第5話 2020年7月4日 ツアー準備
仕事が増え、忙しくなる五人。
しかし、美雨は疲れと共に、自分と周囲のスタンスのずれを感じ始めていた。
『DIAMOND-DUST』のデビューコンサートは、大成功だった。
「大きく出てるわよ~。『女子正統派アイドルバンド、始動』ですって」
週刊誌やスポーツ新聞を読み漁っていた麻衣さんが、事務所に顔を出した僕たちに、機嫌よく笑いかけてきた。
「どれどれ……おっ! これ、私ですよ。私が写っているですよ」
「あ~ん、やっぱり小さくしか映ってなぁい! ドラムって損な役回りなのだぁ!」
エリカさんと有紀さんが騒ぐ中、僕は『月刊ムジカ』という、業界でも屈指の老舗が出している雑誌の寸評を読んでみた。
この寸評は割と辛口で、僕自身もここでは最初のうちはボロクソに書かれていたが、その分、ためになることも多かったからだ。
……『FAIRWAY』に所属する正統派バンド『DIAMOND-DUST』が、4月1日にデビューし、コンサートではファン約3千人を熱狂させた。
メンバーは全員『聖ハシリウス学園』の軽音サークル出身。
同校の軽音サークル出身で新進気鋭のギター奏者として活躍している高野律が作曲担当兼ギターとして参加。
キーボードでメインヴォーカルの東雲美雨が作詩を担当している。
その他のメンバーは、リーダーでヴォーカルやコーラスを担当するベースの八木沢理央、エレキギターとヴォーカル・コーラスを担当する玉森嘉穂、ドラムス担当の児島有紀、シンセサイザー担当の芦原エリカ。
……『DIAMOND-DUST』は、もとは東雲美雨を除く四人で活動しており、全国高校生軽音コンクールに3年連続で出場し3年連続で2位になるほどの実力派。今回、天才的なヴォーカルである東雲美雨を加えたことで、抒情性が増して、単なるお嬢様のお遊びというレベルをはるかに超えた、今後の活躍が楽しみなグループとなっている。
……メンバーも個性的。キーボードを担当する東雲美雨はツンデレ清楚系、
ベース担当のリーダー・八木沢理央は強気美人系、
エレキギター担当の玉森嘉穂は妹可愛い系、
ドラムス担当の児島有紀は天然元気系、
シンセサイザー担当の芦原エリカは不思議ロリータ系。
さあ、あなたはどの子を選ぶ?
「最後の記事はオタク向けだな……。まあ、こんな書かれ方ならまだいいか」
僕は『月刊ムジカ』を閉じると、そうつぶやいてみんなを見てみた。五人ともまだ昨日の興奮が冷めやらぬようで、しきりと自分たちの記事を読み漁っている。
「さあさあ、いつまでも記事を読んでいても仕方ないわよ。昨日からあなたたちは、もういっぱしのプロのミュージシャンなのよ。仕事仕事」
麻衣さんが嬉しそうに言う。何といっても、昨日のコンサートの状況が効いている。さらに、ゲームとのコラボの件もあり、さっそくお台場での『日本ゲームソフト発表会』への参加がオファーされていて、『DIAMOND-DUST』の滑り出しは上々というべきだった。
「今日はどこで歌えばいいんですか?」
美雨が聞くと、麻衣さんは
「今日は歌というよりトークね。『日本ゲームソフト発表会』に参加する『トライエニックス』さんのブースでトークがあるの。
時間は13時からだから、12時にはスタンバっている必要があるわね。ニコ生でも放映されるそうだから、気を引き締めて行ってちょうだい。
それから、今日は律くんは別行動よ。律くんは13時からアキバでストリートコンサートだったわね。あっちのプロデューサーには連絡を取っているから、すぐに向かってちょうだい。プロデューサーは神戸さんよ、知ってるわよね?」
そう僕たちをせかす。僕はうなずいて言った。
「神戸さんって、東京コミュニティラジオの神戸さんですよね? 分かりました。
美雨、それからみんな、今日も頑張っておいで。
大丈夫だ、君たちならきっとできる」
僕はそう言いながら、全員の頭をなでる。心配そうにしていた美雨も、それで落ち着いたのだろう、笑って言った。
「アリガト、お兄ちゃん。私たちも頑張るから、お兄ちゃんもしっかりね」
「先輩、頑張ってくださいね」
僕は、美雨たちの励ましの言葉を背に受けながら、ギターケースを抱えてアキバに向かった。
