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美しき雨の日に~A Beautiful Rainy Day  作者: 安堂登呂和
第一楽章:自立するふたり
4/9

第4話 2020年4月1日 デビュー

ついにデビューを果たした五人。

それまでのドタバタや笑える話などで物語を紡いでいます。


 やっとその日が来た。今日は、美雨たちのバンド『DIAMOND-DUST』のデビュー曲の発表会である。


 思えば、1月の後半に美雨が『DIAMOND-DUST』加入を決めてから、てんてこ舞いの日々だった。


 まず、肝心のオリジナル曲が必要だった。今まで理央さんが作詞し、エリカさんが作曲していた曲が10曲ほどあったが、麻衣さんの裁定で8曲はお蔵入りになった。

 ……とすると、僕の『やさしい雨音』を含めてもオリジナルは3曲しかないことになる。


 だから麻衣さんは、美雨に書き溜めていた詩を提供させ、10篇程選ぶと、それを僕に回して言った。


「律くん、この詩に曲をつけて。1カ月あげるから」


 美雨たちの方は、やれジャケットの撮影だの、バンドのキャッチ・フレーズの決定だの、麻衣さんの関係しているテレビ局やレコード会社への挨拶などの営業活動で忙しそうにしていた。


 それに美雨たちは高校生なので、当然、学業もあり、卒業に向けての準備もあった。


 美雨だけに限って言えばもう一つ、『星の子園』を出て、新たな生活の拠点を探すという大切な準備があった。






「いろいろとお世話になりました」


 3月25日、新曲のレコーディングも終了し、ビデオの撮影も終わり、『DIAMOND-DUST』としてメジャーデビューするすべての準備が整った後、僕は美雨と一緒に『星の子園』に来ていた。


 園長先生ほか園の指導員の皆さん方が、全員集まってくれて、美雨の退所を祝ってくれた。


「美雨さん、あなたには幸せになる権利があります。自分を大事にして、しっかりと自分の道を歩いて行ってください。

高野さん、美雨さんはあなたのことをとても信頼しています。どうかこの先、力になってあげてください」


 園長先生はそう言って、僕の手をしっかりと握りしめてきた。僕はその手をしっかりと握り返して言った。


「僕たちが道に迷ったときは、ここに来ていいですか?」


「もちろんです。ここは美雨さんのふるさとです。美雨さんはいつまでも、私たち職員の大事な家族ですから。何かあったときは遠慮なくおいでください」


 僕たちは、みんなに見送られて、『星の子園』を後にした。在園している子どもたちにとって、美雨は本当にいいお姉さんだったんだろう、美雨の首っ玉にしがみついて、ずっと泣いていた少女もいた。


「美雨お姉ちゃん、行っちゃうの? どうしても?」


「ごめんなさいね。私、もうここにいられないの。そんな決まりだから」


「誰が決めたの? 園長先生?」


「ううん、園長先生は、私がずっとここにいてもいいって言ってくれるわ。でも、偉い人が決めたことだから……」


「そんな人の言うことなんて、聞かなくてもいいのに。あたし、美雨お姉ちゃんがいないとさびしいよう」


「泣き止んで。私、すぐ近くに住むことになったから、時間が取れる時はいつでも遊びに来てあげるから……だから泣き止んで」


「ほんとう? 本当に遊びに来てくれる?」


「ええ、このお兄ちゃんと一緒に遊びに来るし、歌も歌いに来るわ」


「お兄ちゃん、本当?」


 ふいにそう言われで、僕はびっくりしたが、すぐに笑顔で彼女に言った。


「僕も約束するよ。美雨お姉ちゃんと一緒に、出来るだけここに来るよ。指切りだ」


 僕たちは三人で指切りをした。この約束は、本当に守らなきゃいけないな。




 僕と美雨は、バスに乗ってとりあえず僕が住んでいるアパートにやってきた。と言っても一緒に住むわけにもいかない。だから麻衣さんは、わざわざ僕の隣の部屋を美雨のために借りていてくれた。


