↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰も欲しがらない最弱迷宮に転生しましたが、戦わず育てていたら気づけば行列のできるダンジョンになっていました  作者: 久留トガ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/8

第2話 最初の分裂


 水たまりのそばで震えていた魔力の塊は、一晩かけてゆっくりと形を整えていった。


 朝――と呼んでいいのか分からないが、迷宮内の時間感覚で一区切りついた頃、そこには小さなスライムが座っていた。透き通った青緑色の体表が、迷宮の淡い光をぬめりと反射している。


「お、生まれたか」


 思わず声が弾んだ。醜くもなければ恐ろしくもない、素朴で愛嬌のある姿だった。スライムは、しばらくその場でふるふると震えていたが、やがてぴょこんと一度跳ねてみせた。


```

【鑑定】

種族:スライム

個体ランク:F

攻撃:3 防御:4 素早さ:2

```


「よろしくな。お前が、この迷宮の一人目だ」


 誰に聞かせるでもない言葉に、スライムはふるん、と震えて応えた。言葉は通じていないはずなのに、なぜか通じ合っている気がする。都合のいい思い込みかもしれないが、それならそれで悪くない。


 最初の一体をどう扱うかは、これから先の方針を占う意味でも重要だった。丁寧に、根気強く。それが、俺なりの答えだった。


 俺はしゃがみ込み、スライムの様子をしばらく観察した。表面は思っていたよりずっと弾力があり、押すとゆっくりと形を戻す。体温らしきものはないが、触れるとほのかに魔力の温もりを感じる、不思議な質感だった。


 迷宮の感覚を通じて、スライムの状態がぼんやりと伝わってくる。栄養――というより魔力が不足気味らしい。何か与えられるものはないかと考えて、俺は迷宮の壁に滲む魔力の残滓に目をつけた。


「まずは飯からだな」


 壁を撫でるようにして魔力を集め、スライムの前に差し出す。スライムは戸惑うように少し身を引いたが、やがておそるおそる触れ、するりと吸収していった。ぷるん、と一際大きく震える。気のせいでなければ、心なしか嬉しそうに見えた。


---


 名前くらいはつけてやろう、と思い立った。深く考えたわけではない。とっさに浮かんだ響きが、そのまま口をついて出た。


「スラト、でどうだ」


 我ながら、大した由来もないただの響きだった。だが、こういうのは案外、勢いが大事だ。深く悩んで決めたところで、結局しっくりくるかどうかは別の話だろう。


 スラトは、応えるように体を弾ませた。気に入ったのか、単に反射なのかは分からないが、悪くない反応だった。


 それから数日――いや、迷宮内の感覚では数刻だったのかもしれない――俺はスラトの世話を焼くことに専念した。餌になりそうな魔力の残滓を集めては与え、様子を観察し、記録をつける。前世の記憶にあった「進捗管理」の発想が、思わぬところで役に立っていた。


 最初のうちは、どれくらいの間隔で魔力を与えればいいのかも分からず、手探りだった。与えすぎればスラトの動きが妙に鈍くなり、間隔を空けすぎれば、体表の色がわずかに濁って見える。何度か試すうちに、ちょうどいい頻度が感覚として掴めてきた。


 こうした地道な観察を、俺は簡単な記録として頭の中に整理していった。前世の記憶に残る「PDCA」という言葉が、こんな場所で役立つとは思ってもみなかった。計画を立て、試し、確認し、次に活かす。相手が人間の部下ではなくスライムだという点を除けば、やっていることは驚くほど似通っていた。


```

【鑑定】

種族:スライム

個体ランク:F(↑)

攻撃:5 防御:7 素早さ:3

```


「伸びてるな」


 数値が上がるたびに、スラトの体表の色も心なしか濃くなっていく気がした。地味な作業の繰り返しだったが、数字が伸びていく様を見るのは、素直に楽しかった。前世でどんな仕事をしていたのかは思い出せないが、こういう手応えに飢えていたのかもしれない。


---


 ある日、スラトの様子が急に変わった。


 いつもより大きく体を膨らませたかと思うと、ぷるぷると小刻みに震え始めたのだ。心配になって近づこうとした瞬間、スラトの体の一部が、ぽとりと分離した。


「うわ、大丈夫か、それ!?」


 慌てて駆け寄る。だが、分離した塊は、苦しむ様子もなく、むしろ嬉しそうに――そんな表情はないはずなのに、そう見えた――小さく震えていた。スラト本体も、心配していたこちらが拍子抜けするほど平然としている。