『DIAMOND-DUST』の面々は、麻衣に連れられて、お台場に作られたゲーム会社のブースにやって来た。
理央たちは何度かこのようなところに足を運んだことはあるが、美雨は『ゲームソフト発表会』そのものが初めてだったので、何もかもが珍しく、あちこちをきょろきょろと眺めていた。
「美雨ちゃんは、こういう場所は初めてみたいね?」
麻衣が言うと、美雨は少し顔を赤らめて
「えっと……私、本当に何も知らなくて……話だけは聞いたことはあったんですけれど、すごいです」
そう言って笑う。
「なになに、美雨さんはゲームソフト発表会初めてですか? じゃあ、仕事が終わったら、私が案内してあげるですよ。
ここには『トライエニックス』さんだけでなく、日本中のゲーム会社が集まっているから、見て回るだけでも楽しいですよ」
いつもはボーっとしているエリカが、なぜか生き生きとして美雨に話しかけてくる。
「エリカは本当にゲーム好きだからねぇ」
理央がそう言って笑う。そこに、今回このブースを仕切っている『トライエニックス』の責任者が来て言った。
「あっ、おはようございます。『DIAMOND-DUST』の皆さんですね?
初めまして、今日はお世話になります。こちらで着替えをお願いします」
「さっ、みんな、仕事よ」
麻衣がそういうと、全員が案内されたテントの中に入った。
僕は、アキバのストリートコンサートで5曲ほど弾いて、その場を後にした。今日の出演者は僕だけでなく、ヴァイオリニストやピアニストもいたので、一人の持ち時間はだいたい30分程度だったのだ。
「高野さん、お疲れさまでした」
「あっ、神戸さん、お疲れさまでした」
僕は、今回の主催者である東京コミュニティラジオの神戸ディレクターへのあいさつもそこそこに、ギターをしまい込むとお台場行きのバスに飛び乗った。
美雨たちの仕事は13時に始まった。ニコ生の放送もあるという話だったから、だいたい1時間のトークといったところだろう。
上手くいけば生放送に間に合うかもしれないと思ったのだ。少なくとも、終わった後にみんなをねぎらうことはできる。
乗客の邪魔にならないよう、僕はスマホにイヤホンをつけ、ニコ生をつけてみた。
ちょうど、『DIAMOND-DUST』のメンバーがしゃべっているところだった。
「今回、『トライエニックス』さんから『マジカルファンタジーX』の主題歌をという話が来て、本当にうれしかったですよ。私、結構ゲームが好きで、『トラエニ』さんのゲームもプレイするですけど、作り込みがしっかりしているから好きですよ」
エリカさんが熱く語っている。なんかいつものエリカさんと違って、瞳が輝いて、生き生きしているなぁと思った。きっと、この子はゲーマーなんだろう。
「リーダーの八木沢さんは、ゲームとかはされるんですか?」
司会の女の子が理央さんに話を振る。理央さんは結構、しゃべることには慣れているから、そつない答えをするだろうと思っていたが、やはりそうだった。
「私は、あまりゲームをしないんですよ。今回、お話をいただいて、『マジカルファンタジーX』はなんか面白そうなので、手に入れてプレイしてみようかなと思っています」
「この作品は、MMORPGなので、プレイヤーの皆さん、もしかしたら八木沢さんのキャラとチャットできるかもしれないですね? では、東雲さんはどうですか?」
おおっ、美雨に話が振られた。僕が知っている限り、美雨はあまりゲームなどというものにお金を遣う質ではない。
というより、美雨はお金の遣い方を知らない。どう答えるかとハラハラして聞いていると、美雨は可愛らしく笑って言った。
「私も、八木沢さんと同じです。あまりゲームっていうもの、したことがなくって……。
でも、せっかくお仕事でご縁ができたんですから、時間を見てゲームもやってみたいなと思っています」
「じゃ、八木沢さんと東雲さんが『マジカルファンタジー』を始められたら、ぜひ、私のキャラともフレンドになってくださいませんか?」
司会の女の子は、おそらく『トライエニックス』の開発担当か運営さんなんだろう。そんなことを言って笑っている。
しかし、美雨は当惑した顔一つせずに、理央さんとうなずいた。
「これは、僕が心配するほどのことはなさそうだな」
