第二章~旅路~
ガドネア歴 九七五年 三月中旬 マリア・ファルアスタシア
両親、そして妹との約束を果たすため、こうして手紙を、手記を書き記します。
私たちは、アクエイスからは一度南下し、タルファームを目指します。アーサーとファーネルがこの町の協会で、指名依頼を受けてアクエイスに来たこともあって、結果報告をしなくてはならなかったためです。それが済めば、東へと向かい、ユニス王国を目指します。
町から出たことがなかった私達にとって、アクエイスからの道のりは、色々新鮮でした。
アクエイスから一日かけて山を登れば、マツモト村。話はいろいろ聞いていたけれど、やっぱり一目見て感動の景色でした。宿の温泉から眺める山は夕日に照らされ、もう、すごいとしか。
アリア、私たちの『本当の妹』のアリア、大きくなったら一度尋ねてみてね。
第二章~旅路~
マツモト村を出発した二台の馬車は、山岳路をひた走る。砂利に車輪を取られ、小石を踏んで弾むなど、余り整備されいない街道だった。山岳路であること、通る馬車が少ないこと、そして他の地方よりも少し強い魔物が出ることなどから、整備に人を派遣できないのが事情である。特にこの辺りはデニアス王国の東端の僻地だ。目が届きにくいのもあるのだろう。
横揺れがひどい馬車の中、ミリアは顔色を悪くしていた。
「ば、馬車ってこんなに揺れるものなのですか? き、きぉ……っ、昨日はここまで揺れなかったと思いますが……」
「まあ、山岳路の下りはしょうがない。道も荒れているし、下りだからどうしても速度が出てしまうからな」
ファーネルが答えるも、ミリアは返答する余裕はなさそうだった。
「もう少ししたら休憩だから、気分を落ち着かせよう」
「そ、そうですね」
それから数分後。馬車は少し広めの場所に停車した。周りには何もなく、見晴らしはいい。景色は良いが、出発してから高度が下がっているので、もはや絶景でもなかった。眼下には、ただただ森が広がるばかりだった。
「ここだと砂漠は見えないんだね?」
「まあ、そうだな」
しばらくマリアは景色を眺めていて、遙か遠くに点のようなものが空にあるのを発見した。
「……何か発見。アーサー、あれなんだと思う?」
「ん?」
アーサーはマリアが指さした方を眺める。マリアが指摘ものはすぐに見つかったが、それがなんなのかに気付くまで、しばらく時間を要した。
「あー、……ファーネル、戦闘準備だ。あれ多分コカトリス」
「コッケー?」
「コッケーいうな」
マリアのボケに、アーサーが即座にツッコミを入れた。
「コカトリスって、あの大きな鶏みたいな魔物で、石化させてくる奴ですか?」
「そのコカトリスだ。見つかる前にここから離れたいが」
ファーネルは馬車に振り返る。そちらでは既に撤収が始まっており、広場に散っていた乗客に、馬車に乗るように叫んでいた。
空を高速飛行する魔物に対して、人間は有効な手立てがないのだ。人龍も空を飛べるが、魔法自体はそれほど速くは飛ばないため、結局接近戦しかないのだ。だから、ここは逃げるが勝ちである。戦闘準備は、あくまでもここに降りてきたときのためのものだ。
幸いなことに、コカトリスが石化の魔法を使ってくるのは、地面に足が付いているときのみである。そのため馬車が速度を付けて逃げれば、足が遅いコカトリスは飛ぶしかない。それだけでも石化魔法を封じることができる。あとは隙を見て、何かしら魔法をぶつけて退散させるだけである。
「準備ができた。君らも早く!」
御者が、アーサー達に声をかけた。その言葉に従い、皆は走って馬車へと飛び乗る。ファーネルがミリアを引き上げると同時に、馬車は急発進した。
ややあってから、その巨大な鶏が先ほどの広場に降り立ち、ぎゃあぎゃあと翼を広げて鳴き叫び、走り出した。馬車との相対速度は圧倒的で、あっという間に山間に隠れてしまい、見えなくなる。
「……」
皆は最後部に集まって、その様子を眺めていた。
「これで諦めるでしょうか?」
「いや、そうとも限らん」
ファーネルが言い終わらないうちに、コカトリスが山間から飛び出してきた。予想したとおり、空を飛んで。馬車の上空にさしかかると、足の爪を広げて急降下してきた。馬車はその瞬間にがくんっと速度を速め、その一撃をやり過ごす。すぐに速度は落とされ、馬の負担を軽減させる。こうして数回ほど攻撃を外せば、コカトリスは諦めて飛び去ってしまうのである。
揺れる馬車の中、ミリアの顔色が途端に悪くなっていた。
「あれを、何とかすれば、いいんですよね?」
「できるもんならな?」
ファーネルは投げやりに答えると、ミリアは頷いた。
「さすがに腹が立ってきましたので。奥の手使います」
言って、ミリアは全身に魔力を奔らせた。ふわりとローブが浮いて、直後ポンッと気の抜けた音が響いた。するとローブは歪な形で膨れ上がり、そこから覗くワンピースが大きく揺れ、何か黒く太いものがドンッと音を立てて床を叩いた。
ミリアは、空に浮かぶコカトリスを睨み、口を開く。
直後、その口付近からまっすぐに、光が迸った。光はその瞬間にはコカトリスの胸を貫通しており、その部分は丸くくりぬかれていた。
コカトリスはそのまま力を失い、錐揉み回転しながら地面へと激突した。
「……え?」
アーサーとファーネルは、ミリアがしたことに理解が追いつかなかった。
御者も、後ろを振り返り、コカトリスが何かしらの攻撃で風穴を開け、墜落していくのをしっかりと目にしていた。そのため馬車の速度を緩め、一旦そこで停車させることにした。
御者は、席から飛び降りて車内を駆け抜け、四人の元に来た。
「な、何をしたんだい?」
アーサーとファーネルが困惑する中、ミリアは何でもないような表情で答えた。
「何って、ただレーザー・ブレスを使っただけですよ? これでコッケー、ゲットですね」
と。
少し先行したもう一台の馬車も、コカトリスが撃墜されたところを目撃しており、その先で停車していた。馬車はそちらに合流し、馬を休ませるために長めの休憩を取ることとした。
そして馬車に分乗していた護衛の冒険者は、アーサー達を取り囲んでいた。厳密に言えば、ミリアを警戒してのことだ。
ミリアは、尻尾をゆらして地面をぺちぺちと叩き、腕を組んでいる。
「尋問ですか?」
「い、いや、そうではなくて、ですね?」
因みに、冷や汗をかいているのは冒険者の方である。
コカトリスが撃墜されたのは、このミリアの攻撃によることは、車内に居た冒険者達が見ていた。彼らは、念のため彼女の正体を知りたいというだけの話だったのだが、先行していた馬車の冒険者がそこに割って入り、話がもつれてしまったのである。