「ここが、私の新しい家なのね……」


 ドアの前で、美雨が感慨深げに言う。


 僕が笑って


「そうだな。僕が隣で、昔、小さかった頃みたいだな」


 そう言うと、美雨は笑顔で答えた。


「私、お兄ちゃんと同居でもよかったんだけど……」


 それを聞いて、僕は慌てて言う。


「それはマズいだろ?」


「どうして?」


「いや、美雨と僕と血はつながってないから……。一応これでも、僕も男だし、美雨だって女の子だし。園長先生も言ってたろ? 自分を大事にしろって」


 我ながらあたふたしていたのは、自分でも分かった。それがおかしかったのか、美雨はクスリと笑って言った。


「分かってる。でも、お兄ちゃんにお願いがあるんだ、いい?」


「何だい?」


 僕が聞くと、美雨はにっこりと笑って手を差し出しながら言った。


「お兄ちゃんの部屋の合鍵をちょうだい。私の部屋の合鍵をあげるから」


「いやいやいやいや! それもマズいだろ?」


「どうして? お兄ちゃんの部屋、私が掃除してあげるし。私ボーってしてるから、合鍵持ってると失くしちゃいそうだし」


「だから、美雨は僕のことお兄ちゃんって思ってくれていても、周りの人たちはそうは思わないんだよ。美雨が周りの人たちからいろいろ言われるのって嫌なんだ」


「私はなんて言われても平気だけど。お兄ちゃんと一緒にいられたら、私それでいいんだけどな」


 不思議そうに言う美雨に、とにかく僕は言い聞かせて、美雨に僕の部屋の合鍵を渡すことだけで納得させた。


 美雨の部屋の片づけは、荷物の少なさに比例してすぐに終わった。

 なんせ美雨の荷物は、少々の着替えと数冊の本と、そして僕のCDとキーボードしかなかったからだ。


「カーテンや布団も買わないとな。それに机やらなんやらもいるね」


 僕が言うと、美雨はにっこり笑って言う。


「じゃ、一緒に買い物に付き合ってくれる? 麻衣さんから当座必要なものを買いなさいって、お金をいただいたの」


「分かった。じゃあ、一緒に買いに行くか」


 僕たちは連れ立ってまちに出かけることにした。






「結局、買えたのは、照明と小さな冷蔵庫と布団と本棚と机、そしてカーテンだけだったね。テレビがほしかったんだけどなあ……」


 テレビは高すぎて、僕が念のために持って行ったお金でも手が届かなかったのだ。


「仕方ないさ。テレビが見たければ、僕の部屋に来るといい」


「まだお皿や調理器具もないけど……」


 美雨が僕の顔をのぞき込んで言う。


「僕の部屋で、ご飯食べるしかないだろ」


「じゃあさじゃあさ、本棚とお布団、お兄ちゃんの部屋に運び込んでいいかな?」


「それはダメ。変な写真撮られたら、僕が麻衣さんから怒られる」


 僕が言うと、美雨はニコリとチェシャ猫めいた笑いを浮かべて言った。


「それ、もう撮られちゃってると思うけど……」

「うそ! どこで?」


 僕が言うと、美雨はあっけらかんとして言った。


「確か、お布団選んでいるときだったと思うけど……なんでショッピングモールで写真撮ってるのかな~って思ったけど、あれがそうなのね」


 うわあああ! これは早く麻衣さんに知らせないと!


「美雨、とにかく早く帰ろう」


 僕はそう言うと、急いで家に帰った。






「あら、早かったじゃない?」


 僕たちがアパートに帰ると、美雨の部屋には麻衣さんが来ていた。


「麻衣さん? どうしてここに?」


 僕が言うと、麻衣さんはさも当然そうに言う。


「引っ越しの手伝いに決まってるじゃない。律くん一人が手伝っていたら、それこそ新婚さんと勘違いされるわよ?」


「そのことなんですけど。すみません、撮られちゃったみたいです」


 僕が言うと、麻衣さんは唇をゆがめて聞いてきた。


「どこで?」


「そ、その……僕は気づかなかったんですが、美雨が気づいて。どうも布団選びのところを撮られたみたいです」


「そう、仲のいいご夫婦って感じで掲載されるわね?