僕は一人、バスの中でそうつぶやいた。
僕がお台場に着いたときには、残念ながらトークイベントは終わっていた。僕の姿を見つけた麻衣さんが、手を振って僕に呼び掛ける。
「律くん、こっちよ」
僕はギターケースを抱えたまま、麻衣さんのそばに駆け寄って聞いた。
「どうでした?」
「ばっちりよ。これで、あの子たちは歌だけではなくておしゃべりもできるってことが証明されたわ。仕事の幅が広がるから、忙しくなるかもしれないわね」
「美雨たちはどうしていますか?」
「美雨ちゃんなら、さっき着替えて、エリカさんや理央さんと一緒にブースを回っていると思うわ。エリカさんが仕事前に美雨ちゃんを誘っていたみたいだから」
「そうですか……」
はっきり言って、僕は少しほっとしていた。美雨もいつまでもお兄ちゃんっ子でいてはいけない。せっかく『DIAMOND-DUST』の仲間ができたのだから、仲間とワイワイ騒いでもいい……そう思っていたのだ。
「なあに? お兄ちゃんとしては、少し寂しい?」
麻衣さんが意地悪く聞いてくるが、僕は笑って答えた。
「まあ、そうですね。でも、美雨が仲間と楽しんでいるのなら、そちらの方が僕としては気が楽ですよ。
美雨の人生にはもっともっと楽しいことがあってほしいから……」
僕の言葉を聞いて、麻衣さんは片目をつぶって笑って言ってくれた。
「さすがはお兄ちゃんね。じゃあ、今日は私が彼女たちを連れ回すから、律くんは久しぶりに家でゆっくりしていたら? 明日は仕事は入っていなかったでしょ?
『DIAMOND-DUST』の助っ人出演は、今度は来週よ」
★ ★ ★ ★ ★
『DIAMOND-DUST』は、忙しかった。
4月1日のデビュー以来、6月の終わりまで、彼女たちはライブを20回、ミニコンサートを25回、トークイベント30回、そしてテレビ・ラジオへの出演は実に55回に上り、席の温まる暇もないほどだった。
美雨にしても、しっかり休めたのは一・二日くらいしかなかったほどで、たいてい朝早くには家を出て、夜遅く帰って来たり、徹夜のラジオ番組に出演したり、本当に忙しそうだった。
僕は、特に彼女たちがステージに立つとき、助っ人として編成の中に入るだけだ。
その他には彼女たちの作曲家としての責任上、レコーディングやミキシングには立ち会う。
けれど、小さなライブやテレビ出演、そしてトークイベントなどの場合は、僕はだいたい別行動をとっている。
現に、僕が『DIAMOND-DUST』のみんなと行動を共にしたのはミニコンサートくらいで、そのほかの時はたいてい別の……僕自身のライブや演奏会に出演していたのだ。
しかし、さすがに7月になると、少し時間が取れるようになってきていた。そんな時、麻衣さんから重大発表があった。
「全国ツアー?」
ある日、一日の仕事が終わった後、麻衣さんが僕たちを集めて、『全国10都市でのライブツアー』の計画を発表したのだ。
「そ、函館、仙台、会津若松、浜松、名古屋、京都、大阪、姫路、萩、熊本の10都市でライブをするの。会場は押さえたわ。函館、仙台、大阪と熊本は2日間で2回、他は1日で1回。合計14回で4万人を動員予定よ」
「なんか、面白い都市の選定ですね。会津若松とか……」
僕が言うと、麻衣さんはいたずらっぽい目で言った。
「今度は、『城姫マスターズ』ってゲームとのタイアップで、『お城コンサート』って銘打ってやるの。各お城に、『丸山スワンゴ』社がお城姫のコスプレイヤーを派遣してくれるのよ」
「またゲームとの絡みですか……面白そうですよ」
目をキラキラさせるエリカさんをしり目に、麻衣さんは僕に絡んできた。
「なんでも、ゲームの中でCVをやっている声優さんがコスプレして、MCもしてくれるそうよ。どう、律くん、萌えるでしょ?」
「えっ? お兄ちゃんって、声優萌えなの?」
美雨がびっくりして言うのに、僕はかぶりを振って断固否定した。
「何を馬鹿な! 麻衣さん、冗談にもほどがあります」
「あら残念。川崎綾さんや籠目亜衣ちゃんもMCで出て来てくれるそうよ?」
麻衣さんがいたずらっぽい笑いをする。僕はあえて無視して、話をエリカさんに振ってみた。
「エリカさん、川崎綾とか籠目亜衣とか、そんなに有名?」
「有名ですよ。先輩、知らないですか?