ローブが歪に膨れ上がっているのは、翼のせいである。ただ、ローブが引っかかってその翼がうまく動かせないから、ミリアはそのローブを脱いだ。
冒険者達も、その周りで騒ぎに注目している一般乗客も、一様に瞠目した。
背中には、一対の真っ黒な翼に真っ白に輝く鉤爪。鉤爪がある時点で、人龍族とは違う。そして何より、ローブでは見えなかったその太い尻尾も姿をさらし、現状にイライラしていることをあからさまに伝えるように、べちべち地面を叩いていた。
龍族の、部分龍化と呼ばれる形態だ。翼と尻尾を身体に宿し、魔力の安定化やレーザー・ブレスの即時射出、より高い筋力を引き出すことができるのだ。その力、人間の数倍どころの話ではなく、五〇倍とそれこそ桁外れの力が発揮できる状態なのである。
ガドネアでも、実のところ龍族はそれなりの人数が住んでおり、比較的身近な存在だ。アクエイスから西に行った町でも龍族が居を構えているし、近年はその龍族の一人がデニアスの王室に妃として迎え入れられたりと、それなりに有名な話もある。
ただ腕を組んでぷんぷんしているミリアだが、それでも冒険者はタジタジだった。
「……私はカル=アストロフ自治州メルセア市の、黒龍族が一、ミリア・サンディーですよ。訳あって今はこちらを旅しています。コッケーを討ち落とすのにこの姿をとりましたが、何か不服でも?」
「い、いや、不服とかじゃなくてですね…その、あ、あなたが一体何者なのか知りたくてですね、はい」
割って入って詰め寄った冒険者は、もうタジタジだった。ファーネルはご愁傷様、という目で見て、顔を逸らす。居たたまれなくなったから。
「ミリア、もうその辺で矛を収めてくれないか?」
「…そうですね。早くコッケーを回収して新鮮なうちに料理しないと。あれはとっても美味しいんですよ?」
「だからコッケーって……。喰ったことあるんか?」
「はい。メルセアからデリシアの王都までの間に、たまに見かける魔獣ですから。遭遇率は低いですけど、見かけたら総戦力でたたき落として料理します」
言いながら、ミリアは山岳路を振り返る。
「急いで獲ってこないと、他の魔獣の餌食にされちゃいますから」
話途中で、ミリアは走り出してしまった。
「ちょっ……」
そして途中で振り返り、なにやってるんですか-皆で取りに行きますよー、とミリアが大きな声で呼びかけていた。
冒険者達は顔を見合わせ、とりあえずミリアに害はなさそうということで、彼女についていくことにした。
そして、昼下がり。
馬車は、本日の宿泊地に到着した。宿泊地といっても、宿屋どころか建物一つなく、ただただ岩陰に広がるだけの広場である。
今晩は、ここで夜営となるのだ。馬車の後部にはそのための装備がしまってあり、それらを使ってキャンプを張る。また、この広場には石で組んだ調理場や、余った薪が濡れないようにシートで覆われて保存されており、いつでも誰でも使用できるように整備されていた。水も近場を流れており、そこから分岐させて広場の水場に落ちるようにされていた。
「よいしょっと」
ミリアは声を上げながら、荷馬車からコカトリスを振り落とす。ずしんと音が響いた。
「ファーネル、ロングソード貸してくれるかしら?」
「……何に使うか想像できるから嫌」
「……むう。コッケー、美味しいんだよ?」
「いやなあ、斬れば斬るほどどんどん切れ味が悪くなるからなぁ」
「じゃあ、アーサーさん、短剣を貸してくれますか?」
「まあ、俺のは痛みにくいから大丈夫かな」
アーサーは短剣を引き抜き、柄側を向けてミリアに差し出した。
「ありがとうございます。すぐに捌きますからね」
既に腹から胸にかけては大穴が空いているが、しかしレーザー・ブレスの高熱で瞬時に灼かれており、そこからの出血は皆無である。そのため血抜き等はしっかりと行う必要はあるのだが。
ミリアはコッケーコッケーと奇妙な歌を歌いながら、解体ショーを始めるのだった。
なお、先ほどから女性陣がコッケーと言っているが、これは肉食加工され、お店で売られている状態の鶏の肉のことを指す。なので生きている鶏をさしてはいない。ましてやこれはコカトリスである。鶏に似ているが、同類ではないし、そもそも魔獣だ。
コカトリスは人間よりも巨大な分十分重い。飛ぶために身体が軽く作られているとしても、相当な重さだ。ミリアはそれを片手でひょいっと裏返し、羽毛をむしる。むしり取った羽毛は、別に用意した麻袋に詰め込んでいた。
「羽毛も売れば結構良い値段になりますしね。……うーん、ここは墜落時に出血してしまいましたね。鮮度が落ちて味も悪くなるし」
なお、食肉に使えるのはおよそ半分。内臓には毒があるため、人間は食用禁止。但しこれも薬物に転用できる成分のため、腐らないように持ち替えればそれなりのお金になる。ただ、マリア達が乗る華客馬車は勿論、前を走る荷馬車にも余りスペースはなく、全部は乗せられない。
だからこうして、ミリアは捌いて体積を減らし、少しでも運びやすいようにしているのだ。
そして、夕食の時間となった。
滅多に食べられないコカトリスの肉だ。巨大な鶏のような魔獣ゆえか、味は鶏に近い。しかし、野性味あふれる味わいは、魔獣肉ならではのものだ。肉は十分に柔らかく、肉汁も噛めば噛むほどあふれてきそうだった。
「なるほど、確かにこれはうまい。……ミリアが狂喜乱舞するのも納得だな」
「狂喜乱舞していませんが?」
「コッケーコッケー歌いながら料理していた奴が何をいう」
「う…うるさいですねファーネルは。黙って食べてください」
ミリアは、料理が終わった時点で部分龍化を解いていた。
可食部を切り出して、料理に使ったのはそのうちの僅か一〇分の一だ。残りはどうしたかというと。
「……しかし、精霊も呼び出せるとは。これは素直に驚いた」
ファーネルは、その先で冷凍されつつある、手頃な大きさに切り分けられた肉の塊を見ながら、そう呟いた。
「私たち黒龍は、昔から精霊術に長けた一族です。精霊、色々便利ですよ。……ファーネルも学んでみますか?」
と、にまにまと笑いながら声をかけてきた。その表情に、お前なんかに精霊を扱えるわけないだろ? ん? と小馬鹿にしているものが見て取れる。あからさまな挑発に、しかしファーネルは無視する。
アクエイスで保護してから数日して、ある程度元気を取り戻した頃から、ミリアはファーネルを時々こうして挑発するようになった。小さな子供が、気になる異性にちょっかいかけてくるのと似ていることに、マリアとその家族、そしてアーサーも温かい目で見ていたものである。
ファーネルもそれを感じており、しかしここで反撃に出ると逆手にとられてしまうのだ。すでに連戦連敗を喫しているファーネルは、ここは敢えて無視することにしたようだった。