で、律くんはレポーターとかが来たらなんて言うの?

アイドルグループのメインヴォーカルにデビュー前から男がいるなんて書かれたら、『DIAMOND-DUST』はそこで終わりよ?」


「……すみません……」


 僕は何と答えようもなかった。ため息をついて、麻衣さんが言う。


「二人とも、すぐにスタジオに行くわよ。どうせ律くんには、これからミキシングをしてもらわなきゃいけないし、美雨ちゃんにはレコーディングの録り直しがあった場合、対応してもらわなきゃいけないから」


「分かりました」


 僕が言うと、美雨も素直にうなずいた。それを見て、麻衣さんは笑って言った。


「素直でよろしい。あなたたちの写真が週刊誌に載ったとしても、あたしはその時二人はレコーディングの真っ最中だったって答えるわ。掲載されたのは別人でしょうってね。だから、あなたたちもそのつもりでいてね」


 僕たちはそろってうなずいた。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 結局、週刊誌に僕たちの写真は掲載されたが、ピンボケ気味ではっきりと人物が特定できるような写真じゃなかったことも幸いし、麻衣さんと僕は、別人で押し通した。


「かえって、『DIAMOND-DUST』の宣伝になったわね」


 週刊誌を閉じながら、麻衣さんが笑って言う。


「それにしても、麻衣さんってつくづくすごいなあって思いますよ。デビューコンサート、前売2千人がすでに完売で、プラチナチケットまで出回ってるって聞きましたよ?」


 すると麻衣さんは、形のいい人差し指を顔の前で振って見せて言う。


「チッチッチッ、実はデビュー日発売のゲームソフト『マジカルファンタジーX』の主題歌も、『DIAMOND-DUST』リリースなのよ。だから効果は倍増よ」


「えっ! いつの間に……どの曲をリリースしたんですか?」


 僕が言うと、麻衣さんはこともなげに答えた。


「律くんに踏ん張ってもらった『シリウスの歳差』よ。あの曲はホントにばっちりだったわ。

『MFX』のディレクターも、曲を聴くなり一発で決めてくれたもの。明日からのテレビCMで使ってくれるそうよ」


「だから途中からあの曲を最優先にレコーディングしたんですね?

おかしいと思いましたよ。今回のメインである『photograph』より急ぐなんて」


「まあね。でも、おかげで同時リリースができて、話題性も増したわ。さて、デビューコンサートだけど……」


 麻衣さんは、カバンから一枚のペーパーを取り出して、僕に渡した。


 そこには、『DIAMOND-DUST』が歌う曲目がリストにしてあった。


 オープニングは『シリウスの歳差』。

 2曲目は『穏やかな時』。

 そして『蒼きユグドラシル』『Damage control』『鮮やかな廃墟』『マンハッタンの空に』『空のキセキ』『想い出の古いアルバム』『ふたりで……』『落陽』と続き、『やさしい雨音』の後は、今回のメインであり、アルバムのタイトルともしている新曲『photograph』まで、全12曲のラインナップだった。


「いいんじゃないですか? 『蒼きユグドラシル』は理央さんのヴォーカル。『Damage control』は理央さんと嘉穂さんのダブル・ヴォーカルで、『マンハッタンの空に』は嘉穂さんのヴォーカルですよね?」


 僕が紙を返しながら言うと、麻衣さんはいたずらっぽく笑って言う。


「その3曲は『八木沢理央作詩・芦原エリカ作曲』だけど、あとはすべて『東雲美雨作詩・高野律作曲』よ。どう、気分は?」


「なんか、こっぱずかしいですね。まあ、僕はステージに立たないから、まだいいですけど」


 僕が言うと、麻衣さんはとんでもないことを言ってくれた。


「は? 何言ってんの? 律くんもステージに立つことになってるのよ?」


 えええええ! それは初耳だぞ!……ってか、そんな大事なことを、なんで今頃言うかな?


