13 奇跡の物語②
真美たち同級生は桜が咲き誇る春、学校の卒業式を迎えていた。
私の両親は、クラスメイトや木村先生の働きかけで、卒業生の保護者として参列を認められており、私が座るはずだった席には、制服を着た私の遺影が置かれている。
「高山桜子」
卒業証書授与で名前を呼ばれたけれど、私が返事するわけもなく、卒業証書は授与台の脇に避けれた。
その様子を見て、すすり泣く生徒や両親には、本当に申し訳ない気持ちになる。
気持ちになる?
私は、残念ながら去年のクリスマスに亡くなっているので、卒業式に参加していないし、真美たちと話せないのだけれど、人を想う心だけは残っていた。
実体を伴わない魂だけの幽霊なのかと問われれば、そんなこともないようで、私の心だけが存在しているようなのだ。
その理由なら、なんとなく想像がついた。
臓器の移植を受けるレシピエントだった私は、転院のためにドクターカーへの移送中、容態が急変して亡くなると、心疾患のほかに目立った病状がなかったので、そのままドナーとして臓器摘出のために手術室に運ばれた。
私は生前、検査技師の冴子先生から『健康に気を付けて長生きしてね』と言われて、もしものとき自分がドナーになったとき、助けられる命があるかもと思い立って、臓器移植ネットワークにドナー登録している。
私が亡くなっても、ほかの臓器が健康であれば、こんな私でも命を繋げると、それが励みになって、最後まで身体をいたわって入院生活を送ることができた。
冴子先生が声をかけてくれなければ、誰かの命を繋ぐために生きるなんて、微塵も思わなかっただろう。
病理診断の結果、心臓ほかの臓器は驚くほどに状健康態が良好だったので、頭の先からつま先まで、臓器提供を待つレシピエントにわけれるもの全て分け与えられた。
私の命は、誰かの命を繋ぎながら、まだ何処かで元気に生きている。
私の心が、この世から消えていないのは、何処で生きている私のおかげなんだろう。
日本には『腹を抱える』『腹に据える』『腹を決める』『腹を割って話す』などの慣用句があるのだから、心の在り処は、脳や心臓だけに宿るわけではないらしい。
私の腹は、まだ人の命を繋いで生きているから、私は在り続ける。
私の心は、この世から消え去っていないので、今でも親しかった人々を想うことができるのだと、そんなフワフワしたことを思うのだった。
「うう……卒業生を見送るのは毎年のことなんだが、ことしの卒業生とは、いろいろあったから名残惜しいのぉ」
「泣くなよ、中野さん!」
「俺たちも中野さんと別れたくないぜ」
同級生は卒業式が終わると、校庭や校門前に集まって記念撮影しており、用務員の中野が袖で涙を拭って、彼らとの別れを惜しんでいる。
ちなみに中野さんの選んだベスト・オブ・ニックネームは、私が考えた中野さんで決まったようだ。
後輩たちにも、末永く愛されてほしい。
「木村も、なんだかんだ良い先生になったよな」
「加藤と沙代の交際を認めてやってくれと、両親に掛け合ったらしいな」
「ヅラは相変わらずだけどな」
心を入れ替えた木村先生の周囲にも、多くの生徒が集まっており、それを遠目に見ている私のクラスメイトは、カツラの秘密を墓場まで持っていくらしい。
木村先生は紆余曲折あったものの、ストレスからの喫煙も止めたし、生徒の言い分も聞かずに、男女交際に反対する先生ではなくなった。
クラスメイトも、なんだかんだ八方丸く収まったのだから、カツラの秘密は黙っていることにしたと思う。
「龍翔も謝恩会に行くでしょう?」
真美に呼び止められた龍翔は、背中を向けたままで手を上げた。
「ああ、母さんの退院手続きしてから合流する」
「お母さんの退院が決まったの?」
「もう少し早ければ、卒業式にも参加できたんだが、退院が間に合わなくて残念だってよ」
「そうよね。龍翔は志望校に主席合格して、生徒総代で祝辞も読んだし、お母さんも参加していれば、さぞ鼻が高かったでしょうね」
龍翔は『そうだな』と、はにかんで真美に横顔を見せたが、その目が泣き腫らしていたので、彼女は追いかけないで、向正面の総合病院に向かう彼を見送る。
龍翔の気持ちを思えば、慰めの声をかけられないのが心苦しいし、その原因が私にあると思えば、かける言葉が見つからない。
「母さん、こんなところにいたのかよ」
「リュート?」
龍翔は病院の正面玄関で、車椅子に乗って桜を見上げる母親に声をかけた。
龍翔の母親は、腎不全で移植手術を受けるレシピエントだったけれど、私が亡くなったクリスマス、彼女はサンタクロースからプレゼントを受け取った。
彼の母親が受け取ったプレゼントに拒絶反応がなく、手術から4ヶ月目の一週間後、何事もなければ、大学に進学する息子と二人で普通の生活に戻る。
「リュート、病院のサクラは見事に咲いているけれど、チェリーが実らないらしいわ。日本のサクラは、アメリカのサクラと違うのかしら?」
龍翔は、母親が私と同じ疑問を口にするので、口元を隠して笑ってしまった。
「何がおかしいのよ?」
「いや、おかしくて笑ったんじゃねぇよ。なんとなく、桜子と母さんは似てると思っていたが、それは病気のせいじゃなかったんだなと思ってさ」
「リュートの恋人だった女の子ね。私にも、ちゃんと紹介してほしかったわ」
「紹介するチャンスは、まだある」
ドナーの家族には臓器提供直後、移植コーディネーターから移植手術が無事に終わった報告を受けており、私の両親は、龍翔の母親が退院して落ち着いた頃、サンタクロースの正体を明かすらしいのだが、彼が気付かないはずがない。
龍翔は母親の車椅子を押しながら、桜の下にくると、ソメイヨシノが花を咲かせても実らず、接木でしか増えないこと、夏に葉を落とせば、秋の小春日和に花を咲かせることを聞かせた。
「リュートは、サクラに詳しいね」
「え? あ、ああ……。桜子が以前、ここから見る桜が好きだって言ったんだ。それで話のネタになるかと、いろいろ調べた」
「リュートは、やっぱり真面目だわ」
花を咲かせても実らないソメイヨシノの原木は、きっと枯れてしまっているけれど、彼女は接木により世界を桜色に染めながら、今も姿を変えて生きている。
そう思えば、満開の桜に迎えられて生まれた桜子は、今も姿を変えて生きている。
「母さん、もう病室に戻るぞ」
「リュートの顔も見れたし、最近は元気なのよ」
「顔なら毎日、見てるだろう?」
「サクラが、せっかく綺麗に咲いているのよ。それとも、ママが相手じゃダメかしら?」
龍翔が『なんだよ?』と、ぶっきらぼうに言うので、母親は車椅子を一人でこいで桜の下で振り返る。
彼の母親は、恋人を失ってから塞ぎ込んでいる息子を励ましたかったし、私も約束どおり一度くらいは、奇跡ってやつを龍翔に見せてやりたかった。
「龍翔、これはデートだよ」
「え?」
これは奇跡の物語だ。
私の話を最後まで聞いてくれてありがとう。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
感想を聞かせてくれたら嬉しいです。