「……いけず-」
ミリアはぷくっと頬を膨らましてしまった。
やれやれ、とファーネルは考えてしまう。なんだか面倒な奴の手伝いをするハメになってしまったな、と。
そんな二人の様子を、アーサーとマリアは並んで見ていた。
「……脈ありに見えますね」
「いや、ファーネルの性格だと、ああいったタイプは苦手だからな」
「そうなのですか?」
マリアはアーサーに振り返った。
今のマリアは、人見知りする方。ただしアーサーにはすっかり心を許しているので、時々意識して恥ずかしそうにするとき以外は、普通に会話できている。アーサーは、彼女が秘める想いにはとっくに気付いてはいるが、それに気付かないフリをしている。
ミリアが追う敵を見つけ、何とかしたらそのままパーティを解散して別れてしまおうと、彼は考えて居るのだ。
マリアも、彼がそのように考えていることは承知の上である。だから告白はしない。今の関係のまま、旅を続けようとしているのだ。
「もし、ですね」
「ん?」
「もし、あの二人が引っ付いてしまったら、どうしますか?」
これは、特に他意はなかった。純粋に二人がそういう関係になっとき、自分らはどう対応するのか。ただそれだけの問いかけだった。
「そうだなぁ……」
どちらかに恋人ができるという事は、余り考えてはいなかった。特にアーサーは自分の家系で抱える問題があるし、それはファーネルの家系もまたしかりだ。彼が既にユニスの王族であることは、ミリアもマリアも知っている。そのため、彼は嫁に関してだけは慎重に選ぶ必要があるのだ。容姿もそうだし、ユニスの政を引っ張っていけるような頭脳も必要である。また武芸にも明るいことが望ましいのだ。
アーサーから見たミリアは、その条件を大方満たせる希少な人物だと思える。ファーネルはそれなりに頭も良くその回転速度も良い。それでもミリアは、龍族特有の聡明さもあるだろうが、様々な文屋、それこそ人心掌握や調略なども学んでいるはずの彼を手玉にとってしまうのは、賞賛に値するぐらいである。容姿は整っているし、こちらも申し分もない。人間から見れば若干幼げに見られてしまうのは、人龍や龍族の致し方ない点だからそこは目を瞑れる部分だ。武芸は、先ほどコカトリスを全く恐れずたたき落としたこと、それを食肉へと捌くのが妙に手慣れていることから、これまで何体ものコカトリスを仕留めてきていることが、何となく解る。ミリアは、強い。アーサーはそう考えに至った。
「性格的な相性はともかくとしても、ファーネルにとって、これ以上にない相手かもしれないな。そこんところ、夢見で見られないか?」
「夢見で? ……うーん、それは駄目ですね」
だろうな、とアーサーはダメ元で来ているに過ぎない。特定の事象に対する夢見は、かなり特殊な香を焚いて眠らなくてはならないという。その香がとんでもなく高価なのだそうだ。
「アーサーは小説を読むって話、してましたよね。例えば、初めて読もうとした小説があって、他人から内容と顛末を暴露されたら、悲しくありませんか?」
「そりゃまあ、楽しみを取られて怒るな。……ああ、そういうことか」
小説を題材にされ、アーサーは理解できた。例えば、トリックを知っている推理小説ほどつまらないものはないだろう。犯人や登場人物の心象描写が楽しめれば幾分ましだが、読みながら自分もトリックを考えるという、推理小説ならではの醍醐味は失われている。
「そんなこと知らなきゃ良かったって後悔するよりはね」
その言葉に一瞬陰りを見せて。
「未来が解らないからこそ、そうなりたいって努力するし、その過程も楽しめるんじゃないかって、私はそう思います」
尤もだ、とアーサーは思った。
以前、夢見は唐突かつ無秩序に未来を見る場合もある、とマリアは話した。その中には、見なきゃ良かった、知らなきゃ良かったというものも含まれるのだろう。先ほどチラリと見せた陰りは、マリアが実体験しているのだ、とアーサーは悟る。それには敢えて触れないように、言葉を選んだ。
「じゃあ、いっそのことあの二人をひっつけてしまおうか?」
「それは良いアイデアね」
マリアの言葉遣いが急に変わった。
「い、いきなり出てこないでくれますか?」
そしてマリアが、マリアに抗議する。これも最近たまに見る光景だ。人見知りのマリアが主導権を持っているときに、時たま天真爛漫のマリアが割って出てくるのだ。大概はアーサーに一言二言伝えてすぐに引っ込むのだが、人見知りのマリアからすれば後ろから突然身体が拘束されるような感じで驚いてしまうそうだ。
マリアはしばらく心の中で言い争いをしてから、こほんっと咳払いする。
「い、妹もそれで合意です」
なお、マリアの心の中では、姉妹として定着している。天真爛漫な方が妹、いまの人見知りのマリアが姉、という具合に。アーサーもその辺りは理解しているので、問題はない。
そう言えば、とアーサーは思う。『姉』は、アーサーに対する好意を持ち、それを隠しきれてはいない。一方の妹はどうなのだろうか、と。
いつも日替わりで性格が交代しているので、両者ともその性格は大体理解している。しかし、『妹』に関しては、アーサーに対する思いは不明だ。そこを利用することで、気持ちを進展させないでおく方法がないかと、アーサーは模索する。しかし、そう簡単に回答が見つかるわけでもなく。
アーサーは、取りあえずファーネル達に関して奔走することで、考えないようにするのだった。
その一方で、
「ファーネルにお話があります」
「ん?」
ミリアは、後ろで話し合っているアーサーとマリアをちらっと見て、ファーネルに向き直った。
「至って真面目な話なのですが、……アーサーさん、何か抱えていますか? はいかイエスかダーか頷いてください」
「否定の選択肢を入れろよ。……まあミリアが想像したとおり、アーサーの家系にちょっと問題がある。興味があれば直接本人に聞け。俺からは話せん」
ファーネルは、至って真面目に答えていた。ミリアも冗談で返されると思っていたのだが、ファーネルの表情に若干の陰りがあることに気付き、そこだけはおふざけをやめ、頷いた。
「……私は、マリアさんを応援したいと思います。やっぱりお二人はとてもお似合いですし」
「ミリアもそう思うか?」
「はい」
ファーネルはしばし考え、頷く。
「じゃ、二人をひっつけちゃおう作戦でも練るか?」
「良いですね」
ミリアは頷き、目つきが変わる。
「そうなると余り物同士、私たちもどうですか?」
「……だからどうしてそうなる」
と、ファーネルは大きな溜息を吐く。
かくして、お互いが知らない間に、二人をひっつけちゃおう作戦は、ゆっくりと始まるのだった。
