第7話 小さな来訪者
その日、迷宮の入り口に、初めて外からの気配が近づいてきた。
冒険者だった。それも、まだ駆け出しらしい三人組。装備も統一感がなく、動きにもどこか余裕のなさが滲んでいる。
「ぬし、きた」
スラトが、緊張した面持ちで――そんな表情はないはずなのに、そう見えた――俺に体を寄せてきた。アズも、いつもより張り詰めた様子で、迷宮の入り口方向へと視線を向けている。
「みんな、そんなに硬くならなくていいぞ。相手は駆け出しだ」
言いながらも、俺自身の声にも、多少の硬さが混じっていたかもしれない。何しろ、この迷宮にとって初めての来訪者だ。緊張するなという方が無理な話だった。
「ついに来たか」
半分は喜び、半分は緊張だった。誰にも見向きもされなかった迷宮に、初めて訪問者が現れた瞬間だ。
これまで、頭の中だけで練ってきた集客の計画が、ようやく試される時が来た。とはいえ、看板を立てたわけでも、噂を仕込んだわけでもない。おそらくは、駆け出しゆえの度胸試しか、あるいは他に行く当てがなかっただけなのだろう。理由はどうあれ、来てくれたことに変わりはない。
「派手な出迎えは無理だが、印象には残しておきたいな」
贅沢を言える立場ではない。だが、来てくれた相手には、少なくとも「また来てみよう」と思わせるだけの何かを見せたかった。
俺は迷宮の感覚を通じて、通路の配置をあらためて確認した。狭く入り組んだ構造は、地味だが、少数の従魔で守るには都合が良い。前世の記憶にあった「限られた資源で最大の効果を出す」という発想が、こんな場面で活きてくるとは思わなかった。
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三人組は、入り口付近をおっかなびっくり進んできた。「最弱ランクらしいから、練習にはちょうどいい」というような会話が、迷宮の感覚を通じて漏れ聞こえてくる。
「舐められてるな、これ」
「ぬし、どうする?」
「別に、悪い評価じゃないさ。まずは、来てもらえただけでも御の字だ」
三人組の会話から、断片的に人となりが伝わってくる。剣を担いだ小柄な男が、どうやらこのパーティのまとめ役らしい。残る二人は、まだ新人然とした様子で、彼の指示に従いながらもどこか及び腰だった。
「先輩、本当にこの奥、大丈夫なんですか」
「最弱ランクだぞ。何かあっても、逃げる余裕くらいはある」
まとめ役の男が、努めて余裕のある口調でそう答えた。だが、その声にも、隠しきれない緊張が滲んでいた。誰だって、初めての場所は怖いものだ。それは、迷宮の側も同じだった。
「向こうも向こうで、必死なんだな」
「ぬし、てきなのに、どうじょうしてる」
「同情っていうか……まあ、他人事じゃない気がしてな」
スラトの指摘に、俺は苦笑するしかなかった。誰しも、最初の一歩は緊張するものだ。それは、迷宮主として一歩ずつ歩んできた自分自身にも、よく分かることだった。
俺はスラトたちに、あらかじめ決めていた配置につくよう伝えた。ネルが物陰に潜み、ミトが機動力を活かして周囲を探る。アズは擬態で気配を薄め、スラトが全体をまとめる。
三人組が奥へ進むと、通路の陰から複数の気配がゆっくりと迫った。
「思ったより広いな、この迷宮」
「最弱ランクだからって、油断すんなよ」
冒険者たちの会話が、断片的に耳に入ってくる。緊張しているのか、声にわずかな硬さがあった。無理もない。誰だって、初めて足を踏み入れる場所では身構えるものだ。
ゴウルとバドにも待機を指示していたが、今回は出番なしで済ませるつもりだった。相手はまだ駆け出しで、命に関わるような真似はしたくない。あくまで、追い返す程度で十分だった。
「本当に、殺さない程度で済ませられるのか?」
自問するように呟くと、スラトが力強く体を弾ませた。
「まかせて。てかげん、とくい」
「頼もしいこと言うようになったな、お前」
最初の頃は、加減という概念すら曖昧だったはずだ。それが今では、状況に応じて力の出し方を調整できるようになっている。地道な積み重ねの成果を、こんな場面で実感するとは思わなかった。
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結果から言えば、あっけないものだった。
ネルの酸性の粘液が足元に飛び、三人組の足を滑らせる。体勢を崩した隙に、ミトが素早く駆け抜けて装備の一部を軽く弾き飛ばす。本格的な打ち合いになる前に、三人組は「これは分が悪い」と判断し、そそくさと撤退していった。
