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誰も欲しがらない最弱迷宮に転生しましたが、戦わず育てていたら気づけば行列のできるダンジョンになっていました  作者: 久留トガ


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第10話 ルクス誕生


 あの異変から数日、迷宮の最奥に、これまでとは異質な気配が生まれ始めていた。


「ぬし、あそこ、なにか、いる」


 スラトが、迷宮の奥を指し示すように体を向けた。俺自身も、その気配には気づいていた。だが、正体を確かめようとしても、以前と同じように、輪郭がぼやけてしまう。


「行ってみるか」


 七体を引き連れて、俺は迷宮の最奥へと向かった。これまで誰も足を踏み入れたことのない、迷宮核そのものに最も近い場所だった。正直なところ、これまでの快進撃で少し気が緩んでいた部分もあったのかもしれない。この一歩が、これほど大きな出来事に繋がるとは、この時の俺はまだ知らなかった。


 通路を進むにつれ、空気が変わっていくのが分かった。ひんやりとした洞窟特有の湿り気は変わらないが、その奥に、静かで濃密な魔力の気配が滲んでいる。ゴウルとバドが、無意識のうちに歩調を緩めた。緊張しているのは、俺だけではないらしい。


「みんな、無理して先には出なくていいからな」


 声をかけると、七体それぞれが、小さく頷くような仕草を返した。


---


 最奥の広間に足を踏み入れると、中央に淡い光の塊が浮かんでいた。


 それは、ゆっくりと形を持ち始めていた。四肢が伸び、輪郭が整い、やがて――狼のような姿が、光の結晶となって現れる。


「な……」


 言葉を失った。スラトたちも、息を呑むようにその光景を見守っている。


 狼の輪郭は、まだ完全に定まってはいなかった。光の粒子が、絶えず表面を巡り、時折輪郭からこぼれ落ちては、また吸い寄せられるように戻っていく。生まれたばかりの、不安定で、それでいて確かな存在感を放つ姿だった。


 誰も、口を開こうとしなかった。それほどまでに、目の前の光景は、これまで見てきたどの誕生の瞬間とも異なっていた。スラトが生まれた時の、あの慎ましい水たまりのほとりの光景とは、まるで格が違う。


 結晶の狼は、しばらくその場に佇んでいたが、やがてゆっくりと、俺の方へ歩み寄ってきた。


---


```

【鑑定】

種族:核獣(未分類)

個体ランク:測定不能

攻撃:測定不能 防御:測定不能 素早さ:測定不能

特殊傾向:迷宮核との直接連結

```


「測定不能って、どういうことだ」


 鑑定の魔道具どころか、迷宮の感覚をもってしても、正確な数値が掴めない。それだけ、規格外の存在だということだけは、はっきりと伝わってきた。


「ぬし、これ、つよい?」


 スラトが、おそるおそるといった様子で尋ねてきた。


「強いんだろうな、多分。数値が測れないっていうのは、それだけ規格外だってことだろうし」


 もっとも、強さの度合いよりも、俺の関心は別のところにあった。この存在が、なぜ、どうやって生まれたのか。その一点が、どうしても気にかかった。


 結晶の狼は、俺の目の前で、静かに頭を垂れた。まるで、挨拶をするような仕草だった。


「お前は……この迷宮の核から、直接生まれたのか」


 問いかけに、狼は答えなかった。だが、深く頷くような仕草を返してきた。言葉はなくとも、確かに通じ合っている感覚があった。


 不思議なことに、ルクスの存在は、これまでのどの従魔とも違う繋がり方をしていた。スラトたちが「近くにいる仲間」だとすれば、ルクスは、もっと根深いところ――迷宮そのものである俺自身と、直接結びついているような感覚だ。


 核由来という響きが、頭の中で何度も反響していた。この存在は、他の従魔たちとは、成り立ちからして根本的に違う。それがどういう意味を持つのか、今の俺にはまだ、完全には理解できていなかった。


「お前、俺の一部、みたいなもんなのか」


 ルクスは、答える代わりに、鼻先をそっと俺の手に押し当ててきた。冷たいはずの結晶の表面が、なぜかほんのりと温もりを帯びていた。


 スラトたちが、遠巻きにその様子を見守っている。誰も声を発しない、珍しく静かな時間だった。やがて、アズが恐る恐る前に進み出て、ルクスの様子を窺うように近づいていった。


 ルクスは、アズの接近を拒むことなく、じっとその場に留まっている。しばらくの見つめ合いの後、アズが小さく体を弾ませた。どうやら、最初の対面は、悪くない滑り出しだったらしい。


