第8話 シズ、加入
小さな来訪者があった数日後、迷宮の外れに、また新たな気配が近づいてきた。
今度もゴブリンだった。だが、これまでの二体とは少し様子が違う。傷は少なく、動きにも余裕がある。ただ、明らかに何かを探すように、迷宮の周囲をうろついていた。
「ぬし、あれ、まよってる?」
「探し物でもしてるのか、な」
この数日で、来訪者への対応にも、多少の慣れが出てきていた。とはいえ、敵か味方かの判断は、毎回慎重にすべきだろう。相手の様子を注意深く観察しながら、俺は次の一手を考えていた。
外を彷徨うゴブリンの様子を、しばらく観察してみる。攻撃的な素振りはなく、むしろ何かに怯えているようにも見えた。傷は少ないが、疲労の色は濃い。長い距離を移動してきたのだろうか。
俺が様子を窺っていると、ゴウルが先に反応した。迷宮の入り口までゆっくりと歩み寄り、外にいるゴブリンに向かって、何かを呼びかけるような仕草を見せる。
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しばらくのやり取りの後、そのゴブリンは迷宮の中へ足を踏み入れてきた。ゴウルが、まるで旧知の相手のように、親しげに近づいていく。
二体は、しばらくの間、こちらには理解できない身振りと、断片的な鳴き声で何かを伝え合っていた。時折、ゴウルの体が小さく震える。再会の喜びなのか、それとも、語られなかった間の出来事を聞かされているのか、俺には判断がつかなかった。
「積もる話でもあるのか」
スラトが、じっとその様子を見守っている。ゴウルは、しばらくして俺の方を振り返った。
「知り合いか?」
「におい、おなじ、むれ」
ゴウルの言葉に、俺はぴんときた。ゴウルがはぐれる前にいた群れの、生き残りの一体なのかもしれない。行方の分からない仲間を、ずっと探し歩いていたのだろう。
考えてみれば、ゴウルにも、この迷宮に来る前の暮らしがあったはずだ。今では小隊のリーダー格として振る舞っているが、かつては群れの中で、もっと違う立場だったのかもしれない。詳しい事情を尋ねたことはないが、いずれ話してくれる日も来るだろうか。
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【鑑定】
種族:ゴブリン
個体ランク:F
攻撃:8 防御:7 素早さ:16
特殊傾向:弓術(発現途上)
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「弓、か。前衛のバドとは違うタイプだな」
これで、力自慢のバドと、遠距離から支援できるシズが揃うことになる。攻める手段が増えるのはもちろん、守りの選択肢も広がるはずだった。頭の中で、また新しい配置図が組み上がっていく。
俺は迷宮ポイントを使い、疲労を癒す魔力を分け与えた。今回は迷わなかった。ゴウルの反応を見れば、敵意のない相手だということは明らかだった。
治癒の魔力を受け取ったゴブリンは、しばらくの間、ゴウルの隣で警戒を解かないままだったが、バドが呑気に近づいて挨拶するような素振りを見せると、少しずつ肩の力を抜いていった。
「バド、お前、そういう空気読むの得意だな」
バドは、応えるように胸を張ってみせた。力自慢なだけでなく、存外に場を和ませる才能もあるらしい。
新入りのゴブリンは、しばらくバドの様子を観察していたが、やがてつられるように、警戒を解いた表情を見せ始めた。緊張の糸がほどけていく様子を、俺は静かに見守った。
「無理に急がなくていい。慣れるまで、ゆっくりでいいからな」
声をかけると、ゴブリンは小さく頷いた。まだ言葉は交わせないが、意思の疎通はできているようだった。
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「名前、決めるか」
「シズ、で」
今度も、ゴウルが先に案を出した。板についてきたな、と俺は密かに感心した。
「お前、ネーミングセンス、俺より良くなってきてないか」
「ぬしの、まねしてるだけ」
照れ隠しなのか、ゴウルはそっけなく答えた。シズは、静かに頷いて、その名を受け入れた。
名を得たシズは、心なしか背筋を伸ばしたように見えた。名前というものが、この世界の魔物にとって、単なる呼び名以上の意味を持つのかもしれない。誰かに認められ、居場所を得た証のようなものなのだろう。
「名前一つで、そんなに変わるもんかね」
スラトが、しみじみとした様子でそう呟いた。かつて自分自身が名付けられた時のことを、思い出しているのかもしれなかった。
バドが前衛で盾役、シズが後方から弓で支援する。ゴウルを中心にした小隊の役割分担が、自然な形で整いつつあった。
