですね」
「ああ。ってビックリした。おはよ」
「はい、おはようございます」
マリアのもう一つの性格が起きたようである。先ほどまで眠っていたらしく、ずっと天真爛漫な妹が主導権を持っていたのだが、気がついたら交代していたのだ。起きたばかりでも、現状についてはあらかた把握しているようである。
「……」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
そして先ほど妹が購入した下着を思い出し、なんてものを、と照れてしまっているのだ。表情には何とか出さずに頑張っているのだが、不意にその妹が頭の中で囁いてくるのだ。勝負下着だからね、と。
「~~~~~~っ!」
さすがに赤面を我慢することはできなくなってしまった。マリアの百面相について行けないアーサーだが、取りあえずもう一人の性格と頭の中でじゃれ合っているということだけは解るアーサーだった。
そんな微笑ましい姿を見ていたところで、頭に何かが当たった。
アーサーは見上げ、何か、と考える間もなく、頬に冷たい物が当たった。
「雨か、降ってきたな」
「わ、わわっ!?」
アーサーは、マリアの手を引き、近くにあった店の軒先へと避難した。それと同時に雨脚が一気に激しくなり、地面をぬらしていく。
「す、すごい雨ですね。ユニスではこんなに降るものなのですか?」
「時と場合にも寄るが……、いや、今日のはちょっと激しいか?」
軒下で落ち着いたところで、マリアは今だに手が温かいことに気付き、手をあげてみる。まだアーサーが手を握ったままだった。
「っと、悪い」
アーサーはその手を放そうとしたが、マリアはその手を握り返す。なんとなしに胸元に抱くようにして、もう片方の手も添えた。そしてそのままアーサーを見上げる。その表情はほんの少しだけ切なそうに見えて、アーサーは思考が鈍る。瞳はサファイアブルー。その瞳に、吸い込まれていくような感覚。
何となく、そうしたくなった。それだけだった。
アーサーの顔が近づくと、マリアはごく自然に目を閉じる。そして。
二人の唇が重なった。
一度離れ、今度はマリアの方から。
アーサーはその瞬間にはっとなって顔を放して逸らす。マリアもマリアで、一瞬何が起こったのか理解できず、わたわたとし始めた。そして不意に頭の中で声がかけられたと同時に、主導権が入れ替わった。
「あ、あー、アーサー、わ、わ、わたっ、わたしもっ」
真っ赤な顔で、妹が小声でせがむ。アーサーは真っ赤な顔のまま、それには答えられなかった。
「その、ごめん」
「お、お姉ちゃんだけずるい」
「だ、いや、あのねっ…私も何が何だかっ」
二人がわたわたとしている中、不意に周りが一瞬だけ明るくなり。
どおおおんっ!!
「はぅわっ!」
雷鳴が轟き、マリアは思わずアーサーにしがみついた。アーサーもその音で我に返るが、思わずマリアをしっかりと抱きしめていた。
「び、びっくりしたー……」
「……まあ、俺も驚いた」
マリアは見上げ、アーサーもマリアの顔をのぞき込む。
「……むー?」
天真爛漫のマリアは、期待に満ちた目でじっと見ているが、アーサーは何となくそこから視線を外してしまった。単に恥ずかしくなっただけであるが。
「……チュー、しちゃった、ね? アーサーとお姉ちゃん」
「……」
マリアは自分の台詞で照れてしまい、アーサーも無言で照れてしまった。相変わらず抱き合ったままだが。
雨脚はすぐに弱まってきて、その音も静かになってきた。その頃にはようやく身体を離すが、二人の間に吹き抜ける冷たい風のせいで、何となく名残惜しい気がした。
「……恋人同士で、いいんだよ、ね?」
マリアは上目遣いでアーサーを見上げる。アーサーは顔を逸らしたまま、小さく頷いた。
「……えへ」
そしてマリアははにかみ、すぐに表情が微笑へと入れ替わる。
「……こんな私、私たちですが、末永くよろしくお願いします」
マリアのその言葉に、アーサーは赤面しつつも目を合わせ、小さく頷いた。
「ああ、こちらこそ、な」
雨も上がり、二人は軒下から出る。
マリアははにかみ、先を急ぐようにスキップする。水しぶきを上げるマリアに、アーサーは苦笑を向け、汚れるぞ、と注意しながら。
雲間から現れる陽光の下、二人は歩き始めるのだった。
これからは、恋人として。