翌日。宿営地を出発してすぐ、ちょっとした広場で待機していた。ここで対向のキャラバン隊とのすれ違いが行われるのである。また、両方面で変わったことがなかったなどの情報交換も行われる予定だ。
停泊が町であれば、その町の中で行われるのが普通なのだが、この街道では各々の方面ごとに狭い宿営地で夜を明かすため、出発して早々、この場所で行うのが習わしとなっていた。
しばらく待っていると、アクエイス行きの三台の馬車がやってきた。
御者は馬車から降りてきて、護衛の冒険者達もそこに並ぶ、アーサー達も彼らの前に並び、気になったことがなかったかをそこで話し合った。
「こ、コカトリスだと!?」
「ああ、一体出現し、倒してある」
「た、倒したって、どうやって?」
冒険者は、やはりその辺りが気になるようである。
「ま、まあ。色々あってね」
そこははぐらかそうとしたのだが、しかし当人がファーネルの腕に絡まってきた。
「コッケーなら私が一撃で倒しましたよ」
「え?」
「ちょ、お前は……」
ファーネルは腕を振り、ミリアをはがしにかかる。その光景に、年の離れた妹かな、と冒険者達は和んでしまう。だが、この見た目一二~三歳の娘が成人しているなんて思ってもいないだろう。
「お嬢ちゃんが? すごいなー」
微笑ましいものを見る目で、冒険者はミリアの視線を合わせるように屈む。
「あ、馬鹿にしてる? 私龍族だからレーザー・ブレスで一撃ですよ?」
「え、龍族? ……あの龍族?」
途端に、冒険者は距離を取った。その態度が気に入らなかったらしく、ミリアは口を尖らせる。
「だってさあ」
「なあ」
冒険者同士はうなずき合い、そして次にファーネルを見た目つきは明らかに畏敬のまなざしが含まれていた。うらやまけしからん、と。
余談だが、龍族に関しては、過去にデニアス王国の妃になったなどとの話で親しみがある一方、ちょっとした偏見がある。これは龍族の習性にも原因があるのだが、やれ嫉妬深いだの愛が重いだの、自分の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちろとか吐かすだのと、とにかく恋愛関連では中々ヒドい言われようである。
冒険者達が一歩後ずさったのは、その辺りである。ファーネルの腕に絡みついたとなれば、既に恋人か、そうでなくてもこの男は誰にも渡さないぞと思っているに違いない、とそう考え、やぶ蛇にならないようにしただけである。
ファーネルと冒険者達は気を取り直して、情報交換を再開した。
アクエイス方面行きに乗っていた商人が、コカトリスと聞いて、ミリアと早速商談を始めていた。それを尻目に、ファーネルはコカトリス以外で気になった魔獣や魔物はいないと伝え、冒険者達も似たようなものだ、と話す。ただ、気になった点として。
「マンイーターがいたな、そう言えば」
「マンイーターが?」
冒険者二人、頷く。
マンイーターは、古い時代にどこかの魔道士が作り上げた、食虫植物ウツボカズラを基盤としたキメラである。
その時代も既にキメラの作製が世界中で禁じられていたのだが、キメラという存在を知るために一定の研究までなら、現在でも合法とされている。ただ、自分の意思で生物を作り出すという万能感と、キメラ自体が持つ様々な能力に魅入られ、キメラの作製に手を出してしまうという例は後を絶たない。マンイーターも、そんな中で作り上げられたものだ。
当初は自分の研究所を守るための護衛用だったのだが、培養で作製して増やすよりも自己繁殖させた方が楽ではないか、と考えたのが大失敗だった。自己繁殖で新たに生まれた個体は制作者の意思に従うわけもなく、あえなくその魔道士自身が襲われ死亡、以後マンイーターは研究施設の外に飛び出し、以後、自然の弱肉強食の中に組み込まれてしまった。
冒険者協会や各国の軍は、マンイーターの根絶に尽力しているが、なまじ強い繁殖力を持っているため追いついていないのが現状である。この周辺では、数年前冒険者達による大規模討伐が行われ、根絶やしにできたのでは、と考えられていたのだが。
「遭遇したのは数匹だけだし、まだそれほど大きく育った個体でもなかった」
「けど、生き残っていたか、種が残っていたか。まあその辺りは今更か。とにかく、マンイーターに気を付けるのと、目撃情報をタルファームに伝えてほしい」
「ああ、わかった」
冒険者達は手を降って離れていくところで、ミリアが提案する。
「この先は森になりますから、ブレスで焼き払う、というわけには行きませんね」
「だな」
商談を終わらせたミリアが、ファーネルの正面に回る。
「故郷の方でも、マンイーターについては色々問題が上がっています。最近個数が増えているとかで、町に来てくれる冒険者の皆さんで結構な規模の討伐大会をしていますね」
「……大会て」
「誰が一番マンイーターを倒したか、数で勝負してます。優勝者には金一封」
イベント化されているのもどうか、とファーネルは考えてしまうが、逆に競争させることで徹底的に狩ることもできるアイデアでもある。メルセア市での方法を伝えてみるのもおもしろいかな、と彼は考えた。
「ミリアは、それに参加したことは?」
「いえ、ありません。私は冒険者の資格を取っていないので」
「あれ? そうなのか?」
こく、と頷く。
聞けば、冒険者のことは余り知らないようだった。
ファーネルは、ミリアに冒険者になると得られる特権を幾つか教えることにした。協会事務所に張り出されている依頼を受け、成功報酬を貰える、この辺りはさすがに知っていたが、協賛している『冒険者の宿』などで割引が利くことは、どうやら初耳だったようだ。
「取っておけば、ある程度旅費が節約できるのですね」
「ああ」
ミリアはしばらく考えてから、ファーネルを見上げた。
「じゃあ、私も取っておくことにします」
散らばっている乗客や冒険者達に声がかけられ、各々のキャラバンが出発した。山岳へ登っていくキャラバン隊はコカトリスを、これから森を抜けるキャラバンはマンイータなどを警戒しながら、一路目的地を目指すのだった。
森をしばらく進んでいくと、唐突に、街道に小さな草が飛び出してきた。
「マンイーターですね」
ミリアが最初に気付き、警備をしている冒険者が馬車から飛び降りてかけだした。
「金属の剣は酸で溶けてしまいますから気をつけてください!」
「助言ありがとう!」
先行する冒険者は、剣を抜刀しかけていたが、剣から手を放していきなり街道からそれる。そしてすぐに街道に戻ってきたときは、廃材を手にしていた。おそらくは壊れて放置された馬車のものだろう。彼が手にしているのは腕をいっぱいに広げた程度の、床に使われていたであろう、少し分厚目の廃材だった。