試しに、簡単な模擬演習をさせてみることにした。バドが的の前に立ち、シズが少し離れた場所から狙いを定める。指示を出したわけでもないのに、二人は自然と適切な距離を測り、息の合った連携を見せた。
「初日から、この連携か」
「もとの、むれで、にたようなこと、してた」
ゴウルの補足に、俺は納得した。以前の群れでも、似たような役割分担があったのかもしれない。だとすれば、シズが加わったことで、経験という財産まで小隊に持ち込まれたことになる。
「これは、思ったより大きな戦力アップだな」
スラトが、羨ましそうにその様子を眺めていた。
「わたしも、こうげき、れんしゅうする」
「お前は十分やってるだろ、もう」
スラトの負けん気に、俺は思わず笑ってしまった。まとめ役でありながら、なお成長への意欲を失わない。そういうところも含めて、頼もしい一番弟子だった。
「まとめ役のスラト、偵察のアズ、攻撃のネル、機動のミト。前衛のバド、支援のシズ、そしてリーダーのゴウル」
声に出して数え上げると、思っていた以上に立派な布陣だった。前世の記憶にあった組織図の作り方が、こんなところでまた顔を出す。もっとも、当時それを誰かに見せて評価された記憶はないのだが。
「ぬし、それ、いつも、つぶやいてる」
「独り言くらい、大目に見てくれ」
スラトの指摘に、俺は苦笑した。誰かに見せる予定もない組織図を、こうして頭の中で練り続けるのが、いつの間にか習慣になっていたらしい。
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「これで、ゴブリン小隊も三体か」
スラト系統が四体、ゴブリン系統が三体。合わせて七体の所帯になった。誰にも見向きもされなかった迷宮に、確かな賑わいが生まれ始めている。
夕刻、迷宮内を一巡りしながら、俺はあらためて七体それぞれの様子を確かめて回った。スラトは相変わらずおしゃべりで、アズは静かに周囲を見張り、ネルとミトはそれぞれの持ち場で腕を磨いている。ゴウルは、シズとバドを従えるように、堂々とした佇まいを見せていた。加わったばかりのシズも、既にその輪の中に、ごく自然に馴染んでいるように見えた。
「並べてみると、本当にそれぞれ違うもんだな」
同じ迷宮で生まれ、同じように育てられているはずなのに、誰一人として似た性格にならない。それが不思議であり、同時にこの上なく面白いことでもあった。前世の記憶にあった「マネジメントとは、画一化ではなく多様性を活かすことだ」というような言葉が、こんな場面でふと蘇ってきた。
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【迷宮ステータス】
名称:(未設定)
ランク:F
迷宮ポイント:30
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「ぬし、つぎは、なにつくる?」
「そうだな……そろそろ、次の一手を考える頃合いか」
夜、迷宮の中央に七体が集う様子を、俺はしばらく眺めていた。スラト系統の四体と、ゴブリン小隊の三体。種族も特性もばらばらなのに、不思議と一つの群れとしてまとまっている。
「よくもまあ、ここまで集まったもんだ」
誰かに計画されたわけでもない、行き当たりばったりの積み重ねだった。それでも、振り返ってみれば、確かな道筋のようなものが見えてくる。
「ぬし、まんぞく?」
スラトの問いに、俺はしばらく考えてから答えた。
「満足はしてる。ただ、まだ足りないものもある気がしてな」
「たりないもの?」
「うまく言葉にできないけどな。何かが、これから始まる予感、みたいなもんだ」
根拠のない直感だったが、迷宮の奥から漂ってくる気配が、いつもより濃く漂う夜だった。ルクスがまだ生まれる前の、静かな前触れだったのかもしれない。
迷宮ポイントも、着実に三十を超えた。これまでとは違う、何か大きな変化の予兆が、迷宮の奥からかすかに漂ってきている気がした。
七体を寝床へ促してから、俺は一人、迷宮の最奥へと続く通路を見つめていた。まだ誰も足を踏み入れたことのない場所。そこに何があるのか、今はまだ、想像することしかできなかった。
振り返れば、たった数ポイントから始まった経営が、ここまで膨らんだ。誰も来なかった日々、初めての来訪者、そして仲間が一体、また一体と増えていった記憶が、順に頭をよぎる。地道な作業の連続だったはずなのに、こうして振り返ると、随分と遠くまで来たものだと実感する。
「明日は、また新しい一日か」
誰にともなく呟いて、俺は静かに目を閉じた。この迷宮の夜は、こうして今日も更けていく。




