第6話 酸とスピード
査察から数日後、スラトの様子に、また変化の兆しが現れた。
体を大きく膨らませては、ぷるぷると小刻みに震える――アズが生まれた時と、よく似た予兆だった。
「また分裂か?」
「ぬし、みてて」
スラトは、どこか誇らしげにそう答えた。前回よりも落ち着いた様子から、本人なりに手応えを掴んでいるのが伝わってくる。
「アズのときは、びっくりした。でも、こんどは、へいき」
「成長したもんだな、お前も」
思えば、アズが生まれた時のスラトは、俺と同じくらい戸惑っていた。それが今では、自分の中で何が起きているのかを、ある程度理解しているらしい。分裂という現象そのものが、スラトにとって特別なものではなくなりつつあるようだった。
俺はその様子を眺めながら、密かに考えを巡らせていた。分裂のたびに、迷宮ポイントをどの程度消費するのか、まだ正確には把握しきれていない。前回よりも震え方が穏やかに見えるのは、単にスラト自身が慣れたからなのか、それとも消費するポイントの量が変わってきているからなのか。判断材料はまだ足りなかった。
「今回は、前より落ち着いてるように見えるな」
「ぬし、きにしすぎ」
軽くいなされて、俺は苦笑するしかなかった。とはいえ、こういう小さな違いを見逃さないことこそ、地道な観察の意味なのだろう。前世で培った職業病めいた癖が、こんな場面でも顔を出す。
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しばらくすると、スラトの体の一部が、ぽとりと二つに分かれて落ちた。今回は、一度に二体の分裂だった。
一体は、心なしか黄みがかった体色をしている。もう一体は、やけに素早く動き回り、じっとしていられない様子だった。
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【鑑定】
種族:スライム(分裂個体)
個体ランク:F
攻撃:6 防御:5 素早さ:4
特殊傾向:酸性分泌(発現途上)
種族:スライム(分裂個体)
個体ランク:F
攻撃:3 防御:3 素早さ:11
特殊傾向:機動(発現途上)
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「今度は、酸と、足の速さか」
迷宮の知識が、断片的に補足してくる。子スライムたちは、育つ環境や、迷宮主が注ぐ魔力の質によって、それぞれ異なる特性を発現していくものらしい。スラトが「まとめ役」、アズが「擬態」に育ったように、この二体もまた、独自の道を歩んでいくのだろう。
二体の姿を見比べながら、俺はふと、これまでの偏りに気づいた。これまで生まれた個体は、いずれも防御寄り、あるいは支援寄りの特性が中心だった。今回のような、攻撃力や機動力に振れた個体は初めてだ。迷宮の傾向が、少しずつ多様な方向へと広がり始めているのかもしれない。
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「名前、決めるか」
黄みがかった一体には「ネル」、素早く動き回る一体には「ミト」と名付けた。相変わらず深い理由はないが、口にした瞬間の据わりの良さだけは、毎回不思議と外れない。
アズが、新入り二体のそばに寄り添うように近づいていった。まとめ役気質のスラトに輪をかけて、面倒見の良さがあるらしい。まだ言葉こそ拙いが、身振りだけで、新入りたちを気にかけているのがよく伝わってきた。
「アズ、お前もすっかり先輩面だな」
アズは、照れるように体をわずかに揺らした。
「ネル、ミト。よろしくな」
ネルは、控えめにふるりと震えて応えた。ミトは、返事の代わりに、迷宮内をひと回りしてから戻ってくるという、なんとも忙しない挨拶を見せた。
「元気なのはいいことだけどな……疲れないのか、お前」
ミトは、応えるようにまたひと回りしてみせた。どうやら、じっとしているより動いている方が性に合うらしい。
一方のネルは、対照的に物静かだった。じっとその場に留まり、俺の一挙一動をじっくりと観察しているような素振りを見せる。慎重派、といったところだろうか。
「お前らは、見事に正反対だな」
ネルが、控えめにふるりと震えた。肯定なのか否定なのか判断がつかないが、悪くない反応だと勝手に解釈しておくことにした。
スラトとアズが並んで座る様子を、ネルはしばらく黙って見つめていた。真似をするでもなく、ただじっと観察している。そうかと思えば、ミトはもうその場を離れ、迷宮の隅々まで駆け回っては戻ってくることを繰り返していた。同じ日に生まれたはずの二体が、これほど違う気質を見せるのかと、俺は密かに感心していた。
「性格まで、こうも見事に分かれるもんなんだな」
誰にともなく呟くと、スラトが得意げに体を弾ませた。まるで、自分が育てた後輩の出来栄えを自慢するような態度だった。