「『空のキセキ』以降は、あなたのアコースティック・ギターの出番なのよ」


「そんな、レコーディングではギターはすべて、嘉穂さんが演奏したじゃないですか?」


「その嘉穂さんの意見で、アコースティック・ギターは高野律にやってほしいってことになったのよ。まあ、彼女たちがコンサート用にアレンジし直しているそうだから、リハーサル時に音合わせしてみたら?」


「……だから今日、ギターを持って来いって言ったんですね?」


 僕が言うと麻衣さんはいつもの不気味な笑い顔のままうなずいた。僕はただ、ため息をつくだけだった。




「高野先輩、お世話になります」


 リハーサルのために、僕がステージに行ってみると、『DIAMOND-DUST』のみんなはすでに何曲か音合わせをした後だった。


「先輩の位置は、美雨ちんの後ろですよ。もうバミッてあります」


 ステージ上手に位置した嘉穂さんが、そう言って下手の一段高くなったところを指さす。

 そこには椅子やマイク、そしてアンプとスピーカーがセッティングしてあった。


 僕は、持ってきたギターをアンプにつなぎ、椅子に座ってみた

 ここは美雨の真後ろに当たり、左横の同じ段にはエリカさんがシンセに埋もれるようにして座っている。


 美雨は舞台の下手側にキーボードを置き、スタンドバーに凭れるようにして立っていた。


「じゃ、『空のキセキ』から行きますね? 先輩、お願いします」


 センターに位置する理央さんがそう言うと、僕は美雨のヴォーカル・カットインとともにギターを弾き始める。美雨は9小節目からキーボードを静かに弾き始めた。美雨のヴォーカルと嘉穂さんのコーラスが心地よく僕の耳朶を打つ。


