蓋
翌朝。
わらび達は畑の真ん中に立たされていた。
目の前には一面の雑草。
その向こうには薬草畑。
さらに奥には野菜畑が広がっている。
大飯爺は鍬を肩に担ぎ、満足そうに頷いた。
「よし」
「今日から修行じゃ」
わらびの顔が引きつる。
「鍼は?」
「畑じゃ」
「二交脈は?」
「畑じゃ」
「帰る」
踵を返そうとした瞬間。
ガンジが首根っこを掴んだ。
「働け」
「離せ!」
「修行だ」
「畑だろ!」
「同じことだ」
「違うだろ!」
大飯爺は腹を抱えて笑っていた。
結局。
三人は畑仕事をすることになった。
花蓮は慣れた手つきで草を抜いている。
ガンジは鍬を振るう。
わらびは開始からしばらくして腰を下ろした。
「疲れた」
「早い」
花蓮が即座に返す。
「早すぎる」
ガンジも呆れている。
「お前ら働きすぎなんだよ……」
よしろも頷いた。
「やすむケ」
「お前は最初から働いてねぇ」
大飯爺は畑を見回していた。
やがて一株の薬草の前で立ち止まる。
「娘さん」
「はい」
花蓮が近寄る。
「これをどう思う」
指差された薬草を観察する。
葉の色。
茎の太さ。
虫食い。
土の湿り。
一つずつ確認していく。
「元気がありません」
「理由は」
「水でしょうか」
「違う」
即答だった。
花蓮の眉がわずかに動く。
「土ですか」
「違う」
「病ですか」
「違う」
大飯爺はしゃがみ込んだ。
薬草の葉を優しく撫でる。
「寂しいのじゃ」
沈黙。
わらびが顔を上げた。
「は?」
大飯爺は隣の空いた場所を指差す。
「ここにも薬草があった」
「先月枯れた」
花蓮はその跡を見る。
確かに土の様子が違っていた。
「長いこと隣同士で育っておった」
「流れも交わっておった」
「じゃが片方が消えた」
老人は静かに続ける。
「だから乱れておる」
わらびは首を傾げた。
「草が寂しがるのか?」
「人はどうじゃ」
「……」
「犬はどうじゃ」
「……」
「腹虫はどうじゃ」
わらびは答えに詰まった。
よしろを見る。
よしろも薬草を見ていた。
「さみしいケ」
小さな声だった。
大飯爺は頷く。
「草も」
「虫も」
「人も同じじゃ」
「失えば乱れる」
「離れれば寂しくなる」
「それを知らねば流れは見えぬ」
花蓮は薬草を見つめたままだった。
大飯爺の視線が向く。
「娘さん」
「はい」
「あんたは感情に蓋がついとるな」
空気が止まった。
花蓮がわずかに目を瞬かせる。
「……何のことでしょう」
「分からんか」
大飯爺は笑う。
「なら重症じゃな」
ガンジが吹き出した。
「相変わらず遠慮がねぇ」
「遠慮して治るなら鍼師はいらん」
もっともらしいことを言う。
大飯爺は花蓮を見る。
「怒る時も抑える」
「悲しい時も抑える」
「苦しい時も抑える」
「そうして生きてきた顔じゃ」
花蓮は黙ったまま。
何も言わない。
「悪いとは言わん」
大飯爺は続ける。
「生きるために必要だったのじゃろう」
「じゃがな」
「長く閉じすぎると」
「自分の流れまで見失う」
風が吹いた。
畑の葉が揺れる。
花蓮は薬草を見つめ続ける。
わらびが不思議そうに首を傾げた。
「そうか?」
花蓮が振り向く。
「何がですか」
「いや」
「普通に怒るし」
「普通に笑うだろ」
花蓮は少しだけ目を見開いた。
大飯爺が面白そうに笑う。
「ほう」
「面白い小僧じゃ」
「だから見えるものもあるのかもしれんな」
わらびは意味が分からず首を傾げる。
花蓮は何も言わなかった。
ただ。
目の前の薬草を見つめる。
寂しい。
そんな感情が草にもあるのだろうか。
それとも。
本当に寂しいのは。
自分なのだろうか。
遠い昔。
失われた故郷。
戻らぬ人々。
胸の奥で何かが微かに揺れた気がした。
だが花蓮は目を閉じる。
そして静かに息を吐いた。