彼がマンイーターに近づくと、小さなマンイーターは蔦を伸ばして冒険者を絡め取ろうとする。しかしちょっと大きめの草でしかないマンイータは、冒険者にそのまま引きずられ、わしゃわしゃと根を動かしながら転がる。そこへ、冒険者がその廃材を振り下ろした。
ばんっと大きな音が響き、蔦は力を失って足から崩れ落ちた。
周りにはもう何もいないことを確認し、やや後方に停車した馬車へと戻る。乗車する際にサムズアップし、ミリアもそれに答えて手を振った。
「俺らがアクエイスに向かうとき、マンイーターなんていなかったはずだが」
「ああ、いなかった。アクエイス出発時でもそんな話は聞かなかったから、本当にこの数日の間から、という事だろう。固体も小さいからおそらくは」
答えるファーネルも、怪訝な表情となる。そしてしばらく考えてから口を開いた。
「親父の耳に入れておいた方がいいかもしれんな。この辺りは標高が低い。東に進めばユニスの国境を越えられる。森が深いから街道なんてとても作れないが、魔獣や魔物なら平気で越えられるからな。……大規模発生が仮にあると想定して、それに対する対策をユニスで考えておいた方が良い」
ファーネルは真剣な表情でアーサーに答えた。その表情に。
「わ……」
と小さな声をあげ、ミリアが頬を染めていた。
「ん? どうしたミリア?」
「い、いえ、何でもありませんっ」
目が合いそうな瞬間に、ミリアは視線を逸らす。その時点で頬だけではなく顔算体が赤くなり、両手でその頬を隠すような仕草をしていた。
アーサーもマリアも、その反応でミリアが彼に見蕩れていたことを察する。そして彼に対して、少なからず想いを寄せていることを感じ取った。今はそこには触れず。
「じゃあ、タルファームに到着したらすぐに冒険者協会を訪ねて手紙を用意しよう。どのみち報告もあるが、人龍便なら明日すぐに届けてくれるはずだ」
「ああ、解った」
二人の予定が取りあえず決まったところで、ミリアが話しかけた。
「ぼ、冒険者の資格を取るには、どうすればいいのですか?」
「ああ、まずは冒険者協会に相談する。それで筆記試験と実地試験を受けて、両方ともそれなりの成績であれば冒険者になれる」
まずはファーネルが概要を説明して。
「ただ、実地試験は色々ある。町中のいくつかの問題を片付ける、薬草摘み、戦闘ならそれなりに強い魔獣を倒す必要があるなどか、……って、コカトリス一撃だったな。これは俺たちが見ている。第三者の証言が欲しいとなったらどうするか?」
「それなら俺たちが話せば良いかな?」
居合わせた警備担当の冒険者が名乗り出てくれた。
「助かる」
「良いって事よ。お嬢ちゃんみたいに強い子がいて、冒険者じゃないなんて勿体ないって」
そう言って冒険者は笑った。
「後は、筆記試験のタイミングか」
「……だな」
アーサーの懸念に、ファーネルが頷く。
筆記試験は、基本的に週に一度の開催である。地水火風闇光という六日が一週間で、安息日の光の日に行われるのが通例である。ただ、旅に身を置いているとこの曜日感覚がずれてしまうことはざらであり、下手をしなくても日付すら曖昧になる。協会を訪れたときに、掲示板などでそれとなく確認している。
「今って何曜日だ?」
「光曜日だ。安息日に働いている俺らに感謝しろー?」
御者が割り込んできた。
「そりゃご苦労様」
「おうっ」
マリアが応え、御者はご機嫌な返事を返してきた。
「……タイミング最悪だな」
「そうだね」
タルファーム到着時、既に試験は終了時間である。尤も当日飛び込みでは受けられないので、来週に持ち越しだった。別段、タルファームで絶対に受けなくてはならなということはなく、この先にある町の冒険者協会で受ければ問題はないのだ。
この旅はミリアが敵認定した人物を探し、討伐するのが目的の旅である。ただ、なぜその人物がこの地に逃げ込んだのか、その理由は未だ解らない。が、その後の消息が全く不明なこともあり、彼女は割と達観している様子だった。
ただ、強いて挙げられる理由はある。ガドネアでは、思っていた以上に龍族が多く、血が混じり合っているのだ。なまじそんな大陸であることから、龍族と出会ってもそれほど驚かれない。小さな村であれば新参者の龍族は目立つであろうが、ちょっとでも大きな町になれば、特に珍しがられることもなくその町へと溶け込んでしまえる。そういった風土なのだ。加えて、その人物は魔族と契約している。魔族と契約した段階で食事も睡眠も不要となっているだろうから、買い物などで他人と接触する必要もない。もしかしたら、森の奥深い場所で引きこもっている可能性すらある。
ただでさえガドネア大陸は広く、その中から一人を探し出そうという者であるし、その人物の行動は全く予想が付かない。そんな存在を見つけ出そうというのである。砂漠の中に落ちた色違いの砂粒を見つけるようなものだ。
そんなことで、向こうが何かしら目立つ行動を起こさない限り、見つけることは不可能に近いだろう。
ミリアは、諦めたわけではないが、急いでも仕方ない、そう思うようになっていた。
タルファームに到着後、一行は日が暮れる前に冒険者協会を訪れる。
受付には列ができていて、皆は各々の依頼の達成報告をしている様子だった。先ほどの冒険者も、馬車の護衛依頼完了を報告するために並んでいた。
彼らと雑談しながら順番を待ち、ややあってからファーネル達の順番が回ってきた。
「人龍便で手紙を出したい」
「解りました。こちらに宛先と中身をお願いします。手紙の準備はできていますか?」
「これから書きたいから、談話室を借りたい」
「……何かしら事情がおありのようですね。解りました。そちらで手続きを行うことにしましょう」
受付は後ろを振り返り、業務で走り回っている一人を呼んだ。
「はい、何ですか?」
「この方達を談話室に案内して。人龍便で手紙を送りたいとのことですが、何やら事情があるようです」
「解りました」
女性はカウンターの扉から外に出てきて、一行を奥の部屋へと案内した。そして席を勧め、皆が着席する。
ファーネルは用意された手紙に、さきほどの内容を書き記す。そしてそれを丸め、明かりとなっている蝋燭を垂らし、懐から取り出した印を押す。冷えて固まった蝋はそのまま封緘となるが、そこに刻まれる意匠は、ユニス王家のものだ。それを見て、女性は表情を強ばらせた。
そして宛先を別の用紙に記入し、ファーネルは手紙と共に女性に手渡した。
「確かにお預かりしました。ユニスでしたら、これからでも送ることができますが、いかがいたしましょう?」
「今日送れるのなら、そうしてくれると助かる」