「いいんじゃないの? 理央のコーラスはもっとボリュームを上げてもいいかもね。じゃ、次行ってちょうだい」


 麻衣さんがそういうと、みんなは次の曲を弾き始めた。






「いよいよ明日だね。嘉穂、なんだかドキドキしちゃう」


 ゲネプロの後、僕たちは麻衣さんに連れられて、『チェリー』にやってきた。


「は~い、皆さん、明日は頑張ってくださいね」


 さくらさんがみんなに特製のコーヒーを持ってきてくれる。


「悪いね、さくら」


 麻衣さんが言うと、さくらさんはにこにこしながら


「こっちこそ、毎回うちの店をごひいきにしてもらって感謝してるわ。それに、今度は『DIAMOND-DUST』の皆さんを呼ぶこともできるし」


「まあ、さくらとあたしの仲だからね。お互いに助け合っていこうじゃない?」


 さくらさんと麻衣さんはそう言いながら乾杯する。


「社長、これ、全部あたしたちで食べちゃっていいんですか?」


 元気印の有紀さんが、ご馳走を前にして目を輝かせながら聞く。麻衣さんは鷹揚に答えた。


「当たり前でしょ。あなたたちが食べないで、誰が食べるっていうの?」


「うっわ~い! じゃあ、遠慮なくいただきま~す」


「あっ! 嘉穂にも分けてよ有紀ちん」


 大騒ぎしている有紀さんと嘉穂さんの向かいでは、理央さんとエリカさんがせっせとサンドイッチを詰め込んでいた。


「……このサンドイッチ、美味しいです。美味です。デリーシャスです」


 エリカさんも食べるのに夢中になっているが、理央さんはさすがにはしたない食べ方はせず、一品一品吟味するように食事を楽しんでいた。


「しかし、不思議だよな……」


 僕のつぶやきに、耳ざとく美雨が聞いてくる。


「なにが?」


「みんなでこうしていることが、さ。

去年の今頃、何をしていたか覚えているか、美雨」


 僕が聞くと、美雨はちょっと遠くを見るような目をしていたが、


「何とかバイトを見つけなきゃって思っていたわ。でも、自分の得意なことを見つけられずに落ち込んでいたような気がする……。お兄ちゃんは?」


「僕かい?……。

そうだな、ちょうどセカンドアルバムをレコーディングしていたかも」


 そんな話をしていたら、理央さんが聞いてきた。


「先輩、先輩はどうしてプロのミュージシャンになろうって思ったんですか?」


「そうだね……僕のうちは父が地方公務員で、母は音楽の教師なんだ。だから、音楽好きなのは母の影響かな?

ギターを触っているうちに、何となく軽音サークルに入って、全国で優勝しちゃって、そしたら麻衣さんに声をかけられた。

同じプロになってどこかの事務所に入るのなら、気心の知れた従姉のところに入った方が気楽だしね」


 僕はそう答えたが、本当のところはそうではない。僕が音楽の道を選んだのは、もちろん音楽が好きだったこともあるが、ただ美雨との約束を果たしたかっただけだ。


 だから父も母も、僕が音楽の道に進むのは大反対だった。結局、大学に通うことを条件に、麻衣さんが父母を説得してくれたのだ。


「でも、先輩は大学に通っていますよね? 卒業したら、どうするんですか?」


 それは僕も気にしている。

 父も母も、今は『高野律』の人気があることで、あまり意見は言わなくなっていたが、自身の希望としては、一人息子が自由業という浮き沈みが激しい職業を選ぶよりも、サラリーマンやもっと堅実な公務員を勧めてくるだろう。

 特に父は、今の状況すら、大学時代の経験の一環という考えでいるようだったから……。


「先のことは分からないけど、今を一生懸命に生きるだけさ。

僕だって、いつまでも人気があるわけじゃないだろうからね」


 僕は、少しの自嘲を込めてそう言った。


「おじさん、お兄ちゃんが音楽をやることに賛成していらっしゃらないんですね?」


 美雨が心配そうに言う。それを聞いて、理央さんが難しい顔で言った。


「親って、いつまでも心配性だからね。あたしだって、猛反対されたよ。

で、挙句の果てには『売れなくなったら、うちの町役場に入れてやるから』ってさ。

まったく、子どもを何だと思ってるんだか……」


「あ、それ、嘉穂もパパやママから言われた。『女の子は目立たないで、幸せな結婚をするのが一番だよ』って。頭古いんだからやんなっちゃう」


「私も言われたですよ。『お前は不愛想だから、アイドルなんか似合わない。夢なんか追っかけてないで、田舎に帰って就職しろ』って。失礼するです」


 嘉穂さんやエリカさんまでそう言って話に加わってくる。すると有紀さんは笑って言った。


「なあ~んだ、じゃあ、うちの親やお兄は話せる方なんだ。『お前の人生なんだから、お前の好きにしろ。どうせ私たちはお前になんか期待していないから』ってさ」


(……いや、有紀さん、その話が本当なら、君が一番不憫に思うよ。君の家族って(ry……)


 僕がそう思っていると、美雨がポツリとつぶやいた。


「みんな、幸せなんだね」


 美雨の言葉に、全員がはっとした。

 そしてしばらくの沈黙ののち、理央さんが言った。


「本当だね、あたしたちは幸せだ。これからは五人でそれぞれの幸せをつかんでやろうよ」


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 そしてやってきた『DIAMOND-DUST』のデビューコンサート。午後7時の開演を控えて、メンバーは楽器の最終調整に入っていた。


