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余命宣告〜サクラが咲く頃には〜  作者: 梔虚月
最終話 サクラは咲くもの
12/13

12 奇跡の物語①

 真美たちが始めた移植手術のクラウドファンディングは、補助人工心臓の手術を含めた延命治療に700万円の目標金額を設定しており、海外での移植手術の総額をネクストゴールに設定していたらしい。

 つまり心臓移植の資金に満たなくても、クラウドファンディングで集まった資金は、国内で補助人工心臓の埋込み手術に利用できる。


「補助人工心臓の患者は、ステージ1として移植の順番が繰り上がるし、人工心臓で今より快適に生活している人だっている。桜子さんにとっては、悪い話ではないと思う」


 担当医の田中先生は回診にきたとき、不安を口にした私に安心するように言った。

 私にも、人工心臓についての知識はある。

 術後生存率1年で95%、補助期間が最長で5年ちょっとなのだから、根本的な解決にならないことも知っていた。


「田中先生……手術したら……、彼氏とデート……できますか?」

「桜子ちゃん、医師は『絶対』と言えないけど、それについては保証してあげるよ。君たちは、必ずデートできるよ」

「あ、ありが……とう先生」


 田中先生は、手術にともなう転院のリスクについて説明すると、私の両親が承諾書にサインしたので、病室を出ていった。


「クリスマスの日に手術予定が決まるなんて、サンタさんのプレゼントかしらね」


 ママが作り笑顔で言うので、私が微笑んで返すと、パパは背中を向けて肩を震わせた。

 きっと補助人工心臓の手術は、ママとパパからすれば想定外の事態だったのだろう。

 私の両親は、心のどこかで娘の移植手術が決まって、元気な姿が見られるはずだと信じていたふしがある。

 彼らがねだっていたサンタクロースからのプレゼントは、紛い物の心臓ではなかったのだ。


「そ……クリスマスなのか」

「リュートくんが、桜子を移送するドクターカーまで付添ってくれるわ」


 ママが、そう言うと、パパが『誰!? リュートって誰なの!?』と、そう言えば、この期に及んで、龍翔と付き合っているのは、パパに話していなかったことを思い出した。


「私の彼氏……だよ」

「えーっ、桜子に彼氏がいるなんて、パパは聞いてないよぉ。もしかして知らないのは、パパだけだったりするのかよぉ」

「そ……かな」

「まじかよぉ。高校生で恋人つくるって早くない?」

「パパに言われたく……ないわ」


 パパとママが高校生のとき出会って、私を生んで育ててくれたこと、木村先生から聞いているんだからね。

 看護師の健吾がストレッチャーを運んでくると、パパとママは、転院する東京の病院に先回りするからと病室を出ていく。


「桜子ちゃん、龍翔くんがドクターカーまでエスコートしてくれるってさ。僕らを気にせず、彼と話すといいよ」


 健吾がストレッチャーに横たわる私に言ったので、軽く頷いた。

 酸素吸入器がなければ自発呼吸も難しいのに、龍翔と話せるわけないがないけれど、言葉を交わすだけが会話じゃないと思う。


「手術が終わったらデートしようぜ」


 病室の前で待機していた龍翔は、それだけ伝えると、私の手を握ったまま、私が会話するのも困難だとわかっているから、何も言わずに付添ってくれる。

 病室を出てドクターカーまでは、エレベーターで一階まで下りて受付を過ぎると、正門前に飾られた桜の木のクリスマスツリーを横目に5分程度で到着した。

 そう言えば以前、冴子先生に『クリスマスまで生きられるのか』と質問して困らせたことがあったが、こうして龍翔の肩越しに、イルミネーションに彩られた桜の木を見られたのだから、なんとも感慨深いものがある。


「龍翔くん、少しだけ桜子ちゃん任せるね」

「はい」


 健吾がドクターカーのハッチバックに乗り込むと、龍翔と二人きりになった。

 二人で会えるのは、これが最後になるかもしれないのだから、龍翔には伝えたい言葉がある。


「龍翔、これは……」

「どうした桜子?」


 龍翔は、息も絶え絶えの私に顔を寄せると、必死に耳をそばだてて聞き取ろうとした。


「龍翔、これはデートだよ」

「そか」

「龍翔の言った……とおり、奇跡が起きて……全部の夢が叶ったわ。わたし……すごい……幸せ」


 私は力を振り絞ると、最後の奇跡が叶ったことを龍翔に伝えた。


「もう話さなくていいッ、もう話さなくていいから! 桜子が元気になったらッ、また、ここの桜の下でデートしようぜ! 病気さえ治ればッ、これからだって何度でもデートできるんだからよ!」


 目を閉じた私には、ドクターカーを見送ろとして、真美やクラスメイト、木村先生や中野さんが病院前に集まっていたとは知らなかった。


「おい……おい、全部の夢が叶ったなんて、そんなこと言うんじゃねぇよ。俺は、これからだって奇跡を起こしてやるよ。だからよ、桜子も奇跡ってやつを俺に見せてくれよ」

「龍翔くん、桜子ちゃんはもう……」


 看護師の健吾が、ストレッチャーで息を引き取った私に追いすがる龍翔を止めなかったのは、私の移送中に容態が急変したとき、これ以上の延命措置を望まないと断っていたからだ。


「ふざけんじゃねえぞ! 俺はッ、こんな結末を認めねぇからな! 桜子をッ、今すぐ生き返らせろ! ここには大勢の医者がいるじゃねえか! 俺の心臓をッ、桜子に移植してやってくれよ!」

「龍翔くん、むちゃ言わないでよ」

「健吾さん……頼むよ」


 取り乱した龍翔が看護師の健吾に詰め寄ると、見かねたクラスメイトや木村先生が、彼を背中から抱きしめた。


 私は余命宣告どおり、来年の春を待たずに死んでしまった。

 しかし、これは奇跡の物語だ。

 だから不幸な結末にならないので、最後まで話を聞いてほしい。

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