「承知しました」
女性は頭を下げ、そのまま退室した。
四人もすぐに退室し、冒険者達が普段使う談話スペースへと移動した。なお、宿が少ないことを知っているアーサーは、そのまま協会を後にし、宿屋探しに出かけていった。残された三人は、なんとなしに雑談を始めた。
「ああいう所、アーサーはよく気がつくんだよな。俺も大分旅慣れてきたとは思うんだが、アーサーは一五歳になった時点で資格を取って、学園卒業直後からすぐに旅を始めているんだ。俺も卒業してすぐにアーサーと合流したんだが、……その一年の差が、まるで違うんだよなぁ」
アーサーが機転が利く、という点は女性陣二人も納得がいくものである。
「俺からすれば、アーサーは童顔だし背も低い。まあこれは人龍全員の特色だから仕方ないが、あのベビーフェスが女性にもてる。人龍人間関係なくな」
確かに、と女性二人強く頷く。
「とはいえ、もう一八歳だし、結婚も視野に入れておくべき年齢なんだよな」
うんうん、と頷くマリアに、二人の視線が集中していることに気付いた。
「さしあたって、マリアさんは彼のことをどう思っていますか?」
「あぇ? えっと、……その」
急に矛先が向けられ、マリアはしどろもどろとなる。今は姉、人見知りする方である。最近はこちらの性格の方が良く出てきているので、必然的にアーサーとの時間も長い。
「私はアーサーのこと好きだよ?」
「ちょっ!?」
そして唐突に天真爛漫な妹が割り込むことも増えるのだが、それがまた爆弾発言が多い。
「……ふむ」
「なるほど。お二人とも彼のことが好きなのですね?」
「うん、私も好き。お姉ちゃんもこんな感じだけど、多分私よりも大好き」
「だ、だから主導権を奪ってとんでもないこと言わないでっ」
「でも好きなんでしょう?」
「あぅ……」
事情を知らなければ、一人で会話して照れるおかしな娘だ。事情を知る二人は微笑ましく見守る。
主導権を返された姉は、二人から視線を外すようにして、小さく頷いた。
「あ、アーサーのことを夢見で知って。それからどんな人かなって想像してたら、その……」
恥ずかしそうに答えるマリアに、二人は頷いた。
「では、二人をくっつけちゃおう作戦、実行に移しますか?」
「だな」
「はぅっ!?」
二人の話に、マリアはすっ頓狂な声を上げた。この驚き方は、天真爛漫な方である。
「な、えっと、え?」
マリアは、アーサーと二人で考えた、ファーネルとミリアを引っ付けよう作戦が知られていたのかと勘違いしていたことはすぐに気がついたが、同じ事をこの二人も考えていたことに、もう一度驚いてしまうのだった。
「但し、一応はそれとなく進めていく方針で。で、バレたら開き直って続行する」
「解りました。マリアさんもそれでいいですね?」
ややあってから、マリアは頷いた。
「そして余った私たちが引っ付く、と」
そして小悪魔敵な笑みでファーネルに話しかけるのも忘れない。そしてそれを無視するのもいつものことであるのだが、ファーネルは至って真面目な顔をして。
「まあ、二人をひっつけようと考えて居るのは俺もそうだから同意するが、お前は愛だの恋だのうつつを抜かせるような状況なのか?」
ファーネルはそう言及するが、ミリアはしれっと答えた。
「魔族と契約したものは、実質不老です。そのためこれから何年も何十年も、長い時間をかけて追う必要があるかもしれません。それこそ、世代を跨いででも」
その言葉に、マリアの心の中にある情景が浮かび上がった。それは、突発的に発動した夢見の能力だ。今はどちらの性格も覚醒している。その状態で見たものは、完全な予知としか言い様がない物だった。二人のマリアは、発動してしまったそれを否定せず受け入れた。
それは近い未来。自分たちよりも若い男女二人、見知らぬ町の中、大勢の冒険者、そして大きな建物、おそらくは城。順にそんな光景が浮かび、そして巨大な片翼の黒龍がその奥にいた。纏う気配は龍族とは異なる、それはデヴィル・ドラゴン。その顎門が開かれ、真っ白な精霊魔法が放たれる。マリアは、デヴィル・ドラゴンが発した言葉を、そのまま反芻した。
「メイディング・デス……ファントム…?」
「っ! マリアさん、それは…、っ! それだけは召喚してはなりません!」
マリアの言葉に、ミリアが慌てて制止した。
「何処でそれを? それは兄が、……いえあの者だけが使える、最低最悪な精霊魔法です」
ミリアの表情は、先ほどから一転して焦りの表情だった。すぐにマリアがもつ異能に気付くが、それはどうでも良く。
「……情景が浮かんだの。どこかの大きな町で、私たち以外の冒険者が、大きなドラゴンと戦っている風景が。そこで、そのドラゴンがその精霊魔法を唱えて、……そこで夢見は途絶えたかな」
マリアもまた、冷や汗を流していた。言葉遣いから、天真爛漫な方であるが、彼女も事の深刻さに、普段の笑みはない。
「おそらくは、デニアスの王都かも知れません。ガドネアで闘技場があるのは、デニアスの王都しかありませんから」
姉は、その情景を分析し、闘技場があることを発見、そう指摘した。
「ただ、そこで戦っているのは私たちじゃない」
「一人は人龍の女の子、一人は男の子でした。それ以外にも大勢の冒険者や兵士達が街に繰り出して、ドラゴンを取り囲んでいました」
マリアが代わる代わる話し、そこで言葉を切る。周りの喧噪をよそに、そのテーブルは三人とも深刻な表情のまま固まっていた。
「……おそらくデニアス王城だと思う。そっちに向け、そのドラゴンが真っ白な霧みたいな魔法を使って、そこで夢見が途絶えた、感じ。夢見だから、時系列は多分滅茶苦茶になっていると思うけど、その辺りが断片的に見えた」
魔法の内容からして、ミリアは確信した。夢見で登場した龍、いや、デヴィル・ドラゴンは、彼女が敵と定めた相手であることを。
「いつ頃のでき事か、解りますか?」
マリアはその時の情景をもう一度思い返してみる。時期は近い未来の冬頃。ただ、それ以外は全く解らないのだ。近い未来とは断定しているが、これが数年先か、二〇年も先のことなのかも分からない。マリアは首を振り、解らない、とだけ応えた。ただ、その場に立って戦っているのは、アーサーを含めたこの四人の誰でもなかった。この時の三人は、何をしているのかは分からない。
ミリアはマリアから視線を外し、ファーネルを見上げる。
「冗談抜きに、色々と考えなくてはなりませんね」
「……だなぁ」
ミリアはしばらく考え。
「まずはマリアさん。好きならちゃんと告白しましょうね?」
「うぐっ……」
マリアは顔を引きつらせてしまった。その反応は姉妹どっちだろうか。しばしそんな表情をしていたが、自信なさげな表情となり、呟くように。