川崎綾さんは今私がハマっている『バトルガール・ストライカー』っていうゲームでメインの女の子の中の人をやってるですよ。『城姫マスターズ』では確か五稜郭の中の人ですし、籠目亜衣さんは会津若松城役で有名ですよ」
さすが『DIAMOND-DUST』一のゲーマーだけあって、エリカさんの情報はすごかった。ま、はっきり言って僕には何が何やらだったけど。
「まあ、麻衣さんとしてはまたお得意のコラボ戦略なんでしょうけど、このままじゃ『DIAMOND-DUST』はゲームやアニソンのグループになっちゃいませんか?」
僕が聞くと、理央さんや嘉穂さんはあまり気にした風もなく言った。
「先輩、あたしたちは、歌えることが楽しいんです。ゲームやアニメだって、たくさんの人たちに夢を与えています。そのお手伝いができるのなら、あたしたちはアニソングループって言われても、別に構いません」
「うんうん、嘉穂もそう思うよ。嘉穂たちには高野先輩と美雨ちんがいるから、アニソンじゃない曲だってたくさん歌えるよ?」
僕は、彼女たちの言葉を聞いて、本当に楽しそうに歌う彼女たちの姿を思い出した。
「そうだね。まずは僕たちが楽しまなけりゃ、お客さんたちも楽しくないよね。美雨はどう思っているのかな?」
「私は、『シリウスの歳差』は単にゲームの主題歌としてでなく、一つの曲として皆さんから受け入れられていると思っているよ。
私の世界観がゲームやアニメに合ったのなら、そこで使われることに対して抵抗はないし、何よりお兄ちゃんのメロディーがみんなから受け入れられるのを見ることが好きなの」
麻衣さんはそれを聞いて、僕にニコリとして言った。
「あなたの後輩たちも、あなたの妹も、歌に対して何の屈託もないようね? あたしはいいことだと思うわ」
「……そうでしょうね。ところで、ツアーはいつから開始なんですか?」
僕が聞くと、麻衣さんは笑顔のまま続けて言った。
「9月から3週間の予定よ。それまではファーストアルバムの製作が入るわ。それにツアー用に何曲か新曲が必要なのよ。律くんと美雨ちゃんには、レコーディングの合間に頑張ってもらうことになりそうね」
「はい、そこは任せてくださいよ」
「私も、もう少し精神を研ぎ澄ましておきます」
美雨がそう答える。僕たちの制作スタイルは、美雨が書いた詩に僕が曲をつけるという方式で、曲ができたら美雨と麻衣さんに聞いてもらって、必要な修正を行うというものだった。だから、美雨の詩ができないと話にならないのだ。
「今回のテーマは、何にしましょうか?」
美雨が聞いてくる。まあ、美雨にしても、漠然と詩を書くよりは、ツアーやリリースに合ったテーマを設定した方が、詩が書きやすいには違いない。
「まあ、お城がテーマになっているんだから、歴史ってテーマでもいいかもね」
僕が言うと、麻衣さんがすぐに反応してくる。
「そうね。でも、一言で歴史って言っても、何の歴史かで目のつけどころが違ってくるわ。律くんはどう思うの?」
「コラボがお城のゲームですから、そこそこのお城の歴史を調べたりするとか、どうですか?」
僕が言うと、麻衣さんは首を振って言う。
「それじゃ、曲に汎用性がなくなっちゃうじゃない。