「ちょっと、有紀。太鼓の音はもっと抑えてって言ってたじゃない! いつの間にボリュームを勝手にいじってんのよ!」


 理央さんが有紀さんに突っかかると、エリカさんも静かに理央さんに加勢する。


「……シンセの音が聞こえないですよ。特にリズムセクションがアウトです……それに私、耳も痛いです」


「えええええ? だってだって、太鼓の音って好きなんだもん。

いいじゃない、ちょっとくらいボリューム上げさせてくれてもさあ~。

でないとあたし、目立たないじゃん!」


「一番高い位置にドラムを置いてんだから、十分目立ってると思うよ? 有紀ちん」


「でもでも、あたし、一番後ろだし~」


「普通、ドラムは後ろにいると思うんだけど……思い切って私と入れ替わって、一番前で演奏しますか?」


 おずおずと美雨が言うと、理央さんがとどめを刺すように言う。


「メインヴォーカルをバックに持って行けるわけないよ! 有紀を一番前にするとしたら、ドラムはオケピの中に置こうか?」


「それじゃ顔が見えなくなるじゃん!」


 必死になって言う有紀さんに、エリカさんが冷静に言った。


「……有紀、諦めるです。ドラムの宿命というものです」


「あうううう……」


 有紀さんが必死に抵抗するが、結局、ドラムのボリュームは下げられた。






 本番30分前、いよいよ開場の時間だ。


「すごいわ、もうホワイエは満員よ」


 お客さんたちの様子を見に行っていた麻衣さんが、努めて冷静にいう。しかし、その口ぶりからは、言外に興奮が匂っていた。へえ、麻衣さんでも興奮するんだ。


「麻衣さんでも、興奮することってあるんですね?」


 僕が小声で麻衣さんに言うと、


「ひとを不感症みたいに言わないで。やっぱりこの子たちの初舞台だと思うと、こっちも緊張しちゃうのよ」


「なんか、麻衣さんの隠された一面を見た気がします」


 僕が茶化して言うと、麻衣さんはジロッと僕をにらんでいった。


「人を茶化してる暇があったら、さっさとスタンバイしなさい!」

「は~い♪」


 僕は慌ててステージに向かう。その途中で、僕は美雨たちが一か所に固まっているのを見た。僕の姿を見つけた理央さんが、僕に手招きをする。


「あっ、高野先輩! ちょっといいですか?」


 僕が彼女たちに近づくと、理央さんが真剣な顔で僕に言った。


「先輩、あたしたち、ちゃんとできますよね?」


「心配はいらないよ。いつもの君たちの実力を発揮したら、絶対に大丈夫だよ」


 僕が言うと、美雨が緊張で顔を蒼くして言った。


「……その、お兄ちゃん。私たちを励ましてくれたら嬉しいな。お兄ちゃんの『大丈夫だよ』って言葉で、私たちとっても落ち着くの」


 僕は、自分の初ステージを思い出した。あの時は5百人ばかりのステージだったが、それでも吐きそうになるくらい緊張した。

 ましてや今回は2千人も入るホールだ。彼女たちが緊張するのも無理はない。ここは、緊張を和らげる儀式が必要だと気付いた。


「大丈夫だよ。ほら、緊張しないで……君なら大丈夫だ」


 僕は、美雨、理央さん、有紀さん、嘉穂さん、そしてエリカさんの頭を、優しい言葉とともに一人ずつなでた。不思議なことに、彼女たちの緊張がほぐれていくのが、傍から見ていても分かった。


「さ、スタンバイしようか?」


 僕の言葉で、すっかり落ち着きを取り戻した五人は、元気よくステージに上がっていった。


「どうも、こんばんはー。『DIAMOND-DUST』です。みなさん、よろしく!」


 舞台の幕が上がると、理央さんが元気よくMCを始めた。いよいよ『DIAMOND-DUST』の初ステージが始まったのだ。

 お客さんは超満員だった。これは前売2千だけでなく、当日券も千ほど出ているに違いない。何にしても、ついこの間まで高校生をしていた彼女たちにとっては、とてつもないプレッシャーだろう。