「……なるべく善処します」
と、姉の方が応えるのだった。
しばらくして、アーサーが皆の元に戻ってきた。泊まる場所を決めてきたほか、明日の便の予約までしてきたそうだ。だろ? とファーネルは自慢げに笑い、ミリアが苦笑する。マリアは、そんなアーサーを熱いまなざしで見上げるのだった。
翌朝。タルファームから二〇台にも及ぶキャラバン隊が出発した。便宜上全てユニスの港町パルス行きではあるが、引き続きユニス王都へのキャラバンへ合流し、そのまま首都へ向かうものが多い。
四人は、まずはパルス止まりとした。
アーサーがそうしたにも理由がある。
王都はどうしても人が集まるため、宿泊費が高くなることもあるが、冒険者登録も人が多く、次回の試験日に受けられるかが定かではないのだ。その点、通過点に過ぎないパルスであれば余裕がある。それを踏まえての事だ。
四人は、客として乗り込んでいる。アクエイスでの調査は、報酬額がかなりもののだったが、その龍族を保護したこと、その他の龍族の目撃情報など様々な追加報酬が合算され、しばらくは依頼を受けなくても大丈夫なほどの金額となってしまったのだ。その最初の散財が、客として正規料金を支払っての搭乗なのである。
「ホント、アーサーは機転が利くわね」
マリアは、感心したという表情で彼を見上げると、アーサーは少し照れくさそうにそっぽを向いた。そんなアーサーを見て、マリアは決心した。
「あのね、向こうに着いたら話したいことがあるんだ」
マリアは、天真爛漫な表情で彼にそう告げる。
「……そうか」
アーサーは聡い。だから、向こうに到着後何を言われるのか、この時点で理解した。だから、少し表情に陰りが見える。
「そう言えばアーサー、せっかくパルスまで戻るんだ。実家に顔を出してきたらどうだ?」
「実家に?」
ファーネルの突然の提案に、アーサーは意味が分からない、と首をかしげる。
「学園にいた頃も入れると、もう大分戻っていないんじゃないか? いい加減親父さん達に顔を見せてやってはどうか、と俺は思うのだが。どうせしばらくはパルスに足止めだろ?」
言われ、アーサーは考え込む。
王立学園に入学するため、アーサーは七歳で王都に一人で来た。学生時代は寮に入り、沢山の友人に囲まれ、それなりに充実した毎日を過ごしていた。年末などの長い休みの時は実家に戻っていたが、学園卒業後はすぐに冒険者となって旅に身を置き、実家には戻っていないのである。ここはファーネルの提案に乗るのも良いだろう、とそう考えたときだった。
「私も、付いていって良いですか?」
マリアがそう尋ねた。
「え?」
男二人、驚く。ファーネルもそれは予想していなかったのだ。マリアはアーサーの返答をそのまま待っている。
アーサーは考える。マリアが町に着いたら何をしたいのかは、これまでの言動で察している。それに、実家には、自分よりも家系に詳しい人物がいるのだ。マリアには、その話を聞いて貰い、諦めて貰うのも良いかもしれない、とそう考えた。とはいえ。
「まあ、構わないけど、遠いし疲れるぞ?」
「? パルス、だよね?」
「パルスが最寄りの港。実家は南に四時間ほど飛ぶ」
「え、飛ぶ? 四時間も?」
「ああ、飛んで行く。船だとまるっと半日の距離。途中で休憩する場所は一切ない」
マリアは口を開いたまま固まった。
「因みに船便は週に一往復のみだ。闇曜日にパルス出港、光曜日に聖龍島出港。それに間に合わなかったら飛ぶしかないし、船を利用するとなったら冒険者登録の試験日に間に合わない。そういう僻地だ」
最後は自嘲気味に笑うアーサーだった。
「……お、おトイレしたくなった場合は?」
ミリアが尋ねると、アーサーは首を振る。
「そのまま我慢して飛び続ける。緊急時やむを得ない場合は、海に飛び込んで事を済ます……んだが、サメがいるしな」
マリアとミリアは顔を見合わせた。
「ミリアは、こっちに飛んできたときはどうしたのかな?」
「実は、龍化しているときは、老廃物は魔法で分解されますから問題はありません」
「……便利ねー」
マリアは乾いた笑いを漏らすのだった。
昼下がり。影が大分長くなり、日差しも柔らかくなった頃合いだ。揺れる馬車の中、アーサーが立ち上がる。
「アーサー?」
「ああ、先に宿を確保しておく」
パルスの町は、王都とデニアス方面へ馬車便、そして各方面への船便も出ている交通の要衝である。宿もそれなりにあり、財布の紐さえ考えなければ、宿泊するには困ることはない。とはいえ、冒険者の宿、となると事情が異なる。
冒険者の宿は、冒険者協会に協賛し、冒険者の資格を持っている人には割引をしているのだ。その割引を狙い、冒険者達が争奪戦を繰り広げる場合もある。この争奪戦は、王都からの便の方が一時間早く到達するため圧倒的に不利な条件なのだ。そのため、冒険者は町に入るなり馬車を飛び降り、宿の確保に走るのが一般的だ。これは、町に到着するタイミング故に、到着ダッシュ、と呼ばれている。
ただ、まだ町からはずいぶん遠い段階である。速度もそれなりに出ているので、飛び降りるには少々危険だ。それでも。
アーサーは御者に到着ダッシュを決めると伝え、あいよ、と御者が応える。馬車は特に速度を落とすでもなく、アーサーはそのまま出入口から外へと飛び出した。
アーサーは地面に、到達することはなかった。
身体に魔力を注ぎ、瞬時に背中へ翼を呼び出す。そして大きく羽ばたいたと同時に翼付近に風の魔法を展開、その反動を利用して一気に上昇加速した。
「うわぁ……」
その光景を、マリアは窓から身を乗り出してみていた。
「……なんて綺麗な」
アーサーの飛翔を皮切りに、数人の人龍がキャラバンから身を投げ出し、皆宿の確保のため、文字通り飛んで行くのだった。
パルス到着時、アーサーが発着場で待っていた。
「や、待たせたな。宿は?」
「港に近い方。案内するよ」
「解った」
操車場から歩いて数分の所に、こぢんまりした宿が建っていた。アーサーが決めたのはこの宿らしい。
「ホテルサンセット。またハイカラな宿の名前ね」
「まあ、観光ホテル兼冒険者の宿だからな。せっかくだから景色のいい部屋をぶんどった」
「ぶんどったって…」
ファーネルは苦笑した。
この宿は三階建てで、海に面して建っている。そのためどの階でも景色は良いが、最上階の三階では特に景色が良い。ただ、各階に二部屋ずつしかないので、それほど大きな宿でもない。
アーサーはその一室に皆を案内した。
間取りはリビング一つに簡易的なキッチンなどがある。寝室は二部屋でベッドは二つずつ。一応家族向けの部屋だそうだ。
