第4話 研究室A-17
翌朝。
アクアは誰にも告げず研究所の旧棟へ向かっていた。
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旧研究棟。
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正式名称は第一研究施設。
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かつてブルーマーズ最高の頭脳たちが集まった場所。
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だが今は使われていない。
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入口には立入禁止の標識。
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窓ガラスは曇り。
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建物全体が過去の遺物のようだった。
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「本当にここなの……?」
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ペンダントを見る。
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【研究室A-17】
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刻印は間違いなく存在している。
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アクアは深呼吸した。
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「行くしかないか」
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重い扉を押し開ける。
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ギギギ……
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嫌な音が響く。
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長い廊下。
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誰もいない。
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薄暗い。
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空気は埃っぽい。
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まるで時間が止まっているようだった。
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アクアはゆっくり歩き始めた。
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研究室A-01。
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研究室A-03。
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研究室A-08。
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そして。
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廊下の最奥。
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そこにあった。
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【A-17】
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古びたプレート。
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アクアの心臓が高鳴る。
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「お父さん……」
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ドアノブを回す。
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鍵は掛かっていなかった。
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静かに扉が開く。
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そこには。
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研究室が残っていた。
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事故から二十年。
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まるで昨日まで誰かが使っていたかのように。
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机。
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本棚。
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ホログラム端末。
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そして。
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壁一面に貼られた海の写真。
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青い海。
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青空。
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波。
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砂浜。
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今のブルーマーズでは見ることのできない景色だった。
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「綺麗……」
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思わず声が漏れる。
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父はいつも言っていた。
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『昔は海があったんだ』
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『水平線が見えたんだ』
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『雨の匂いもした』
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子供の頃は信じられなかった。
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だが。
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この研究室は。
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本当に海を愛した人の部屋だった。
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その時。
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端末が反応した。
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青い光。
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ホログラムが起動する。
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【個人認証開始】
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「えっ?」
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【清水アクア】
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【認証完了】
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アクアは固まった。
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「なんで私の名前を……」
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次の瞬間。
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懐かしい声が響いた。
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『もしこの記録を見ているなら』
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アクアの目が見開かれる。
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『アクア』
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『君はきっと大人になっているだろう』
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「お父さん……!」
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ホログラムに映る男。
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清水ジョウ。
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事故で亡くなった父。
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その姿が目の前にあった。
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『まず最初に謝っておく』
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ジョウは笑った。
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『面倒な宝探しをさせてしまった』
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アクアは思わず泣きそうになる。
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その笑顔は。
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記憶の中の父そのものだった。
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『ここから先は極秘だ』
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『リアにも話していない』
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アクアが息を呑む。
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リアにも?
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『私とリアは同じ夢を見ていた』
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ジョウは静かに続ける。
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『海を飲めるようにする夢だ』
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画面に巨大な海水浄化装置の設計図が表示される。
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アクアは言葉を失った。
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『だがリアは現実を選んだ』
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『私は理想を選んだ』
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『どちらが正しいかは分からない』
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少しだけ寂しそうに笑う。
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『だが私は信じている』
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『いつか君が答えを見つけることを』
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映像が終わる。
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研究室に静寂が戻る。
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アクアは立ち尽くした。
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理想。
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現実。
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ジョウ。
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リア。
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そして。
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自分。
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その全てが繋がった気がした。
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だが。
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次の瞬間。
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研究室全体に赤い警報が鳴り響く。
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【不正アクセス検知】
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【オアシスコーポレーションへ通報】
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「えっ!?」
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アクアの顔が青ざめる。
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【警備部隊到着まで五分】
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「ちょっと待って!」
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誰も待ってはくれない。
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だが。
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机の奥から一冊のノートが現れた。
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古びた紙のノート。
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表紙には。
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【Blue Mars Rebirth Project】
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と書かれていた。
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アクアは反射的にそれを抱きかかえる。
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そして走った。
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父の夢を抱えて。
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追われる研究者として。
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Water Warの真実へ向かって。