 しかし、理央さんは危なげなくMCを務め、『DIAMOND-DUST』は最初の曲『シリウスの歳差』に突入した。歌い始めてしまえば、こっちのものだ。


 『シリウスの歳差』は、今日発売のゲームの主題歌にもなっていて、サビの部分は1週間くらい前からテレビでも流れていた。

 ハイテンポでノリがよく、それを美雨がキュートに歌っていたため、一度聴いたら忘れられないような曲に仕上がっていた。


 案の定、お客さんたちはサビを聴いた途端、わーっという歓声を上げ、2番・3番のサビでは観客も一緒に歌ってくれた。


 観客との一体感を1曲目でつかんだ彼女たちは、次々に曲を歌っていく。

 そして、合間合間には理央さんのクレバーなMCやエリカさんと有紀さんの漫才じみたやり取りもあったりして、2時間はあっという間に過ぎて行った。


 そして、『やさしい雨音』を歌い終えると、最後のMCとして美雨がマイクを握った。


「皆さん、私たちのコンサートに最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

最後の曲は、私たちから皆さん方お一人お一人への、ささやかなお礼です。

私たち五人、これから一生懸命頑張っていきますので、変わらないご声援をよろしくお願いいたします。

では、お別れの曲で、『Photograph』……どうぞお聞きください」


 そして、美雨のエレキ・ピアノが静かに音を奏でだす。エリカさんのシンセがそれにかぶさっていき、美雨が歌いだした。


(Photograph 作詩・東雲美雨 作曲・高野律)


名前を呼ぶ声を、思い出すだけで

涙が頬を伝うのは、切ないからなの?


まぶたを閉じるだけで、あの頃に帰れるのに

目を開ければ現実が、心を乱す……


 雪の日、傘に隠れ泣いていた私に、

 未来への希望をくれた、あの約束は生きてるの?


 いつも信じるだけで、答えはないけど

 二人のphotograph、幸せのために……


夕焼けが二人を、赤く染めたあの日

きれいすぎて涙を流した私に


やさしく笑いかけ、髪をなでてくれた

その手のぬくもりさえも、忘れかけていた


 さよならが嫌いなはずなのに、私のバスが消えるまで

 手を振り続けてくれたよね、憶えているよ


 いつも眺めるだけで、勇気をくれたよ

 二人のphotograph、明日のために……


 雪の日、傘に隠れ泣いていた私に

 未来への希望をくれた、約束を覚えているよ


 いつも素敵な瞬間ときを、残してゆきたい

 二人のphotograph、幸せのために……


 美雨が歌い終わり、キーボードとシンセの音が終わるとともに、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。ステージ近くでは、女の子たちが涙ぐみながら拍手をしてくれている。美雨の詩が、きっと心に届いたのだろう。


「みなさん、また会う時まで、ごきげんよう」


 美雨がそう言い、全員が退場すると、会場ではアンコールの嵐が起こった。


「みんな、お疲れさま。最高の出来だったわよ」


 舞台袖で待っていた麻衣さんが、メンバー一人一人にそう言ってねぎらう。


「嘉穂、感動しちゃった」


「ほんと、こんな達成感ってサイコー!」


 嘉穂さんと有紀さんがそう言っているこちら側では、


「アンコール、まだやまないですよ。どうしますか?」


「……やんなきゃいけないでしょうね。みんなはやりたくない?」


 エリカさんから聞かれた理央さんが、そう言って皆を見回した。もちろん、みんなその気だ。


「じゃ、『photograph』と『シリウスの歳差』でいくわよ?」


 理央さんがそういうと、全員がうなずき、ステージへと出て行った。


(A Beautiful Rainy day4)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

デビューを果たした五人ですが、これは『スタートしたばかり』です。

この後、どんな話が待っているのでしょうか?

なお、作中の曲は、すべて安堂が自作したものです。

では、次回までごきげんよう(美雨の真似)。

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