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余命宣告〜サクラが咲く頃には〜  作者: 梔虚月
第四話 サクラゾンビウィルスの謎を解け!
11/13

11 【解決編】それは感染するらしい③

 龍翔は毎日、教室で受験対策の補講を受けた後、用務員の中野に丈ぼうきを借りて、桜の葉を払い落としている。

 一心不乱に丈ぼうきを振回す龍翔の様子は、まるで校内暴力を振るう本物の不良(ヤンキー)のようで、ちょっと怖かった。

 私の思い入れのある桜の木を痛めつけている彼に、()(こう)の理由を問い質したいと思う半面、散っていく私とともに桜の木も、この世から葬るためだなんて、織田信長みたいな理由かもしれないので、聞くのを躊躇ってしまう。


「龍翔くんは『咲かぬなら枯らしてしまおう桜の木』みたいな理由で、あんなことしているの?」

「それなら、まだマシなんだ。その逆だったら怖くて」

「その逆?」


 私が看護師の健吾に打ち明けると、彼は病室の窓から、桜の葉を払い落としている龍翔を見ながら、首を傾げている。

 龍翔は、私が呼び出さないことに苛立って『いつまでも呼び出さないなら殺してしまおう桜子』と、あんな奇行に走っているのだろうか。


「気になるなら、本人に聞いてみれば?」

「龍翔のことを疑っているみたいで直接聞けないよ」


 優等生の彼が、そんな短絡的な性格ではないと解っていれば、ますます謎が深まっているので、健吾に相談している。


「でも先生や用務員さんも、龍翔くんの行動を咎めないんだよね。だったら、ちゃんとした理由があるんじゃないかな」

「私は、その理由が知りたいのよ。健吾さんは、女子高生の私より頭がいいんだから、なんか理由に心当たりがないの?」

「そうだね……。例えば、あの桜の木は、他の桜を枯らす害虫におかされてて、龍翔くんたちが駆除しているとか」

「私には、むしろ枯らしているように見えるけど、そんな害虫がいるのかな」


 私は、健吾の説明に納得ができなかったので、しばらく龍翔の行動を観察することにしたが、夏休みも半ばを過ぎた頃、補講を受けていないはずの生徒も、ほうきを持参して彼の奇行に加わった。

 青々と茂っていた学校の桜の木は、もはや下半分の葉を落としてしまい、残っているのは、手の届かない上の方だけになってしまっている。

 こうなると、異常事態に気付いた周辺住民が、役所に問合せしたようで、学校は、役所から事情を聞かれたようだ。


「なんだか、(おお)(ごと)になっているわね」


 検査技師の冴子先生は、私のバイタルチェックしながら、校門前に集まっている住民と、揃いのジャンパーを羽織った役所の職員を見下ろして呟いた。


「龍翔たちは、街路樹の桜まで枯らしていますからね」

「桜子ちゃんは、みんなが桜を枯らしている理由を知っているの?」

「健吾さんは、何か理由があると言うけど、私には想像もつかないわ。冴子先生には、理由がわかりますか」

「いいえ」


 冴子先生にもわからないことが、私にわかるはずがないけれど、住民と役所の職員が学校から引き上げて数日過ぎた頃、役所が手配した高所作業車が、残っていた桜の葉を全て払い落としたのだから、きっと何かしらの理由があるのだろう。

 それは、もしかすると健吾の言ったとおり、感染予防のための害虫駆除かもしれないし、そうでなければ、桜の木が発したゾンビウィルスが、龍翔たちに感染したのかもしれない。

 だって夏休みが終わる頃には、龍翔が生徒や多くの住民を率いて、病院の正門を飾る大きな桜の木まで枯らしてしまったのだから、これは何かしらの病気の感染によるものだと思う。