「まあ、ぶっちゃけ料金は一日二五〇ルドーリア。気持ち高いがそこは問題ない」
「……ねえ、アーサーって、お金がたくさん入るとぱぱっと使っちゃう方?」
「いや? あれはあれで貯め込む方だ」
マリアとファーネルが内緒話をする。
「まあ、今回報酬が多すぎたのもある。ある程度まで減らしたら、こんな贅沢はしない」
「……それを聞いて安心したというか」
マリアは苦笑する。
その一方で、ミリアは部屋を巡っていた。
「どちらの部屋にするか迷いますね」
言いながらリビングに戻ってきたミリアは、ファーネルを見つめて。
「どちらの部屋にしますか? 奥は海洋生物、手前は船」
「……何の話だ?」
「いえ、内装がかなり凝ってましてね。どちらもテーマを決めて飾ってあるんですよ。ファーネルならどちらの部屋がお好みかな、と。やっぱり男の子だから船ですか?」
「……ふむ?」
ファーネルはソファーから立ち上がり、ミリアに案内されて部屋を覗く。ややあってから、アーサーに船にするぞ、と声をかけてきた。
「え? 部屋割りは私とファーネル、アーサーさんとマリアさん、という組み合わせですよね?」
「ち・が・う・だ・ろ。ここは男女別に決まってるだろ」
「……いけず」
と、ミリアは残念そうな表情でファーネルを見上げた。その様子にアーサーもマリアも苦笑するばかりだった。
なお、寝室は絵が描かれているといった単純なものではなく、それぞれ船長室を模した調度品や意匠が施された、男心を鷲掴みにするものだった。また海洋生物の部屋もまた、木で魚などを模した調度品が天秤になっていて、天井からいくつもぶら下がっていた。ベッドから見上げると、海底から見上げているように感じられるような工夫もされており、こちらも心を躍らせるものだった。
「……で、本当のところ宿泊費はいくらよ?」
がしっとファーネルがアーサーの肩を掴む。
「……七五〇ルドーリア。冒険者割りで七〇〇」
「三倍じゃねえか」
因みに、安い昼食で二〇ルドーリア、一般的な冒険者の宿で一〇〇から一五〇ルドーリア。それと比べるべくもなく、高級宿である。
「いやもっと安宿いくらでもあるだろ? なんでこんなに奮発したんだ? ん?」
「……いやそれは……」
観念したという表情で、アーサーは正直に話した。
マリアが、話があると言ったこと。その様子からしておそらくは告白を受けるのではないかと。
「なるほどシチュエーションは大事だしな?」
「いや……、お前も俺の家庭の事情は知ってるだろ。だから俺は断るつもりでいる」
「振ったところで申し訳ないから、せめてリゾート気分で紛らわせろ、と?」
ファーネルの言葉に、アーサーは頷いた。こいつは何だかんだで優しいところはあるが、恋愛に関してはやはりずれているところがあるな、とそう感じてしまう。こんなことされたら、余計に虚しさを感じるのではないか、と。
「せめて保留にしてやれ。この先まだ旅を続けるんだ。気まずくなるのはさすがに遠慮したいぞ」
ファーネルはそう言って、アーサーから身体を離す。
「ま、善処する」
丁度そのタイミングで、部屋を回ってきたマリア達がリビングに戻ってきた。
「あの、本当にこんなに豪華な部屋に泊まっても良いのですか?」
マリアがそう尋ね、アーサーは頷いた。
「まあ、たまに豪華にしたいって考えていたタイミングだからな」
「……えへ」
マリアは無邪気に笑い、奥の部屋へと入っていった。
この宿の食堂は、泊まり客専用となっていた。雰囲気も静かで、大きな窓からは海が展望できた。
船がゆっくりと進みながら、銅鑼を鳴らす。入港を知らせるためものだ。
その船への視界を遮るように、食事が運ばれてきた。料理も海産物が豊富で、山岳部出身のミリアと砂漠出身のマリアは、そろって感嘆の声を上げた。
「私、お魚、初めて食べます」
「え、マジで?」
「はい、マジです」
「いや、メルセアってどんなところかは知らんが、川魚ぐらい入るだろ?」
「確かに行商で運ばれてくることはありますが、それでもなかなか手に入りませんね。当家が領主だからと独り占めするわけにも行きませんし」
しばらく料理を見つめて、ふとミリアは小さく息を吐き、自嘲気味な笑みとなった。
「……ウーニャが行方知れずで、あのものもまた同じく。……こんなところで贅沢をしていて、本当に良いのでしょうか」
呟くミリアに、マリアはいたって明るく。
「そのウーニャって人を見つけたら、その時は皆でおごってあげれば良いんじゃないの?」
「そ、そういう問題ではないと思うのですけど……」
この町に到着して、三人は冒険者協会には顔を出していないが、状況についてはアーサーから聞き及んでいる。彼が先行して町に到着した後、この宿を予約してすぐに冒険者協会を訪れ、情報を尋ねていたのである。結局の所、龍族に関してはミリアの件以外では一切ないとのことだった。
「あまり根を詰めすぎてもね、体調を崩したりしたら元も子もない。もっと気楽に行こうよ」
「……妹、あなたは楽観的すぎます」
「ぶーぶー」
そして始まる一人漫才。実際は二つの性格のせめぎ合い。三人は既に慣れた。
「そんなことよりも、冷めないうちに食べましょう」
そして姉の方が主導権を乗っ取り、食事を始めた。
ミリアは、マリアのもつ二つの性格が余りにも違うことに、笑いさえこみ上げてきた。そして、彼女がそうして道化を演じている事に気付き、感謝する。今はまだ心から楽しめないけれど、心の整理が付いたら、もう少し楽しもう、と。
翌朝。
四人は旅支度をして、港近くに並んでいた。
「じゃ、明日には戻ってくる予定だ。夕方になると思うが、この辺りで待ち合わせをしよう」
「ああ」
「マリアさん、おトイレとか大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですよ?」
マリアが恥ずかしげに応える。姉の方だ。妹の方は眠っているらしい。
「ま、それはともかく。……行ってくる」
「ああ」
アーサーは翼を広げ、海に向かって走り出す。それを追うように、マリアも翼を背中に呼び出しながらかけていく。まずはアーサーが飛び上がり、風をつかんで一気に上昇。マリアは空間を渡って少し上空に転移し、落下を速度に変えてアーサーに追いついた。二人はそのまま並ぶようにして、空を進んでいく。その姿が見えなくなるまで、二人は眺めていた。
「さて、冒険者になるには色々と覚えなくちゃならんことがあるからな。取りあえず冒険者協会で本を借りて、勉強するぞ」
「はい、解りました」
「……やけに素直?」
「私、素直ですよ?」
「自分でいうか?」
そして二人もまた、笑いながら喧噪に包まれる町へと並んで歩いて行くのだった。