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【戦績報告】
侵入者:駆け出し冒険者3名
被害:なし(スライム部隊、無傷)
対応:ネルの牽制、ミトの機動により撤退を誘導
獲得ポイント:+2
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「無傷で撃退、か」
剣を交えることもなく、ただ足を滑らせ、装備をわずかに乱しただけ。派手さはないが、こちらの被害はゼロだった。
撤退していく三人組の会話が、最後にもう一度、迷宮の感覚を通じて耳に届いた。
「くそ、なんだったんだ、今の」
「最弱ランクって話じゃなかったのかよ」
「先輩、次はもっと準備してから来ましょう……」
悔しそうな、それでいて次への意欲がにじむ口ぶりだった。悪くない反応だと、俺は思った。追い払うだけでなく、再挑戦したいと思わせる印象を残せたなら、それは十分すぎる成果だった。
三人組が撤退していく足音を聞きながら、俺はほっと胸を撫で下ろした。正直なところ、内心では最悪の展開もいくつか想定していた。従魔の誰かが深手を負う可能性も、ゼロではなかったはずだ。
迷宮主になってからというもの、こうした緊張の瞬間は、決して珍しいものではなくなっていた。それでも、慣れるということと、平気になるということは、別の話らしい。何度経験しても、結果が出るまでの間は、落ち着かない気持ちがつきまとった。
「まずは、無事に終わって何よりだ」
スラトが、労うように俺の足元に寄り添ってきた。ネルも、遠くから控えめにふるりと震えている。ミトだけは、まだ興奮が冷めやらぬ様子で、迷宮内をぐるぐると駆け回っていた。
「ミト、もう終わったぞ」
声をかけても、なかなか止まらない。よほど楽しかったのか、それとも単に発散しきれていないだけなのか、判断がつかなかった。
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「よくやったな、みんな」
スラトたちが、それぞれのやり方で得意げな様子を見せた。ネルは静かに、ミトは落ち着きなく迷宮内を跳ね回って、その喜びを表現している。
「あの三人、また来るかな」
「ぬし、きてほしい?」
「正直、来てくれた方がありがたい。実績にも、ポイントにもなるからな」
アズが、控えめに体を震わせながら、迷宮の各所を指し示すような仕草を見せた。次はもっと備えを固めよう、とでも言いたげな素振りだった。言葉はまだ話せなくても、伝えたいことは十分に伝わってくる。
「言いたいことは分かるよ。次に備えて、色々仕込んでおこうってことだろ」
アズは、肯定するように大きく体を弾ませた。誰に教えられたわけでもなく、自分たちで備えの発想を身につけ始めているらしい。
迷宮の外の噂がどう広まるかは分からないが、少なくとも「あの迷宮、思ったより手強い」という印象くらいは残せたはずだった。地道ではあるが、確実な一歩だった。
迷宮ポイントの残高を確認すると、わずかながら数字が伸びていた。
```
【迷宮ステータス】
名称:(未設定)
ランク:F
迷宮ポイント:26
```
「侵入されて、ポイントが増えるっていうのも、妙な話だよな」
「ぬし、とくした」
「得したというか……まあ、結果的にはそうなるのか」
冒険者にとっては命がけの挑戦でも、迷宮側からすれば貴重な資源になる。持ちつ持たれつ、とまでは言えないが、この奇妙な関係性にも、俺は少しずつ慣れ始めていた。
夜、迷宮の隅で今日の出来事を振り返りながら、俺は今後の展望を頭の中で整理した。今回は駆け出し三人組だったが、いずれはもっと格上の冒険者も訪れるようになるだろう。その時に備えて、布陣をさらに強化しておく必要がある。
「次に備えて、みんなにはもっと力をつけてもらわないとな」
「ぬし、きびしい」
「厳しくしてるつもりはないんだけどな。ただ、備えあれば憂いなし、ってやつだ」
スラトが、納得したのかしていないのか判断のつかない様子で、小さく体を揺らした。ゴウルとバドも、遠くから今日のやり取りを見守っていたらしく、何やら二人だけで真剣な相談をしている。
「お前らも、次に備えて何か考えてるのか」
「じぶんたちも、つよくなる」
ゴウルの短い一言に、俺は頼もしさを覚えた。誰かに命じられずとも、それぞれが自分なりの目標を持ち始めている。この迷宮の未来は、思っていたよりずっと明るいものになりそうだった。