 ◇◆◇


 秋風が吹くと、いつもより寒々しい景色が広がった。

 桜の葉は本来、11月頃に紅葉して年末になってから葉を散らすのだが、病室から見える桜の木には、既に一葉も残っていない。


「え、龍翔と会ってないの?」


 親友の真美は、龍翔が夏休み前から見舞いにこなかったことに驚いたようだ。

 真美とは、毎日のように連絡を取っており、私が龍翔の話題を切り出さないのを気にしていたが、二人の間に割って入るような()()をしなかったらしい。


「龍翔には、受験勉強を頑張ってほしいし、ここからでも毎日、お互いに顔を見れるからさ」

「ああ、別れたわけじゃないのね。龍翔と会ってないと言うのから、びっくりしたよぉ」

「てへ、龍翔とは遠距離恋愛みたいなもんかな」


 私と龍翔は実際、あと少しで本当に手の届かない遠距離恋愛になるのだから、今のうちに、会えない時間に馴れてもらわなければならない。


「それなら、さくらちゃんは龍翔の計画を知らないのね」

「龍翔の計画?」

「彼は、凄いんだよ。さくらちゃんのために、誰も思いつかない計画を一人で実行したんだ。でもさ、いつの間にか彼の熱意に賛同して、先生や生徒だけじゃなくて、この町に住んでいる全員が、彼の計画に参加したんだよ! 本当に凄いのよ」


 真美は、新興宗教に勧誘する信者のような口調で、龍翔を盲信的に褒め称えているのが、何が凄いのか全く解らなかった。


「だから龍翔の計画って何よ?」

「いやぁ、それは私の口から言えないよぉ」

「思わせぶりだな……」

「そんなことよりさ、私を呼び出した理由があるんだよね?」

「まみちゃん、話をはぐらかしたでしょう」

「まぁまぁ、どうせ()()()()()し」


 その『すぐ』は、私にとって永遠に訪れないかも知れないけれど、話の腰を折るような真似はやめた。

 真美には、真美にしか頼めないことがあり、私にとっては、それが何より大事だったからだ。


「私が、さくらちゃんの私物を預かる?」

「うん。べつに死ぬつもりはないけど、万が一の場合には、まみちゃんに隠している私物を処分してほしいのよ」

BL(アレ)ね」

「電書はパスロックしているけど、ほら部屋にあるBL(アレ)を見つかったら生きていけないからさ。今のうちに、部屋から運び出して預かってほしい。こんなこと同好の士にしか頼めないし、万が一のときは−−」

「私は、預かるだけだからね」

「いいえ、ちゃんと処分して」

「さくらちゃんは、私に借りパクさせたいの? 元気になって、ちゃんと回収しにきなさいよ」

「うん……。ありがとう、まみちゃん」


 真美が『任せて』と、ビニールカーテンの向こうで親指を立てるので、なんだか涙が溢れてきた。

 私がママに連絡すると、真美は、さっそく家に向かってくれるらしい。

 持つべきものは友。


 ◇◆◇


 11月に入ると、10月下旬の寒空が嘘のように暖かい日が続いており、ここ数日は文字通り『()(はる)()(より)』だった。

 小春日和といっても、本当の春ではないのだから、桜が咲くはずがなければ、秋を待たずに落葉した桜の木が、春になって花を咲かさるのかもわからない状況なのだ。


 龍翔:模試判定『B』


 龍翔からメールは、いつも短文で要件以外に何も書かれていないのだが、夏休みに何かしらの計画を実行していたのならば、事前に知らせてくれても良かったのではないだろうか。


 桜子:すごいね。

    受験勉強がんばって♡


 いいや、それを彼に求めるなら、私だって気の利いた返事ができないので、お互い様なのだろう。


 龍翔:奇跡を見せてやる

 桜子:うん


 龍翔が学年トップクラスの成績で優等生だとしても、それは校内の順位であり、やはり国立大学医学部となれば、合格すれば奇跡だった。

 だから龍翔が起こせる奇跡は、私が生きているうちに受験に合格して、国立大学医学部に入学することだと思っていた。


 龍翔:今から病室に行く

 桜子:今から!?

