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御園堂

ガンジは、

 勝手に店へ居ついた。

「なんでいるんだよ」

「腹減った」

「帰れ」

「イヤだ」

 よしろと同じ返しだった。

 きゅるっ♪

 よしろの腹が鳴る。

「おまえはなんで嬉しそうなんだ」

「おおきいケ」

「食う量もな」

 御園堂の奥では、

 祖父が黙々と薬を刻んでいた。

 ざく、ざく、と乾いた音が響く。

 薬草の匂い。

 雨音。

 古い木の軋み。

 ガンジは店の梁へ頭をぶつけながら座ると、

 店内をぐるりと見回した。

「……変わってねぇな」

 わらびの手が止まる。

「じいちゃん知ってんのか?」

 祖父は答えない。

 艾葉を揉みながら、

 ただ小さく鼻を鳴らした。

 沈黙。

 ガンジの視線は、

 ずっと暖簾へ向いていた。

 腹虫紋。

 丸い腹。

 六本腕。

 赤い舌。

「……なんなんだよ、この紋」

 わらびが言う。

 祖父は少しだけ目を細めた。

「店の印だ」

「そんなの分かってる」

「なら十分だ」

「いや絶対なんかあるだろ」

 ガンジが低く笑う。

「坊主、本当に知らねぇのか」

「だから何をだよ」

 ガンジは腹虫紋を指差した。

「あれ見て普通に育ったのか」

「小さい頃からあったし」

「村の奴、怖がらなかったか?」

 わらびは少し黙った。

 ……あった。

 確かに。

 子供の頃。

『変な虫の店』

 そう囁かれていた。

 でも祖父は気にしなかった。

 わらびも、

 いつの間にか慣れていた。

 その時。

 よしろが、

 暖簾の前へ立った。

 じっと腹虫紋を見る。

 仮面が、

 かたん、と揺れた。

「……にてるケ」

 わらびが顔を上げる。

「やっぱそう思うか」

 よしろは少し黙り込み、

 仮面を押さえた。

「……イヤケ」

 キュッ。

「いてっ!」

「なにがイヤなんだよ!」

 よしろは答えない。

 ただ、

 腹虫紋を見たまま動かなかった。

 祖父が静かに口を開く。

「わらび」

「ん?」

「お前、“見える”んだろ」

 店の空気が止まる。

 ガンジも。

 よしろも。

 黙った。

 わらびは小さく眉をひそめる。

「……じいちゃんも見えるのか?」

 祖父は少し考え、

 やがて静かに首を横へ振った。

「昔は見えた」

 わらびの目が見開く。

「は?」

 祖父は、

 少しだけ目を伏せる。

「今は見えん」

「なんだそれ」

 祖父は立ち上がり、

 店の奥へ消えた。

 戻ってきた時、

 古い木箱を抱えていた。

 かなり古い。

 湿った木の匂いがした。

 蓋には、

 爪で削ったみたいな腹虫紋。

 箱を見るだけで、

 わらびの腹が重くなる。

 祖父は静かに箱へ手を置いた。

「昔な」

 低い声。

「内蟲が見える者を、

 腹虫視ふくちゅうしと呼んだ」

 わらびの背中へ、

 冷たいものが走る。

「……俺だけじゃないのか」

「一門にも稀に生まれる」

 ガンジが低く呟く。

「やっぱりな……」

 祖父は木箱を撫でる。

「だが見える者ほど、

 へ近づく」

 店内が静まり返る。

 雨音だけが響いていた。

 わらびは無意識に、

 よしろを見る。

 白髪。

 赤い目。

 仮面。

 帯みたいに揺れる腕。

 そして。

 化蟲を食う存在。

「……よしろも?」

 祖父は答えない。

 代わりに、

 わらびへ古い封書を差し出した。

 黒い封。

 白い蓮の紋。

 その瞬間。

 ガンジの顔色が変わる。

「清浄局……!」

 わらびが眉をひそめる。

「なんだよそれ」

 祖父は静かに息を吐いた。

「お前は、

 そろそろ外を知れ」

 きゅるる……

 よしろの腹が鳴る。

 だが今回は、

 少し不安そうな音だった。

 そして。

 よしろは小さく、

 腹虫紋から目を逸らした。


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