その時、その場所でしか通用しない曲なんて、まだデビューしたての『DIAMOND-DUST』には勿体ないわ」
「それじゃあ、『時の流れ』をテーマにしてはどうでしょうか? 私たちがデビューするまでの時の流れの中で、それぞれのメンバーが一番心に残っている瞬間を歌にしたらって思うんですが……」
美雨がそう言うと、麻衣さんは少し考えていたが、
「まだ少し時間があるから、その方向で進んでみましょうか。美雨ちゃん、今月中に10篇ほど書けるかしら? 詩ができたら見せてくれない?」
そう言った。美雨は笑ってうなずいた。
次の日の夜。僕が部屋でパソコンに打ち込んだギターパートを調整していた時、玄関のベルが鳴った。時計を見ると午後8時を回ったところだった。
「はいは~い、どちら様ですか~?」
僕がそう言いながら玄関に出ると、
「お兄ちゃん、もうご飯食べた?」
そう、美雨の声がした。
「いや、そういえばまだ食べていなかった。美雨はどうだい?」
僕がカギを開けながら言うと、美雨はニコッと笑って部屋に入りながら言う。
「私もまだなの。だから、お兄ちゃんと一緒に食べようかなって思って。ついでにテレビも視たかったし」
僕は、美雨の笑顔に少し疲れが見えたので、心配して言った。
「疲れているんじゃないか? 今仕事帰りなのか?」
すると美雨は、ふうっと小さなため息をついて、
「うん。みんなといると楽しいし、お仕事だから泣き言言っちゃいけないのかもしれないけど、さすがに4月からぶっ続けでお仕事やってると、疲れちゃった」
そう言いながら、下げていたコンビニの袋からお菓子やらジュースやらを取り出す。
「一日しっかり休めたのって、ここ数か月で2・3日だろ?
どんなに『DIAMOND-DUST』のみんなが若くて元気だって言っても、疲れがたまっちゃったら体調を崩してしまうよ。
ところで美雨、ご飯は買ってこなかったのかい?」
「うん、なんだか近頃、ご飯食べる気がしなくて……。
ここしばらくはお菓子が主食」
「身体に良くないぞ。
お菓子の袋を開けるのは少し待って。僕が何か作ってやるから」
「そんな、お兄ちゃん、いいよ、気を遣わなくても」
慌てて言う美雨に、僕は少し強面で
「育ち盛りで、一番大事な時期に、お菓子を主食にしていちゃいけないだろ?
美雨、お肉が好きだったろ、少し待っててくれれば、牛丼でもこしらえる」
そう言いながら、冷蔵庫から卵と牛肉と、玉ねぎやほうれん草を取り出した。
「……ごめんね、お兄ちゃん。本当は、私が何かお兄ちゃんに作ってあげないといけないのに……。でも、私お料理下手だから……」
すまなさそうに言う美雨に、僕は笑って聞いてみた。
「なあ、『DIAMOND-DUST』で一番料理が上手いのって誰だ?
見た目からだったら、美雨を除けばやっぱり理央さんかな?」
すると、美雨がクスリと笑って言う。
「あ、やっぱりそう見える? 理央さんって本当にマルチタレントだからね。でも、意外や意外、一番料理が上手なのは有紀ちゃんなの」
「それは意外だ。エリカさんはどうなんだ? あの子は結構大食だから、料理の方もまあまあじゃないか?」
「う~ん、エリカさんは一般的な料理はできるみたいだけど、でも嘉穂ちゃんには敵わないかな?