「お前ら、案外あっさり打ち解けるんだな」


 スラトが、少し悔しそうに割り込んできた。まとめ役としての立場が、新入りに脅かされると思ったのかもしれない。


---


「名前、いるよな、お前にも」


 しばらく考えて、俺は口を開いた。


「ルクス、でどうだ」


 光を意味する、どこかで聞いたような響き。前世の記憶の断片から拾い上げた言葉なのか、それとも単なる思いつきなのか、俺自身にもよく分からなかった。それでも、口にした瞬間の据わりの良さだけは、これまでの命名と同じく、不思議と外れなかった。


 狼は、その名を受け入れるように、静かに目を細めた。


 スラトが、恐る恐るといった様子で、ルクスに近づいていく。ルクスは、敵意を持たないことを示すように、体を低くして応えた。


「仲良くしてやってくれ、みんな」


 俺の言葉に、七体それぞれが、控えめにルクスとの距離を縮めていった。まだぎこちないが、確かな交流の始まりだった。


---


 ルクスが生まれたことで、迷宮ステータスにも変化があった。


```

【迷宮ステータス】

名称:(未設定)

ランク:F(↑近く昇格の兆し)

迷宮ポイント:33

```


 迷宮ステータスの表示を見つめながら、俺はしばらくの間、この数日間の出来事を頭の中で整理していた。突然の脈動、正体の掴めない光、そして目の前に現れた規格外の存在。一つ一つは戸惑うことばかりだったが、こうして結果だけを見れば、確かな前進だったと言えるのかもしれない。


「これが、あの異変の正体だったのか」


 数日前の発光現象は、ルクスが生まれるための予兆だったらしい。迷宮核そのものが一定の充実を迎えた時、極めて稀に、核由来の特別な存在が生まれることがある――そんな知識が、頭の中にぼんやりと浮かんできた。


 だが、それだけでは説明のつかないことも残っていた。なぜ、あの発光の瞬間、俺自身の中に、既視感めいたものが疼いたのか。ルクスの誕生と、俺の転生――その二つが、まるで根っこの部分で繋がっているような、そんな漠然とした予感が拭えなかった。


「考えても、今は答えは出ないか」


 俺はそう割り切って、目の前のルクスに意識を戻した。答えの出ない謎より、今できることの方が、よほど大切だった。


「派手なことは、俺の柄じゃないと思ってたんだけどな」


 スラトが、興味津々な様子でルクスの周りを跳ね回っていた。最初は互いに距離を測っていた七体も、時間が経つにつれ、少しずつルクスとの間合いを縮めていく。ゴウルなどは、早くもルクスの隣に並び立ち、まるで護衛のような立ち位置を取り始めていた。


「お前、順応早いな。生まれたばかりだって信じられないくらいだ」


「ぬしの、まねしてる」


 どうやら、この迷宮の従魔たちには、俺の言動を真似る癖が根付きつつあるらしい。良いことなのか、少し複雑なことなのか、判断に困る話だった。


 誰にも見向きもされなかった迷宮に、また一つ、大きな変化が訪れていた。ルクスは、俺の隣に静かに寄り添い、迷宮の奥からまだ微かに漂う光を、じっと見つめていた。


 その夜、俺は七体とルクス、合わせて八つの気配に囲まれながら、静かな満足感に浸っていた。数刻前まで一体だった気配が、こんなにも心強い夜をもたらすとは、思ってもみなかった。誰にも見向きもされなかった場所から、ここまで辿り着いた。まだ道の途中には違いないが、確かな手応えだけは、日に日に大きくなっている。


「明日からも、よろしくな。お前も含めて、全員」


 誰にともなく告げた一言に、八体それぞれが、思い思いのやり方で応えてくれた。


 スラトが、いつものように俺の足元にぴたりと寄り添う。アズは少し離れた場所で、静かに周囲を見張る姿勢を崩さない。ネルとミトは、互いに寄り添うようにして休んでいる。ゴウルとバド、シズは、小隊としての距離感を保ちながら、それぞれの持ち場に近い場所で体を休めていた。


 そして、ルクス。まだ生まれたばかりだというのに、まるで最初からこの群れの一員だったかのような、自然な佇まいでそこにいる。


「不思議なもんだな。お前がいるだけで、群れ全体の空気が少し変わった気がする」


 うまく言葉にできないが、ルクスの存在そのものが、この迷宮に、ある種の落ち着きと安心感をもたらしているように思えた。理屈ではなく、肌でそう伝わってくる変化だった。


 ルクスは、答える代わりに、静かに尾を一振りした。


 誰にも見向きもされなかった迷宮の夜が、静かに更けていった。


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