 龍翔:奇跡を見せる

 桜子:わかった……


 龍翔は、模試の判定結果を見せにくると思った。

 彼と病室で最後に会ってから四ヶ月、本当の奇跡が起きなければ、年明けも生きている保証がないし、彼が大学に合格するまで心臓がもたないかもしれない。

 この面会は、龍翔の想いに応えるつもりだった。


「龍翔、久しぶりだね」


 ビニールカーテン越しに見る龍翔は、病室までの階段を駆け上がってきたのか肩で息をしている。


「具合はどうなんだ?」

「悪くないかな。龍翔の顔も見れたし、最近は元気かも」

「そうか」

「こっちきていいよ」


 私が手招きしたものの、龍翔は、親族と関係者以外が立ち入れないカーテンの内側にくるのを躊躇っていたので、恋人は関係者だと伝える。

 もしも健吾に見つかったとしても、龍翔を注意したり、病室から追い出したりするはずがない。

 既に感染症対策してもしなくても、たいして余命に影響がない病状なのだ。


「奇跡は?」


 私の手を握った龍翔は、手ぶらだったので聞くと、彼は窓の外を見るように言った。


「俺が桜子に見せたい奇跡は、窓の外にあるんだぜ」

「奇跡は、模試の判定結果じゃないの?」

「良いから、ベッドを起こすぞ」


 龍翔が介護用ベッドを起こすと、枯れ木だった桜の木に、桜色の花が咲いているのが見える。

 夏休みに町中の人々が葉を払い落とした桜の木々が、なぜか咲き乱れていた。


「え、造花?」

「いいや。正真正銘、本物の桜だぜ!」

「どういうことなの?」

「桜の木は秋になる前、もう来年の春に向って(はな)()を付けているんだがよ、葉っぱの出す休眠ホルモンで開花しねぇんだよ」

「うん?」

「つまり桜の木は、葉っぱさえ落としてやれば、秋にも咲くことができるんだ!」

「龍翔は、やっぱり桜に詳しいんだね」

「ああ、桜子が『ここの桜が見たい』と言ったからな、見せてやりたくて、いろいろ調べたんだ。俺一人では無理だったけどさ、みんなが手伝ってくれて成功したぜ」


 親友の真美だけじゃなくて、加藤くんたちクラスメイト、カツラの木村先生、用務員の中野さん、看護師の健吾さん、検査技師の冴子先生、私の両親の他にも、役所の職員や住民の方々、他の入院患者が満開の桜を見上げていた。


「そか、みんなで起こした奇跡なんだね」

「神様だって、みんなの努力を見ていたから、ここの桜を咲かせてくれたんだと思う」


 台風や塩害の影響で夏に落葉した桜の木が、秋に花を咲かせるのは、桜の葉がだしている休眠ホルモンが作用しなくなり、小春日和を春と勘違いした花芽が咲くらしい。

 龍翔たちが私に伝えなかった理由は、桜の葉を払い落としたところで、秋口からの寒暖差がなければ開花しないので、期待を裏切り、落胆させたくなかったから黙っていたようだ。


「俺は、まだまだ奇跡は起こるって言ったよな」

「うん」

「この桜を見ても、奇跡が起きると信じないのか?」

「こんなの見せられたら信じるよ。奇跡は、きっと、まだまだ起きるんだよ」

「だよな」


 私は龍翔のマスクを外すと、頬を両手で抑えて唇を近づける。

 神様がいるのなら、龍翔とキスしても感染するのは、愛情だけだと思ったからだ。

 秋空に咲き誇る桜に見守られながら龍翔と唇を重ねた私は、これ以上ない幸福に包まれている。

 だから、もう一つの奇跡が叶ったのだろう。

 秋の桜という奇跡を()()たりにした私は、真美たちのクラウドファンディングで集まった資金で、補助人工心臓の埋込み手術を受けることになった。

次回は最終回『サクラは咲くもの』です。

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