嘉穂ちゃんは有紀ちゃんほどではなくても、結構器用に料理をこなすわ」
楽しそうに美雨が話をしている。僕は、そんな他愛もない話をしながら、ご飯の上に味をつけて煮た牛肉を乗せ、卵でとじた。それを二つ作ると美雨が座っているリビングに持ってきた。
「お待たせ。冷めないうちに食べよう」
「わあ~、美味しそう。お兄ちゃん、ありがとう、いただきます」
美雨が顔中から幸せオーラを出しながら牛丼を食べ始める。僕も「いただきます」と言って、一緒に食べだした。
「明日はどこで仕事なのかな?」
僕が美雨に聞くと、美雨はにっこりとして本当にうれしそうに答えた。
「それが、明日は久しぶりのオフなの。ここのところ私たちが疲れ気味みたいだからって、3連休にしてくれたわ」
「そうか、麻衣さんも気を遣ってくれたんだな」
僕は、今の美雨の状態を見ていて、少し心配になっていたところだったので、麻衣さんの心遣いが嬉しかった。
「だから、今日はゆっくりお兄ちゃんとお話がしたいな……。今夜は少し遅くまでお兄ちゃんの部屋にいていいでしょ?」
ご飯を食べ終わった美雨が、僕の顔を覗き込むようにして聞いてくる。僕は二人分の茶碗を流しにつけて、洗いながら答えた。
「そうだな、久しぶりに二人でテレビでも見ながら話そうか」
「うれしいな、せっかくお兄ちゃんのお隣に住むことになったのに、今までちっともこうやって二人きりで話したこと、なかったんだもん」
美雨はそう言いながらお菓子の袋を開けているようだ。ついでにジュースのペットボトルも開けていた。
「さっ、ご飯を食べさせてくれたお礼に、私が買ってきたお菓子を食べていいわよ」
「はいはい」
僕は、洗い物をすますと美雨の向かい側に腰掛け、テレビをつける。ちょうど、『DIAMOND-DUST』が歌番組に出ているシーンが映った。
美雨は、『シリウスの歳差』を歌いながら、テレビカメラにウインクしている。嘉穂さんや理央さんも、それぞれの楽器を演奏しながら、お互いに目を見合わせて笑っている。とても雰囲気がよく、息も合っている。
しかし、美雨はぶっきらぼうに僕に言って、僕を驚かせた。
「お兄ちゃん、番組替えて」
「えっ? でも、せっかく『DIAMOND-DUST』が映っているのに?」
「……その私は、私じゃないから……。だから別の番組に替えて」
僕は、美雨の言うままにチャンネルを替え、美雨の好きそうな旅番組にした。
「は~っ、こんな温泉に、みんなで行ってみたいなあ」
美雨が秘境の温泉宿を見ながら、うっとりしたように言う。しかし、僕はさっきの美雨の言葉が気になっていた。
「なあ美雨」
「なあに、お兄ちゃん?」
僕は、CMが流れている間に、思い切って聞いてみた。
「さっきの言葉、気になるんだ。どういうことかな?」
「さっきの言葉って?」
「『その私は、私じゃない』って言ったろ? 気になるんだ」
僕が言うと、美雨は少し微笑んで静かに言う。
「そのことね……。まあ、私のわがままだけど、私、あんまりテレビって好きじゃないんだ。
だってお客さんが見えないんだもの。お客さんとの間に、テレビカメラっていう壁があって、私たちの歌が届いているかどうか分かんないから……。
だから、私は精一杯、笑顔を作ったりウインクしたり……。反応がないから、そういうことをしないと不安なの……」
僕はそれを聞いて少し安心した。美雨が言っていることが僕にもよく分かるからだ。僕もうなずいて言った。
「それを聞いて安心した。僕はてっきり、美雨が歌うことに対して興味がなくなったのかと思って心配したんだ」
「そんなことない! だって、歌うことは私の人生だもの。大げさじゃなくって、歌うことで私とお兄ちゃんは再会して、歌うことでこうして一緒にいられるんだもの」
美雨はひたむきな目を僕に向けて言う。僕もそんな美雨に笑いかけながら答えた。
「そうだね、僕だってこうして音と一緒に暮らすことで、僕自身を確認しているところがあるから、美雨の気持ちはよく分かるよ。
それに、テレビの中では勝手が違うってことも、僕自身感じていることだから、言いたいことはすごく分かる。僕だって、ライブの方が好きなんだ。緊張感も一体感も全然違うからね」
「そう! そうなの! 私、最初のうちはライブって声も出ないくらい緊張するんだけど、お客さんたちと触れ合うことで、思った以上の力が出るのよ。
そんな時、コンサートをやり遂げた後の達成感はすごく気持ちよくて。だから、それが感じられない歌番組って好きじゃないの。
でも、ファンのみんなが見てくれているんだろうから、精一杯歌いはするけど、やっぱり私じゃないのよ、カメラの向こうにいる私は……」
美雨はそう言うと、ちょっと力を抜いて笑って言った。
「やっぱり、お兄ちゃんと話せてよかった。でないと私、いつまでもうじうじ考えてしまってたと思うから……。
お兄ちゃんも同じ気持ちでいるって分かっただけで、私、うれしいな。今度のツアーもいいステージにしたいね」
(A Beautiful Rainy Day5)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
美雨の感覚は、安堂が昔感じていたものです。美雨には自分の戸惑いを口にさせたところがあります。
さて、この後美雨や律はどのように音と向き合っていくのでしょうか?
では、次回までごきげんよう(美雨の真似)。