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数日かけて、ネルとミトの特性は、目に見えて伸びていった。
ネルは、体の一部から酸性の粘液を分泌できるようになり、簡単な的を溶かすほどの威力を見せ始めた。ミトは、迷宮内のどこにいても、呼べば瞬時に駆けつけるほどの機動力を身につけつつあった。
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【鑑定】
種族:スライム(分裂個体)
個体ランク:F(↑)
攻撃:10 防御:6 素早さ:5
特殊傾向:酸性分泌(発現・安定)
種族:スライム(分裂個体)
個体ランク:F(↑)
攻撃:4 防御:4 素早さ:15
特殊傾向:機動(発現・安定)
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「これで、まとめ役、偵察、攻撃、機動――ひと通り揃ったな」
「ぬし、へんせいひょう、つくってる?」
スラトの指摘に、俺は思わず苦笑した。図星だった。頭の中で、なんとなくスライム部隊の役割分担を整理していたところだった。
「バレたか」
「ぬし、そういうの、すぐする」
「性分だって言ってるだろ」
実際のところ、頭の中で組み立てていたのは、単なる思いつきの域を出ないものだった。それでも、こうして役割ごとに整理してみると、ばらばらだった六体が、一つの群れとしての輪郭を持ち始めているように見えてくる。
「誰か一人が突出するより、それぞれが得意なことをやる方が、結局は強い。そういうもんだよな、たぶん」
スラトが、同意するように大きく体を弾ませた。前世の記憶の中にも、似たような話を誰かとしたことがある気がした。輪郭のはっきりしない記憶だが、この考え方だけは、なぜか妙にしっくりときた。
軽口を叩きながらも、頭の中では着々と構想が固まっていく。前世の記憶に残る「人員配置」という言葉が、こんな場所でこれほど役に立つとは、正直まったく想像していなかった。誰かの適性を見極め、無理なく力を発揮できる場所を用意する。それは、相手が人間だろうとスライムだろうと、変わらない営みなのかもしれない。
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「まとめ役がスラト、偵察がアズ、攻撃がネル、機動がミト。……こう並べると、ちょっとした組織図みたいだな」
「ぬし、そういうの、すき?」
「嫌いじゃない、というか、性分だな、これも」
前世の記憶にあった仕事の癖が、こんなところでも顔を出す。役割を整理し、それぞれの強みを活かす配置を考える。相手が人間ではなくスライムだという点を除けば、やっていることの本質は変わらない。
六体それぞれの得意分野が出揃ったことで、迷宮内の空気にも、どこか落ち着きのようなものが生まれ始めていた。誰かに指示されるでもなく、それぞれが自分の役割に沿って動く。まだ小さな群れではあるが、確かな秩序の兆しだった。
迷宮ポイントの残高も、着実に伸びていた。
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【迷宮ステータス】
名称:(未設定)
ランク:F
迷宮ポイント:24
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「このまま順調にいけば、次はゴブリン小隊の方に手を回せそうだな」
スラトたちの布陣が整いつつある今、次に目を向けるべきは、ゴウルとバドの成長だった。
夜、迷宮の隅に腰を下ろし、俺はこれまでの記録を頭の中で整理し直した。スラト、アズ、ネル、ミト。ゴウル、バド。まだたった六体の所帯だが、それぞれが確かな個性を持ち始めている。派手な成果は何一つないが、地道な積み重ねだけは、誰にも文句をつけられないはずだった。
「六人、か」
思わず「人」と数えてしまったことに、俺は苦笑した。もう随分と、彼らを仲間として見ている自分がいる。
「ぬし、なに、わらってる」
「いや、なんでもない」
スラトが、不思議そうに体を傾けた。誰にも見向きもされなかった迷宮に、少しずつだが、確かな形が出来上がりつつあった。
振り返れば、最初にスラトが生まれた日は、たった一体を見守ることで手一杯だった。それが今では、六体それぞれの性格や得意なことを把握し、役割まで考えている。地道な積み重ねというのは、こうして気づけば思わぬところまで来ているものらしい。
「明日は、ゴウルとバドの様子も、もう少し詳しく見てみるか」
誰にともなく呟くと、ネルが控えめにふるりと震え、ミトはそれに応えるように迷宮内を一周してから戻ってきた。言葉はなくとも、それぞれのやり方で応えてくれる。それだけで、今日という一日を締めくくるには十分だった。




