表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/34

翌朝。


 わらび達は畑の真ん中に立たされていた。


 目の前には一面の雑草。


 その向こうには薬草畑。


 さらに奥には野菜畑が広がっている。


 大飯爺は鍬を肩に担ぎ、満足そうに頷いた。


「よし」


「今日から修行じゃ」


 わらびの顔が引きつる。


「鍼は?」


「畑じゃ」


「二交脈は?」


「畑じゃ」


「帰る」


 踵を返そうとした瞬間。


 ガンジが首根っこを掴んだ。


「働け」


「離せ!」


「修行だ」


「畑だろ!」


「同じことだ」


「違うだろ!」


 大飯爺は腹を抱えて笑っていた。


 結局。


 三人は畑仕事をすることになった。


 花蓮は慣れた手つきで草を抜いている。


 ガンジは鍬を振るう。


 わらびは開始からしばらくして腰を下ろした。


「疲れた」


「早い」


 花蓮が即座に返す。


「早すぎる」


 ガンジも呆れている。


「お前ら働きすぎなんだよ……」


 よしろも頷いた。


「やすむケ」


「お前は最初から働いてねぇ」


 大飯爺は畑を見回していた。


 やがて一株の薬草の前で立ち止まる。


「娘さん」


「はい」


 花蓮が近寄る。


「これをどう思う」


 指差された薬草を観察する。


 葉の色。


 茎の太さ。


 虫食い。


 土の湿り。


 一つずつ確認していく。


「元気がありません」


「理由は」


「水でしょうか」


「違う」


 即答だった。


 花蓮の眉がわずかに動く。


「土ですか」


「違う」


「病ですか」


「違う」


 大飯爺はしゃがみ込んだ。


 薬草の葉を優しく撫でる。


「寂しいのじゃ」


 沈黙。


 わらびが顔を上げた。


「は?」


 大飯爺は隣の空いた場所を指差す。


「ここにも薬草があった」


「先月枯れた」


 花蓮はその跡を見る。


 確かに土の様子が違っていた。


「長いこと隣同士で育っておった」


「流れも交わっておった」


「じゃが片方が消えた」


 老人は静かに続ける。


「だから乱れておる」


 わらびは首を傾げた。


「草が寂しがるのか?」


「人はどうじゃ」


「……」


「犬はどうじゃ」


「……」


「腹虫はどうじゃ」


 わらびは答えに詰まった。


 よしろを見る。


 よしろも薬草を見ていた。


「さみしいケ」


 小さな声だった。


 大飯爺は頷く。


「草も」


「虫も」


「人も同じじゃ」


「失えば乱れる」


「離れれば寂しくなる」


「それを知らねば流れは見えぬ」


 花蓮は薬草を見つめたままだった。


 大飯爺の視線が向く。


「娘さん」


「はい」


「あんたは感情に蓋がついとるな」


 空気が止まった。


 花蓮がわずかに目を瞬かせる。


「……何のことでしょう」


「分からんか」


 大飯爺は笑う。


「なら重症じゃな」


 ガンジが吹き出した。


「相変わらず遠慮がねぇ」


「遠慮して治るなら鍼師はいらん」


 もっともらしいことを言う。


 大飯爺は花蓮を見る。


「怒る時も抑える」


「悲しい時も抑える」


「苦しい時も抑える」


「そうして生きてきた顔じゃ」


 花蓮は黙ったまま。


 何も言わない。


「悪いとは言わん」


 大飯爺は続ける。


「生きるために必要だったのじゃろう」


「じゃがな」


「長く閉じすぎると」


「自分の流れまで見失う」


 風が吹いた。


 畑の葉が揺れる。


 花蓮は薬草を見つめ続ける。


 わらびが不思議そうに首を傾げた。


「そうか?」


 花蓮が振り向く。


「何がですか」


「いや」


「普通に怒るし」


「普通に笑うだろ」


 花蓮は少しだけ目を見開いた。


 大飯爺が面白そうに笑う。


「ほう」


「面白い小僧じゃ」


「だから見えるものもあるのかもしれんな」


 わらびは意味が分からず首を傾げる。


 花蓮は何も言わなかった。


 ただ。


 目の前の薬草を見つめる。


 寂しい。


 そんな感情が草にもあるのだろうか。


 それとも。


 本当に寂しいのは。


 自分なのだろうか。


 遠い昔。


 失われた故郷。


 戻らぬ人々。


 胸の奥で何かが微かに揺れた気がした。


 だが花蓮は目を閉じる。


 そして静かに息を吐いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