 どうやら、これは事故でもトラブルでもないらしい。迷宮の知識が、少し遅れて頭の中に流れ込んできた。スライム系統の個体が一定のランクに達すると、自らの意思で――あるいは半ば本能的に――体の一部を分け与え、新たな個体を生み出すことがあるという。人間で言えば、独り立ちする我が子を送り出すようなものなのかもしれない。


「そうか、悪いことじゃないんだな」


 胸を撫で下ろしつつ、俺はあらためて分離した塊を観察した。まだ形も定まらず、ふにゃふにゃと不安定に揺れている。それでも、確かに一つの命として、そこに存在していた。


 スラト本体を見ると、心なしか体表の色が薄くなっているように見えた。分裂には、それなりの魔力を消費するものらしい。


「大丈夫か、スラト。無理してないか」


 スラトは、大丈夫だとでも言うように、力強く体を弾ませた。それでも念のため、俺は魔力を追加で分け与えることにした。


 しばらくすると、その塊は独立した一体のスライムへと姿を変えた。スラトより一回り小さく、体色もほんの少し違う、淡い水色をしている。


```

【鑑定】

種族:スライム(分裂個体)

個体ランク:F

攻撃:3 防御:4 素早さ:2

特殊傾向:擬態(発現途上)

```


「分裂……そういう繁殖の仕方もあるのか、面白いな」


 迷宮の知識が、ぼんやりと頭に流れ込んでくる。スライム系統は、一定以上の個体ランクに達すると、自身の一部を分けて子スライムを生み出すことがあるという。魔力や餌の状況によって、子スライムはそれぞれ異なる特性を発現していくらしい。


---


 新しく生まれた子スライムに、俺はまた適当な名前をつけた。


「お前は……アズ、でいいか」


 アズは、周囲の水たまりの色に合わせるように、体表をわずかに変化させてみせた。まだ拙いが、擬態の兆しは確かにあった。スラトが、そんなアズを見守るように寄り添う。まるで面倒見の良い姉のような佇まいだった。


 二体が並ぶ様子を見ていると、既に何らかの絆が芽生えているように見えた。血の繋がりというものが、この世界の魔物にもあるのだとすれば、それはきっとこういう形なのだろう。


「まとめ役、って感じだな、お前は」


 スラトは、応えるようにゆっくりと体を上下させた。二体を並べて眺めていると、不思議な満足感が込み上げてくる。前世の記憶にあった「チームが一人増えた日」の高揚感に、どこか似ていた。


 アズは最初のうちこそぎこちなく動いていたが、時間が経つにつれ、少しずつ周囲の環境に馴染んでいった。水たまりのそばに寄ると、体表がわずかに透けて水面と同化するような素振りを見せる。まだ拙いが、確かな兆しだった。


「その調子で、隠れるのが得意になっていくのか」


 鑑定を重ねるたびに、アズの「擬態」の項目にわずかな変化が現れた。派手さはないが、着実な伸びだった。俺はその変化を、簡単な記録として頭の中に書き留めていった。


 迷宮ポイントの残高も、わずかながら増えていた。


```

【迷宮ステータス】

名称:(未設定)

ランク:F

迷宮ポイント:9

```


 冒険者は相変わらず誰も来ないが、迷宮内でスラトたちが動き回るだけでも、ほんの少しずつポイントが積み上がっているらしい。生きているだけで資源になる、というのもなかなか奇妙な仕組みだった。


「これなら、いずれ二体目、三体目も狙えるか」


 欲を出しかけて、俺は苦笑した。焦る必要はない。まずは目の前の二体に、きちんと向き合うことが先決だ。


 夜――と呼べるほどの区切りがあるのかも怪しいが――俺は迷宮の隅に腰を下ろし、スラトとアズの様子を眺めた。二体は寄り添うように並び、時折ふるふると震え合っている。会話をしているようには見えないが、何かしらのやり取りがあるのかもしれない。


「お前ら、仲良いんだな」


 声をかけると、スラトがぴょこんと跳ねた。アズも、遅れて控えめに体を弾ませる。その様子を見ていると、自然と頬が緩んだ。


「派手さはないが、着実ではあるな、うん」


 二体のスライムが、迷宮の隅でぷるぷると寄り添う様子を眺めながら、俺は小さく息をついた。前途はまだ、途方もなく長い。誰も見向きもしない最弱ランクの迷宮が、いつか誰かの目に留まる日が来るのかどうかも、今はまだ分からない。それでも、確かに何かが始まっていた。


 明日は、また新しい発見があるだろうか。そんなことを考えながら、俺は静かに目を閉じた。焦らず、一歩ずつ。それが、今の俺にできる、唯一のやり方だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。